第31話「交渉」

「リッチーだと!?」


 僕は事の経緯を団長に報告すると、彼はひどく驚いて冒険者ギルド全員に招集をかけた(伝令が教会に向かい、教会から特殊な鐘の音が鳴り響いた。緊急招集の鐘らしい)。


 そしてこの日ブラウブルク市に居たギルド団員14人が完全武装で集まり、僕の家にどかどかと踏み込んだ。地下室は狭いので団長と僕、それに【死の救済】の残りのメンバーだけが突入し、残りは地上待機となった。ドーリスさんは万一の時のため教会に行き、僕の家から狼煙石の煙が上がったら民兵隊を招集する手はずになった。……思ったより大事おおごとになってきたな。



「無事か!?」


 団長を先頭に地下室に突入すると、マルティナさんとカエサルさんが言い合いをしていた。


「だから魔法なぞ知らんと言っているだろうが!貴様らブリタンニアかゲルマニアの蛮族か!?そういえばそういう顔立ちだな!」

「失礼な、我々は誇り高きプリューシュの民にして、偉大なる神聖レムニア皇帝の臣民!それを蛮族とは、枯れ果てた太古のリッチーごときが思い上がるな!」

「何度言えばわかるのだ、よかろう百歩譲って私がそのリッチーだとしよう!だが私に害意はない!」

「口では何とでも言える!」


 ……状況は特に変わってないようだ。


「あのーお二人とも、団長連れてきたんですけど」

「おお、貴公がこの者の上官か?この女、私をリッチーだ何だと決めつけおってな、全く話が通じず困り果てて居たのだ!」

「マジでリッチーじゃねェか……!それにこの魔力量……!全員構えろォ!」

「貴公も話が通じない手合か!?」


 ダメだこりゃ。というか本当にリッチーってヤバい奴なんだな。だが今はその認識を利用するしかない。


「あのー団長、何をバカな事をと思うかもしれないですけど、彼をリクルートするのはダメですかね」

「何をバカな事を!」

「……正直な所、勝てると思いますか」

「……」


 ぎり、と団長が歯噛みする。


「話が通じるようですし、一先ず穏便に取り込むのが良いと思うんですけど」

「だがリッチーだぞ。いつ牙をいてくるか分かったもんじゃねェ」

「あのー、それについてなんですけど」

声をあげたのはイリスだ。


「彼、どうやら異世界から転生してきたらしくて、魔法の知識がないみたいなんです。その証拠に、この空間の魔力を見て下さい。意図的に放出してるというよりは、制御出来なくてダダ漏れって感じじゃないですか?」

「……そう感じ取れなくもないが、リッチーだぞ。飼っておく理由がねェ。魔法が使えねェんなら殺しやすくなっただけで結構な事だ」


 そう来るか。ならばと僕は追撃する。


「飼っておく理由なんですけど、彼、政務経験があるらしいんですよ。アドバイザーとして使えませんかね」


 言いながら僕は、カエサルさんに目配せする。彼は僕の意図を察したようで小さく頷く。


「そうだぞ。私は一国を、それも世界に名だたる大国を指導していた。さらには軍を率いて無数の敵を打ち破って来た。私の知識と経験は貴公らにとって有用なものとなろう!」

「口では何とでも言えらァ!」

「……仕方あるまい、では私が指揮してきた戦争について話してやろう。あれは私がガリア・キサルピナとトランサルピナの総督を務めていた時の事であった。ゲルマニアの蛮族どもに圧されたヘルウェティイ族どもが不遜ふそんにも――――」


 カエサルさんは団長が遮る間もなく大演説を始めた。「ガリア」なる地域の蛮族と戦い、時に勝利を、時に敗北を喫しながらも見事な戦略と戦術でガリア人達を平定したというその話を、地下室に居た全員が聞き入ってしまった。カエサルさんの話は非常に面白く、まるで台本があるかのようなよどみない話しぶりだった。時に団長らが質問を飛ばしたが、カエサルさんはそれに的確に答えていった。僕にはサッパリだったが、団長はカエサルさんの戦略眼に唸っていた。


「――――これが私が指揮した"ガリア戦争"だ」

「「「おおー……」」」


 全員が拍手していた。


「……ってちげェ!!確かに話は面白かったが、裏付けが何もねェだろうが!信じられるか!」

「転生してきたのだから物証があるわけなかろう!ああローマが恋しい、ローマならば私が書いた"ガリア戦記"の写しがいくらでもあるだろうに」


 台本がある臭いと思ったがそれか。


「ともあれ、私の戦略・戦術眼が確かな事は判ったであろう?」

「ぬぅ……」

「足りぬというのなら政治論でも語るかね?」

「いや結構。これ以上話してたら飲まれッちまいそうだ……やはり討伐……」

「団長、さっきはああ言いましたけど、やっぱりこの魔力放出がブラフだったらマズい気が」


 追撃を入れたのはイリスだ。カエサル無害論を撤回する形になるが、逆に心理戦に持ち込む構えだ。


「そうだぞ、私は貴公らを一瞬で消し飛ばす力持っているがそれを隠しているだけやもしれんぞ?……だが貴公らに害を加える事はなかった。いつでも出来たはずなのにな。これは私に害意がない事の証明にはならんかね?」

「……」


 カエサルさんは魔法の事などさっぱりわかっていないはずだが、イリスに合わせリッチーの脅威を利用する方向にかじを切った。団長は苦い顔で悩んでいる。他の団員達は困惑しているが、その目には恐怖が浮かんでいる。


「ブラウブルク市冒険者ギルドは、例え自らがたおれようとも市民をモンスターから守るために存在している」


 団長は絞り出すように言う。


「……認めよう、今はお前と穏当な関係を築く事が、市民を守るための最善の行動であると」

「団長……!」

「……辺境伯様の軍が帰ってくるまで友好関係を維持する。それまで辛抱しろ」


 彼は僕たちだけに聞こえるようにそう言った。……執行猶予がついただけかー。だが即時討伐は一先ず避けられたので良しとしよう。


「……では、地上に出して貰えるかね?久々に日の光が見たい」

「よかろう、冒険者ギルドに招待する。地上待機の奴らに伝えろ、コイツを護送してギルドに戻るとな」


 僕は地上に駆け戻り、そのように伝えた。遅れてカエサルさんとそれを囲んだ団長達が上がってくる。


「……いや待て、外に出る前にその魔力放出をやめろ。流石に市民にバレる」


 団長はそうカエサルさんに言うが、彼はきょとんとしている。……僕がそうだったように、魔力の感覚がわからないのだろう。


「これ。これです」


 イリスが魔力塊を出し、カエサルさんに軽くぶつけた。すると彼は納得顔になり、放出していた魔力をすっかり吸収した。それでも霊気だけはどうしようも無いようだが、これは近づかなければ感じられない程度なので一先ず良いだろう。


 僕たちは「おお、ソールよ!」と太陽を仰いで泣くカエサルさんを囲んでギルドへと戻った。市民達が怪訝けげんそうな顔で僕たちを見てくるが、団長が「街に巣食う幽霊を退治しただけだ!現在被害者を保護し、護送している所である!既に街の安全は確保された、安心されたし!」と言うと猜疑さいぎの目はただの野次馬の目となった。


(筆者注:ソール:ローマの太陽神)



「で、待遇についてなンだが」

「貴人としての扱いを求める」


 冒険者ギルドの広間で、団長とカエサルさんがテーブルに向かい合って対談している。他の団員はいつでも飛びかかれるようにと2人を囲むように待機。


「何度も言うが、あんたはリッチーだ。百歩譲って貴人として扱おう、だがおいそれと街を歩かせるワケにはいかねェ。悪いが俺の屋敷で軟禁させて貰う」

「むぅ。……良いだろう、あまり贅沢は言わん」

「監視もつけさせて貰うが構わねェな?」

「それで貴公らが安心するというのなら、仕方あるまい。……いや、待て。1つ要望がある」

「言ってみろ」

「監視役にそこの少年らを入れよ」


 カエサルさんが指差したのは、僕とイリスだった。


「……許可出来ない。アイツらはウチの最年少者だ。若者を進んで危険な任務には送れねェ」

「別に取って食うわけでは無いのだから良いだろう。話し相手が欲しいだけなのだ、それくらい許せ!」

「「団長、僕(私)達少なくとも2回は死地に送られたんですけど!あなたに!!」」

「う、うるせェー!」

「……私とて貴族で、誇り高きローマ人だ。故郷の名にかけて彼ら、それに貴公らに危害を加えない事を誓おう。何なら貴公らの作法に則って誓いを立てても良いぞ」


 団長とカエサルさんの言い合いが始まったが、最終的に弁論術に勝るカエサルさんが団長をやりこめ、【鍋と炎】が監視ローテーションに組み込まれる事になった。そして軟禁にかかる所々の条件を書いた羊皮紙に、団長とカエサルさんがサインした。――――崩した字体だが、カエサルさんの使う文字はローマ字だ。僕は胸にこみ上げるものを、なんとか飲み込んだ。


 羊皮紙にはずらりと条件が並んでいるが、特に重要な条文はこの3つだ。


『・カエサルはゲッツ・フォン・ブラウブルクの邸宅ていたく、その建物の中から出てはならず、またその建物を破壊してはならない

・いかなる理由があっても人間に危害を加えてはならない

・魔法を教える事、また教わる事を固く禁じる

・ゲッツ・フォン・ブラウブルクはカエサルの生活に必要な一切について、妥当と認められる範囲においてそれらを供給する努力を怠ってはならない』


「……よし。おいお前ら、この事は当然だが口外無用だ。漏らした場合はギルドの契約に基づいて問答無用で処刑する」


 その場に居た全員が頷いた。


 そして最初の監視ローテーションに指名された(カエサルさんの要望だ)【鍋と炎】は、団長の邸宅に向かう事になった。見習いという事で任務から外されたルルが「死な”な”い”で”下さ”い”ね”」と泣いていたが、僕もイリスも微妙な顔で彼女の頭を撫でる事しか出来なかった。

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