第30話「幽霊退治?」
「マルティナさん居ますか!」
僕とイリスは冒険者ギルドに駆け込み一番、マルティナさんを探す。彼女は広間で女性団員と談笑していた。
「あら、どうしました?怪我人でも?」
「いえ、幽霊退治を手伝って欲しいんです!」
「あらあら。じゃあ――――」
「こちらの書類に記入を」
割り込んで来たのはドーリスさんだ。手には「クエスト依頼申請書」と書かれた紙。
「……あ、そういうの必要なんですね」
「無秩序にモンスター退治されたら冒険者ギルドの存在意義が無くなりますからね。面倒ですが仲間内であっても例外はありません」
「な、なるほど……」
お小遣いあげるから庭の雑草取ってくれ、というノリではいかないようだ。確かにドーリスさんの言う通り、それを許してしまえば段々公私の区別がつかなくなり「親がゴブリン退治して欲しいって言うからさ、帰郷するついでに退治してくるわ。ついでにお前らも来る?もちろん内々で」とやりだす者も出てくるだろう。イリスは書類を書き始めた。
『依頼人: "平坦なる" イリス
住所: ブラウブルク市、アメリア通り、土煙通りとの交差点から北に4軒進んだ右手側の一軒家
依頼内容: ○討伐 ・撃退 ・パトロール ・その他( )
対象: 幽霊
対象数量:不明
対象の所在地: 依頼人住所に同じ
報酬金額: 』
報酬金額の欄でイリスの手が止まる。彼女はマルティナさんを見た。
「……いくらお支払いすれば?」
「相場は銀貨15枚ですね」
「おおう……」
「……ですが、身内の事ですし銀貨3枚で良いですよ」
「「ありがとうございます!」」
書類を書き終えたイリスはドーリスさんに銀貨3枚を支払う。ギルドの取り分は依頼金額の1/3との事なので、達成時にマルティナさんに銀貨2枚が支払われる事になる。
ドーリスさんは白紙のクエスト告知用紙をマルティナさんに渡し、「受諾者名の所にお名前を書くだけでいいですよ。あとは私が書いておくので」と言った。サインしたら即討伐に行けるようにとの配慮だろう、頭が下がる。
「よし、では行きましょうか」
サインを終えたマルティナさんは、どこかワクワクした様子でそう言って立ち上がった。
◆
「ここです、僕の寝台の下から声が聴こえるんです」
僕たちはマルティナさんを伴って家に戻ってきた。彼女は顎に手をやる。
「ふむ、ちなみにいつ頃から聴こえるように?」
「今日からですね。でも、前の借り主も幽霊に精神やられちゃったそうなので、もっと前から出てたんだと思います」
「冒険者ギルドには最近幽霊退治の依頼は無かったはずなので……教会にでも依頼して、討伐失敗したか。あるいは依頼費用が支払えなくて放置したか。いずれにせよ……」
マルティナさんは目を
「……微弱ですが霊気を感じますね。それに魔力も。一応、2人も戦闘の準備を」
「は、はい」
霊気なんてものもあるのか。その出処の真上であろう寝台で1晩寝てたけど全く気づかなかったぞ。そう思いながら、僕とイリスは武装を整える。
「準備よしです」
数分後、完全武装の僕とイリスが寝台の前に戻った。
「では、その寝台をどかして下さい」
マルティナさんの指示に従って、僕とイリスで寝台を脇にどける。何の変哲もないレンガ張りの床だ。隠し扉のようなものもない。しかし、その「声」はよりはっきり聴こえるようになった。
「開けてくれ!誰か居るんだろう!?」
3人は顔を見合わせた。そしてマルティナさんが声をあげた。
「迷える霊魂よ、姿を現しなさい!」
「出れないから助けを求めているのだ!!」
「霊体であれば壁くらいすり抜けられるでしょう!……ああ、まだ幽霊という自覚が無いのですね?よろしい、常識を捨てなさい。あなたは"壁はすり抜けられない" という生前の常識から、無意識に壁で手を止めてしまっているのです」
「私は幽霊ではないし、壁を抜けられる訳なかろうが!こうして肉体がぶつかる以上はな!」
かすかだが、床が下から叩かれる音が響いた。
「……物理的に干渉してくる幽霊……相当高位種ですよ、これは」
マルティナさんはごくりと唾を飲んだ。そしてとんでもない事を言い出す。
「お二人とも、向こうに出てくる気が無い以上、こちらから行くしかありません。床を破壊しても良いですか?」
「「ダメに決まってるでしょう!」」
「ええ……?」
「ええ……?じゃないですよ、ここ借家ですから!クルト、ドーリスさんか【
「りょ、了解!」
そういう訳で僕は再びギルドに走った。【鷹の目】は居なかったので、ドーリスさんに事情を話した。
「わかりました、手をお貸ししましょう。ではこれに記入を」
……僕はクエスト依頼申請書を書かされた。依頼料は銀貨1枚にしてもらえたが。
◆
僕はドーリスさんを伴って家に戻り、彼女は床を検分し始めた。僕の部屋だけでなく家の床全体を叩いたり、床に魔力を流し込んで走査した彼女はこう言った。
「……これ、床下深くに空間がありますね。だいたいこの家と同じくらいの広さだと思いますが、中に魔力が充満してるのか正確には把握出来ませんでした。恐らくですが、クルト君の寝室のあたりに階段があって、それが広間の下方向に向かって伸びてますね」
「ええ……」
僕たちの新居、一体どうなってるの。
「とりあえず、この寝台の下あたりのレンガを非破壊的にどかせば良いのですね?私は魔法を使ったらすぐに家の外に出ますので、戦闘の方はよろしくお願いしますね。では……」
ドーリスさんは床に両手を当て、呪文を唱える。するとレンガの間のモルタルが粘土のように柔らかくなり、ひとりでに
「では」
ドーリスさんはさっさと家を出ていってしまった。入れ替わるようにして穴から家に入ってきたのは――――
「おお、日の光なぞ久しぶりに見たぞ!感謝するぞ君たち――――」
老年に差し掛かった男性が顔を出し、眩しそうに上を見上げるが。彼が見たのは日の光ではなかった。それはマルティナさんの光り輝く右手であった。
「改宗パンチ!」
「ぬおおおおおおおおおおおおおッ!?」
男はすんでの所で光り輝くパンチを避け、穴の下にあった階段を転げ落ちていった。それはともかく技の名前はどうにかした方が良いと思う。
「チッ!追いますよ!」
マルティナさんは光球を生成し自らに追従させると、穴の中に飛び込んでいった。僕とイリスも慌てて後に続く。
階段を降りていくと、僕でもわかるくらいに強力な魔力が空間に満ちている事がわかった。そして魔力に似ているが薄ら寒く感じる力。これが霊気か。
階段を降りきると、そこには6畳ほどの空間が広がっていた。出入り口は今降りてきた階段以外になく、中心には石の棺があり、蓋が開いている。男は棺の裏に隠れていた。彼は頭頂部がハゲており、ボロボロのローブを纏っている以外は武器もなく、怯えた様子でこちらを見ている。……なんだろう、どこかで見たことがあるような顔なんだよな。テレビやネットで見たのだろうか。あるいは――――
「き、貴様らいきなり攻撃してくるとは何事か!救出しに来たのではないのか!?」
「救出?ご冗談を。この魔力に物理的な肉体……幽霊ではありませんね。リッチーとはとんだ大金星です。街の平和のため、ここで討伐してくれましょう」
「リッチー?」
「外法で不死を得た人間の事よ。大抵は魔法の探求の果てになるんだけど、この魔力量、相当強力な奴ね……!」
イリスはごくりと唾を飲む。そんなに危険なモンスターなのか。確かに魔力は凄い、しかしそんなに悪い奴には見えない気がするのだが……。
「何を言っているのか全くわからんぞ!それに私はリッチーなどという名前ではない。我が名はガーイウス・ユーリウス・カエサルである!」
「ん”ん”っ」
僕は思わず咳き込んでしまう。今、彼はカエサルと言ったか?教科書だ、歴史の教科書で見た覚えがあるぞ。
「レムニア系の名前ですね。この石室の古さから見て大方、太古の昔に
マルティナさんの額に一筋の汗が流れる。そして彼女は僕たちだけに聞こえる声でこう言う。
「……申し訳ありませんが、今言った通り相手は太古のリッチーのようです。正直、勝てる気がしません。あなた達はギルドに戻って団員を集めて来て下さい。これはギルド総出でも勝てるかどうかという相手です……!」
「マルティナさんは!?」
「私はここで時間を稼ぎます」
「そんな!」
マルティナさんとイリスは盛り上がっているようだが、僕は一体どうしたものかと悩んでいた。もしかしたら、このカエサルを名乗るリッチーは僕と同じ転生者なのではないか?いやしかし、名前だけではわからない。僕は質問してみる事にした。
「あのー、カエサルさん。ご出身は?」
「ちょっとクルト、何対話しようとしてるのよ!」
「そうですよ、洗脳されるかもしれないんですよ!」
2人が慌て始めるが、小さく首を振る。すると2人は顔を見合わせ、悲壮な顔で頷いた。
「逃げられない、か……。あまりにも遅ければドーリスさんが見に来るでしょう。団員を呼び集めるのは彼女に託すしかないですね」
いやそういう意図ではないが。だが好都合なのでそう勘違いしていて貰おう。そうこうしてる内にカエサルを名乗る男が口を開いた。
「生まれはローマである」
なんてこったい。僕は動揺しながらも質問を続ける。
「……えーと、どういった経緯でこちらへ?」
「共和主義者のクズどもに襲われて死んでな。ブルートゥスめ……ともあれ、気づいたら神の
「ん”ん”っ」
今度はイリスが咳き込んだ。彼が僕と同じだと気づいたようだ。
「幾年か、幾十年か、はたまた幾百年かわからぬが必死に棺を開けようとしてな、やっと出られたと思ったらこの密室よ。だが出口は塞がってはいるが、上から人の気配を感じたので助けを呼んでいたのだ」
「あ、あー……」
「そしてやっと助けて貰えたと思ったらこれよ!転生し散々苦しんだ末にあんまりなな仕打ちではないか!?」
「リッチー風情が何を!どうせ大罪を犯しここに封じられたのでしょう、苦しんで当然!」
「せいぜい軍を率いて共和派共を打ち破ったり、政敵を何人か始末した程度だ!」
「人の命を何だと思っているのです!」
マルティナさんは激高しカエサルと言い合いをしている。その横で、僕とイリスはこそこそと話す。
「……ねえ彼、多分僕と同じ転生者だよ」
「そうみたいね……。知り合い?」
「いや直接の知り合いじゃないけど、僕の世界の偉人」
「マジ?」
「マジ。だから助けたいんだけど……」
「でもあの身体がリッチーなのは確かよ。危険すぎる」
「僕と同じ境遇なら、魔法は知識がないから使えないと思うんだ。だから安全だと思うんだけど」
「なるほど……でもマルティナさんどころかこの世界の誰も信じないわよ。それに、リッチーってだけで討伐対象なんだから」
「ううーん……」
参ったなこれは。助けたいが、彼がどういうわけかリッチーとして転生してしまったせいで、この世界の人たちを納得させる事が難しいようだ。だがリッチー、それも太古のリッチーとは冒険者ギルド総出でも勝てるかわからない存在だという。これは交渉材料にならないだろうか?今ブラウブルク市にある戦力は冒険者ギルドと、半壊状態の民兵隊しかないのだ。だが脅威だけで交渉するのは上策に思えない。何か市にとって利益になるものがなければ。
「あのーカエサルさん、前世でのご職業と経歴を教えてくれませんか」
「職業……最後の役職は終身独裁官である」
「リッチーに支配された国が!?」
「経歴はまあ色々あるが、属州総督や
「おお、主よ……どうして私達の前に闇の軍勢の
マルティナさんがうるさいが、僕は「これだ!」と内心ガッツポーズを作った。
「ありがとうございます。今のお話をうちの上役に持っていきたいのですが、席を外してもよろしいですか?」
「おお少年、ありがたい!この女では話にならん。そいつを呼んできたまえ!」
そういうわけで、「でかした」という顔をしたマルティナさんに見送られながら、僕は本日3度目となる冒険者ギルドへのダッシュを開始した。
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