第29話「和解と幽霊退治」

「僕って実はあの時、異世界から転生して来たんだ」


 イリスはぽかんと口を開けている。まあ僕だって日本に居た時に同じ事言われたら「何言ってるんだこいつ」と思う。


「……長くなるから、座って話そうか?」

「え、ええ」


 僕は害意が無い事を示すためにベルトから鍋袋を外し、寝台に放り投げる。2人で広間に向かい、テーブルについて向かい合う。イリスは動揺しているようだが、少なくとも話は聞いてくれるようで安心した。


「これは君に話すのが初めてだから、どこから話したら良いかわからないんだけど。とりあえず順を追って説明するね。まず僕は"日本"って国に住んでたんだ――――」


 日本の事、車――――馬車のようなものと説明した――――にはねられて死んだ事、自在に姿を変える神に転生させてもらった事、そして気づいたら戦場に居た事を話した。イリスは一通り聞き終えると、額に手をやる。


「頭が痛くなってきたわ……何それ……」

「ごめん。でも本当なんだ、信じてくれると嬉しいんだけど……」

「信じられるわけないでしょ!……って突っぱねたくなる所だけど、微妙に納得いく所もあるのよね。文字は読めないけどは知ってたり」

「まあ日本だと誰でも6歳から文字を習い始めて、12歳までに英語……第二言語の勉強も始めるからね」

「貴族か商人の子みたいな教育ね……。いずれにせよ、そういうのが"本当は記憶を取り戻してる" 奴の演技だったとは思えないのは確かね。……それに、趣味嗜好しこうも変わってるみたいだし」

「趣味嗜好?」

「…………転生以前のクルトが私に言ったセリフ、教えてあげるわ。初めて顔合わせした時にあいつはこう言ったのよ。"その貧相な身体じゃ娼婦にもなれねえだろうな、冒険者が適任だろうよ"……ってね」

「…………僕の事じゃないけど、ごめん」

「あんたに謝られても嬉しくないし、絶対許さないわよ。……あいつはそんな事言ってたけど、あんたは最近でも私の胸チラチラ見てくるし。趣味嗜好が変わったかなっていうのはそういう事」

「ミテナイヨ」

「…………演技下手」

「ごめん」

「謝らないでよ……いや視線のセクハラについては謝りなさい」

「ごめんなさい」

「まあ許さないけどね」


 この女。


 まあいずれにせよ、イリスはほとんど僕の話を信じてくれたようだ。決定打がセクハラというのは何とも格好つかないが、この点だけはクルトに感謝しなければなるまい。


「1つだけ聞きたいんだけど、何で記憶喪失なんて嘘をついたの?あんたの地頭……というか教育レベルなら、周囲を見て真似してればそう時間もかからずに溶け込めたと思うんだけど」

「だって皆が怖い目で見てくるんだもん、それをどうにかしたかったんだよ。皆僕を嫌ってるのを隠そうともしないけど、僕には全く身に覚えないし。イリスだってブラウブルクの戦いの時に睨んで来たでしょ?正直心が折れそうだったんだよ、理不尽に死んで転生して即戦場にぶちこまれた上に軽蔑けいべつされて」

「うぐ……」

「だから記憶喪失って事にするのが一番ストレスなく溶け込めるかなって」


 あの時の気持ちを思い出したらなんだか涙が出てきた。


「な、泣かないでよ。わかった、わかったから。知らなかったとはいえ悪かったわよ」

「う”ん”……」


 イリスは僕の涙が引くまで待ってくれた。


「私も大分飲み込めてきたわ。……わかった、信じましょう」

「ありがとう……!」

「でもこの話は鍋以上に秘密にしなさいよ。私は一番近くに居たからまだ信じられるけど、他の人だったら下手すれば"さては邪教に手を染めて精神をやられたか?"って思うかもしれないわ」

「君はその点は疑わないの?」

「真っ先に疑ったわよ!あんな鍋持ってるし!」

「だよねー」

「でもあんたはそういう感じじゃないのよね、宗教的な熱とか一貫性が無いっていうか。一貫性があるのはって事だけ」

「いやー日本人の多くが宗教に無関心で良かったよ。こっちで向こうの神様にすがってたら即邪教徒扱いされてたんだろうね」

「でしょうね。……宗教に無関心っていうのはちょっと理解出来ないけど。私だって信心深くはないけど、神様を信じてなかったら自分を保てるとは思わないわ」


 うーん、文化が違う。別に神が居ようが居まいが僕は僕だと思うんだけどなぁ。まあ宗教談義は避けるが吉と両親に習ったので、この話はここで切り上げる。


「イリスももう今日はいっぱいいっぱいだろうし、とりあえず今日はここまでにしない?」

「それもそうね」


 その時丁度、正午の鐘が鳴った。昼食を食べに行って、夕方には新居祝いという事でルルも呼んでホームパーティーをやろうという事になった。



 夕方、近所の食堂から料理とお酒を運んでもらって、【鍋と炎】で慎ましいパーティーをした。ビールは樽で買ってきたので飲み放題で、3人でがばがばと飲んでバカ騒ぎをした。


「飲み放題食べ放題最高ー!」


 何だかんだ一番楽しんでいたのはルルだ。難民生活でひもじい思いをしていた彼女にとっては久々のご馳走だったようだ。……それを差し引いても、彼女は良く飲んで良く食べた。元々大食らいの大酒飲みだな?


「ああなるほど、だから発育が良いんだなぁ!」

「あはは、ぶっ殺すわよ」


 体格通り少食なイリスが暖炉にファイアボールをぶちこんで雑に火をつける。ルルは「わーあったかーい」と言って暖炉の前に来て、そのまま横になって寝てしまった。


「寝ちゃったよ」

「今日も訓練して疲れてたんでしょ。……せっかくだから日本の話聞かせなさいよ、異世界ってどんな所か興味あるのよね」

「いいとも!」


 そこからは僕とイリスの2人だけで、それぞれの故郷の事を話した。ビールもすっかり底をついた頃(半分以上ルルの腹に入ったはずだが)お開きになり、冒険者ギルドにルルを運び込み、それから帰って寝る事になった。


「おやすみー!」

「おやすみ!」


 僕もイリスもすっかり出来上がっており、上機嫌で部屋に入り寝台に飛び込んだ。今日はイリスにも本当のことを話せた上に久々に豪勢な食事も出来たし、良い一日だった。満足しながら枕に顔を押し付けると、あっという間に眠りに落ちた。



「――――て!―――待て、―――な!寝るな!ここから出せ!」


 枕の下からそんな声が聴こえた気がした。



 気づくと朝だった。頭がひどく重いし、眠りが浅かったような感覚がある。お酒を飲むと眠りが浅くなると聞いた事があるが、そのせいだろうか。だが水盆すいぼんで顔を洗うといくらかすっきりした。トイレで用を足して広間でだらだらしていると、イリスが起きてきた。


「頭いたぁ……おはよう」

「おはよう」


 イリスはトイレに行き、しばらくして扉が開いたと思ったら箱型便器を抱えて出てきた。


「クルト、玄関開けてくれる?」

「えっ、うん。何するの?」

「箱型トイレは中身汲み取ってもらわないと。軒先に出しておけばそのうちみ取り人が汲み取っていくわ」

「あー、なるほど」


 水洗便所が無いとこうなるのか。僕は扉を開けると、イリスは玄関の横に便器を置いた。……これを女の子にやらせるのはちょっと気がひけるな。


「明日からは僕がやろうか?」

「ん……」


 イリスは眠そうな顔で頷いた。


 ……しかしこのトイレの方式だと、中身を汲み取るだけなので残留物が臭いの元にならないだろうか。改善の余地がありそうだ。こういう所で現代知識を活かしていこう。


「ねえイリス、僕は朝食食べたらヴィムの所に行ってくるね」

「ん……。んんっ、私も行く」

「うん?何か用が?」

「いや特に無いけど」

「…………幽霊が怖いんだ?」

「…………」


 イリスが睨んでくる。これは当分いじれそうだ。


「……そういえば昨夜、なんか声が聴こえた気が」

「ちょっとやめてよ!」

「ははは、多分気のせいだよ。結局1日家で過ごしたけど何も無かったし、幽霊なんて居ないんじゃないかなぁ」

「そうだといいわね……いえきっとそうよ……」


 結局、2人で朝食を済ませてからヴィムの工房に行く事になった。



「君は僕をなんでも屋だと思ってないかな」

「……ダメかな」

「まあ、とりあえず知り合いの大工に相談してみる」

「ありがとう!」

「まあ今回は大工も絡むわけだから、前より儲けは小さくなると思うけど」

「了解」


 僕はヴィムにトイレの改善アイデアを伝えた。第一希望だった現代日本風の水洗便所案は、そもそも街には上水道も下水道もないので難しいという事がわかり(もっと南方か西方の地域ならあるそうだが)、代替案を試してみる事になった。ついでに発注中の肩鎧と首鎧について聞くと、来週中には出来上がると言われたので楽しみだ。


 工房を後にすると、イリスが「やっぱ二日酔いがきついから今日は家でのんびりしてるわ……」と言うので、否応無しに僕も家に籠もる事になった。


 暇つぶしにイリスから炎魔法の魔導書を借りて読む事にする。


「何々、――魔力とは知性ある生命にあまねく存在するエネルギーでありながら、その存在は我々が暮らす現実世界と形而上の境目に存在し……」

「――――ろ」

「うん?」


 何か声が聴こえた気がした。


「……気のせいかな」


 数秒待つ。


「――――ろ。――けろ!」


 ……やっぱり何か聞こえる。しかも僕の部屋の方からだ。その音を頼りに、部屋に入ってみる。


「――――ろう!――居るんだろう!開けてくれ!開けろ!」

「人の声だ!?」


 僕は思わず大声を出してしまった。


「なになになに!?」


 イリスが部屋から飛び出してきた。


「いや、声が聴こえるんだよ!僕の部屋から!」

「ちょっと、冗談ならぶっ殺すわよ!?」

「冗談じゃないって、こっち来てよ!」


 イリスは杖を構えて僕の部屋に入る。


「ほらよく耳を澄ませてみてよ」


「――――居るな!?そこにいるな!?開けて、出してくれ!」


「ひっ」

「ね?」

「ね?じゃないわよ!この声、あんたの寝台の下から聴こえてくるじゃない!」


 マジで?……確かにそんな気がする。


「……退治、する?」

「待って、ドーリスさんが言ってたでしょ。聖職者が居た方が良いって」

「そうだった。じゃあ呼びに行こう!」


 そういう訳で、僕たちは冒険者ギルドへと駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る