第28話「引っ越しとクルトの秘密」

「【鍋と炎】、戻りましたー」

「オッ、無事だったか!」

「1体、個性残した騎士ゾンビがいましたけど何とか」

「うへぇ、初回からハードだったなぁ。お疲れさん」


 僕たちは広間でだらだらしていた団員達に労られながら受付に向かった。ドーリスさんは村長さんのサインを確認すると、報酬を支払ってくれた。前金は食料に使い切ってしまったので、残りの報酬と戦利品のお金を合わせると銀貨8枚と銅貨24枚(銅貨換算で248枚)になった。


「じゃ、取り分けるわよ」


 一まとめにしたお金をイリスが3等分する。1人あたま銀貨2枚と銅貨26枚(銅貨換算82枚)が今回の儲けだ。端数は銅貨よりも少額貨幣である小銅貨に分割する事も可能だったが、面倒なのでパーティーの共有資産としてイリスが管理する事になった。


「やったー!これで来週もパンが食べられる!」

「ほぼ家賃ぶんが稼げた!」

「最初はしょっぱいと思ったけど、苦労して稼いだお金と思うとありがたみがあるわね……」


 3人は3様の反応で報酬を喜んだ。そして今回、報酬よりもさらに嬉しいはずの戦利品があるのだが……


「結局、使えそうなのはこの2つだけですかぁ……」


 ルルが残念そうな声をあげる。全員で革鎧とギャンベゾンを洗ってカビやら何やらを落としたのだが、使用に耐えそうなのはギャンベゾンと胴鎧だけだった。一応ヴィムに見せて修理が可能か聞いてみたが、「買い直すのと同じくらいの値段になる。っていうか僕は鉄専門だからあんまり上手く扱えない」との事だったので断念した。「革小札こざねの材料にはなるから、一応取っておいたら」とも言われたので、乾かして保管する事にした。


 ギャンベゾンは現在全く防具のないルルのものにする事でイリスと合意した。問題は胴鎧の方だが――――


「胸がつかえてダメですねーこれは」


 彼女の豊満なバストはギャンベゾン越しでも胴鎧を押し上げてしまい、腹の部分に隙間が出来てしまう。無理やり締めると胸が痛くて着れないとの事だ。イリスが恨めしそうな目で見ていた。彼女のバストは平坦である。


「じゃあ僕が貰って良いかな」

「仕方ないわね……」

「いいですよー」


 売り払ってそのお金を3人で分ける案もあったが、未だ僕の防具も十分とは言える状態では無いので、ありがたく頂く事にした。


 これで僕の防具は兜、小手、盾、胴鎧……さらにヴィムに発注中の首鎧と肩鎧になった。ううむ、だんだん固まって来た。


「……そういえばさ、なんであの騎士ゾンビ、革鎧着てたんだろう。鉄の鎧の方が強そうじゃない?」

「んー、色々あるけど。鎧は魔法対策で選ぶのよ。例えば鉄のプレートアーマーは炎魔法に強いわ。うねとか筋をつけて表面積を増やした鉄板は、下手な炎魔法の熱が中に伝わり切る前に風で冷えちゃうの。逆に氷魔法には弱くて、あっという間に熱を奪われて中の汗だくギャンベゾンが凍って身動きが取れなくなる」

「そんな相性が……。じゃあ革鎧は氷魔法対策?」

「そうね。まあプレートアーマーよりはマシ、程度だけど。団長のブリガンダイン(革の裏に鉄小札を打ち付けたもの)はその良いとこ取りって所ね。壊れたプレートアーマーの破片で作るから安いって理由で選ぶ人も居るらしいけど」

「色々あるんだなぁ」


 なんとなくで鉄の鎧を買い集めようと思っていたが、魔法対策を考えるともう少し熟考した方が良いかもしれない。


「へえー……じゃああの騎士の風上にも置けない騎士ゾンビは、氷魔法対策をしつつ炎魔法は剣で受け流せば良いやって考えだったんですかねぇ」

「多分ね。……魔法を剣で受け流すなんて聞いたこともないから、真似しちゃいけない類の考えでしょうけど」

「よく勝てたね僕たち……」


 2人は深く頷いた。もっと訓練して強くならねば死ぬという事で意見が一致し、次のクエストが来るまでは暇なパーティーを捕まえては訓練して貰う事にした。



 訓練の日々を過ごしながら日曜日は礼拝に行き、明くる月曜日の5月1日。給料を受け取った僕とイリスは引っ越し作業をしていた。ギルドから借りた手押し車に荷物を積み、新居へと向かう。ギルドから100mほど離れ、街の南北を走る大通りから1本外れたところにある家は、見学した時と変わらぬ姿で建っていた。既に受け取っていた鍵で扉を開ける。


「うおー、なんか気分上がるなぁ。新居!」

「確かにわくわくするわね」


 イリスもニコニコしている。


「じゃ、早速部屋を決めようか。どこにする?」

「先に選んで良いわよ」

「じゃあ、ありがたく……ここにしよう」


 僕は左手側に2つ、右手側に1つある部屋のうちから、左手側の奥側を選んだ。広間の暖炉は扉の正面奥にあるので、手前側の部屋よりは比較的温かいだろうという考えだ。


「じゃ、私はこっちね」


 イリスは僕と反対側、右手側の部屋を選んだ。


「そこは――――いや、何でも無い」


 僕は言いかけてやめる。僕とイリスの部屋は直線上にある。そして各部屋には扉がなく、お互いの部屋が丸見えだ。――――つまりそれは、僕の部屋からイリスの着替えが丸見えという事では????


 僕は、「ちょっと後ろ向いててよね」と言うイリスを想像する。言いつけを破ってこっそりと後ろを見てみれば、背を向けた彼女が服を脱ぎだし――――その平坦なバストこそ見えないが、スカートを下ろせばバストの栄養を吸い上げたとしか思えない丸みのある尻が……!


 コンコンコンコン、という何かを打ち付ける音で僕は妄想から現実に引き戻された。見れば、椅子に乗ったイリスが部屋のはりに長い布を打ち付けていた。床すれすれまで伸びるそれを2枚貼り付けると、部屋は完全に覆い隠された。カーテン……というか暖簾のれんである。


「これで良し」

「……………………はい、大変良いです」

「なんで敬語なのよ」


 僕は心の中で泣いた。



 すっかりやる気の失せた僕は、レイアウトなど考えず適当に荷物を部屋に運び込んでゆく。いやそもそも荷物といっても少ない日用品とクルトのメモ、それに服と防具くらいしか無いのであまり工夫を凝らす余地はない。スペースも4畳ほどしか無く、1畳半ぶんは寝台で埋まっているし。


 イリスの部屋を見れば、暖簾の奥から鼻歌に混じって「これはここ」「いやこっちかしら」「こっちね」という声が聞こえてくる。……部屋のレイアウトに凝るタイプか。時間がかかりそうなので、僕は暇つぶしに外に出る事にする。まだブラウブルク市の事は南側の1部しか知らないので、地理を調べておきたいという考えもある。


「イリスー、僕はもう終わったから散歩でもしてくるね」

「待ちなさい」

「ん?」

「私が終わるまで待ってて」

「何か用事が?」

「いや特に無いけど。……待ってなさい」

「えぇ……」


 イリスがゴネたのはパーティー名を決めた時くらいで、こういうワガママは初めてだったので困惑する。一体何故と考えを巡らせると、1つ思い当たるフシがあった。


「…………1人になりたくないんだ?」

「……………………」

「幽霊が出たら怖いから?」

「……………………違うわよ」

「じゃあ問題ないよね、散歩行ってくるね?」

「待ちなさい」

「…………本当は怖いんでしょ」

「……………………」


 イリスは暖簾から顔を出し、泣きそうな顔でにらんできた。……可愛いので許す事にしよう。


「わかったよ……」

「ふんっ」


 彼女は再び暖簾の奥に引っ込んでしまった。仕方がないので、僕はずっと後回しにしていたクルトのメモを読む事にする。その殆どがプリューシュ語ではない別の言語で書かれたものだったので、一先ず読めるものだけ選り分ける。結局2枚だけがプリューシュ語で書かれていた。それは他の言語で書かれたものと違い、ほとんど走り書きで書かれている。何かを書きまとめたというよりは、思考を整理するためのもののように思える。僕は1枚目を手に取る。


『費用不足  全てを売り払っても片手剣1本サイズが限界か


付呪師の助言:防御層と中に織り込む層は円環状にした方が良い


吸魂層を貼り付けると鍋の形状が適切か? ←バカげている ← 付呪師の助言:適切』


 ……これは、鍋を設計する際の思考メモだろうか。どうやら、クルトは全財産を売り払ってこの鍋を造ったらしい。最初は片手剣にしたかったようだが、"付呪師"とやらの助言を受けて鍋状に固まった。これはイリスが言っていた「クルトは戦闘も出来る」という言葉の裏付けにもなる。少なくとも片手剣以上に鉄を使う武器を使っていたようだ。……「中に織り込む層」とは何だろう。鍋の中にもびっしりと付呪が刻まれているので、これの事だろうか。


 そして、「吸魂層」という言葉。女神に「幽体の剃刀」を授かった時に感覚的にわかるようになっていたが、やはりこの鍋は魂を吸い上げる機能がある。そんな外法を一体どこで覚えたのだろう。やはり核心部分は謎のままだ。僕は次のメモを手に取る。これは1文しか書かれていない。


『想定される燃料:人間でおよそ120人分』


「なんだ、これは」


 僕は思わず声を出してしまった。背筋が寒くなる。一体クルトは、120人ぶんの魂で何をしようとしていた?想像もつかないが、その筆致が極めて軽い事からクルトが「120人殺害する事」について何の感慨も抱いていない事を読み取ってしまう。


「このクズ野郎は一体、何をしようとしていたんだ……?」

「ちょっと、何ブツブツ言ってるのよ。幽霊より怖いんだけど」


 幽霊が怖い事をカミングアウトしたイリスが声をかけてくるが、僕はそれを揶揄やゆせず無言で2枚のメモを見せた。イリスもやはり顔を青くする。


「……今、あんたが記憶を取り戻して答え合わせをしたい気持ちと、取り戻さず平穏に一生を終えて欲しい気持ちが同居しているわ」


 イリスは渋い顔だ。その目には不信感と恐怖が浮かんでいる。僕は久々に人から、それも信頼しているイリスから負の感情を向けられた事で動揺してしまう。――――彼女に嫌われたくない。そう思った瞬間に、僕は自然と口を開けてしまう。


「実は、記憶喪失についてなんだけど」

「え?」


 そこまで言って、後悔した。今ここで「いや何でも無い」とお茶を濁せば、彼女はさらに不信感を強めるだろう。さりとてを話しても信じてもらえるかわからない。


「いや……いや違う、でも……」

「……」


 彼女はじっとこちらを見ている。――――ああダメだ、やっぱり彼女に嫌われるのはイヤだ。でもどうせ嫌われるなら、本当の事を話した上で嫌われる方がマシか。ほとんど混乱した頭で、僕はそう結論を出した。


「実は僕、記憶喪失っていうのは半分嘘なんだ」


 言った瞬間、イリスの視線が彼女の部屋に向かう。今彼女の手にない杖を探しているのか。


「待って!ブラウブルクの戦いより前の事を覚えてないのは本当だよ!ただ……」

「……ただ?」

「僕って実はあの時、異世界から転生して来たんだ」


イリスが言葉もなく、ぽかんと口を開けた。

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