第32話「ローマからの視点」
団長と【鍋と炎】、さらに複数のパーティーがカエサルさんを護送しながら市内を北へと向かう。中川を越えさらに北へ。僕は初めてブラウブルク市の北側へ足を踏み入れた。
「なんというか、高級住宅街って感じだね」
「そうよ、街の北側は貴族や裕福な市民が住んでる……いや、そういう人たちしか住む事を許されてないのよ。あとは牧師ね」
「ふむ、見事な建築ではある」
カエサルさんも関心していた。南側は木造建築が多かったが、北側はレンガ造りの家が多い。僕が想像していた「中世ヨーロッパ」に近く、特に青いレンガで造られた家が目を引いた。カエサルさんもそこに目をつけたようだ。
「あの青は塗装かね?」
「いえ、熱を加えると青く発色する塗料を、レンガに直接練り込んで焼いています。
イリスが指差す先には
「……本当に異世界なのだな。焼いてなお青い塗料など聞いたこともない」
「驚くのはまだ早いぜ、ほら見えてきただろ」
団長が通りの先を指差すと、その先には青い城があった。
「あれが狭義での
台地の上に建てられた青い城は、背こそ低いがある種の威容をたたえ、何よりその色が美しく僕とカエサルさんは感嘆のため息を漏らした。
「で、こっちが俺の屋敷な。狭いが勘弁してくれよ」
そう言う団長が入っていったのは、赤レンガ造りのお屋敷だった。狭いといっても貴族の感覚なのだろう、壁に囲まれた庭の中に建つその屋敷は僕達の家とは比べ物にならないほど大きい。
「……赤レンガ。貴公、貴族ではなかったのか?」
「いんや貴族だが。あんまり貴族趣味じゃないんでね」
「そういうものか」
「人それぞれってやつだ。……おーい、戻ったぞ」
団長が声をかけると、使用人と思しき人たち3人が出迎えてくれた。本当に貴族なんだなぁ。
「急で
「かしこまりました」
「風呂!いやはや、こちらの世界でも風呂にありつけるとは
「いやもてなしっつーか、あんたクサいし」
「…………」
確かにカエサルさんは酷い臭いを放っていた。数十年か数百年あの石室に閉じ込められていたのだから仕方ないが、団長も容赦がない。
応接間でしばらく待っていると風呂がわき、カエサルさんは使用人総出で洗われる事になった。その間に僕と団長が話す。
「あの時は肌感覚でヤバいって思いましたけど、リッチーって具体的にどれくらい強いんですか?」
「なりたてなら別にそこらの魔法使いと変わらんがな、数百年、数千年を生きたリッチーってのはヤベェ。魔法の使用回数はいくら鍛えても増えないって話は知ってるか?リッチーは長い時の中でその制限すらも突破する。歴史の中にゃ、1人で雨のように魔法を振らせて万軍を撃破したリッチーなんてのも居たらしい」
「おおう……。そういえばエルフやドワーフも長生きらしいですけど、彼らも魔法の使用回数が増えたりするんですか?」
「いや、奴らは伸びない。恐らくだが、魔法の使用回数を増やすのは外法の類なんだろうよ。……ああ、ハイエルフだけは
「……よくそんな奴ら相手に、人間が
「奴らは子を作るまでの期間が長いんだとよ。おとぎ話の世界だが、太古の人間の英雄達はそれを利用してハイエルフに次々と1対1の決闘を挑み、少しずつ数を減らしていったんだと。あとは繁殖力に勝る人間の天下よ」
「おおう……」
この世界の古代史は大分血に濡れてそうだな。話しているうちにカエサルさんの入浴が終わり、部屋の準備も整ったとの事で、早速その部屋に行く事になった。これから軟禁されるというのにカエサルさんは上機嫌だったが、女性使用人が頬を染めていたのと関係があるのだろうか。
◆
カエサルさんにあてがわれた部屋は2階の一室で、このひと部屋だけで僕たちの家と同じくらいの広さがあるのだから、やはり貴族というのは凄い。家具は団長の趣味なのか質素なものだったが。
「優美さに欠けるが、まあ良い」
とカエサルさんも一応満足したようだ。
「監視ローテーションは2交代、お前ら今日は夜8時まで担当な」
「「はーい」」
結局監視は1日2パーティーが充てられ、冒険者ギルドに所属するパーティー10個が持ち回りで担当する事になった。各パーティーが週に1回か2回監視任務につく事になるが、その分本来の業務が出来なくなると団長が頭を抱えていた。……確かに僕たちもあまり遠出は出来なくなるし、当然訓練に充てられる時間も減るので、カエサルさんと対話出来ると言っても良いことづくめとは行かないようだ。
やがて団長が「必要以上に会話するンじゃねェぞ、洗脳されるかもしれねェからな」と言い含めて出ていき、僕とイリスとカエサルさんだけが残された。団長にああ言われたが、僕は会話する気マンマンだった。カエサルさんもその気のようだ。
「……さて、これでゆっくり話せるな」
「ええ」
「初めに聞いておこう、少年。君は何故真っ先に私を助けようとした?リッチーとやらの脅威から提案したという風ではなかったように感じたが」
「クルトです。……率直に言えば、僕もあなたと同じ転生者なんです」
「なんと!出身はどこかね?顔立ちからするとゲルマニア人のように見えるが」
「ゲル……?いえ、僕は日本という国から来ました。ええと、アジアの方です」
「アシア?フリギア人かね?」
「……?いえ、違います。ローマから見たらずっと東の方だと思います」
なんだか微妙に話が噛み合ってないというか、想像しているものが違う気がする。
「あと、僕はカエサルさんよりずっと後の時代の人間です。ええとすみません、あまり歴史の勉強をしてなかったのでざっくりなんですけど、多分2千年は後の生まれです」
「2千年!いやむしろ都合が良い。クルトよ、ローマは、私亡き後のローマはどうなったのだね?」
「確か、皇帝が治める国になっていたと思います。その後は詳しく知りませんけど、今はイタリアという国になっていて、ローマの遺跡は観光名所になってますよ」
「
カエサルさんは何かが
「そういえば独裁官とか属州総督がどうこうって言ってましたけど、ローマってどういう国だったんですか?あ、私はイリスって言います」
「イリス、ローマは元老院が治める共和制国家だ。通常は選挙で選ばれる任期制の
「共和制……都市国家みたい。そしてそれを君主制に変えようとした、と」
「そういう事だ。ローマは都市国家の制度で治めるには大きくなりすぎた。私や叔父はそれを是正しようとしていたのだ」
……イリスとカエサルさんが政治談義で盛り上がり始めたが、僕にはさっぱりだ。適当なところで話題を変える。
「そういえば、神聖レムニア帝国ってどういう国の制度をとってるの?それに貴族制についても教えて欲しいんだけど」
「おお、それは私も聞いておきたい」
「神聖レムニア帝国は
「皇帝というのは"王の中の王"という認識で良いかね?」
「はい」
「王に勝る権威を血筋によってではなく、王侯貴族の合議で決めるという事か。面白い、私も恐怖によってではなくそうして終身独裁官になっていれば……」
「じゃあ、ノルデン選定侯様って結構偉いんだ」
「結構っていうか、皇帝の直下の階級よ。ノルデン選定候様は7人いる選定侯のうちの1人」
「おおう」
「で、その下に王、辺境伯、公爵、伯爵……と他にもたくさん階級が続いて、貴族の最下級が騎士ね」
「アルバンさん……アルバン様だ」
「そう。……最下級って言っても貴族は貴族、私達平民とは権利が大違いよ。例えば平民に失礼な事を言われたらその場で殺したって文句言われないわ」
「……気をつけよっと」
「本当に気をつけてよね。うちの団長見てると感覚が狂うけど、あの人は例外だから」
中世こわ。
「ふむ、その点で疑問があるのだが。貴族に階級があるのはわかったが、字面からするとそれらは官職名であろう?任期はどれくらいなのだね?」
「……? 終身ですけど?」
「終身!?では例えば辺境伯というのは、任じられた辺境を死ぬまで治めるのか?」
「そうですけど……。で、死んだらその長子が跡を継ぎます」
「しかも相続可能だと!?そんな制度では、貴族が任地とズブズブになり皇帝に従わなくなるのではないか?」
「それは、まあ。実際神聖レムニア帝国の皇帝の権力はそんなに強くないです。っていうか今、南方貴族が対立皇帝を立てて内戦してます」
「明らかな制度設計ミスではないか!」
「そ、そう言われても……」
カエサルさんは「これは改善の余地があるな……」とぶつぶつ言いながら考え込んでしまった。……もしかして知識チートしようとしてる?現代知識を持ってる僕よりチートされると、僕の立場が無くなるからやめて欲しいんだけど。
結局この日はこの世界の歴史や制度をイリスに講義してもらって、あっという間に夜8時になった。
「じゃ、交代の時間なので僕たち帰りますね。……あっ、僕が転生者って事は秘密にしてるので、他の人には言わないで下さいね」
「良かろう。まあどうせ、あの様子では私と話そうなどという者は君たち以外におるまい、言う機会もなかろうよ。……君たちとの対話は実に楽しい。次に会える日を楽しみにしているぞ、クルト、イリス」
◆
交代のパーティーに後を引き継いで、僕たちは家に帰った。
「……この穴どうしよう」
僕の寝室の床に開いた穴を指差しながら、イリスに尋ねてみた。
「実質地下に拡張されたわけだし、そのままで良いんじゃない?」
「ええ……。僕の荷物を置く場所がないんだけど」
「地下に置けばいいでしょ。じゃ、おやすみー」
そういう事になった。
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