第27話「ゾンビ退治 その2」

「これって個性を残してるやつじゃ?」

「多分ね……!」


 イリスが頷く。ゾンビの殆どは自我を失い、生者に噛み付く以外の行動はとらない。しかし中には生前の個性を残し、生前の技能を使うゾンビもいるという。


「イザ尋常ニ、我ハ、リッター、領民ヨ、我ハ、リッター、イザ、イザ、イザ、大過ナイカ、イザ……」


 ダニエルと名乗った騎士ゾンビは壊れたロボットのように支離滅裂な言葉を繰り返し、攻撃してくる様子はない。


「……攻撃してこないし、アウトレンジ戦法でいけるんじゃ?」

「やってみましょうか」

「はーい」


 そういう訳で、イリスのファイアボールを口に放り込んで仕留める作戦を採る事にした。念の為僕が先頭に立ち、万が一の反撃に備える。10mの距離まで近づいたがやはり攻撃してこない。これはいけるか、と5mまで近づいた瞬間。


「勝負せよ」


 騎士ゾンビがすらりと剣を抜いた。その剣はさび色に変色した血がべっとりと付着しており刃も所々欠けていたが、彼がそれを抜いた瞬間に急激に威圧感が増し、背筋に寒いものが走った。


「イリス、待っ――――」

「食らいなさい!」


 イリスは威圧感に呑まれたのか切羽詰まった声で叫び、ファイアボールを放つ。それは正確な狙いで騎士ゾンビの口へと向かったが。


 騎士ゾンビが斜め上方にぎ払うように剣を振り抜くと、ファイアボールは爆発する前に軌道が逸れ地面にぶち当たった。


「受け流した!?」

「下がって下がって!」


 僕は盾を構えながら叫び後退を始めるが、騎士ゾンビは強化された脚力で踏み込み、猛烈な連続攻撃を加えてきた。


「ひっ」


 その斬撃はもはや目で追えず、僕は咄嗟とっさに腰を落とし盾を掲げて顔を隠すことしか出来なかった。ほぼ1回としか思えないスピードで2回の斬撃が盾に叩き込まれる。


「飛び退いて下さい!」


 ルルの声で大きく後ろに飛ぶ。その横を、彼女の槍が通り抜けた。顔を上げれば、騎士ゾンビは側面から突きを入れ、それを引き抜く姿勢で止まっていた。さらに首の動きだけでルルの槍を避けている。騎士ゾンビは槍を絡め取るような動きで剣を振るうが、ルルは素早く槍を引いて飛び退いた。


「あ、ありがとう」

「いえいえ、クルトさんが身を屈めてくれたので私からはんですよ」


 騎士ゾンビの最後の突きの事だろう。ルルの指示が無ければ僕の首に突き刺さっていたと思うとぞっとする。騎士ゾンビは剣を下げゆらゆらと揺れながら立ち、追撃を仕掛けてくる様子はない。


「どうしよう。悪いんだけど僕、2発か3発くらいしか受け止める自信ない」

「まずいわね……私もあと1発しかファイアボール撃てないけど、そもそも受け流されるし……"幽体の剃刀かみそり" は使える?」

「ダメ。が足りない」


 数体ゾンビを倒したが、鍋に魂が蓄えられる感覚はなかった。やつらは動いてはいるが既に魂は抜けているという事だろうか。


「同時攻撃はどうですか?相手の剣は1本なんですし」


 ルルがそう提案するが、その作戦のネックは軽装備の彼女だ。彼女を前衛に立たせ攻撃に参加させた場合、僕は彼女を守り切る自信がない。しかし手数で押す以外に方法がないのも確かだ。僕たちは騎士ゾンビから距離をとり、ああでもないこうでもないと作戦を練る。


 ……結局、ルルの同時攻撃案を採用する事になった。騎士ゾンビから見えないよう木陰で少し練習し、僕たちは再戦を挑んだ。陣形は従来通り、僕、ルル、イリスの順番の縦列。


「行くぞッ!」

「我ハ、リッター、ダニエル・フォン、イザ、麦ノ収穫ハ、リッター、勝負、イザ、イザ、イザ」


 僕たちは支離滅裂な言葉を吐き出し続ける騎士ゾンビに向かって突進を開始した。


「――――勝負せよ」


 残り2mの距離で、盾に押し込まれるような衝撃が一瞬走る。それが神速の突きだと理解した時には既に騎士ゾンビは剣を頭のあたりまで引いている。盾は突きに耐えるために腕を固めた状態で、咄嗟には動かせない。2発目が顔面に来る――――その瞬間、ルルが右に飛ぶ。さらにイリスが詠唱を終え左に飛ぶ。僕は鍋で顔を覆いながら前進し鍋の間合いに踏み込む。そして。


「「「喰らえッ!」」」


 鍋、槍、ファイアボールが同時に繰り出される。騎士ゾンビの腐った眼球がぐるりと3人を見渡し――――まずファイアボールを斬り払った。次にルルの槍を首の動きだけで避けようとする。僕の鍋は脅威なしと判断したか。


「やっ!」


 しかしルルの顔を狙った突きはフェイントだった。その突きは直前に軌道を変え、やや下方に飛ぶ。そこには騎士ゾンビから見て左に振るった右腕があった。革鎧に受け止められるが、これで返す刀で僕の首をねる事は不可能になった。


「喰らえ!」


 僕は鍋を真上から振り下ろし、騎士ゾンビの顔面を狙う――――騎士ゾンビの腐った眼球が一瞬ギラリと光った。首筋が総毛立つ。騎士ゾンビは、ゾンビとなり強化された筋力でルルの槍を急激に押し戻し始める。


 ――――まずい。そう直感した僕はさらに半歩踏み出し、自分の顔の右横を払うように小さく鍋を振るう。鉄と鉄がぶつかり合う音が2回連続して響いた。1回目は鍋と剣がぶつかり合う音。2回目は滑った剣がケトルハットを叩いた音だ。その瞬間、騎士ゾンビのボロボロの剣が根本からポキリと折れた。刃がクルクルと宙を舞う。――――想定外だが絶好のチャンス。僕とルルで集中攻撃する時だ!


 そう思った瞬間、騎士ゾンビは振り抜いた右手で手首のスナップだけで剣の柄を投げつけた。


「ぴぎゃっ!?」

「ルル!」


 顔面に柄がぶち当たったルルが怯む。彼女の追撃は数秒期待出来なくなった。


「このッ!」


 人数差のアドバンテージが一瞬で消し飛んだが、諦めずに鍋を振るう。しかし騎士ゾンビはそれをフリーの左手で掴み取る。手のひらの骨が砕ける音がするが、強化された指の筋力だけで保持された鍋はびくとも動かない。騎士ゾンビは右手を握り込み、パンチを構えている。あの膂力りょりょくで顔面を打ち据えられたらたまったものではない。


「まずっ……」

!」


 イリスが叫ぶと同時、騎士ゾンビが鍋から手を離しイリスの方に手を掲げた。……が、何も飛んでこない。イリスは既に5発のファイアボールを撃ち切っており、もう魔法は撃てないのだから当然だ。だが騎士ゾンビはそれを知らない。イリスの見事な機転だった。そしてこの機を逃さず、僕は攻撃を仕掛ける。団長に何度も食らった、足払いだ。


 見様見真似だったがイリスに意識が行っていた騎士ゾンビには効いた。騎士ゾンビの足が浮く。それと同時に、宙を舞っていた剣の刃が落ちてくる。騎士ゾンビは握っていた右手を解くとそれを掴み取り、突きを放ってくるが体勢が悪い。難なく盾で受け、そのまま一緒に倒れ込むようにして押し返すと騎士ゾンビの右手の指が飛ぶ。僕は盾ごと覆いかぶさるようにして彼にのしかかる。


「我ハ!騎士のリッター!」


 騎士ゾンビはのしかかられてなお、顔に噛みつこうとしてくる。だがこれは予想がついていた。


を食らうかよッ!」


 今度は腕ではなく、鍋を騎士ゾンビの口に押し当てる。鍋のフチを噛んだ彼の歯がバキバキと音を立てて折れる。制圧した。――――そう思った瞬間、僕の首に何かが巻き付いた。盾の拘束から抜け出した騎士ゾンビの左腕だ。


「がッ!?」


 凄まじい膂力りょりょくで首が締め上げられる。意識が薄れるより先に、首の骨に痛みが走り始めた。このままでは首をへし折られる。迫りくる死の恐怖で全身に寒気が走る。――――その時、寒気を塗り替えるほどゾッとする声が響いた。


「乙女の顔を傷つけるとは、騎士の風上にも置けませんね」


 横目に、ルルの足が見えた。


「――――見事」


 薄れゆく意識の中で、騎士ゾンビが小さくそう言ったのが聞こえたような気がした。



「――――ルト!クルト!」

「痛い痛い痛い」


 僕はイリスのビンタで目を覚ました。彼女は涙目で、相当心配してくれていた事を伺わせる。僕は仰向けに寝転されていた。


「……勝ったの?」

「ギリギリ、死者なしでね」


 大きなため息をつくイリスは、僕の横を指差した。そこには目に深々と槍が突き刺さった騎士ゾンビのがあった。眼窩がんかの奥の脳を破壊されたのだろう。横たわる騎士ゾンビの横で、真っ赤に染まったハンカチを鼻に突っ込んだルルが彼をげしげしと蹴っていた。


「……大丈夫?」

「大丈夫れす。鼻は折れへないっぽいれす」

「そ、そっか……でもありがとう、君が早く復帰してくれたから助かったよ」

「あい……」


 僕は身を起こすが、首筋に痛みが走った。すじでもやられたか。騎士ゾンビからの戦利品漁りは明日にする事にして、僕たちはとりあえずボン村に戻った。村長さんが泊めてくれる事になり、彼女の家で一夜を明かす事になった。



 翌日。騎士ゾンビの戦利品を漁って帰る事を告げた僕たちは、村民達に笑顔で見送られながら村を出て、再び林に入った。ちなみに村長さんはクエスト完了を証明するサインを書いた上で、いくらかの野菜をもたせてくれた。村の窮状きゅうじょうを知っていた僕たちは丁重にお断りしたが、「たとえ戦時でも、客人に土産の1つも持たせない村だなんて思われたくないわ。私達の名誉のために持っていきなさい」と押し切られてしまった。……いつかまた寄る事があったら、今度はお金を払って何か買っていこう。


 騎士ゾンビの死体は槍を引き抜かれた以外は昨日と同じ姿で横たわっていた。早速戦利品漁り――――の前に、小枝を集めてイリスが魔法で火を起こし、調理が始まった。具材は先程頂いた野菜を早速使う。鍋にはゴブリン1匹分の魂が蓄えられており、これを溶かし込んだスープで回復を促す算段だ。いぶかしむルルに鍋の秘密を話したが、「ほへー」と感心するだけで外法だ何だと騒ぎ立てる事は無かった。彼女も信心深い方ではないようで安心した。


 出来上がったスープを飲み、パンをかじっていると、身体の中に力が流れ込んでくる感覚を覚えた。それと同時に首の痛みが少し引く。


「あ、鼻の違和感が消えました」


 ルルも効果を実感した。【鍋と炎】には回復魔法使いが居ないので、実際これは有用な鍋の機能だ。


 朝食を終え、ついに戦利品漁りの時がやってきた。騎士ゾンビの革鎧を次々に引っ剥がしていくが――――


「うえぇ……」


 ルルが情けない悲鳴を上げる。彼女がもつ革鎧の裏には、カビがびっしり生えていた。……3週間近く死体が着けていたせいか、革鎧はどれもそんな状態だった。そもそもカビを抜いても無数の刀傷がついておりボロボロだ。使えるかはともかく、革鎧一式とギャンベゾン(乾いた体液とカビがべっとり)、さらに銀貨2枚を手に入れた。


「……帰ろっか」

「そうね……」

「おぉん……」


 僕たちはしょっぱいクエスト初の戦利品を背負い、ブラウブルク市へときびすを返した。

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