第26話「ゾンビ退治 その1」

 行軍中は特に何事もなく、昼過ぎにはボン村に着いた。家が20戸ほどの村だ。初老の女性が出迎えてくれる。


「ようこそ、冒険者さん達。ボン村にようこそ。私は村長のマリーよ」

「こんにちは、ご婦人。ブラウブルク市冒険者ギルド所属、【鍋と炎】のイリスです。早速ですけどお話を聞かせて頂いても?」


 イリスが村長と交渉にあたる。こういった事はメンバーの中で一番ベテラン(僕より1週間早く加入した程度だが)であり、知識も豊富な彼女が適任だ。


「もちろん。私の家にいらして」


 僕たちは村長さんの家に案内された。途中、村の畑を見たが雑草が目立ち、あまり手入れが行き届いていないように見えた。それに畑に出ているのは女性や子供、それに老人が目立つ。男性はどこに居るんだろう。村長さんの家に入ると暖炉を囲んで説明が始まった。


「さて、あなた達に頼みたいのは村の南側の林に出没したゾンビ退治よ。奴らのせいでまきを取りに行くのが難しくなっているの。そろそろパンを焼く薪も不足しそうだったから、1つ家を潰してその廃材でしのぐか考えていた所だったの。早く来てくれて助かったわ」

「そこまで……。ちなみに、領主様の対応は?ゾンビくらいなら、と自分たちで対処してしまう村もあるんですけど」

「戦争に出てるわ、村の男たちを引き連れてね。残った者たちだけではゾンビは倒せない。1体ならともかく10体はいそうだし……」


 世知辛い。ブラウブルク市民兵隊もそうだが、労働者を戦争に駆り出すとこういう弊害へいがいがあるのか。冒険者ギルドを戦争から早期離脱させた団長と辺境伯様の判断は正しかったようだ。


「全く、戦争なんてうんざりね。そのゾンビ達も軍人のようだし」

「この村の近くでも戦闘が?」

「いいえ、ブラウブルク市の戦いの敗残兵よ。追撃を恐れて森に逃げ込んで、そこで死んだ負傷兵達の成れの果てじゃないかしら」

「……そう、ですか」


 僕たちにとっては輝かしい勝利であったブラウブルク市の戦いが、市をちょっと離れれば迷惑の種になっていたとは。僕はちょっと申し訳ない気持ちになってしまう。


「……わかっているわよ、あなた達もあの戦いに参加していたんでしょう?でも気に病まないで、あの戦いに負けてたら私達は信仰も、それにもしかしたら出征した男たちも失っていたかもしれないんだから。……これは仕方のない事なのよ。平民に出来るのは、ただ生きていく事だけなんだから」


 僕たちの心情を察したのか、村長さんはそんな言葉をかけてくれる。僕たちに思うところがあるはずで、さらに男手を失った村では、「安い」と言われた報酬額である銀貨6枚も相当な重みがあっただろうに。


「……必ず、やり遂げます」


 礼は言わず、ただそれだけ伝える。イリスとルルも頷いた。


「ええ。頼んだわよ、冒険者さん達。あなた達に主の加護と視線のあらんことを」



 そういう訳で、決意を新たに林に踏み込んだのだが。


「うわわわわ、速い!」


 僕たちは早速、3体のゾンビの襲撃を受けていた。林の中に佇んでいた彼らを50mほどの距離をおいて偵察していたら、急に目が合って突進してきたのだ。その動きは「足を引きずってノロノロと迫ってくる」ゾンビのイメージとは違い、非常に機敏なものだった。確実に一般的な成人男性より速いスプリントだ。身体能力が強化されているというのは、こういう事か! 流石にこれは受け止めきる自信がない。どうする?


「あたしも前に出ますよー」


 逡巡しゅんじゅnしているとルルがそう声をあげる。当初の作戦ではルルは僕の後ろに控え、脇をすり抜けてくるゾンビを足止めする事になっていた。防具もなく、「3ヶ月間は絶対に死なせるな」という団長の命令もあっての事だ。


「でも……」

「大丈夫です、イノシシの突進くらいなら何度も受け止めましたから」


 そう言う彼女は、槍を持って僕の右隣へと並んでしまった。既にゾンビとの距離は10mを切っている。あの身体能力では1秒とかからず詰めてくるだろう。下がらせようにも既に遅い。僕は覚悟を決めて腰を落とし、盾を構えた。


「燃えろッ!」


 まずイリスがファイアボールを放つ。以前より小さく圧縮されたそれは、中央を走るゾンビの口の中に飛び込み、ほとんど爆発するようにして燃え上がる。そいつは目、鼻、口、それに耳から炎を噴き出して倒れ込み、地面を滑った。そして残る2体が迫り、前衛と衝突した。


「うわっ!?」


 凄まじい衝撃が盾を通り抜けるが、なんとか耐える。しっかり腰を落としていたため身体が浮く事は無かったが、地面に跡を残してズルズルと30cmほど後退を強いられる。


「Aaaaaaaaahhhhhhhhhgggggggggggggggggggggg!」


 そしてゾンビは僕の顔に喰らいつかんと、盾を乗り越えて顔を突き出してくる。僕は盾のフチにケトルハットのが当たるまで顔を下げ噛みつきを防御し、反撃の糸口を探る。左足を前に出して耐えているこの状況では、内側に鍋を振り抜く背面打ちはイマイチ威力が乗らない。さりとて足を入れ替えようとすれば、ゾンビの膂力で押し切られてしまいそうだ。


『受け流せば良いんだよぉ』


 ヴィルヘルムさんの訓練を思い出す。……そうだ、押し切らせて良いのだ。そして受け流す。まずはそれからだ。


「イリス、1歩下がるよ!」

「了解!」


 彼女の声を聞くと同時、左足を下げる。さらに身体を左側に開き、ゾンビが前に押す力を横に流す。すると盾にしがみついたゾンビの身体はぐるりと反時計回りに振り回され、立ち位置が逆転する。僕はその回転に合わせ、右腕を大きく横ぎに振っていた。回転が止まる瞬間に手首を返し、鍋を内向きに振り抜く。大きく円弧を描いて繰り出された背面撃ちは、ゾンビの後頭部を砕くのに十分な威力を持っていた。骨が砕け中身が弾ける感覚が右手を伝い、ゾンビは力なく倒れた。


「クルトさーん!助けてくださーい!!」


 息をつく間もなくルルの悲鳴が飛んでくる。


 見れば彼女は左足を前に深く腰を落とし、槍の石突を後ろの右足で踏み止める形で斜め上方に槍を構えていた。穂先はゾンビの胸に深々と突き刺さり、しかし根本の突起がそれ以上深く突き刺さる事を防いでいたが、槍が短いためゾンビの顔がルルの顔の近くまで迫っていた。ルルは鼻を噛まれそうになるのを首の動きだけで何とか避けている状態だ。


「3秒耐えて!」

「ひええ!」


 叫ぶなり僕はゾンビの右側に駆ける。1秒。


 盾でゾンビの顔をぶん殴り一瞬怯ませる。2秒。


「もっかい死ね!」


 真上から鍋を振り下ろして頭を砕き、きっちり3秒。ゾンビは槍に突き刺さったままガクリと力を失った。


「し、死ぬかと思いました……」

「本当だよ、全然油断出来ないねゾンビ!」


 息を整えながらルルの足元を見るが、彼女は1歩も退いた様子がない。イノシシを止めたという槍の腕前は本物なのだろう。だがやはり防具のない彼女を前に出すべきではないという事になり、次からは当初の予定通り中衛に置いて、多少下がっても良いから時間を稼ぐ事を頼んだ。


 イリスが燃やしたゾンビの頭部を、念の為鍋で砕いてみると、頭蓋骨の中は黒焦げになっていた。口の中にファイアボールを撃ち込めば殺せる事が証明されたわけだ。


「……アウトレンジ戦法にしない?あと4発撃てるよね、なら4体殺して残りは明日でも良いんじゃないかな」

「簡単に言わないでよ、人間の口なんて小さい的、5m以内じゃないと当てる自信ないわ」

「それもそうか……」


 今の戦いで分かったが、同時に対処出来るゾンビは3体までだ。イリスが連続で魔法を放てばもう1体はいけるかもしれないが、安定するかどうかは疑わしい。なるべく小集団ごとに撃破して、大集団を見つけてしまったら、見つかる前に一時撤退する事にして探索を続ける。



「嘘でしょ!?」

「逃げるには遅い、構えて構えて!」


 まあそう上手くはいかなかった。1人で彷徨さまよっているゾンビを仕留めようと近づいたところ、僕たちからは見えない位置、つまり木陰に居たゾンビが飛び出して来たのだ。それも4体。合計5体のゾンビが僕たちを襲っていた。


「ええい、とりあえず1つ!」


 最初に見つけたゾンビの頭を砕く。そいつは助走距離が短かったため僕の突進と力が拮抗し、その隙に攻撃を通せた。残り4体は潜んでいた位置の問題から、それぞれ若干の時間差をつけて突進してくる。


「先鋒は私が倒す!あとは高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変によろしくやって!」

「「畜生フェルダムトー!」」


 まずイリスが先頭のゾンビを十分に引きつけてからその口にファイアボールを放り込む。頭をぜさせたそいつは、もはや無くなった頭でヘッドスライディングを決め僕とルルの間で停止した。続く2体が僕とルルそれぞれに迫る。


「やっ!」

「Uhhhhgggg!」


 ルルは腰のあたりに構えた槍でゾンビの胸を突き、衝撃を受け流すようにして後退する。するとそのゾンビは、イリスが倒したゾンビの身体に足をとられて転倒した。それを見た僕は、ゾンビを受け止めるのではなく最初から受け流す事にする。今度は身体を盾ごと右に捻り、ゾンビを右に―――ルルが転倒させた個体の方に――――回すと、やはりこいつも仲間の身体に足を取られ転倒する。ゾンビが3体が折り重なった形だ。


「おわっ!?」


 しかし盾を掴まれていたせいで僕も一緒に倒れ込んでしまう。一番上のゾンビが噛みつこうとしてくるのを、咄嗟とっさに右腕で受ける。


「いでででででで!」


 僕が着ているギャンベゾンはゾンビの歯を通さなかったが、それでも凄まじい顎力がくりょくで腕が締め上げられ激痛が走る。


「3秒待って下さい!」


 ゾンビが転倒した時に穂先が胸から抜けたルルが、逆手に持った槍で折り重なったゾンビ達の額を貫いてゆく。


「そいつ任せたわ!」


 叫んだイリスがファイアボールを放ち、僕の背後に迫っていた5体目のゾンビの頭を爆ぜさせる。同時にきっちり3秒目でルルが僕を噛んでいたゾンビの額を貫く。一瞬間を置いて、5体目のゾンビの腹が破裂して汚い花火で僕たちの勝利を祝った。腐敗ガスでも溜まっていたのだろうか。


「大丈夫ですか、クルトさん?」

「なんとか」


 ギャンベゾンをめくって腕を確認するが、赤くなっているだけでやはり貫通はしてなかった。……でも次は腕鎧欲しいな、絶対に。


 このゾンビ達はボロボロの身なりだったが、財布を持っていたのでそれを奪った。モンスター認定された者からの略奪は合法との事なので良心も痛まない。合計で銅貨40枚(銀貨1枚と銅貨12枚になる)が集まった。


「しっかし、敗残兵って言ってたから武装してるかと思ったけど、こいつら皆丸腰だったね。鎧すらない」

「敗残兵なんてそんなもんでしょ。少しでも速く遠くに逃げるために武器も防具も捨てて逃げるのよ」

「な、なるほどなあ」


 どうか自分がそういう事態にならない事を願いたい。せっかく手に入れた武器や鎧を無くすのは勘弁だ。



 その後、休憩を挟んでから森の探索を続けたがゾンビは見つからなかった。林のほぼ全周を回ったはずなので、もうゾンビは居ないのだろうか。日も傾きかけているのでそろそろ一時帰還しようかと思った時。


「あ。あれ」


 ルルがを見つけた。


 それは木にもたれ掛かるようにして立つゾンビだった。頭部こそ何も着けていないが、全身にボロボロの革の鎧を装備している。右腰には剣。脇腹に折れかけた矢が突き刺さっているので、あれが致命傷になったのだろうか。


 僕たちは先程の経験から、そのゾンビの周りを螺旋らせんを描くようにして回り、他のゾンビが居ない事を確認した。


「あいつ1体だけみたいだね。やる?」

「やりましょう」

「はーい」


 イリスの魔法はあと2発残っており、僕とルルにも負傷はない。こいつを倒して、今日は村に帰ろう。そういう事になり、武装ゾンビに近づいた。


 20mほどの距離まで詰めたが、ゾンビはこちらに気づいた様子はない。なら突進される前にこちらから襲撃してしまおうかと思った時、突如ゾンビが口を開いた。


「我ガ名ハ、騎士ノリッター、ダニエル・フォン・ダリア、デアル」


「「「えっ」」」


ゾンビが、喋った。

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