第25話「クエストと戦う意義」

 ゾンビ退治の張り紙が出された途端、広間でダラダラしていた団員達が一斉にクエストボードに押し寄せた。【鍋と炎】もだ。


「これもらい!」「あっ畜生!じゃあ俺たちはこれだ」


 報酬額の高いものから順に張り紙ががされてゆき、それを持って受付に行く。5、6枚あった張り紙はあっという間に1枚を残すのみとなっていた。出遅れたパーティーは残されたそれを見て、「うーん、ちょっと安いな。パス」と言ってすごすごと席に戻ってゆく。


 僕は最後の1枚のクエスト用紙を見る。


『種別:退治

依頼人:ボン村村長

場所:ボン村

想定敵:ゾンビ

想定数:10

報酬額:銀貨6枚(旅費含)

ボーナス:想定数を5割上回って退治した数ごとに銅貨14枚』


 どうやらこれは「安い」部類らしい。考えてみれば、銀貨6枚を3人で割れば2枚になるわけで、命をかけて銀貨2枚……日本円で2万円ちょっとというのは確かに安く感じる。しかも旅費を含んでこれらしいので、道中の食費などを引くと利益はさらに落ちるだろう。


「どうする?」

「正直金額は微妙だけど、ルルを交えての初実戦には丁度良いかもしれないわね」

「ゾンビってくみし易い敵なんだ?」

「まあ、比較的には。あいつらはね――――」


 とイリスはゾンビについて解説してくれる。


 曰く、ゾンビとは適切に処置されず放置、または埋葬された死体が再び動き出したものを指す(故にこの世界の標準的な死体処理は火葬らしい)。彼らはした地点の付近を徘徊はいかいするだけで近づかなければ無害だが、近づいた生者を襲う。


 その身体能力は生前より強化されているが、基本的に噛みつき攻撃しかしてこないため対処は容易。ただし生前の個性を残している個体もあり、例えば熟練剣士のゾンビは剣技を振るう事がある。そして弱点は共通して頭部。というより頭部を破壊する以外に彼らにを与える方法はない。


 ――――との事だ。近づかなければ無害なため単価が低く、ベテランには避けられがちだが、攻撃が単調なので初心者でも対処可能なため、冒険者ギルドにとっては「初心者向け」の部類らしい。


「そういう事なら受けても良いんじゃないかな。ルルもそれで良い?」

「良いですよ!お金欲しいですし!」


 来週の食費が危うく、槍の借金も抱えた彼女にとっては渡りに船といった様子だ。そういうわけで、【鍋と炎】はこの依頼を受ける事になった。前金として報酬額の1割である銅貨16枚を受け取った。任務地であるボン村は徒歩で半日かかるとの事なので、今日は準備に充てて明日出発する運びとなった。


 クエストを受けなかった【鷹の目】が暇そうにしていたのでルルの訓練を頼み、イリスと僕で食料を買い出しに行き、今日は解散となった。



 部屋に戻った僕は暗くなるまでの間、部屋で今後の事について考えていた。


 ホイホイとクエストを受ける事になったが、よくよく考えてみればただ生きていくだけなら冒険者ギルドの給料だけでも何とかなる。一体何のために命をかけてクエストに挑むのだろう。今の給料では新居の家賃を支払うと少し厳しいが、切り詰めれば食っていくだけならなんとか――――いや、ならない。皇帝軍が来た時、穀物価格は実に4倍にまで跳ね上がった。そういった不測の事態を考えると貯蓄は必要だ。それに毎日パンだけの生活は辛い。


 そして皇帝軍が来るような事態、つまりは戦争が起きた場合、冒険者ギルドは参戦を求められる。鍋蓋で矢を受けた事、毛皮で斬撃を受けて怪我した事を思い出す。戦争を考えると防具は固めるべきだ。当然、そのためにはお金が要る。


 ……防具を固めるために、不完全な防具でクエストに挑まねばならないとはひどい矛盾だ。だがそうしなければ防具は買えず、いつか戦争でひどい目に遭うだろう。そうでなくとも毎日パンをかじるだけの生活は御免こうむりたい。


 僕はペンを取り、覚えたばかりの文字で紙片に目標を書き出す。


『1. 生活を安定・充実させる

2. 防具一式を揃える』


 当面はこれが僕が「命をかけてクエストに挑む」理由であり目標となる。……だが何だかしっくり来ない。いまいちやる気が起きないと言うべきか。ふと僕は、紙片を取り出した所を見やる。そこにはこの身体クルトが残した大量のメモが積まれている。ぺらぺらとめくってみるが、覚えたプリューシュ語とはまた違った言語で記されたメモが大半を占めていた。……本当に何者なんだ、クルト。ともあれ、インターネットも無ければ無料で入れる図書館もないこの世界でこのメモを解読するには、やはりお金が必要だ。僕は紙片に書き足す。


『3. クルトと鍋の秘密を解き明かす』


 ふむ、自分の出自を辿たどるために戦うというのはRPGじみていてちょっと楽しい。しかしまだしっくり来ない。一体、何が僕を奮起させてくれるだろうか。


 転生する時、僕は16歳で人生が終わってしまった事を悔しく思った。そして次の世界では人生を謳歌おうかしたいと願った。……謳歌。僕が楽しいと思う事はなんだ?ゲームなんてこの世界に無いし、音楽だってのポップスは無い。友達と取り留めもない話でバカ笑いしたり、家族と穏やかな時間を過ごそうにも、彼らはこの世界には居ない。……友達と家族か。それならばこの世界でも新しく作れるだろう。


 そこで唐突にイリスの顔が浮かんできて、僕は困惑した。


 いやいやいや。


 確かに顔は好みだし世話も焼いてくれるが、微妙に口が悪いしネーミングセンスが中二病だし、男子高校生のピュアなスケベ心に暴力で以て応える平坦女だぞ。友達はあり得るだろうが家族というのは、ない。せいぜい友達だろう。だが彼女を守るため、と思うと不思議と闘志が湧いてくる。思い出すのは彼女がゴブリンに殺されそうになった時の事だ。あの場面で彼女が死んだとしても、彼女を殺したゴブリンを始末すれば僕だけは助かっただろう。だが僕は彼女を助けたいと思った。


 ……そうだな、友達を守るためなら戦えるな。僕はそう自分を納得させ、目標を書き足す。


『4. 友達を守る』


 うん、これで良し。頭の中の理性君と欲望君の隣に新キャラクターが現れた気がしたが、僕は努めて彼を無視し、睡魔君を呼び出してシーツに身を横たえた。まだ日は落ちきっていないが、初クエストに向けて早めに寝ておこう。そういう事にした。



 翌朝、早く寝すぎたせいか5時の鐘が鳴る前に目が覚めてしまった。そういえば風呂屋は朝早くやっていると【鷹の目】の人たちが言っていたなと思い出し、朝風呂でも入るかと街に出た。白んだ空には既にパン屋から出る煙が上がっている。風呂屋はこのパン焼きの熱を利用して水を温めているそうなので、早朝から風呂屋は営業しており、また市民も疲れを癒やすためというよりは身だしなみを整えるため、朝風呂に入る人が多いらしい。


「いらっしゃい。早いね、君が一番風呂だよ」


 風呂屋の受付でそんな事を言われた。一番風呂とはラッキーだ。実際浴場には誰もおらず、僕は軽く身体を流してから1人で湯に浸かる。……ううむ、気持ち良い。基本的には毎日シャワーなり湯に浸かるなりする日本人にとってこの文化はありがたい。無論風呂もタダではないので、やはりお金を稼ぐ事はある。


「これは"生活の質の向上" に含んでもいいな……」


 とひとりごちる。身を清めてから戦場に向かうというのも気分が上がって良い。それに【鍋と炎】は女性2人を抱えているわけで、彼女らにクサいと思われるのも嫌だ。入浴は必須だろう。僕は水を被って汗を引かせてから風呂屋を出た。



 7時には【鍋と炎】のメンツがギルド前に集結した。初めてのクエストという事で、イリスが装具点検を行う。


「全員、武器は持った?」

「「はーい」」


 僕は鍋、イリスは杖、ルルは槍を手にしている。


「次、防具!」

「ヨシ!」「ヨシです!」


 僕は頭陀ずだ袋を探り、兜とギャンベゾン、さらに小手と脛当てがある事を確認する。イリスは既に魔法使い装束を着込んでおりマントを羽織っている。ルルは防具の類は持ってないので町娘風の服そのまま。


「野営具!」

「「ヨシ!」」


 ボン村は半日の距離にあるので日帰りも可能、かつ村に泊めてもらう事も出来るそうだが、不測の事態に備えて野営具は持っていく。頭陀袋の底の方にシーツと鹿の毛皮がある事を確認。イリスはマントを羽織っており、ルルは毛布を持ってきたそうだ。


「食料は昨日買ってきたパンが3食ぶん。これはルルに持ってもらいましょうか」

「はーい!」


 食料は一番荷物が少ないルルに持ってもらう事になった。


「……こんなもんかしらね。じゃ、行くわよ!」


 こうして【鍋と炎】は初めてのクエストへと出立した。

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