第24話「新居探し」

 翌日、イリスと一緒に不動産屋に行く事になった。


「そういえば、冒険者って宿屋に泊まるもんじゃないの?」

「他の街とか村に出張するならね。あとは他の市の冒険者もそうするけど、ブラウブルク市の冒険者ギルドは市内に居住権が与えられてるから、普通は家なりアパートを借りるわ」

「なるほど。いや本当にブラウブルク市にてん……住んでて良かったよ」

「本当にね。私もここに越してきて良かったわ」

「うん?イリスはブラウブルク生まれじゃないんだ?」

「もっと南西の方の、旧教地域の生まれよ。エルフ迫害が強かったから逃げてきたのよ。ひいお婆ちゃんが暮らしてた森も開拓されて無くなっちゃったし、もう未練はないって。私は小さかったから覚えてないけどね」

「おおう……」

「ともあれ、ブラウブルク市は寛容で良いわ。私の両親みたいな移民にもちゃんと職人ギルドに入る権利をくれたし」

「へえー、ちなみにご両親の職業って?」

「クロスボウ職人。いつか団長がここはクロスボウの産地って言ってたでしょ?あれ、南方の職人達を受け入れたからそうなったのよ」

「なるほどなぁ。……後は継がなかったんだ?」

「跡取りはお兄ちゃん。私は手工業に就くかお嫁に行くはずだったんだけど、魔法の才能があったから魔法学院に通わせてもらって今に至る、と」


 嫁……。なんだかイリスが他の男性とくっついているのを想像してモヤッとしてしまう。


「さ、着いたわよ」


 そんな僕の心情とは無関係に、不動産屋はすぐそこへと近づいていた。



「いらっしゃいませ」


 強面の店主が出迎えてくれた。……この世界でも不動産屋は反社会勢力と繋がってたりするのだろうか。そんな失礼な考えを顔に出さないように努めながら話を進める。


「1人暮らし用の部屋を探しているんですけど、良い物件ありませんか?」

「ありますとも、ああ最初に確認しておきますが、市の居住権はお持ちで?」

「はい、冒険者ギルドの者です」


 僕は昨日もらった認識票を取り出す。イリスも同じ様にし、店主はそれらをじっくりと検分する。


「ありがとうございます、確認出来ました。冒険者ギルドの方でしたら、南門の近くが良いですよね。少々お待ち下さい……」


 店主はカタログのようなものをパラパラとめくる。


「この辺りは如何でしょう。南北通りから3本離れた通りのアパートです。共用暖炉なし、トイレ共用、井戸はありませんが近くに公共井戸があります。家賃は月額銀貨1枚と銅貨10枚」

「おっ、良さそう……」


 ドーリスさんが平均家賃が銀貨3枚と言っていたのでこれは破格だ。しかし前のめりになる僕を、イリスが制した。


「その通りってアッシェ通りでしょ?治安が悪いからパスね。家賃が上がっても良いからもう少し治安が良い所が良いわ」

「でしたらこちらは?ヨハネ通り、共用暖炉あり、トイレ共用、井戸なし。家賃は銀貨2枚と銅貨15枚」

「確か岩盤があって井戸が掘れなかった所よね。それに何年か前に火事があった覚えがあるわ。井戸つきでお願い」

「ではこちら……」


 イリスはどんどん致命的に不便な点を指摘してゆく。この辺はブラウブルク市の住民である彼女が強い。一緒に来て良かった。


「うーん、その条件だともうアパートは無いですね。値は上がりますが貸家ならいくつかありますが」

「むう。じゃあそれも紹介して」


 ……ケチをつけまくった結果、だんだん値段が上がってきたようだ。適当なところで妥協を促した方が良いだろうか。


「アメリア通り、広間に加えて3部屋の平屋。暖炉あり、トイレあり、井戸なし、近くに公共井戸あり。家賃は……破格の銀貨6枚」

「ううん、それでも流石に値が張るわね……」

「月給の半分が飛んじゃうね……」


 日本であれば月給の半分が飛んでもなんとかなるが、物価が高いこの世界では中々に辛い。そもそも穀物価格が正常に戻ったとしても、食費は月額銀貨4枚かかるのだ。月給銀貨12枚に対し家賃+食費で銀貨10枚が消えてしまうと、生活の質を落とさねばならないだろう。クエストでどれだけ稼げるかわからない今、家賃にこの額を支払う気にはなれなかった。


「やっぱり何か妥協するしかないんじゃない?治安程度ならほら、僕たち公共の場で武装が認められてるわけだし」

「あんたいつも完全武装で出歩くつもり?それに追いぎ複数人に囲まれたらどうしようもないでしょ、ゴブリンとは違うんだから」

「それもそうか……」

「あと忘れてるかもしれないけどね、私一応女の子だから。悪漢に襲われた後どうなるかなんて考えたくもないわ」


 確かにそれはよろしくない。ならどこを妥協すべきかと考えたところで、良いアイデアが降りてきた。


「シェアハウスだ」

「は?」

「貸家に2人で住めばいいんじゃないかな。店主さん、家賃って1人あたりにかかるんじゃなくて家自体にかかるんですよね」

「そうですよ」

「なら家賃を折半して2人で住めば1人あたまの家賃は銀貨3枚で済むわけだ。質の良い家に安く住むならこれしかないんじゃない?」

「治安の問題があるわ」

「いえ、この地域は比較的治安が良いと思いますが――――」


 と言う店主を制し、イリスは目を細める。


「……僕は悪漢じゃないよ」

「嘘。ケダモノじみた目で私とかルルの胸見てるでしょ」

「ミテナイヨ」

「「…………」」

「お嬢さん、それは男のさがというやつでして」


 と店主がフォローを入れるが、フォローになってないのでやめて頂きたい。イリスはじっと僕を睨んだ後、やがて大きなため息をついた。


「……まあケダモノ1人ならいざとなったら燃やせるか」

「襲わないから燃やす事考えるのはやめてくれないかな!?」

「口では何とでも言えるわ。じゃ、店主さん。この物件の見学は出来るかしら?」

「もちろん、今すぐ向かいましょう」


 そういう訳で、イリスに信用されてない事実に凹みながら家を見に行く事になった。



 大通りから1本外れたところに、その家はあった。レンガ造りの平屋で、扉を開けてすぐの所が6畳ほどの広間になっており、奥の壁に暖炉がある。左側にそれぞれ4畳ほどの2部屋――――扉は無いが――――があり、右側にはこれまた扉のない部屋、そしてトイレがある。トイレは箱型で、定期的に中身を捨てる必要がありそうだ。


「中々良いわね」


 イリスの言う通り良く手入れされており、広間にはテーブルと椅子、小部屋には寝台が設置されており追加投資なしでそのまま住めそうなのも良い。まるで最近まで誰かが住んでいたかのようだ。


「老夫婦が一人息子のために買った家なんですけどね、ブラウブルクの戦いで戦死されまして。それで借家になっているんですよ」


 と店主。……それは余計な情報じゃないかなぁ。


「……ねえ、この質で賃料が安いのって」

「出ません」

「は?何が?」

「いえ失礼、何でもありません」

「私は単純に事故物件扱いかって聞きたかっただけなんだけど、何か出るの?」

「出ません」

「因みに前の借り主は」

「何故か教会に行ったきり社会復帰出来てませんが、出ません」

「…………」


 絶対出るやつじゃん。


「……最悪、マルティナさんに相談すれば良いんじゃないかな」

「それもそうね……」


 そういう訳で、この家を借りる事に決まった。幽霊が不安極まりないが、霊体には魔法が通じるらしいのでイリスが何とかしてくれるだろう。


 この家には1週間後――――5月から住む事に決め、契約書を書くために不動産屋に戻る道すがら。いくつかの足音が、僕たちに続いている事に気がついた。イリスも気がついたようで、後ろを確認すると、5人の黒ずくめの人影が僕たちをつけていた。


「……ねえ」

「うん」


 店主に警告を発しようとしたその時、彼が口を開いた。


「そうそう、月々の家賃の支払いや値下げ交渉はわたくしにお願いしますね。そこから手数料を頂かないと、私どもは食べていけませんのでご理解下さい」

「えっ。あっ、はい。ところで店主さん――――」

「たまに居らっしゃるんですよ、家主に直接家賃を支払ったり、値下げ交渉したりするお客様が。しかしそういうのは困るんですよね、私どもは何も好きでマージンを取っているわけではありません。仲介する事で家主と借り手の間のトラブルを減らし、家賃を適正に保つ事で家主と借り手双方の利益を保つ、それが仕事であり、使命と確信しております」


 彼は僕を無視し、流れるように話す。


「そういった秩序を乱すお客様はたまにいらっしゃいますが、追い剥ぎに狙われたり、失踪されてしまうんですよね。怖いですねぇ。……ああ失礼、不愉快なお話をしました。決してお客様がそういった事をすると疑っているわけではありません」


 彼は申し訳なさそうに笑うが、その目は全く笑っていなかった。……気づけば追跡者達は忽然こつぜんと姿を消していた。


 この世界の不動産屋は反社会勢力と繋がっている事を確信した僕は、曖昧に笑い返す事しか出来なかった。


 店に戻り契約書を書き、紹介手数料を支払った。すっかり萎縮いしゅくしたイリスは「幽霊が出るんならもっと賃料安くしなさい!」と言い出すこともなく、そそくさと店を出た。



 ギルドに戻った僕たちは、文字の練習をしていたルルを交えて雑談に興じていた。


「反社こっわー……」

「あれは絶対盗賊ギルドよ……」


 イリスが大きなため息をつく。


「本当にあるんですねえ。あたしの故郷みたいな小さな村じゃおとぎ話の世界の話ですよ」

「私だって初めて見たわよ。あー怖かった」

「盗賊ギルドって、冒険者ギルドの役割クラスの方とは無関係だよね?」

「そりゃそうよ、役割の方の盗賊は昔、遺跡を盗掘してた奴らが冒険者に合流した時の名残。盗賊ギルドの方は本物・現役の賊。一応、"大悪を防ぐために小悪を為す" がモットーって言われてるから、弱者とか一般市民には無害らしいけどね」

「あーそういえば、この前難民キャンプが暴徒に襲われかけた事があったんですよ。でもどこからともなく飛んできた矢で全滅しちゃって、死体も黒ずくめの人たちが回収してどこかに消えちゃって。あれは盗賊ギルドの仕業だったのかもですねえ」


 とルルはのん気な口調で言う。いや怖いよ。必要とあらば殺人もいとわないって事じゃないか。だが弱者に無害なのは本当なのかもしれない。


「そうだ、あの家は3つ部屋があるしさ、見習い期間が終わったらルルも来たら?そうすれば家賃も1人あたま銀貨2枚になるし。イリスも良いでしょ?」

「賛成ね、ケダモノ駆除には人手が必要だし」

「良いんですか?やったぁ!……ってケダモノ?」

「そうそう、怖いケダモノが出るのよ」

「出ないよ!出るのは幽霊だけで!」


 僕は強引に話を逸らす。


「幽霊??」

「なんか、出るらしいんだよね。まあ本当に出ちゃったら魔法で駆除しようって話になってるんだけど」

「呪い殺されたりしないで下さいよねー」


 あははー、とルルは笑うが、この世界の幽霊は呪いも使うのか。物理防御しか高めてない僕にはたまったものではない。


「幽霊退治なら聖職者を連れて行った方が良いですが」


 声をあげたのはドーリスさんだ。クエストボードに次々と紙をピンで貼り付けている。


「ゾンビ退治ならあなた達だけでも出来ますよ。如何ですか?」


 新しく貼り付けられた紙には、どれも「クエスト:ゾンビ退治」と書かれていた。

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