第22話「訓練と風呂」
槍を手に入れたルルを伴ってギルドに戻る。暇そうな槍使いを見つけて稽古をつけてもらうためだ。
クエストボードは朝と変わらず何も貼られておらず、広間のテーブルで幾つかのパーティーがだらだらしている。受付ではドーリスさんがビールを飲みながら書類を処理している。……いやドワーフとか関係なしにお酒が好きなんじゃないかあの人。いずれにせよ、これが冒険者ギルドの日常なのだろう。戦時体制しか知らなかった僕にとっては新鮮だ。
ちょうど【
「んじゃ全員完全武装で南門の外に来てくれ」
との事だ。ルルのついでに僕とイリスも鍛えてくれるそうだ。
◆
ルルは防具も一切持っていなかったので着の身着のままで、僕とイリスは防具や装束を
ルルは槍使いに、イリスは魔法使いに、僕は盾装備の戦士に習う事になったのだが――――
「クルト、君は俺の方が良いんじゃないかね」
と弓使いが言い出した。戦士が反論する。
「剣盾なら俺に決まってるだろ」
「いやいや、彼は鈍器、それもとびきり短いのが得物だろ?なら俺のナイフ術の方が適切じゃないかね」
と2人が
戦士から習った鈍器の技は実際ためになった。団長に一通り振り方は習っていたが、コンボや崩し方、技の類までは手が及んでなかったからだ。
そして弓使いの番になった。
「さて、自己紹介がまだだったね。俺は【鷹の目】のリーダーにして市随一の弓使い、そして吟遊詩人のヴィルヘルムだ」
彼はスタイリッシュな狩人装束に身を包んだ男で、色素の薄い金髪を伸ばし後ろで縛っており確かに吟遊詩人っぽい。僕が戦士に習っている間ずっと笛を吹いていたのであながち嘘ではなさそうだ。
「さてクルト、今から君に教えるのはナイフ術だが。ナイフで一番大事な事は何だと思う?」
彼は木製のナイフ――――刃渡り20cmはありそうな大型ナイフをもて遊びながら問う。僕は少し悩んでから、彼の正確無比な射撃を思い出して答える。
「正確な狙いですか?短いぶん急所を狙わないと致命打にならなそうですし」
「違うね、まあ短いという所に目を着けたのは良い。……正解は身のこなしさ。どんなに狙いが正確でもナイフの間合いに入れなければ意味がない」
なるほど、確かにそうだ。僕の鍋は小鍋でしかなく、極端に間合いが狭い。当たる距離まで踏み込まなければ攻撃する事すら適わない。
「まあまずは習うより見たほうが早い。好きなように俺に斬りかかってきな」
そういう訳で早速模擬戦になった。互いの距離は2m程度、ヴィルヘルムさんはナイフをくるくると回しながらリラックスした姿勢だ。僕は一気に間合いを詰めるべく大きく踏み込む。
するとヴィルヘルムさんはひょいと横に飛んで間合いを離す。僕が踏み込む。ヴィルヘルムさんが横に飛ぶ。……全く間合いが詰まらない。何回か繰り返すうちに僕の息が上がってきた。
「……これ重装備の僕の方が不利じゃないですかね」
「ハッハッハッ、それもそうだ、だが今の動きは覚えておくと良い。後ろに退く自分より前に進む相手の方が速いからね、攻撃の機会が無い時は相手の周りを回るようにして距離を保つのさ」
なるほど。
「じゃあ次は俺はあんまり動かないから、また好きに斬りかかってくるといい。ただし今度は俺も反撃するよ」
ならばと僕は防御姿勢のまま距離を詰めてみる。彼は動かずリラックスしたままだ。メイスの距離に踏み込んでも彼はそのまま、攻撃してくる様子はない。僕は
「ふッ!」
「ほい」
ヴィルヘルムさんが掲げたナイフとメイスの柄がかち合った――――次の瞬間にはメイスが宙を切り、僕の鼻先にナイフの刃が突きつけられていた。彼はいつの間にか半歩踏み込んでいる。
「あれっ!?」
「ううむ、良い反応。その目の動きだと何されたか追えてなかったね?」
「はい」
「じゃあゆっくりやってみよう」
そう言われて、今度はゆっくりとメイスを振り下ろしてみる。ヴィルヘルムさんがナイフを掲げ、メイスの柄とかち合う。それを押し切るようにメイスを振る。……次の瞬間、ナイフが半回転しその腹で柄を横に押し、それと同時にヴィルヘルムさんが僕から見て右側に半歩踏み込む。そしてナイフをメイスの柄に沿って滑らせ、峰でメイスの頭を叩き、その反動で刃を僕の顔に向かって振り上げる。同時にメイスが宙を切った。
「こういう事」
「今のを一瞬で……?」
「そうだよぉ。まあメイスは取り回しが悪いから反撃までは難しいかもしれないけどね、今みたいに受け流しながら距離を詰めて行くと良いよ」
そこからはひたすら受け流し方を教えてもらった。
「大事なのは相手の切っ先を自分の身体から逸らすこと。せっかく受けたり流したりしても、切っ先がこちらに向いてたら突きが飛んでくるからね」
という彼の言葉通り、せっかく受け流しても切っ先の処理が甘いために、腕や脚を何度も突かれた。それを修正していく。最終的に、武器だけで受け流すよりもフットワークを組み合わせた方が安全かつ楽に受け流せる事を学んだ。身のこなしってこういう事か……!
1通り教えてもらって休んでいると、他の2人の練習も終わったようで、軽食を摂ってからパーティー対抗で模擬戦をやることになった。食べながら2人に訓練の成果を聞いてみた。
「イリスはどうだった?」
「やっぱ先輩の話はためになるわね。ファイアボールの威力が上がったわ」
「ルルは?」
「いやー、イノシシを受け止めるのとはワケが違いましたね!最初は『お前は地面に突き立った杭か』とか言われましたけど、何とか及第点もらえました!」
2人とも成長出来たようだ。この実りを模擬戦で活かそう!
◆
そして模擬戦になったが、ヴィルヘルムさんが「最初は俺1人で良い」と言うのでヴィルヘルムさんVS【鍋と炎】になった。
「さぁ好きに料理したまえよぉ」
30mほど離れたヴィルヘルムさんが声をかける。
「完全にナメられてるわね、目にもの見せてやりましょう。クルトが前、すぐ後ろにルル、その後ろに私の陣形で距離を詰めて」
「「了解!」」
イリスの指示を受けて3人で1列になって前進する。ヴィルヘルムさんは先端に布を巻いた矢を悠々と
「流石に逃げ回るような大人気ない真似はしない……かっ!?」
呟いた僕の眉間に矢がぶち当たった。
「クルトさん!?あっ!?」
「ちょっと何があいたーっ!?」
しゃがみ込んだ僕に続いてルルは胸(ポフっと音がした)、イリスもまた胸(ゴスっと音がした)を撃ち抜かれる。
「はっはっはっ、この距離で顔に飛んでくる矢の直射は、ほぼ点にしか見えないぞー。目が悪いならちゃんと顔を覆っておきなよ」
とヴィルヘルムさん。実際点どころか全く見えなかった。
「クルト、ちゃんと盾上げてなさいよ!」
「上げてたし盾と兜の隙間、指2本ぶんしか空けてなかったよ!」
「熟練射手こわ……次は顔完全に隠して!私が指示出すから」
そういう訳で第2戦になった。
今度は僕は鍋で顔を隠しながら前進する。時折イリスが横から一瞬顔を出し前方を確認する(彼女は一番背が低いのでこうせざるを得ない)。数本イリスを狙った射撃が飛んでくるが、全て外れた。射撃から着弾まで一瞬のラグがあるので、すぐに顔を引っ込めれば当たらないという寸法だ。
「よし、いけるわ!そのまま前しあいたーっ!?」
「「えっ」」
盾と鍋を構えたまま振り返ると、つむじのあたりを抑えながらうずくまるイリスがいた。
「上!上ですクルトさンアーッ!?」
ルルの頭のてっぺんに矢がぶち当たった。
「曲射ぁ!?」
山なりの弾道で、僕という壁を飛び越えて後衛を撃ち抜いたのだろう。それってめちゃくちゃ高度な事やってない!?
「まあイリスちゃんはともかく、ルルちゃんは装備が悪いかなぁ。兜は必須でしょ」
僕は死亡扱いになった2人を背に前進したが、脛当てで守られていない足の甲を撃ち抜かれ移動不能になり勝負がついた。いや勝負にすらなっていない。これがベテランの力……!
「大人気ねえんだよお前は。おい【鍋と炎】、ヴィル抜きでやろうぜ」
と戦士が助け舟を出してくれた。そういう訳で第3戦はヴィルヘルムさんを抜いた【鷹の目】の3人とやることになった。向こうは戦士1、槍使い1、魔法使い1なので構成の上では同等だ。ヴィルヘルムさんが笛を吹き鳴らす中、勝負が始まった。お互いに盾を持った戦士を前にした陣形だ。
「イリス、因みに相手の魔法はどんな種類なの?」
「岩石魔法よ。土を操作してくるから、落とし穴とか石つぶてに注意ね」
「りょ、了解」
僕は後ろ足重心にし、前の足で地面を確認しながら進む。
「ある程度近づいたら私が前衛の盾を燃やすから、そうしたら突っ込んで。盾さえ無ければ燃やし放題だから一気に畳み掛けるわよ!」
「了解!」
次の瞬間、【鷹の目】の前に胸の高さまである土壁が生えてきた。ご丁寧に壁の上辺には凹凸がついており、彼らは凹んだ部分から顔だけ出し、盾は狙えない。
「「「…………」」」
結局、壁を回り込もうとした所に落とし穴があり、そこにハマった僕たちは突撃をかけられて敗北した。笛で奏でられる敗北のBGMが物悲しげに鳴り響いた。
◆
「大人げない……ベテランパーティー大人げない……」
「ハッハッハッ、勉強になっただろう?」
模擬戦の後は風呂に行くことになり、僕たちは湯船に浸かりながら感想戦をしていた。風呂は中川から引いた水を、
風呂屋には床屋や
「「「あっ着替え忘れた」」」
汗だくのギャンベゾンの下に着るチュニックも、当然汗だくなのである。3人は湯冷めしないように走って帰った。
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