第21話「その名は鍋と炎」
翌日のミーティング。
完全武装にマントを
短い開会の挨拶の後、団長が以前に仮結成式の時に言った口上、その正式バージョンを述べる。
「イリス、並びにクルトよ。ブラウブルク市が冒険者ギルドの長、ゲッツ・フォン・ブラウブルクが問う。神と領主の権威を認め、その血を人と人に連なる者のために流す事を誓うか?」
「「誓います」」
「ではギルドの
長々と禁則事項が述べられる。殆どが「犯罪を犯してはいけませんよ」という内容で、日本のモラルに照らし合わせても
「……以上を守る事を誓うか?」
「「誓います」」
「宜しい。汝らの宣誓を、その実力と勇気と共に認める。よって汝らの武装と集合を認め、冒険者ギルドの権威と義務を【鍋と炎】の名と共に授ける」
団長は剣の腹で僕とイリスの肩を叩く。この後は契約金の授与が行われるはずだが、団長は僕たちに起立を要求する。そして後ろを向くと、いつの間にか団員達が2列になり僕たちに道を作っていた。その手には武器を掲げ向かい合わせ、まるでアーチのようになっている。
「団員諸君に問う。この者達は汝らの戦友に相応しかりや?命を預けるに足る信頼はありや?……言葉は不要、否と思う者はその
その言葉に僕はビクリとしてしまう。ここ最近の働きで信頼を取り戻し仲良くなった自信はあるが、
冒険者ギルドは団長と【鍋と炎】を除いて27人、いやドーリスさんも加わっているから28人。14人ずつが向かい合い武器を掲げるアーチの中を歩く。全員が真顔なのが怖い。どうかクルトの悪逆非道を
恐怖が顔に出ないよう、努めて真顔を保ちながら一歩、一歩と足を進める。……そして最後の一組の間を、無事に抜けた。ほっとしたのも束の間、背後で武器が振り下ろされる音がした。驚いて振り向くと、全員が武器を振り下ろしていた(床で寸止めだが)。そして団長が
「宜しい。全員が汝らを戦友と認め、同時にその剣で世俗との縁を断ち切った。汝らは今この瞬間、
団長の両手には銀貨が5枚ずつ。これは契約金のようなものだ。当面の生活と初期装備を保証する代わりに、この金を受け取った瞬間から僕たちは冒険者ギルドに服従する法的な義務が発生する。
受け取ればもう、戦場から逃げる事は許されない。冒険者として市民の前に立って死ぬ事を避けられない。恐怖はある。だが僕は他の生き方も辛い事をこの目で見てきた。命をかけて戦って金を奪い、避難先で食いつないだハイデ村の人たち。戦争で家の働き手を失い、ゴブリンの死体掃除に従事し――――それでも数日分の食費しか稼げない人たち。このままじゃ
団長の手から直接、銀貨を掴み取る。……なし崩し的ではあるが、自分が戦場で生き残る能力がある事を証明してしまった。僕が今生きる
「……冒険者ギルドへようこそ、クルト。そしてイリス。お前達の活躍に期待する」
その言葉で、団員達が盛大な歓声を上げた。口々に祝福の言葉を投げてくれる。僕はなんだか嬉しくなって涙ぐんでしまった。
「「宜しくお願いします!」」
イリスと2人で頭を下げ、入団式は終わった。そして次は端の方でパチパチと手を叩いていたルルが呼び出される。
「あとコイツは新入りの"追い立てる"ルルだ。例外的に【鍋と炎】につけるが、得物が槍だそうだから槍使いどもは惜しみなく技術を教えてやれ」
「ルルです!宜しくお願いします!」
「「「ウィース!」」」
「良し!まだクエストは無いんでミーティングは以上だ。あと戦場が遠ざかったから毎朝のミーティングは解除、前みたいに毎週月曜だけ集まれ。細々した連絡事項はクエストボードを見ろ。んじゃ後はドーリスから今週の給料受け取って解散!」
そういう訳で、給料の支払いとなった。イリスが受け取ってきたお金をテーブルに広げ、それを僕とイリス、そしてルルで分ける。
「私とクルトは正式団員として銀貨3枚、ルルは見習いだから1枚ね」
「おおう……昇給って心踊るなぁ」
「あたしは銀貨1枚でも嬉しいですねえ、これで向こう1週間はパンが食べられる……」
「足りなかったら言ってね?私とクルトで食費くらいなら貸すから」
「ありがとうございます!」
「それで今日はどうしようか。クエストもないし、ルルの訓練でもする?」
「それが良さそうね。じゃあルルは槍持って南門の外に来て」
そこでルルが手を挙げた。
「あ、それについてなんですけど。あたし今、槍ないんですよね」
「「は?」」
◆
話を聞くと、ブラウブルク市に避難して来た際に門番に槍を取り上げられてしまったとの事だ。貴族と兵士、それに冒険者ギルド団員以外は市内での武装が禁止されているのでそういう措置が取られるらしい(ナイフだけは日用品なので問題ないとの事だ)。幸いにして没収ではなく預かるという話だったそうなので、言えば返してくれるだろう。
「じゃあまずは槍を取り戻さないとね」
なんだかRPGのサブクエストみたいだな、と思いながら南門に向かう。
「すみません、以前ここに預けた槍を返して欲しいんですけど」
ルルが門番と話す。
「槍?君の名前は?」
「"追い立てる" ルル……ルイーゼです」
「少し待て」
門番は詰め所に行き、帳簿を持って帰ってきた。
「あー、悪いんだが、その槍は数日前に売り払われたぞ」
「えっ!?」
「没収した時に言われただろう、30日を過ぎても手数料銅貨8枚を払わなかったら所有権が市に移ると。今日でもう47日目だよ」
「だって、日々のパンにも困ってたんですよ!」
「知らんよ」
衛兵は取り付く島もないといった様子だ。というか売り払われてしまったのなら彼に詰め寄ってもどうしようもない。僕はルルと話を代わる。
「すみません、槍がどこに売られたかわかりませんか?」
「武器商の"青い煌めき" じゃないかね」
「ありがとうございます」
そういう訳で、僕たちは武器商の所に行く事になった。本格的にサブクエストじみてきたな。
イリスの案内で到着した場所は、工房通りの店だった。青く塗装された剣が交差する看板が掲げられている。店舗の隣が工房になっているようで、
「すみません、以前門番からこちらに売られた槍を探しているんですけど」
「槍ぃ?悪いが、最近ブラウブルク市の戦いとか近辺の村で戦闘があっただろ?それの略奪品が大量に売られてきてな、槍ってもどれがどれだかわからんよ」
「穂の根本に黄色い布を巻いた狩猟槍なんですけど……」
とルル。
「あー、それなら覚えてるよ。ちょっと待ってな」
そう言うと店主は店の奥に行き、しばらくして戻ってきた。
「悪い、お嬢ちゃん。状態が悪かったんで工房の職人達がナイフに打ち直しちまってたわ」
そう言って机の上に出されたのは、一振りのナイフ。グリップに黄色い布が巻かれているのがルルの槍の名残だろうか。
「そんなぁ……」
がっくりと項垂れるルル。その目に涙が
「ねえ、どうする?戦力にならないじゃ困るよね。僕たちでお金貸してあげて新しい槍買うしかないんじゃ」
「そうね。はぁ、まさか出だしから
「えー、そういう訳でルル。僕たちがお金貸してあげるから新しい槍を買いなよ」
「ありがとうごじゃいまじゅう……」
ルルは涙と鼻水で酷い顔になっていた。色々と台無しである。
「そういうわけで、槍が欲しいんですけど何か
「よし来た、ウチは工房併設だからオーダーメイドで作れるし、先の戦いで貴族が使ってた槍もあるぞ。付呪と彫金が施されててそれは見事な……」
「「あ、中古の安いのでいいです」」
「チッ!」
僕とイリスの言葉に舌打ちした店主が店の奥に下がり、何振りか槍を持ってきて並べた。古さを感じさせるものばかりだが、「どれも各部に緩みはないですね」とルルが言うので、一応使用に耐えるものを出してくれたようだ。
うんうんと
「じゃあこれにします。いくらですか?」
「銀貨15枚だ」
ふむ、日本円だと15~6万円だろうか。武器の相場はわからないが払えない金額ではないなと思い財布を開きかけるのを、イリスが静止した。
「ちょっとぼったくり過ぎじゃないかしら。中古でしょ?銀貨7枚にして頂戴」
「そりゃふっかけ過ぎだお嬢ちゃん、確かに中古だが保管してる倉庫の維持費もタダじゃないし、買い取った値段ぶんは稼がにゃならん。銀貨12枚」
「……民兵隊は勇敢に戦って、大きな損害を負ったわ。補充されるのは彼らの子が成長した頃でしょうね。それまで在庫を抱えるつもり?
「わからんぞ嬢ちゃん、
「あらあら、我らが皇帝陛下の御手腕を疑うと?今のは聞かなかった事にしてあげるわ、銀貨9枚と銅貨8枚」
「…………銀貨10枚」
「得物を勝手にナイフにされた少女に
「あの槍は正当な値段でウチが買い取ったものだ。憐れみを差し引いて銀貨9枚と銅貨16枚、これ以上は
「……商談成立ね」
イリスがじゃらと金を机に広げた。
「持ってけ泥棒!」
という店主に店を追い出されてしまったが、その顔は少し笑っていたのでそう悪い取引ではなかったのだろう。
「凄いですね、あんなにまけてもらうなんて」
「ぼったくり過ぎなのよ。略奪品は相当な数あったって言ってたでしょ?なら元値は相当安く買い叩いたはずなんだから」
そう言いつつ胸を張るイリス。そのバストは平坦だ。
「へえ……私の狩猟槍は父から貰ったものだったので相場とかわからなくて。ありがとうございました。借金が減りました!」
豊かなバストに槍を抱いたルルが頭を下げる。確かに借金で買ったわけだから安い方がありがたいに決まってる。僕はイリスが出した金額の半値を彼女に渡す。銀貨9枚と銅貨16枚がルルへの借金だ。まあ、前衛が手に入るなら安いものだろう。イリスと相談して利子は付けない事にした。暴利で縛っておいて、冒険中に後ろから刺し殺せば借金チャラだと思われても困る。
そういう訳でサブクエストは無事に終わり、【鍋と炎】は槍使いの前衛を手に入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます