第20話「新入りと昇格」

 【鍋と火】は冒険者ギルドに入りたいという少女を伴って、団長の所に来た。


「どうした【鍋と火】。そいつは何だ、怪我人か?」

「いえ団長、冒険者ギルドに入りたいそうで」

「はい!今日、この2人がゴブリンと戦っている所を見たんですけど、これなら私でもやれるんじゃないかって」


 んん?


「あー……コイツらはなァ」

「ゴブリンが鍋でも殴り殺せるなんて知らなかったです!それにこっちの女の子も簡単に突き殺してましたし。あたし、魔物ってもっと強いと思ってました!」

「えっとね、あれは数が少なかったからで……」


 その鍋でも殺せる魔物に殺されかけた手前、少し不機嫌になってしまい訂正しようとしたが、イリスが引き留めた。


「そうよ、ゴブリン程度なら私達みたいな見習いでも何とかなるわ。是非入って欲しいわー!」


 イリスはニッコニコの笑顔で少女を肯定する。団長は彼女の意図を察したのか、渋い顔ながら頷く。


「……まァ冒険者ギルドは基本的に来るもの拒まずだ。だが戦闘技術がェ足手まといにやる食い扶持ぶちもまたェ。お前さん、得物はなんだ」

「槍が使えます!南のボーデ村で父と森番をしていたんですけど、父が戦争で亡くなってしまったので……」

「避難民か」

「はい。村は焼かれちゃったみたいですし、戻っても仕事がないんですよね」

「森番なら狩猟で食いつなげるンじゃねェのか?」

「それが私、罠も弓も苦手なんですよね。だから槍持って勢子をするしかなくて。村で罠と弓が出来るのは父だけだったので、実質狩りは廃業です」


 そう言う彼女のバストは豊満であった。なるほど、これは弓を使うのは辛いかもしれない。僕のスケベ心を察したのかイリスがガスガスと脛をってくるが、革の脛当てがしっかりと僕の脛を保護してくれている。彼女のバストは平坦だ。


「動機は十分、覚悟はまァ微妙だが……良いだろう、加入を認める。このままギルドに来い、手続きしてやる。【鍋と火】は……お前らにも話があるから丁度良いな、お前らこいつをギルドまで護衛してそこで待ってろ」


 僕たちに話?一体何だろうと思ったが、団長は死体処理の監督に戻ってしまった。仕方がないので言われた通りにギルドに向かうことになった。



 ギルドに戻る道中、少女の事をいくつか聞いた。名前は"追い立てる" ルイーゼというらしいが、「貴族臭いから嫌」との事で普段はあだ名であるルルと呼んで欲しいとのことだ。栗色の長髪をポニーテールにまとめていて、今はゴブリンの血や土で汚れているがハツラツとした人懐っこそうな顔立ちだ。歳は15で、僕とイリスが16なので1つ下という事になる。人のことは言えないが、こんな若いうちから血なまぐさい仕事につかないと生きていけないのだから、この世界は中々厳しい。


「いやぁ助かりましたよ、今日は頑張って死体20体くらい運んだんですけど、それって3日分の食費にしかならないじゃないですか。次はもう娼婦しょうふにでもなるしかないかと思ってたんですよ」


 皇帝軍が来たことでブラウブルクの穀物価格は跳ね上がった。最終的に1日ぶんのパンが銅貨14枚まで値上がりし、今は7枚まで下落しているが元々は4枚だったわけで、貧乏人には厳しい。……というかそのバストで娼婦!?いけない、それは大変いけない。何かを察したイリスが蹴りを入れてくるが脛当て――――を避けて膝の裏を蹴り抜いて来たので僕は転んでしまう。


「だ、大丈夫ですか」

「大丈夫、むしろ良い経験になったよ」


 冒険者ギルドの戦士たちの装備を見ても鎧の尻と膝の裏は無防備だ(鎖帷子で守ってる人もいたが)。ここは装備の弱点と男の弱点スケベ心を見抜いたイリスの勝ちという事にして抗議はしない事にした。抗議するとルルに抱いたスケベ心を暴露されそうだし。


 ともあれ、これで彼女は冒険者ギルドの給料と今日の日当を合わせて48枚ほどの銅貨が手に入るわけで、一先ず1週間は食いつなげる事になる。来週からはお金を貸してあげる必要があるが、今の僕たちは金貨持ちなので食費程度なら大した負担にはならない。その程度で前衛が買えると思えば安いものだ、何せ命より高いものは無いのだから。


 ギルドに戻ってしばらくすると団長がやってきた。他の団員達も掃討が終わったのかぞろぞろと入ってくる。


「おう、集まってるな。新入りの方はドーリスが戻ってきてからにするとして、まずは【鍋と火】の方から始めるか」

「あ、はい」

「単刀直入に言えば、お前たちを冒険者ギルドの正式団員に昇格させようと思う」

「えっ!?」


 これは予想外だった。何せ僕がギルドに入ってから、クルトクソ野郎の時も含めて2週間と経っていないのだ。イリスも3週間程度らしいので同じようなものだ。普通は3ヶ月かそこらベテランパーティーに同伴するなりベテランに個別指導を受けてから正式団員になるそうなので、異例の早さだろう。ルルは呑気に「おおー」と手を叩いている。


「ちょっと待って下さい団長、流石に早すぎませんか!?それに戦争が落ち着いたら指導役を付けるって約束したじゃないですか!」


 イリスが抗議するが。


「指導役は俺がやっただろ?貴族仕込みの戦闘技術じゃ不満かァ?」

「魔法は!?」

「暇してる奴らに教えを請え」

「ひっど!じゃあ期間はどうなんですか!」

「3ヶ月程度ってのは目安だよ目安。お前ら2回の対人戦闘にクソみてェにキツいゴブリン退治生き残ったろ?正直十分すぎる位経験積んでンだよ。……おーい、お前ら見習い期間に何回戦闘した?」


 団長が近くに居た団員に声をかける。


「ゴブリンが2回に魔猪が1回スかねえ」「俺はゴブリンとウェアラットが1回ずつ」「あ、私は1回ですけどゾンビの群れを沢山しました(マルティナさんだ)」


「……こんなもんだ。普通はな、最初の2ヶ月は訓練に充てて最後に何回か冒険に行く程度なンだよ。それでも死ぬ奴は死ぬ。だがお前らは2~3週間で戦闘に繰り出し」

「「あなたに繰り出されたの間違いです」」

「……正直すまんかったとは思ってる。まあとにかく、正式団員の合否基準ってのは"簡単に死なないかどうか" だ。……お前らは周囲に助けられたとはいえ、3度4度と実戦生き残ったンだから文句ねェよ。つーかたった2人でゴブリン数十匹に囲まれて生き残った奴らに、教える事なんてもうねンだわ」


 周囲の団員達もうなづいている。そう言われてしまっては断るに断れない。


「というわけで、お前たちを正式団員にする。異論あるか?」


 イリスと顔を見合わせる。実績を認めて貰うと少し自信が出てきたが、それでも不安だ。迷っていると団長が口を開いた。


「給料が銀貨3枚に上がる」

「「「異論ありません」」」


 全てはカネである。


「じゃ、明日入団式やるからそのつもりでな。さて次は新入りの娘っ子だが」

「ルルです」

「ルル、今話してた通り新入りはベテランパーティーのもとに着いて訓練する事になるンだが、えーと槍使いが居るパーティーは……」

「ここです」


 手を上げたのはイリスであった。


「いやお前は杖じゃ」

「団長の個別指導で"槍として使え" と言われてを学びました。不満ですか?」

「ぐっ……だがベテランパーティーにだな」

「ベテランパーティーと肩を並べて数十匹のゴブリンを殺しました」

「…………」

「…………」


 団長とイリスが睨み合っている。暫くして団長が口を開く。


「本音を言え」

「前衛が足りません」


 団長は大きなため息をついて眉間を揉んだ。


「……まァ、良いだろう。こっちも本音を言えばな、お前らを昇格させンのは今後クエストが山のように流れ込んでくる事が予想出来るからだ。少しでも動かせるパーティーが欲しい。そのパーティーが強化されるンなら文句は……まあ、ェ事にしておくか」

「やった!」

「ただァし!槍の扱いはお前らが責任を持って他のパーティーに手ほどきを請え。あと、訓練期間の3ヶ月間は絶対に死なせンな。いいな!」

「「はい!」」


 【鍋と火】は貴重な前衛を手に入れた!


 丁度ドーリスさんが戻ってきたのでルルは見習いとしての登録手続きに、僕たちは正式団員になるための書類を書くべく団長とテーブルにつく。彼の手には登録用の羊皮紙とペン。


「んじゃメンバーを確認するぞ。リーダー、"平坦なる" イリス。メンバー、"ディーターの親戚の" ……いや違ったな、"鍋の" クルト。間違い無いな?」

「「はい」」


 僕をこの街に入れてくれたディーターさんは亡くなってしまったので、僕は"鍋の" が通り名――――姓の代わりだ――――になっていた。


「よろしい、次はパーティー名だ。もう俺が干渉する事じゃねェからお前らで好きに決めろ」

「……どうする?」

「【鍋と火】は流石に勘弁ね。ここはやっぱり【紅蓮ぐれんの炎】に」

「「いやそれはダサい」」

「なんでよ!」


 僕と団長がハモるとイリスは椅子から立ち上がって怒り出した。


「センスはともかく、それ僕の要素無いじゃん」

「うぐ」


 イリスは椅子に座り直した。


 ともあれ、僕は意外と【鍋と火】の名前が気に入りつつあった。端的に僕たちを表しているし、語感も良い。その事をイリスに伝えると彼女はウンウンと唸りだした。


「……ダメだわ、鍋を入れると全てが台無しになる」

「それは、うん……」

「鍋がショボいのはもう諦めるとして、私の要素を盛りたいわ。火って弱そうじゃない」

「鍋がショボいのは気にしてるから言わないでくれる??」

「悔しかったらメイスでも買ってきなさい。……【紅蓮の炎に焼かれし鍋】」

「長い。【赤熱した鍋】」

「ショボさが増してるわ!」


 案を出してはぎゃあぎゃあと否定しあう僕らを見かねたのか、団長が声をかける。


「面倒くせェなお前ら!もうコイントスで決めろ。表が出たらイリス、裏ならクルトな。異論あるか?」


 団長の手には1枚の銅貨。このままだと決まりそうにないので、僕もイリスも同意した。ちなみに先代辺境伯様の顔が彫られているのが表、木の葉(青い山ブラウベルクの木のものらしい)が彫られているのが裏との事だ。


「んじゃ行くぞ」


 団長がピンと親指で銅貨を跳ね上げる。クルクルと回転しながら落ちるそれを、彼ははしと掴み、手を開く。……銅貨の模様は、木の葉。僕に命名権が与えられた。


「………」


 イリスはこの世の終わりのような顔をしている。ちょっと可愛そうなので少しは意向を汲んであげるか。とはいえ彼女がどうしても入れたがっている【紅蓮の炎】はあまりにも中二病臭い。せめて【炎】だけならまあ及第点だろうか。【火】フォイアから【炎】フラメに格上げされるわけだから、イリスも納得してくれる……と信じたい。


「決めました」

「おう」

「【鍋と炎プファネ・ウント・フラメ】でいきましょう」

「まァ端的で良いわな。ちなみに【鍋の具材を紅蓮の炎で調理する美しき者達の集い】の略じゃねェよな?」

「勿論違います」


 通称【死の救済】、正式名【素晴らしき一撃で死の救済を与える美しき者達の集い】を引き合いに出すので思わず笑ってしまう。


「イリスもそれでいいか?」

「好きにして下さーい」


 イリスはすっかり不貞腐れてしまっている。面倒くさいが後で何かおごってあげるか……。


「じゃ、明日のミーティングで入団式やるからそのつもりでな」


 そういう事で、今日は解散となった。イリスは酒場に連れて行ってしこたま酒を飲ませてご機嫌を取り、その夜は更けた。

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