第19話「清掃と人手不足」

 気絶させていたゴブリンの頭に鍋を振り下ろすと、いつものように鍋が光る。今まではわからなかったが、今はその瞬間に鍋の中に命が蓄えられた事を感知出来るようになっていた。そして「幽体ゆうたい剃刀かみそり」を使うのにあとどれだけ命が必要なのかも。


 周囲に目をやれば、他の冒険者も転がるゴブリンの死体を丁寧に突いて生死確認をしていた。団長に至ってはゴブリンマザーの膨らんだ腹をさばいていたが、そこから先は見ない事にした。


 全ての死体を確認すると、とうとう帰還となった。左肩の傷をイリスが死ぬほど心配していたが、マルティナさんは魔法を使い切っていたので、洞窟から出て川で傷口を洗い、帰ってからドーリスさんが蒸留酒をぶっかけてくれた。正直なところ、これが今日一番痛かった。


 翌日からは掃討戦と死体回収に充てられた。死体を放置しておくとアンデッド化する恐れがある上、他の魔物を呼び寄せるからだそうだ。正直全身筋肉痛だし疲労感が凄いので辛いが仕方ない。肩口の傷はマルティナさんが今朝治してくれたので一先ず戦闘は可能になっていたし問題はない。


 ドーリスさんが市民に呼びかけ、日雇い労働者が集められた。彼らが死体回収の主力になる。団長が「兄貴から貰った討伐資金じゃ足りねェ」と死んだ魚の目をしていた。お疲れ様です。


 僕たちは疲労を考慮して貰ったのか労働者の先導と護衛だ。集団の後方には【氷の盾】もいる。他のパーティーは山狩りを継続したり、道中で殺したゴブリンの死体回収をしている。


 集まった市民を洞窟どうくつへと案内する道すがら、僕とイリスは反省会を行っていた。


「ひとつ、わかった事があるんだけど」

「うん」

「前衛が足りないね」

「そうね……」


 イリスが眉間を揉む。昨日までの戦いで、僕一人で前線を維持しきるのは無理だとわかった。イリスの近接戦闘技術は護身程度で、ゴブリン相手だから何とか前線でも戦えたが、そもそも彼女の持ち味はここ一番での魔法攻撃だ。前に出して危険に晒すべきではない。


「あと弓使いも欲しいわね」

「わかる」


 イリスの魔法は5発が限度、しかもファイアボールの射程は50m程度らしい。僕の幽体の剃刀は視線さえ通っていればどこまででも飛ばせるが、1発あたりゴブリン換算で10体ぶんの命のストックが必要なので燃費は最悪だ。しかも威力は然程ではなく、少なくとも鎧を着込まれると貫通出来ないと感覚的に理解している。もっと手数が多く、射程が長い武器を扱える人が欲しい。まあ、つまりは。


「「人手が欲しい」」


 その一言に尽きた。現状「あと一手足りない」場面は他のパーティーに助けてもらえたから何とか生き残れたが、今後はそうもいかないだろう。見習い期間が終わったら僕たちだけで仕事をしなければならない場面も増えてくるはずだろうし。


 僕とイリスは、後ろを歩く日雇い労働者達を見る。貧民が殆どだが、戦争で伴侶を失った寡婦や寡夫、あるいは親を失った子供も混じっている。この中に有望な人がいれば即スカウトしたい所だ。


 そんな事を思っていると、前方の草陰ががさがさと揺れた。他のパーティーかなと思っていると、顔を覗かせてきたのは緑色の肌に灰色がかった黄色の目をもつ小人――――ゴブリンだった。


「全員、下がって下さい!」


 イリスが叫び、僕は素早く鍋を抜く。ゴブリンの数は3、腰が引けている。逃げる気か?


「逃さないで!突撃!」

「了解!」


 イリスの指示でゴブリン集団に突っ込む。ゴブリン達は慌てながら武器を抜き、粗末なナイフなどを構えるが、最早この程度の数なら手慣れたものだった。お決まりの手になりつつあるりで真ん中の個体を怯ませ、一時的に2対2の状況を作る。反撃を盾で受け止め、こちらからの反撃で頭を潰す。イリスがもう1体を突き殺す。蹴りで怯んでいた個体に悠々と近づき、鍋を振り抜いて頭を潰す。これで終わりだ。


「流石に3体程度なら危うげなく倒せるようになったね」

「そりゃ30体以上に囲まれでもしたら、否応無しに成長するわよ。……ねえねえ、今の戦闘で何人か吊れたりしないかしら」


 市民達を見てみると、彼らは目をギラギラさせながらこちらに走ってきた。おっと、これは予想以上に反響が大きい。


「ありがとな兄ちゃん達!稼がせて貰うぜ!」


 市民たちは我先にとゴブリンの死体を奪い、死体を確保した者は下山していった。彼らには死体1つにつき銅貨1枚が支払われる契約なのだ。


「「…………」」


 僕とイリスは顔を見合わせ、肩を落として登山を続けた。



 洞窟付近の川へ着くと、【氷の盾】のリーダーである魔法使いが指示を出す。


「では皆さん、洞窟から運んだ死体はこのあたりに置いて下さいね。名前と運んだ数はこちらで記録しますので」


 彼らは木の枝で地面に長方形を描き始め、そこに川からんできた水をばしゃばしゃとかけはじめた。一体何をするつもりなのだろう? 聞き出す前に市民たちが洞窟に向かってしまったので、僕たちはその護衛へと走った。まあ、後でわかるだろう。


 洞窟の入り口には30体ほどのゴブリンの死体が山になっており(初日に僕たちが倒した奴らだ)、それを市民達がせっせと運んで行く。冷静に見れば、死体の山はおぞましいものだし臭いもひどい。中には吐き出してしまう労働者もいた。すっかり慣れてしまったが、これが正常な感覚なのだろう。何人かの市民は「良く平気で眺めていられるな」と言わんばかりの顔で僕達を見ていた。……あっ、もしかしてこの辺の感覚の違いも冒険者があまり好まれない理由なのか。うーん、これは思ったよりスカウトは厳しそうだ。


 ホブゴブリンの死体は通常種と値段が同じという事で最後まで残っていたが、最終的に力自慢の男性陣が運び出してくれた。そして奥へと進んでは運び出しを繰り返し、とうとう広間まで辿り着いた。これまでとは比べ物にならない数の死体、死体、死体。そしてゴブリンマザーの死体だが――――


「あれっ!?白骨化してる!?」


 ゴブリンマザーの死体があった場所には、巨大な骨が転がっていた。食い荒らされた感じではなく、肉だけを綺麗に溶かしたかのようだ。


「あれが恩寵受けし者ギフテッドの末路よ」

「へえ……ねえ、そもそもギフテッドって何なの?」

「邪神に見初められたり、気まぐれに力を貰ったりした奴らの事。身体が変質したり、外法の魔法を授かったりするの。今回は出産能力と子の急速成長力かしらね。……で、死ぬと対価として魂と肉を


 外法の魔法という言葉にビクリとしてしまう。それを感じとったのか、イリスが僕を見てくる。……イリスに隠してもしょうがないと思ったので、幽体の剃刀の事、鍋に命を蓄えた状態で、鍋で作った料理を食べると傷の治りが早くなる事を話した。


「本ッッッ当の外法じゃない」


 ドン引きされた。


「……でもまあ、実害が無いなら良いんじゃない?実際、それが無ければ私達死んでたし」

「そうだね……でもバレないようには気をつけるよ」

「本当にね。バレたら確実に火刑よ火刑」


 イリスが信仰より実利を取る方で良かった。そして絶対にバレないようにしよう、特にマルティナさんには。


 凄まじい数のゴブリンの死体も、人海戦術で14時頃にはすっかり片付いた。ゴブリンマザーの骨は運びきれないので、頭蓋骨だけ運び出す事になった。山の麓で記念碑になるらしい(良いのか?)。


 川辺に戻ると地面に書かれた長方形が増えていて、その上にゴブリンの死体が山積みになっていた。結局あの水をぶっかけた長方形は何なんだろうと思っていると、【氷の盾】の魔法使い2人が呪文を唱え始めた。すると死体の山の下から長方形の氷が生え、ソリを形成した。なるほど!


「んじゃソリを引っ張って下山して下さーい」


 戦士達がソリにロープをくくり付ける。あとは滑走するソリのスピードを抑えるように、後ろからロープをきつつ下山するだけだ。せっせと人力で担いで運ぶよりよほど効率が良い。


 こうしてふもとに集められた死体はまきで焼かれ、埋葬はまた後日という事になった。団長が「薪もタダじゃねェんだよなァ」とぼやいていた。お疲れ様です。


 結局山狩りは彷徨さまよっていた数体のゴブリンを見つけただけで、巣の類は見つからなかったそうだ。あの群れは全てゴブリンマザーの子で、拡張した洞窟を単一の巣にしていたらしい。死体の数的に、いつ遠征が起こってもおかしくなかったと聞いて恐ろしくなった。ギフテッドこわ……。


 さて帰るか、と思った時。1人の少女が声をかけてきた。僕たちと一緒に行動していた日雇い労働者だ。


「あの、すみません!」

「はい?」

「私、冒険者ギルドに入りたいんですけど!」


 僕とイリスは顔を見合わせた。


「ささ、どうぞお嬢さんこちらへ。すぐ団長に話しに行きましょう」

「休日なのに(今日は日曜日だ)こんな不快な労働してくれてありがとうね?でもこれは街と神への立派な奉仕だから誰にもとがめられる事なんかじゃないし、むしろ誇らしい事よ。冒険者ギルドにはこういう立派な仕事が沢山あるの」

「ワオ、しかも明日は月曜日だから給料日だ!今日加入すれば銀貨1枚貰える!」


 僕とイリスは最大限の接待をしながら、彼女を団長の所へと連れて行った。

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