第17話「ゴブリン退治と鍋 その3」

 無事に撤退を終えた僕たちは団長の話を聞いていた。曰く、ホブゴブリン数十匹を抱えた群れが住み着いている可能性があるそうだ。


「そんな群れが移動してきたンなら何かしら痕跡があるはずなんだがな……付近でが起こったっつー話もねえ」

「そもそもあの洞窟は幅3mもなかったはずです。ホブゴブリンを多量に投入しても、1ヶ月かそこらで穴を掘り返した上に倍に拡張するなど出来るとは思えませんが……」


 渋い顔のドーリスさん。以前洞窟どうくつを塞いだのは彼女らしいので、思うところがあるのだろう。


「いずれにせよ調査する必要がある。明朝また作戦を伝える、今日は解散!」


 ちなみに【死の救済】のメンバーは軽傷を負いこそしたがマルティナさんの回復魔法で既に戦線復帰可能になったとのことだ。あの群れに追われてそれで済んでいるのだから流石ベテランと言う他ない。



 明朝、再びゴブリン退治が始まった。今度は全員で件の洞窟に一直線だ。2つのパーティーが先行し露払いを行っているが、昨日あれだけ狩ったというのに数度ゴブリンと遭遇し戦闘で足止めを食らっている。


 そして1時間ほどでくだんの洞窟に辿り着いた。


「マジで掘り返されてやがるなァ」


 現場指揮のため同行した団長が顔をしかめる。


「この幅じゃ確かに1パーティーじゃきついな。【死の救済】は昨日からご苦労だが先導を頼む、両脇に【たかの目】と【鋼鉄の前線】がつけ。後衛は【氷の盾】だ」


 団長は一瞬逡巡しゅんじゅんしてから告げる。


「【鍋と火】は俺と一緒に中衛だ。洞窟探索の実地訓練といくぞ。ベテランどものやり方を見て学べ」

「「はい!」」


 残った5パーティーは洞窟の入り口の警戒と周辺の掃討を担うことになり、僕たちは洞窟に突入する事になった。昨日ギリギリの戦いを演じたというのに、僕は洞窟探索という初めての「冒険らしい冒険」にどこか心が踊っていた。



 ベテラン3パーティーを前に置きながら冒険者ギルドは洞窟を進む。松明たいまつで明かりはあるが、あまり先までは見通せず薄暗い洞窟は不気味だ。しかし傍に団長が居るというのは心強い。


「中衛だからって油断すンなよ。横穴をぶち抜いて奇襲してくる可能性はある」

「本当に厄介ですねゴブリン」

の名は伊達じゃねェってことだ。だが対処法さえ知ってれば何てことはェ。数も普通なら10匹程度、変異種1匹が居るか居ねえかッて所だから初心者向きなんだがな……」

「あの、その変異種……ホブに私の魔法が通じなかったんですけど」


 とイリス。ホブゴブリンを焼き殺せなかったのがショックだったのか今日はやや口数が少ない。


「クルトにも教えたが、弱点を狙え」

「じゃあ股間ですか?」

イリスの答えにゲラゲラ笑う団長はしかし、否と言う。


「呼吸してる相手なら肺だよォ、肺を焼かれれば大体死ぬ。っていうかお前、もっと自分の魔法の犠牲者をよく観察しろ。火だるまになった奴の直接の死因は呼吸困難だ」

「う……努力します」


 その時である。前衛から声があがる。


「接敵!」


「おっと、来たか」


 団長が剣を抜く。僕も鍋を抜いて構えると、さらに後衛から声があがる。


「奇襲注意!右側、恐らく横穴掘ってる!」


 声を上げたのは【氷の盾】の、盗賊と呼ばれる役割の女性。罠の解除や奇襲が専門だが、その鋭敏な感覚を利用してパーティーのレーダーにもなる。


 耳を澄ませるが何も聞こえない――――そう思っていると、突如右側の壁面がぼろりと崩れゴブリンが顔を出した。


「ほい1つ」

「Ia!?」


 すかさず団長が剣で突いて殺し、マグロの1本釣りめいて後方に投げ飛ばす。通常種のゴブリンと言っても子供と同じくらいの体重があるわけで、それを片手で投げ飛ばすとは。基礎体力に加え基礎筋力すら違う。


「おい【鍋と火】、後はお前がやれ。成長ぶりを見てやる」

「「はい!」」


 僕とイリスは横穴に駆け寄る。穴からは次々とゴブリンが這い出してくる。


「クルトは前進して左側に!奴らを展開させないで!」

「了解!」


 イリスの指示に従って前進し、既にい出した3体のうち左側の個体を鍋で殴り殺す。イリスは右側の個体を刺殺。


「Iiiaaa!」


 怒りの声をあげる中央の1体に、僕はりを浴びせる。吹っ飛んだゴブリンは横穴にぶち当たり、後続の前進を妨げる。そこをイリスが突き殺す。あとはもぐら叩きの要領だ。出てきたゴブリンを片っ端から鍋で殴り殺す。……5体殴り殺したところで後続が途切れた。これでお終いのようだ。前衛の戦いも終わったようで、彼らの足元にはゴブリンの死体が積み上がっていた。


「上出来だ。お前達は2人だけのパーティーだからな、相手に数の利を利用させないのは良い判断だった。指示を理解して実行したクルトも褒めてやる」

「やった!」

「ありがとうございます!」


 僕とイリスは笑顔でハイタッチした。実質師匠となった団長に褒められるのは嬉しい。


「ところでお前の鍋光ってなかったか?」


 ううむ、流石に気づかれるか。


「ええ、なんか敵を殺すと光るんですよねこの鍋。生死判定に丁度良いので重宝してます」

「ふゥん」


 団長は考えるそぶりを見せたが、それは前衛からの声でさえぎられた。助かった……。


「団長、この波はこれでお終いのようですぜ」

「おッし、んじゃ前進再開!」


 冒険者ギルドは再び前進を始める。前衛の動きを見てみると、前衛職の1人が盛り土の裏や岩陰を確認し、その間にもう1人の前衛職が前方を警戒……という動きを繰り返していた。後衛は上方を重点的に注視している。なるほど、勉強になる。


「おい、落石罠だ!」


 【鷹の目】の弓使いが叫び前進を止めさせ、確認に向かった。


「ははあ、小賢しいな。動線が奥に向かって伸びてる。団長、奴らこのすぐ向こうで待ち伏せしてやがりますよ」

「んじゃ出鼻を挫いてやれ」

「了解。全員10歩下がってくれ」


 指示に従って10歩後退しながら、弓使いが見ていたあたりを目を凝らして注視する。すると、天井に穴が開いており、そこから洞窟の奥に向かって細いロープが伸びているのが見えた。終点は闇に包まれて見通せない。


「ま、俺には見えてるんだけどね」


 そう言いながら弓使いは松明から火矢へと火を移し、洞窟の奥へと放った。


「Ia!?」


 火矢によって照らし出されたゴブリンの集団が姿を現す。数は20ほど、ホブゴブリンが3体混ざっている。さらに火矢が着弾した所には杭に巻きつけられたロープ――――天井の穴から伸びている――――があり、それをじりじりと焼き始め、あっという間に焼き落とした。すると天井の穴から木板が、続いて人の頭大の岩がばらばらと落ちてきた。岩は下がっていた冒険者ギルドに被害を与えられず、むしろ僕らにとってのバリケードと化していた。


「Iaaaaa!」


 奇襲の失敗を悟ったゴブリン達が突進してくるが、今までより数が少ないせいもあってあっと言う間に全滅した。


「凄い技量……」


 そう漏らしたイリスの言葉が聴こえたのだろう、弓使いはくるりと振り返って笑った。


「だろ?【鷹の目】の名は伊達じゃないのさ」


 むむ、結構イケメンだ。しかも戦闘装備なのにどこか洒落ている。


「お前は伊達野郎だろうが」

「はん、戦場でもばっちりキメないとやる気が出ないんだよ。君のゴキブリめいた革鎧も今度俺がコーデしてやろうか?」


 パーティーの戦士と弓使いがやいやいと口喧嘩を始めたのを、団長が「はいはい前進しろー」と打ち切った。イリスをちらと見るとクスクス笑っていた。……僕も格好良い所を見せなきゃな。そんな事を考えながら歩みを進めた。


 しばらくすると再び前衛が歩みを止めた。見れば、道の先は開けた空間になっているようだ。【鷹の目】の弓使いと【氷の盾】の盗賊が前進し、目と耳を研ぎ澄ませる。


「デカブツがいますね。通常種は……数え切れないわねこれ」

「うわ本当にぎっしりだ。奥に何かホブよりデカいのが居るけど姿までは見えないね。……どうします、団長?」

「ボスのお出ましかね。ホブのさらに変異種かロードの変異種かは知らんが、調べて――――叩き潰す」

「逆でしょう?叩き潰してから、調べる」

「言えてるなァ!よォしお前ら、準備は良いか?マルティナは光をぶち上げろ。それを合図に突入だ!」

「「「ウィース!」」」


 ついにボス戦だ!


 僕は装備を軽く点検する。ケトルハットの緒はしっかり締まっている。鹿の革は置いてきたが今はギャンベゾンがある。脛当ての緩みもなし。鍋と盾を握る手には鉄の小手がしっかり嵌っている。よし!


「では行きますよ。3、2、1……今!」


 マルティナさんが光球を広間の天井に向けて放つ。それと同時に、全員が突入した!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る