第16話「ゴブリン退治と鍋 その2」

「奇妙だな」


 団長は山の立体図をにらみながら言う。立体図には既に青色のピンが20本は刺さっていた。


「確かに。これだけ会敵して巣の1つも見つからないとは」


 ドーリスが同意する。しかも、今は午前10時。人間にとっては昼だがゴブリンにとっては夜の時間だ。見張りにしては大規模すぎる。まるで昼も夜もなく活動しているかのようだ。


「大規模な群れだとしたら昼だろうが狩りに出るのはまあわかる、だが巣がェのはどういう事だ?」


 大規模な群れが暮らせるような洞窟どうくつは過去に一通り塞いであった。ゴブリンが粗末な建築でもって村を形成する例はあるが、それはやむを得ない場合の話。掘れるなら穴を掘って巣を形成するのが彼らの習性だ。そして青い山ブラウベルクは特段掘りづらい地質ではない。だが冒険者ギルドが戦争にかかりきりだったのはせいぜい一ヶ月程度だ。大規模な巣穴を掘る時間があったとは思えない。


うわさをすれば、見つかったようですよ」


 ドーリスが山を指差す先では、黄色の狼煙のろしが上がっていた。そして眉根を寄せた。


「ここは……以前塞いだはずですね」

「塞ぎ方が不十分だったって線は?」

「ドワーフをナメないで下さい、ホブゴブリンの2、3匹がいてもぶち抜くのに数ヶ月はかかるように塞ぎましたとも」


 岩石魔法を駆使して巣穴を埋め立てたのはドーリス本人だ。


「……判断材料が少な過ぎるな。伝令を出すか。おーい、配達屋!ちょっと来てくれ」


 呼び寄せたのは予め招集しておいた配達人。本来は街と街を移動し手紙や物を届けるのが仕事だが、街道に現れる野盗やモンスターを相手にするための最低限の戦闘力はあるため、こういう時の伝令として重宝する。


「この黄色いピンを差したあたりに行って、巣穴の状況を聞いてきてくれ。あとこう伝えろ、"状況がおかしい、安易に巣穴に飛び込むのはやめろ" とな」



【鍋と火】は休憩の後も探索を続け、ゴブリンの小集団を1つ撃破していた。そして今は新たに見つけた集団を追っている最中だ。


「狩りの帰りかな」

「だと思うわ」


 僕たちの視線の先には、4匹のゴブリンが脚を折られた鹿を引きずって山を登っていく姿があった。これを追っていけば巣穴にたどり着けるだろうと攻撃は控え、慎重に後をつけている。もともと子供の背丈くらいしかないゴブリンの足は遅く、獲物もあるため非常にのんびりとした速度でもどかしい。満足感からか無警戒に歩くゴブリン達の背中を見ていると今すぐ攻撃したくなる。


 斜面が途切れ一旦平地になったのかゴブリン達の姿が見えなくなる。それを追おうとした時、悲鳴が上がった。


「Ia!?」「Gobottttt……」

「何だ!?」


 それはゴブリンの悲鳴であった。急いで斜面を駆け上がると、冒険者ギルドの戦士とばったり鉢合わせた。後方では弓使いがこちらに矢を向けている。


「……なんだ、【鍋と火】かよ。お前らも狩りしてるゴブリンをつけて来たのか?目の付け所はいいぜ、俺たちの方が早かったけどな」


 それは僕たちの右隣に展開していたパーティー、【素晴らしき一撃で死の救済を与える美しき者達の集い】だ。略して【死の救済】と呼ばれる彼らは、そのふざけた名前に反してベテランとして名高い。2人の戦士、1人の弓使い、1人の牧師――――マルティナさんだ――――で構成される。ちなみに彼らの中で客観的に美しいと評して問題ないのはマルティナさんだけだ。


「早かったって言うと、もう巣穴は見つけたんです?」

「ああ、あれだよ」


 戦士が指差す先には山肌を大きくくり抜いた洞窟どうくつがあった。穴の回りには掘り起こされたのか土が盛られている。


「以前塞いだはずなんだがな、掘り起こされたみたいだ。ホブゴブリンが数匹いるのかもしれねえ」


 ホブゴブリンとは成人男性並の背丈とドワーフのようなずんぐりした体格をもつ、ゴブリンの変異種らしい。


「丁度良いや、そろそろ潜ってみようかと思ってた所なんだ。お前達、今みたいに帰ってくるゴブリンがいないか見張っててくれねえか?ケツを突かれるのは御免だからな」

「わかりました、お気をつけて」


 断る理由もないのでイリスが承諾しょうだくする。彼らは礼もそこそこに洞窟どうくつの中に入っていった(マルティナさんは手を振ってくれた)。


 彼らを見送った後、僕たちは盛り土の陰に隠れて狩りに出たゴブリンが帰ってこないか見張ることにした。数十分後、1人の人影が姿を現す。


「あれは……配達人ね」

「団長からの伝令かな?」


 僕たちは盛り土の陰から出て、伝令と話すことにした。巣穴の状況を聞かれたので【死の救済】から聞いた話をそのまま伝える。


「了解しました、お伝えします。……ああそれと、団長さんから言伝を賜っているのですがちょっと遅かったですかね」

「言伝?」

「"状況がおかしい、安易に巣穴に飛び込むのはやめろ" との事で」


 僕とイリスは顔を見合わせた。直後、洞窟の中から戦闘音が響いてきた。だんだんとこちらに近づいてくる。



伝令を逃したあと、僕達は武器を抜いて洞窟どうくつを注視する。戦士の怒号やゴブリンの悲鳴がだんだんと近づいてくる。


「【鍋と火】、いますか!?」


 マルティナさんの切羽詰まった声が響いてくる。


「います!」

「出口のフチで迎撃戦を行います、戦闘準備を!」


 どうやら撤退戦の最中のようだ。僕は洞窟どうくつの入り口の左端に陣取り、その後ろにイリスがつく。……間もなくして、【死の救済】が飛び出してきた。全員生きているがボロボロだ。


 荒い息をつく彼らだが、流石ベテランというべきか即座に洞窟どうくつに向き直り戦列を整える。洞窟どうくつの入り口の幅は約5m、僕と【死の救済】の2人の戦士では塞ぎきれないと判断したのかマルティナさんもメイスを構え前線に加わる。


「いったい何が!?」

「とんでもねえ数のゴブリンだ!ホブも5体はいるぞ、気をつけろ!」


 戦士が答えるが早いか、ゴブリン達が姿を現す。洞窟の幅いっぱいを埋め尽くす緑色の肌、そして無数のぎらついた目。30匹は下らないであろう集団が突進してきた!


「「「Iiiihhhhhhhhhhhhhhhhhhaaaaaaaaaaaaaaaaaahhh!!」」」


「燃えろ!」


 イリスがファイアボールを放つ。集団に直撃したそれは4体をまとめて火だるまにするが、ゴブリン達はもだえ苦しむ仲間を無慈悲に踏み越えて突っ込んでくる。【死の救済】の弓使いが続けざまに矢を放ち、数体のゴブリンを撃ち抜き、貫通した矢がさらに後続にも突き刺さる。ゴブリンどもの勢いは衰えないが、それでも前線に穴が空いて対処しやすくなった。


「やッ!」

「Ia!?」「Gyaiiihhhhhhhhh!」


 僕は続けざまに3連撃を繰り出し、2匹を仕留める。さらにイリスが後方から杖を突き出し1匹を殺す。【死と救済】の戦いぶりは凄まじく、あっと言う間に足元に死体の山を形成する。――――すると残余のゴブリンは僕が一番くみし易いと判断したのか、10匹程度が僕に向かって突進してきた!


「クルト、一瞬交代!」

「了解!」


 イリスが前に飛び出し呪文を唱えると、杖の先端についた赤い宝石が煌々こうこうと輝き先端から赤熱する刃が伸びる。ファイアボール2発分の魔力を込めた炎の薙刀なぎなたと化したそれを横ぎに振るうと、前に居たゴブリン5匹がまとめて斬り裂かれ炎上する。しかしそうして形成された炎の壁を突き破ってさらに7匹が飛び出す。素早くイリスを後方に隠すが、この数は手に余る。


「ここ空けるぞ!」

「了解!」


 すると隣に居た【死の救済】の戦士がゴブリンの集団の横合いに飛び込み、剣の2振りで4匹を殺す。混乱した残余のゴブリンに僕も突っ込み、鍋を振るって2匹の頭を潰す。最後の1匹は前線に出来た穴を塞いだ弓使いが仕留める。素晴らしい援護だった。これでゴブリンは全滅だ。


「ありがとうございます!」

「礼は勝ってからにしろ、ホブ来るぞ!」


 見れば、肩を怒らせたホブゴブリン6体が姿を現す。手には巨大な棍棒こんぼう、さらに盾を持っている個体もいる。弓使いが狙いすました射撃で2体の足を地面にい止め、前進を続ける個体は4体に減った。彼らは前線に立つ4人の冒険者――――僕を含む――――に対し1匹ずつ襲いかかってくる。


「焼け死ね!」


 イリスがファイアボールを放ち、それは僕に向かってくるホブゴブリンの胸に直撃し炎上させる。しかしそいつは炎をまとったまま突進してきた。


「Giiiiiiiiiiihhhaaaaaaaaaaaaaaahhhgggggggggggg!」

「嘘!?」


 驚愕きょうがくするイリス。彼女の魔法はもう打止めだ。ここからは僕がどうにかするしかない。


 ホブゴブリンは左手で炎をかき消すと棍棒こんぼうを振り上げ、思い切り叩きつけてくる。


 あ、これ盾で受けちゃマズいやつだ。


 そう直感した僕は咄嗟とっさにイリスを後ろに突き飛ばし、自分もそのまま後ろに飛び退いた。直後、棍棒こんぼうが直撃した地面が爆ぜる。……やっぱり受けちゃマズいやつだ!

 棍棒こんぼうの距離で戦うのは不利と判断し、逆に間合いを詰める。ホブゴブリンが地面にめり込んだ棍棒こんぼうを再び振り上げるのに合わせ、姿勢を低くしホブゴブリンの足元に飛び込む。そして脛を鍋で思い切り殴りつけるとその足が浮いた。鍋で殴った感触は鉄の柱を打ったようなものだったので、衝撃で浮いたのではなく単純に痛みでそうしたのだろう。ホブゴブリンは怒りに満ちた目で僕を睨み、浮かせた脚で前蹴りを放ってきた。


「うわッ!?」


 咄嗟とっさに構えた盾で蹴りを受けるが、凄まじい衝撃でバランスを崩され後退を強いられる。そしてそこは、棍棒こんぼうの距離。ホブゴブリンが今まさにそれを振り上げきった所だが、僕はまだ体勢が復帰していない。あ、死んだわこれ。


「Iiiiia!?」


 そう思った瞬間、ホブゴブリンの左目に矢が突き立った。【死の救済】の弓使いの援護。ホブゴブリンは左目を押さえながら苦しみ、攻撃の機会をいっしている。畳み掛けるなら今だ。しかし鍋ではホブゴブリンの太い骨を砕けない事がわかっている、一体どうすれば――――その時、団長の個別指導の時に言われた言葉がフラッシュバックする。


『いいか、相手が苦手な攻撃だとか弱点を見つけたらそこを延々攻めろ。死ぬまで攻めろ』


 ホブゴブリンの左目には矢が突き立っている。あれだ!


 大きく踏み込み、右足に力を込め飛び上がる。ホブゴブリンの目線の高さ。おあつらえ向けにホブゴブリンが僕の方を向き、その左目に刺さった矢の筈巻きはずまき(矢の後端)も丁度良い位置に来る。あれを杭打ちめいて叩き込めば、矢尻は脳まで到達するだろう。


「これでッ……終わりだ!」


 僕は全力で鍋を叩き込んだ。


 矢は杭打ちめいて脳に到達――――せず、無慈悲に中頃から折れた。鍋底を垂直ではなく斜めにして打ち込んでしまったせいで、力が横にれたせいだろう。僕は自分が刃筋を立てるのが苦手な事を思い出した。ああもう、こんな時に苦手がたたるとは!着地した僕に、ホブゴブリンが棍棒こんぼうを振り下ろす。これでは僕が終わってしまう!


「ひえっ」


 情けない声をあげ、咄嗟とっさに前転しホブゴブリンの股の間を抜ける。抜けた瞬間にホブゴブリンの腰布の奥の、何か柔らかいものが顔をぜた。


「ん?」


 ゴブリンは異常な繁殖力をもつが、全ての個体が雄らしい。


 つまり、弱点は。


 振り返ったゴブリンの股間を、無慈悲に鍋で打ち据える。


「えい」

「~~~~~~~~~~~~~~~!?」


 声にならない悲鳴をあげるホブゴブリンは腰を引くが、僕はさらに踏み込んでアンダースローの要領で思い切り鍋を上に振り抜く。何かが潰れる感触に、自分の股間に寒いものを感じるが決断的に追撃を加える。2度、3度と鍋を股間にぶち当てると、ついにホブゴブリンは仰向けに倒れ気絶した。


「今度こそ終わりにしよう……」


 イリスからの微妙な視線を背後に感じながら、右腰の日用ナイフを抜いてホブゴブリンの喉に当て、今度こそ杭打ちの要領で鍋を打ち込むと、絶命したのか鍋が光った。……なるほど、生死判定にも使えるのなこれ。


 落ち着いて周囲を見渡すと、【死の救済】の前衛達は各々ホブゴブリンを仕留めた所だった。マルティナさんに至っては脚をい留められていた個体に向かい、あろうことかメイスを投げ捨て光り輝く拳でホブゴブリンを一撃で殴り殺していた。【素晴らしき一撃で死の救済を与える美しき者達の集い】の「素晴らしき一撃」ってあれが由来だろうか。彼女を怒らせないように敬虔なふりをしておこうと誓った。


「終わった……?」

「恐らくな。だが一旦退くぞ」


 【死の救済】の戦士が言い、洞窟どうくつを離れることにした。全員が満身創痍そういであり、あの規模のゴブリンがもう一度来たら今度は勝てるかわからない。イリスが赤の狼煙のろし石を発動すると、程なくして銅鑼どらの音が鳴り響いてきた。2つのパーティーが集まってきて、ぼろぼろの僕たちを援護しながら下山する事になった。とりあえず、生きて帰れそうだ……。



 道中、集まってきたパーティーにどうやって鍋でホブゴブリンを仕留めたのか聞かれた。


「鍋でこう、股間を」


 と言うと、男性陣はうわぁ、という顔で自身の股間を押さえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る