第13話「金貨と魔法」

「ほいじゃミーティング始めるぞー」

「「「ウィース」」」


 次の日の朝はミーティングから始まった。洗濯し綺麗になった服に身を包み、少し良い気分で団長の話を聞く。


「新規クエストはなァし、続いて戦争の話だ。まずは遠征お疲れさん、報告によれば俺たちと同様の作戦を行っていた別部隊共も概ね勝利、敵に与えた損害の合計およそ1000との事だ。敵の食糧事情は相当に悪化してると思われる」


 どうやら僕たちの他にも同じ作戦を行っていた部隊があったらしく、少し納得した。こちらの戦力が小さかったのは部隊を分割していたからか(辺境伯様ですら50騎のお供しか居なかったのだから、相当に分割したようだ)。


「そして皇帝陛下の軍も今日中にブラウブルク市に到着するとの事だ。冒険者ギルドとしての仕事は特に無いが、食料価格が跳ね上がるはずなンで心許ない奴は今のうちに買っておけよ」

「団長、もうカネ無いス!」


 一人の団員が手を上げる。僕も無いのでどうしようかと思ってた所だ。


「安心しろ、お前たちがそういう計画性の無い奴らだって事はよォく分かってる!……ドーリス!」

「はい」


 事務員のドーリスさんが大きな袋を持ってやって来る。テーブルに置かれたそれからは金属がこすれる音が聞こえ、団員達の期待が高まる。


「"ブラウブルク市の戦い"と"エルデ村の戦い"で得られた戦利品と馬32頭に買い手がつきました。それにエルデ村の戦いで得られた貨幣かへいも入れて、総収入はおよそ金貨133枚になります」

「「「Foooooooooooooooooo!」」」


「ねえねえ、金貨1枚って銀貨何枚分の価値?」

「48枚分ね。金貨1枚はだいたい1年の食い扶持ぶち


 つまり、食費から計算すると……金貨1枚は大体日本円で5~60万円くらいだろうか。50万円とすると金貨133枚は6650万円!?


「ここからギルドの取り分3割を引きまして、金貨93枚を分配します」

「暴利だ暴利だ!」

「うるせェー、こっちも維持費で万年赤字なんだよ!俺は破産しても構わんが無職になりてェのかお前ら!」


 野次を飛ばす団員に団長が反論する。団員達もわかってるようで、冗談を飛ばし合っている。


「まあとりあえずこれでギルドの借金は消えますのでご安心下さい。では各パーティーリーダーの方々は受け取りに来て下さい」


 イリスが向かい、目を輝かせながら戻ってきた。


「どうしましょ、金貨なんて久々に見たわ……」

「僕は初めてだ」

「当分ひもじい思いしないで済むわよ……!」


 そう言いながらお金を等分し、片方を僕によこす。金貨1枚と銀貨24枚、銅貨14枚。日本円にして75万円ちょいか。これは大金だ……!


「捕虜の方は管理しきれないので辺境伯様に委ねました。こちらも捕虜交換なり身代金の支払いが合意に至ったら――まあ終戦後になるとは思いますが――分配される予定です」

「ま、従騎士が3人とあとは平民だったから期待はしてくれるな」



 細々とした連絡の後、ミーティングは終わった。僕とイリスは早速市場に繰り出し、食料を買い出す事にした。


「げ、もう価格が上がってる」


 イリスが顔をしかめる。彼女の言う通り、パンの値段が跳ね上がっていた。今まで銅貨4枚で1日分のパンが買えたのに、今は銅貨8枚になっている。


「穀物商人の人たちが出し惜しんでるのかな」

「それもあるけど、投機の影響も大きいんじゃないかしら。本当に商人って嫌な連中ね……」


 つまり、辺境伯様の軍1万5000が来る事を見越して小麦を買い占めた人が居るという事だ。そのあおりを食らうのは僕たち一般市民なわけで、イリスの怒りも頷ける。幸いにして僕たちの懐は温かいので良いが、貧民は困るだろう。


 僕は結局1週間ぶんのパンと3週間ぶんの小麦粉を買った。小麦粉をパン屋に持っていってお金を払えばパンを焼いてくれるらしい。これで一ヶ月は安心だ。幸い肉や野菜はそれほど値上がりしていなかったのでそれらも買う。当分は文明的な食事が出来そうだ。


 食料を部屋に運び込んだ僕たちは、気になる事があり街に繰り出すことにした。城壁沿いに歩いているとそれはすぐに見つかった。難民キャンプだ。


 テント――というにはあまりにもお粗末な、貧相な木組みにシーツを被せただけのものが城壁沿いに立ち並ぶ。そこではハイデ村の人たちが思い思いに過ごしていた。怪我人も散見される。平服のアルバンさん――――ハイデ村の代官――――が居たので話しかける。


「アルバンさん(イリスがりを入れた)……アルバン様、こんにちは」

「こんにちは。おお、君たちはゲッツ殿と共に戦っていた子達だな?教会に突入した狼藉者を仕留めてくれた事、深く感謝する。我々では止められなんだ」

「仕留められたのは本当に運が良かったとしか」

「それでも教会に避難していた者たちを救ったのは事実だ。見事な戦働きと認めよう」

「ありがとうございます。……それで、今日は来たのは一緒に戦った人たち――義勇隊の人たちがどうなったか気になりまして」

「……4人死んだ。騎兵と殴り合ったのだ、仕方あるまい」

「そう、ですか……彼らの霊魂が無事に主のもとに召され、その力とならん事を」

「祈りに感謝する、少年。まあ、彼らも覚悟の上よ。実際多少のカネを手に家族を避難に送り出せたのだ、悪くはない」


 そう言われると少しは気が楽になった。……僕たちに気づいた村人達が、次々にやって来てお礼を言ってくれた。


「よう、俺の女房とガキは教会に居たんだ。守ってくれてありがとうな鍋の少年!」「鍋の人だー」「鍋のお兄ちゃん格好良かったよ!」


 ……完全に鍋の人扱いだ。イリスが「炎の魔法使い」と呼ばれ子供に大人気なのが妬ましい。


 ひとしきりお礼を浴びた後、子どもたちに見送られながら難民キャンプを後にした。


「良かったわね、鍋のお兄ちゃん?」

「うるさいよ」

「悔しかったら魔法でも覚えたら?以前のあんたは使えたみたいだし、素質はあるはずだから教えてあげても良いわよ?」


 魔法!それは実際ありがたい。というのも、鍋だと甲冑相手にあまり有効打にならない事がハイデ村の戦いで分かったからだ。鍋でぶっ叩いても気絶すらさせられないとは、兜の性能は予想以上だ。なので対甲冑の必殺技として覚えておきたい。それに魔法戦士というのは憧れる。


「本当に?是非お願いするよ――――ところで、魔法ってさ」

「うん?」

「文字読めなくても何とかなる?」


 イリスは天を仰いだ。



 お昼までギルドの広間で文字の勉強をする事になった。幸いにしてアルファベットに似ており、母音が英語より多いのが気になるがそれ以外は覚えるのに然程苦労はしないで済みそうだ。


 イリスに教わりながら、羊皮紙に文字を書いていく。紙面が一杯になったらナイフで表面をガリガリと削り取って消し、また書く。


「呪文の音さえ覚えていれば最低限の魔法は使えるけど、実戦レベルにするには自分で魔法書読んで解釈する必要があるから」


 とはイリスの言葉。ちなみに魔法書は金貨1枚以上するらしく、彼女も炎魔法の1冊しか持っていないらしい。「魔法は一通り学んだ」というのはとりあえず一通り最低限使えるだけで、戦闘に使えるのは炎魔法だけとの事だ。


「……うん、とりあえず文字は覚えられたと思う」

「早いわね。じゃあテストするわよ」


 イリスの発音に合わせ、対応する文字を書いていく。所々忘れているが概ね合っていた。小学校でひらがなカタカナ漢字に加えてアルファベットを覚えさせられる日本人には比較的ハードルが低い。この世界の文字が漢字のような表意文字じゃなくて良かった。


「意外と地頭は良いのね。じゃ、また暇な時に文法やりましょうか。次は実際に魔法を使ってみましょ」


 そう言う彼女に連れられ、街の外に出た。街の中で魔法を使うのはご法度らしい。


「まずは魔力の操作と魔力量の確認ね。自分の身体の中に意識を向けて、を探してみて」


 と、イリスは僕の手を掴む。すると掴まれた部分から温かいものが流れ込んできた。スープを飲んだ時に感じる力に近い。僕は身体に意識を集中し、その力が無いか探してみる。……あった。というか全身に満遍まんべんなく存在している。意識を向けてやっとうっすらと感じる程度なので、今まで気づかなかったのも無理はない。


「見つけた」

「じゃあそれを手のひらに集めるようにイメージして。そして球体に形成する」


 言われた通りにしてみると、力が手のひらに集まりぼんやりと光り始め、そして野球ボール大の薄い光球が手のひらから出る。


「それが魔力塊。それをぶつけるだけでも攻撃にはなるけど、私のパンチくらいの威力しかないわ。だから呪文で指向性をつけてあげる必要がある」


 彼女も光球を生成し、呪文を唱えると光球が燃えだす。その火はだんだん小さくなり、最後には米粒ほどの大きさになってかき消える。なるほど、魔力は燃料みたいなものなのだろうか。


「ま、呪文は追々ね。その光球は捨てて、同じものが何個作れるか試してみて。玉ねぎ1個大の魔力塊が攻撃魔法1回ぶんよ」

「わかった」


 言われた通りに光球を捨てる――――意識から外すと、霧散するようにしてかき消えた。そして再び身体の中から魔力を探る。


「……んん?」

「どうしたの?」


 先程のように探してみるが、無い。どこにも無いのだ。


「見つからないんだけど。さっきので無くなっちゃったみたい」

「……魔力量は絶望的のようね。ちなみに魔力量は先天的に決まってるから伸びる事はないわ。ま、まあ良かったじゃない、1回は撃てるんだし。ひどいと麦粒大しか生成出来ない人も居るから」


 イリスがフォローを入れてくれるがショックだ。格好いい魔法戦士の道が断たれてしまった……。だが1回でも必殺の一撃を持っておくのは悪くないと気を持ち直す。


 じゃあ今日の練習は終わりね、と街に戻ろうとした時。僕はどこからか視線を感じ、周囲を見渡す。


「どうしたの?」

「いや、誰かに見られてる気が……あっ、あそこ」


 50mほど先の茂みの奥に小さな人影がある。数は2~3人だろうか?


「うーん、あっ見つけた。……ッ!」


 イリスの血相が変わる。


「どうしたの?もしかして野盗?」


 鍋を引き抜きながら尋ねる。


「違うわ。ゴブリンよ……!」


 僕たちは急いで街に戻り、団長に報告する事にした。

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