第14話「ベテランと特訓」

「ゴブリンだァ?早いな」

「早い?」

「魔物は血の匂いにかれてくるンだよ。だがそれでも当分は山に引きこもってるもんだ。……郊外まで斥候せっこうを送ってくるっつーことは、それなりに大きい群れが来ちまったのかもな。よし、報告ご苦労だった」


 団長はそろそろ到着する皇帝陛下との軍議に行くとの事で、支度に出てしまった。


「ねえ、ゴブリンってどういう魔物なの?」

な魔物よ。全ての個体が雄で、人間の子供くらいの体格しかないけど、とにかく繁殖力が高いわ。種族問わず襲って子供を産ませる」

「うわあ」

「ちなみに男でも襲われたらはらむからね?」

「は?」

「腸が変質して疑似子宮が出来るのよ。出産する時に腸が破裂しちゃうから男は1度で死ぬけど」


 こわ……。絶対負けたくない相手だ。


「やつらはそうやって繁殖して、巣穴とかねぐらが手狭になると近くにして勢力を増やす。……そして地域一帯の食料を食べ尽くすと、って呼ばれる大移動を始める。過去には遠征した1万のゴブリンが街を攻め落とした事もあるとか」

「こわ……」

「だから遠征が起こる前に間引きするなり殲滅せんめつする必要があるってわけ。……はあ、本当に戦闘続きね」


 イリスがげんなりした表情になる。確かにこの一週間で2度も死線を潜っているわけで、行軍の疲れも取れていない。休めるうちに休んでおこうという事になり、今日は解散になった。



 僕は昼食をとりに街に出て、手近な飲食店(と思われる看板を掲げている)に入る。メニューの類は読めないので「オススメを、肉多めでお願いします」とオーダーする。血を失ったら肉を食えとはイリスの言葉だ。僕はチュニックの襟をつまんで胸の傷を見てみる。


「あれっ、殆ど治ってる」


 ピンク色の真新しい皮膚が傷口をすっかり覆っている。2日前マルティナさんに回復魔法をかけてもらった時はまだ傷と認識出来る程度に谷状になっていたので、いくらなんでもこれは早すぎだ。となると考えられるのは、鍋のせいという事になるか……。


 首をかしげていると、「あら奇遇ですね。お一人ですか?」と声をかけられた。事務員のドーリスさんだ。


「こんにちは。ええ、一人です」

「せっかくですし同席してもよろしいですか?」


 断る理由もないので「もちろん」と笑顔で答える。


「ではありがたく。……すみません、パン1切れとソーセージ山盛りで。あとビール」


 と言いながら彼女は向かいの席に腰掛ける。彼女のバストは豊満だ。


「まだ昼ですけど、今日はもうあがりですか?」

「いえ、夜まで仕事するつもりですが。……ああ、ビールの事ですか?ドワーフはお酒に強いのでビールくらいなら水みたいなものですよ。時は蒸留酒です」

「な、なるほど?」

「本当にすっかり記憶が無いんですね。良く生き残れたものです」

「運が良かったとしか」

「運……きっとそれが一番大きいのでしょうね。有望な若者もベテランもある日突然、まさかと思うような出来事で死んでしまう。沢山見送ってきました」

「冒険者ってそんなに死にやすいんですか?」

「まあ普通の市民よりは。魔物退治に戦争と、ブラウブルク市の冒険者ギルドは仕事が多いですから」

「……そういえば、どうして冒険者ギルドが従軍するんです?民兵隊もいるのに」

「地位と引き換えに、ですかね。辺境伯様への武力提供の対価として市民権と居住権を頂いているのです」

「そうでもしないと街に住ませて貰えないんですね……」

「それはそうですよ。今は戦時中ですので民兵隊も傭兵も動員されてますが、普段領主様が抱えている兵――――常備軍、とでも言いましょうか――――はごくごく少数です。冒険者ギルド30人ですら重大な脅威となりましょう。権力に従わない武装集団なぞ街の中に置きたくはないと考えるのが自然です」


 料理と飲み物が運ばれてきた。僕は肉が沢山入った澄ましポークシチュー。良く煮込まれた豚肉が口の中でほどけ、とろみのついた野菜の出汁と絡まって美味しい。ドーリスさんはソーセージをビールでぐいぐい流し込みながら話を続ける。


「かといって街の外に置いておくのも問題があります。他の街で冒険者が何と呼ばれているかご存知ですか?」

「半傭半賊」

「その通りです。魔物退治が無い時は食いつなぐために山賊や追い剥ぎになるのが典型的な冒険者です。まあそれは傭兵も同じですけどね」

「世知辛い……」

「誰しも生きるのに必死ですからね。それで賊に堕ちるのが肯定される訳ではありませんが。ともあれ、ここで領主は重大な問題に直面するわけです。魔物が治安を悪化させるので冒険者が必要、しかし魔物が居ない時は冒険者が治安を悪化させる」

「あー……それで、冒険者を囲い込んでしまおうと」

「そういう事です。冒険者を半常備軍化してしまえば良いと辺境伯様とその弟君おとうとぎみ――――団長は思いついたわけです」


 それで僕みたいな見習いでも食費だけは支給される訳か。稼ぐことの大変さを知った今、それは実際ありがたみを感じていた。こうして忠誠心を買っているのだろう。


「ちなみに、魔物退治を民兵隊がやるって手は無いんですか?」

「民兵隊はその名の通り市民や農民で構成されます。普段は各々の仕事をこなし、市や村の生産を担っているわけです。動員をかければその間生産はストップしますし、戦死すれば直接生産力が失われる事になります」

「なるほど、そこでいつ死んでも良い冒険者が必要だと?」

「包み隠さず言えばそういう事になります」


 死なれるとまずい市民に代わって魔物退治を引き受け、対価として市民権を得る。僕たちの立場はそういうものらしい。……世知辛いなあ。


「1つ訂正するなら、別に死んでいい訳ではありませんよ。君たちは市の貴重な戦力であり、財産とも言えます。それに悲しさを抱える人が居る事も忘れないで下さい。40年近く若者たちを見送って来ましたが、何度経験しても悲しいものです」

「へ?40年?」


 ドーリスさんは20代半ばにしか見えない。


「ドワーフもエルフと同じくらい長命ですので。私、こう見えても3代前の団長の頃から所属してる大ベテランですよ。それこそギルドが半傭半賊の頃からの。……さて、私は仕事に戻ります。……頑張って下さいね、クルト君。私が見送る時、君がおじいちゃんの姿でいる事を期待していますよ」


 そう言って彼女は会計を済ませ、ギルドに戻っていった。この世界、見た目がアテにならないなあ。



 文明的な食事に満足して店を出ると、人々がぞろぞろと道に出ているのが見えた。口々に「皇帝陛下が到着されたようだぞ」「私初めて見るわ」などと言っている。そういえば今日中に皇帝陛下が到着すると団長が言っていたな。テレビも写真も無い世界だ、国のお偉方の顔を見る機会はそうそう無いだろう。僕も人々に混じって、その姿を見ようとする。


 やがて、笛手てきしゅに先導された一団が姿を現す。多数の騎兵に守られながらひときわ立派なプレートアーマーに身を包んだ男性が逞しい白馬に乗って道を通る。


 「皇帝陛下万歳!」「旧教徒に死を!」などという声援に手を上げて応えるその男性は、濃い金髪の青年だった。この人が、皇帝。まだ日本からやってきて日のない僕に忠誠心などは無いが、早く戦争を終わらせてくれとの思いから声援を送った。



 翌朝。


「今日は戦争の話から始めよう」


 という団長の声でミーティングが始まった。


「食糧不足に陥った敵軍は体勢を整えるために南にきびすを返した。皇帝陛下はこれを追撃、決着をつけに行くおつもりだ。辺境伯様もこれに追従するが――――民兵隊と冒険者ギルドは留守番になった」


 団員達にどよめきが走る。


「民兵隊は損害が大きすぎて動かせねェ。そして俺たちは――――ゴブリン退治だ。昨日、【鍋と火】が郊外でゴブリンの斥候せっこうを発見した。わかるよな、青い山ブラウベルクから斥候せっこうを飛ばすっつー事はそれなりにデカい群れだ。既に山を掌握しょうあくしてる可能性もある。俺たちはこれを討伐するために残るってわけだ。

 ……それに、エルデ村の戦いをはじめ市の周辺の村で戦闘を行った以上、そこにも血の臭いにかれた魔物がやってくるだろうよ。当分はそれらの抑えをやる。俺たちの戦争は一段落だが、忙しくなるぞ」

「団長、いつ決行するんで?」

「皇帝陛下の軍が去ってからだ。明日出立するらしいからな、明後日としよう。作戦はその時伝える、んじゃ今日は解散だ」


 それでミーティングは終わった。準備期間は今日含め2日というわけだ。何が出来るだろうか。


「おい【鍋と火】、お前たちはちょっと着いてこい」


 と団長。


「あ、はい」

「少し稽古けいこをつけてやる。完全武装で南門の外に来い」

「私もですか?」

「ああ、今回は山狩りだからな。洞窟どうくつならともかく、広い場所では前衛をすりぬけてくる奴もいる。お前も最低限の護身は出来るように鍛えてやる」

「りょ、了解です」


 そういう訳で、僕とイリスは装備を整えて郊外に出た。



イリスは杖をそのまま、僕は木剣で稽古けいこする事になった。団長は完全装備で、武器だけは木剣だ。


「まずは今のお前達の実力を見る、俺をゴブリンだと思って全力でかかってこい。イリスはファイアボールの代わりに麦粒大の火を飛ばせ。回数は5回までな」

「「はい!」」


 そして模擬戦が始まった。僕が前衛、イリスが後衛で距離は2mほど空けている。リーダーであるイリスが指示を飛ばす。


「クルト、前に出て抑えて!私が魔法で仕留める!」

「了解!」


 僕はじりじりと団長との距離を詰める。お互いの剣が盾には届くが身体には届かない距離。団長は動かず守りの姿勢だ。……仕掛けるか。僕は木剣を振るい、1発目で脚、返す2発目で踏み込んで頭を狙おうとするが。


「ほい」


 団長は1発目を盾で受けると同時、自身の剣を投擲とうてきした。


「えっ。きゃっ!?」


 飛んでいった木剣は側面に回り込もうとしていたイリスの腹を直撃。それと同時、僕の身体が浮いた。


「へっ!?」


 脚をひっかけられたと気づいた時には、僕は地面に転がり団長が腰から抜いたナイフを喉元に突きつけられていた。


「はい俺の勝ちィ!ガハハ、論外だな!」

「こんなんズルでしょ!」


 イリスが抗議するが、団長は笑う。


「ゴブリンは案外小賢しいぞ。しかも狙えそうな奴から狙ってくる。今のはイリス、クルトの盾の陰からノコノコ出たお前が悪い」

「だって射線が通らないじゃないですか!」

「そこはクルトに期待しろ。クルト、お前はもっと脚を動かせ。俺の剣を拘束したまま横に動いて射線を開いてやれ」

「わかりました!」


 仕切り直して第二戦。


 言われた通りに、1発目は団長の剣に打ち込み2発目は右に回り込みながら頭を狙う。これで団長の右側面がイリスにさらされる形になる。


「せいッ!うわっ!?」

「盾を下げるな!」


 2発目を打ち込むと同時、僕のがら空きの眉間に団長の剣が突きつけられる。無意識に盾が下がっていたようだ。こちらの剣は盾に防がれてしまっており、相打ちとはならず。しかし、飛んできた小さな火が団長の右肩に当たり一瞬燃えあがる。イリスのファイアボール(に見立てた火)だ。


「うむ、10点。ゴブリン1匹を殺したがクルトは死亡、イリスは奮戦虚しく後続のゴブリンどもにはらみ袋にされましたとさ」

「ごめんイリス!」

「本当に実戦じゃなくてよかったわ!」

「まァさっきよりは良い動きだったぞ。クルト、前衛の第一の仕事は"死なない事"だ。お前が死んだらイリスも死ぬ。後衛に射線を通すより防御を優先しろ」

「はい!」

「じゃあもう1回だァ!」


 その後も模擬戦は続き、僕を押しのけて突進した団長にイリスが殺されたり(1発目のファイアボールは盾を燃やしたが2発目を撃つ前に剣が届いた)、僕が再び脚をすくわれて殺されたりしながらも、最終的には団長を完封出来るようになり「合格」を貰えた。「実力を見る」と言いながら、実際これは団体パーティー行動の練習だったようだ。


 ぜいぜいと荒い息を吐く僕とイリスを団長はゲラゲラと笑っている。基礎体力が違いすぎる…!


「お前ら10回は死んだなァ!良かったな模擬戦で!」

「本当ですね……!ありがとうございました」

「教育係を着けるって約束したが、その前に魔物退治実践になっちまったからなァ!俺が直々に稽古けいこつけてやるのはその詫びさ。じゃあ次、個別指導いくぞ」


 その後は僕は鈍器の扱い方、イリスは杖での近接戦闘を習った。日が暮れる頃には2人ともへろへろになり、手早く食事を済ませて寝床に飛び込んだ。

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