第9話「行軍とキャンプその2」

 その日の行軍中、イリスは口を利いてくれなかった。……悪いのは僕じゃないと思うんだけどなあ。おまけに他の団員達が揶揄やゆしてくるのが鬱陶うっとうしくて、僕まで不機嫌になりかけたところで森の中の村に辿り着いた。


「エルデ村にようこそお越しくださいました」


 村長が頭を下げる。疲れ切った顔をしているのは、既に通過した辺境伯様や傭兵隊の応対のせいだろうか。歳は40代といった所。村長というと老人を想像していたのでちょっと驚く。


「開拓村でして大したものはございませんが、川の水はご自由にお使い下さい。また保存食も用意がありますので必要な方はお買い求め頂ければと」


 開拓。この森を切りひらき人の住める土地に変える途中なのだろうか。村民たちは皆若く、人種も様々だ――僕はここで初めてエルフ(だろうか?)を見た。色素の薄い金髪に尖った耳、華奢な体格が特徴的だ。


「あの人、もしかしてエルフ?」


 ダメもとでイリスに話かけてみると、以外にも応じてくれた。


「そうよ。……私もちょっとだけどエルフの血を引いてる。ひいお婆ちゃんがエルフなの」


 意外なところにエルフの末裔まつえいがいた。色素の薄い金髪はその遺伝だろうか?そういえばエルフというと長寿なイメージがあるが、この世界でもそうなのだろうかと思ってイリスに尋ねると肯定される。


「私のひいお婆ちゃんは今400歳くらいじゃないかしら。エルフはだいたい800年くらい生きるわ。ハイエルフって言われる原初のエルフ達は数千年らしいけどね」

「すごいな。じゃあイリスも長生きするのかな」

「私は人間の血の方が濃いからせいぜい150年くらいじゃないかしら」


 それでも十分に長い気がするけど。


「おかげで成長が遅くて嫌になるわ」


 ふんと鼻を鳴らす彼女のバストは平坦だ。まあ、この小さくて可愛いイリスがまだ先まで拝めるのは良い事かもしれない。


 僕は川で水を汲んで、狩人風の男(エルフだ)から鹿のソーセージを買った。流石にパンだけだと飽きてきたというのもあるし、イリスにキャベツのお礼がしたかった。それとついでに鹿の毛皮を買った(毛布代わりだ)。「腐るほどある」との事で相当にまけてくれたようだが、それでも所持金が綺麗に無くなった。この遠征で稼げると信じたい。


「あんたがたも逃げる準備をしておけ。俺たちは敵のアタマを叩きに行くが、素直に退いてくれるとも限らん」

「開拓民に逃げる場所なんてありませんよ、旦那様。ま、森の中に隠れはしますが……家や畑に火をつけられたらまたイチからやり直しですなぁ」


 力なく笑う村長に、団長は「そうか」とだけ言い残し行軍は再開された。……僕たちが作戦に失敗すれば敵軍は早々にこの村を襲うだろう。必ず成功させ、この人達が隠れる準備をする時間を稼がないとな。僕はそう心に決め、歩きだした。



 日もとっぷり暮れる頃に目的のハイデ村に着いた。村長は70代くらいの男性で、やはり疲れた顔をしている。辺境伯様の騎兵隊は村に泊まるようで、傭兵隊と冒険者ギルドは村の近くで野営する事になった。


 昨日と同じように鍋でスープを作ったが、今日はイリスのキャベツに加えて僕が買った鹿のソーセージ入りだ。鹿の肉汁と油が滲み出したスープは現代のコンソメスープのような味わいで、宴会以来の文明的な食事に僕は感動する。


「うおー、美味しい……」

「良い出汁だし出てるわ」


イリスも満足げで、すっかり機嫌も直った。これだけでもソーセージを買った価値があるというものだ。険悪な空気で戦闘はしたくない。


「……あれ、でも昨日みたいに力が流れ込んでくる感じはないね」

「そういえばそうね。……本当に何なのかしらねその鍋」


 ううむ、まだまだ検証が必要なようだ。


 食べ終えた頃に団長がやってきた。


「おう恋人達ィ!」

「ぶっ殺しますよ」

「ガハハ、怒るなよ。どうせ寝具持ってきてなかったコイツクルトに情けをかけてやっただけだろ?……おっ、なんだクルト、毛皮買ったのか。残念だなァ、イリスの温もりなしで寝るのはさぞ辛いだろうよ」

「ぶっ殺しますよ??」


 イリスが杖を握ったのを笑って一蹴いっしゅうすると、団長は僕に視線を合わせる。


わりィ。ま、冗談はさておきクルト、ちょっと剣の稽古けいこつけてやる」

「えっ本当ですか」

「おうよ。……今回は前回以上の乱戦になるだろうし、盾を持った以上は前に立ってもらう。せめて自分の身は守れる程度にはなって貰わにゃ困る。盾と毛皮持ってこっち来い」


 言われるがまま、盾と毛皮――――何に使うのだろう?――――を持って団長についてゆく。焚き木から少し離れたところで団長は適当な木の枝を拾い、片面の皮とその反対側の皮をナイフで削ぐと僕に投げてよこした。


「その皮を削いだところが刃だと思え。あと毛皮は右肩に巻くかかけろ。剣程度なら十分に威力を削いでくれるだろうよ」


 なるほど、毛皮は防具にもなるのか。言われたとおりに毛皮を右肩に巻き、以前団長が見せたように盾と枝を構える。盾の上辺が鼻の上あたりに来るように構え、下辺は膝を隠すように腰を落とす。右手は頭の横あたりに、握った枝は先端が盾の左端に伸びるように構える。


「それで良い。その構えなら身体を左右に振るだけで大体の攻撃は防げる」


 団長も同じように構え、身体を左右に捻る。確かに左に捻れば右側からくる頭への斬撃は防げ、右に捻れば正面からの攻撃も防げる。左側からの攻撃は枝を動かして防ぐ。


そこからは団長の攻撃を防ぐ練習が始まった。単発の斬撃は防げる。しかし連続攻撃になると途端に難しくなる。それに。


「盾が重いです!」


 おそらく2~3kg程度だと思うのだが、長時間構えているのは辛い。突きへの防御で盾を上げるのは筋力と体力が削れ、10分と経たずしてへばってくる。


「慣れろ!そして盾は絶対に下げるな、お前の兜は顔面がら空きだから死ぬぞ」


 僕の兜はケトルハットと言い、鉄のつば広帽のような形をしているが顔面を防護するものは何もない。前回の会戦で団長が何人も顔面を突き刺して殺しているのを思い出し、気合で盾を持ち直す。


「よし。んじゃ次は攻撃を覚えるぞ」


 団長に剣の振り方を教わり、何度かの素振りの後彼の盾に打ち込みを始めたが――


「刃筋を立てろ!」


 と何度も叱られる。木の皮を削いでみたてた刃を垂直に当てようとするが、どうにも上手くいかない。何度も振るが、どうしても斜めに当たってしまう。団長曰く、刃筋が立っていないと刃が滑ったり剣が曲がるそうだ。


「……うん、ダメだなこりゃ!お前剣向いてないわガハハ!」


 とうとうそんな事を言われてしまった。かなりショックだ、華麗に剣を操る戦士格好いいなとか思っていたのに!


「まあ幸いにしてお前の武器は鈍器なべだし良いんだけどな。ありゃ刃筋もクソもねえ、当たればとりあえず打撃にはなる。……そうだなァ、なら一つ技を教えてやる」


 そう言う団長にある技を教わり、その日の訓練は終わった。


 焚き木の火を消して、団員達は寝始める。【鍋と火】の見張り当番は最初で、「月が真上に来るまで」が担当だ。僕とイリスは野営地が視界に納まる程度のところに立ち、周囲を警戒する。


 ……ところがこの見張りというのはひどく消耗する事がわかった。月明かりこそあるが、暗い木々の中に異変がないか目をこらすのは疲れるし精神的にも消耗する。月光が反射した落ち葉すら剣のきらめきに見えるし、風で木々が揺れる音は人が森を踏み荒らす音に聞こえる。

 おまけに、防具の重さといったら! 兜は2kgもないと思うが、長時間被っていると首が痛くなってくる。盾は楽なように下ろしているが、2~3kgの重量物をずっと左腕にくくり付けているわけで、これも疲れる。月が真上に来るころにはすっかりへとへとになっていた。


 防具を外し、イリスに「おやすみ」と言って毛皮を毛布代わりにして1人で寝る。毛皮は獣臭いが温かい。しかし昨日イリスの体温と匂いに包まれて寝る事を覚えた僕にはだいぶ辛かった。……寝れるかなこれ。



 寝れたわ。


 疲労でいつの間にか眠りに落ちていたらしい。気づくと朝で、団員達が身支度をしていた。見張りで睡眠時間が少ないのでやや眠いが、今日は戦闘があるかもしれない。パンをかじって英気を養い、気を引き締めた。

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