第10話「演技と奇襲」

ハイデ村は50戸ほどの家が並ぶ中規模の村だ。騎兵隊は村の外の林に馬を繋ぎ、徒歩で村に入った。僕はここでやっと全軍の構成を見る事が出来た。騎兵隊が50、傭兵隊が100、冒険者ギルドが30人。さらに村人だろうか、農具で武装した人が10人かそこら。かなり少数に思えるが、これで大丈夫なのだろうかという不安が首をもたげる。しばらくすると騎士風の男、それに"辺境伯様"と思しき立派なプレートアーマーの男が前に出てくる。


「諸君、行軍ご苦労であった。ノルデン辺境伯にして、フリードリヒ・である。斥候の報告によれば敵軍は既に2時間ほどの距離に迫っており、今日中に戦闘になるであろう。敵は200騎ほどと思われるが、地の利はこちらにあり。旧教と僭称皇帝を奉じるクズどもの血を畑の肥やしにしてやれ!」

「「「Fooooooooooooo!」」」

「作戦を伝える。傭兵と冒険者ギルドは村の各家に潜み、敵を引き込んでから襲撃すべし。私が直率する騎兵隊は東側の林に潜み、側面攻撃を行う。……歩兵隊の指揮は、ゲッツ・に任せる」

「承知した」

頷くのは団長。やっぱり貴族だったのか――いや、それどころか辺境伯様の弟!?そんな大物が30人程度の冒険者ギルドの長に収まっているのはかなり意外だった。


辺境伯様は騎兵隊を率いて林の中に行ってしまった。そこからは団長が音頭をとる。


「よォし、歩兵隊の作戦を詰めるぞ。こちらは傭兵100、冒険者30、そして――」

「義勇兵12名及びハイデ村が代官、騎士のリッターアルバン・フォン・バーデンが加わります」

中年の騎士風の男が歩み出る。


「参戦ありがく思うが、良いのか?キツい乱戦になるぞ」

「この者達は『村をタダでくれてやるか』と立ち上がった者達です。私も代官地であろうと同じ気持ちです。一太刀報いてやりましょうぞ」

義勇兵達が頷く。凄まじい覚悟を伺わせる。


「貴卿らの勇気に神の恩寵あれ。よろしい、ではこの143名で敵を。まず傭兵隊は村の外周で敵の退路を塞ぐ役目を負ってもらう、村の外周に潜伏してくれ。次に冒険者ギルドと義勇兵は村の内側に潜伏、敵を引き込んでから叩く。潜伏場所はアルバン殿と協議して決めるとしよう。……戦闘開始はそうだなァ、こちらで敵に魔法攻撃を加える。それを合図に行動を開始しろ」

全員が頷く。


その後、アルバンさんと団長、傭兵隊長が協議し配置が決まった。

ハイデ村は全周が木の柵で囲われているが、背が低くまともな防備にはならない。西側は川になっており1本の橋以外に渡れる場所はない。東側は林があり、辺境伯様が潜んでいる。南北に村を貫通するように道があり、その中心に教会がある。……戦闘はこの教会を中心に行うことになった。


「んじゃ仕事の時間だァ!傭兵隊はアルバン殿の指示に従って外周に隠れろ!冒険者ギルドは――」

団長が各パーティーに指示を出し、道路沿いの家に潜伏させる。僕たちはというと。


「【鍋と火】は前回と同じだ、俺が指揮下に置く。教会で義勇兵と共に待機。敵の正面をブッ叩くぞ!」

「「はい!」」



教会に入ると、そこには女子供や老人が肩を寄せ合って避難していた。それに村長さんも。これが、僕たちが守らないといけないもの。


「……負けられないね」

「勿論。敵は騎兵隊よ、負けたら死ぬまで追い回されるわ」

そっちかー。しかし尚更負けられなくなった。


僕はケトルハットの緒を締め、右肩に鹿の毛皮を巻く。革の脛当てを装着し、盾を左腕に革ベルトで固定。最後に右手で鍋を引き抜く。……これで全部だ。しかしやらねばならない。


「よォクルト、少しは男の顔になったなァ!」

「後ろで子供達が見てるのに、震えてられないですから」

義勇兵達が自分の子供達と話し、祈っている。


「良い心構えだ。……ところでイリス、お前魔法は何発打てる」

「5発です」

「上等だ、お前に嚆矢を任せる。合図したら4発続けて打て。その後はこの教会で待機、抜けて来たヤツに圧力をかけろ」

「わかりました、派手に燃やしてやります」

イリスはこわばった身体で、しかし不敵に笑ってみせる。


「俺とクルト――そして義勇兵はそれを合図に飛び出す。その後は斬りまくる、それだけだ」

「了解です」


「……来たようですぞ」

アルバンさんがひそひそ声で言う。扉の隙間から覗くと、敵の騎兵隊が村の南側に姿を現したのが見えた。その数200ほど。ついに、始まるのだ。



「我々はヨアヒム陛下が家臣である!村長はあるか!」

プレートアーマーに身を包んだ男がひとけの無い村に大声で呼びかける。何も反応がないのを見て、苛立たしげにもう一度。


「村長はあるか!あまり私を待たせるな、ナメたマネをしていると――」

「はいはい、どちら様ですかな!?」

教会から村長が杖をついて出てくる。70代ほどの老人だ。


「私は正当皇帝ヨアヒム殿下が家臣、騎士のリッター――」

「すみませぬ、私めは耳が遠くてよく聴こえなんだ!今そちらに参りますのでしばしお待ちくだされ!」

そう言うと村長は歩き出す。……が、遅い。杖をついて2、3歩進んでは息をつき、額を拭って2、3歩進み、息をつく。


しびれを切らしたのか、騎士を名乗る隊長格の男は100騎ほどを率いて村の中に入ってきた。ずらりと並んだ騎兵が村長を取り囲み圧力をかける。


「私は!正当皇帝!ヨアヒム殿下が家臣!騎士のアルノー・フォン・ヴァイツェンである!!」

「閣下、今は礼拝中ですので静かにして頂けると助かります」

「貴様が耳が遠いと言ったからだろうがッ!……本題に入ろう。村長、村の食料を供出しろ」

「はて、どれくらいご入用で?」

「全てだ」

「なんと、それでは我らは収穫を待たずして飢え死んでしまいます!」

「知ったことではない。我々は新教を名乗る異端者どもを討伐する途上にある。この聖戦に無私の奉仕をせぬと言うのであれば、貴様らも異端として始末する。……素直に食料を出せば村に火を着ける事だけは勘弁してやろう。ああ、あと女も出せ。若くて見目の良いのをな!」



「……頃合いかね」

「で、ありますな」

団長とアルバンさんが頷き合う。そして団長がイリスに手を振り、握った手をパッと開いてから――外を指差した。



「わかりました、閣下。直ぐに準備させますゆえ、どうか焼き討ちだけは!」

「よろしい。私は気が短いぞ、とっとと――――」

その瞬間、教会の窓から飛び出した火球が隊長格の男にぶち当たり炎上し、落馬させた。

「焼き討ちになるのはお前じゃバカめ!!」

村長が杖で彼をぼこぼこと殴り始めると同時、家々の窓が一斉に開き魔法や矢が騎兵隊に撃ち込まれ、次の瞬間には前衛職が飛び出した。


「っしゃァ、突撃!」

団長が教会の扉を蹴破って飛び出し、並んで僕が、さらにアルバンさんと義勇隊が続く。


「1つ!」

団長はファイアボールを受けて尚立ち上がろうとしていた隊長格の男の腋に剣をねじ込み、永遠に立ち上がれないようにする。さらに彼の死体を踏み台に加速し、左右の騎兵の脚を斬りつける。


「爺さんよくやったな!」「名演技だったぜ!」

「ホッホ、婆さんを口説き落とした話術は伊達じゃないわい」

義勇隊は村長を守るように展開し、手に持ったピッチフォークやくわで騎兵達を馬から引き摺り下ろそうとする。村長は「バカ言ってないでとっとと戻ってきな!」という老婆の声ですたすたと教会に戻っていった。


僕は団長の隣で、馬を射倒された兵と戦闘していた。比較的軽装で、兜と喉当てビーヴァ以外の防具はなく剣と盾を装備している。だがその剣撃は凄まじく、防御するので精一杯だ。


「鍋だと!?ふざけやがっ」

「5つ!」

団長が振り向きもせず横合いから首に剣を突き刺して殺す。


「ありがとうございます!」

「構わん、守ってろ!俺が殺す。余裕があったら馬上のクソを引き摺り下ろせ!」


丁度矢を受けて倒れ込んで来た兵が居たので顎を鍋で殴って昏倒させる。それと同時にイリスの――おそらく4発目の――ファイアボールが敵集団に命中し、敵は混乱の極みに陥った。


「ええい押すな、広がれ!」「踏みとどまれーッ!」「退却、退却だ!」「突破せよ!」

何人かの騎兵が冒険者ギルドの間をすり抜けて北と西に突破しようとしたが、その瞬間に固まる。傭兵隊が北と西に展開し道を塞ぎ、じりじりと距離を詰めてきたのだ。


「南だ!一旦退け!」

ならばと馬首を巡らせ残してきた100騎と合流しようとするが――


「ノルデン辺境伯様、万歳!」

辺境伯様の騎兵隊が待機していた100騎の横っ腹に突っ込み、殺戮劇を開始する。もはや敵の退路は辺境伯様が潜んでいた東の林しかないが、そこに至る道も予備の傭兵隊が塞いでしまう。


敵は全周囲から降り注ぐ射撃や魔法から逃げるように中心に固まり、その機動力と戦闘力を失いつつある。そこに前衛職が突っ込んで外周の兵を刈り取り、押し込む。傭兵隊は包囲の輪を狭めつつあり、既に大勢は決したように見える。


僕は団長とやりあってた騎兵の隙をついてその横っ腹を盾ではたいて落馬させる。


「えいっ」

「ああーッ!?」

「上出来、12!」

そして団長が仕留める。その時、アルバンさんが叫ぶ。


「3騎抜けた!」

見れば義勇隊の間を抜けて3騎が教会の方へと向かってゆく。教会後方に傭兵隊が居るが、それを強行突破する心づもりだろうか。


――いや、違う!敵はまっすぐ教会へと向かっている。意図に気づいた射手が矢を放って2騎が射落とされ、最後の1騎にイリスがファイアボールを放つ。――が、それはいななき立ち上がった馬の喉元にぶち当たり、直前に飛び降りた兵が徒歩かちで教会へと駆け出す。やはり教会に詰めている人たちを人質にするつもりか!イリスはこれで残弾なし。青い顔で扉を閉めようとするが彼女の膂力では扉はなかなか閉まらない。


「団長ッ!」

「行け!」

団長が答えるが速いか、僕は教会に向かって駆け出した。

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