第7話「軍務と初任給」

 日曜日は結局部屋の掃除だけで潰れてしまった。しかし気になる事があった。散らかっていたものは得体の知れない鉱物や乾燥した草花、そしてメモなどが主だ。メモに書かれた文字は読めない。それ以外は粗末な着替えや小さなナイフ、そして鍋がすっぽり納まる小さな麻袋。あとは日用品だ。そういえば皆ナイフを腰に差していた気がするなとさやごと右手側にベルトに括り付ける。鍋は麻袋に入れて左側に。これで目の良い人が鍋の異常性に気づく事もないだろう。


 これでよしと満足し、窓の外を見る。窓ガラスなどは無いので跳ね上げ式の戸板が解放されている。外はすっかり暗く、街の明かりもまばらだ。春の草花の香りを運ぶ夜風が気持ち良い。――――昨日戦争してたのにな。風に血や鉄の臭いは無い。まるであの会戦が嘘のようだ。だが短剣野郎の頭を鍋で殴った感触がはっきりと思い出せるし、ディーターさんが死んだのも事実なのだ。


 物思いにふけっていると、教会からだろうか、鐘の音が聴こえた。その後、壁から控えめなノック音が響く。


「……イリス?」


 彼女は隣の部屋だ。音が聴こえたあたりの壁に寄る。


「ん。今のが夜8時、消灯の鐘。春の朝は5時起床、7時からミーティングね。おやすみ」

「ありがとう。おやすみ」


 彼女が僕のを気遣ってくれているのが嬉しい。消灯と言ってももとより蝋燭ろうそくの類は無く、今部屋を照らしているのは月明かりだけだ。その明かりを頼りにパンを齧り、小さな水盆すいぼんに汲んでおいた水で喉を潤す。

 メモの類は読めないし、暇を潰せるものもないので寝るしかない。スマホが恋しいなと思いながら、換気のため窓の戸板を少しの隙間を残して閉める。幸い部屋が真っ暗になると同時に眠気が襲ってきたので、ベルトを外し床に直に敷かれたシーツに寝転がる。昨日は酒で火照った身体にむしろ心地よさすら感じたが、今は床の冷たさが直接伝わり心地悪い。せめて掛け布団が欲しいなと思いながら着替えを布団代わりにし、さらにシーツに包まると、いつの間にか意識が落ちていた。



 朝のかねで起きて、井戸の回りで団員たちと談笑しながら身支度を整えてミーティングに参加する。全員が広間に集まった頃に団長がやってきて話を始めた。


「おはよう!」

「「「おはようございますはざーす!」」」

「本日の新規クエストを発表する!……なァし!」


 いかにもと言った感じの掲示板が広間にあるが、今は何も貼られていない(貼られていたとしても僕には読めないだろうが)。


「続いて戦争の話だ。先日蹴散らした敵軍だが――――」


 そこまで言って、団長は僕を一瞥した。


「あれはそもそも先遣隊だ。辺境伯様は敵が本隊と合流し街を包囲する前に先遣隊を叩き、時間を稼ぐ作戦を採られた。……作戦は成功し、尻尾巻いて逃げた先遣隊は本隊に向かって敗走、その道を塞いでくれた。おかげで敵本隊の行動は遅れている」

「ザマぁねえな!」「負けた上に自分のお殿様の道を通せんぼかよ」


 団員たちが口々に敵の醜態を嗤う。


「……が、逆に言えば敵は本隊との合流を済ませちまったってワケだ。敗残兵を収容した敵本隊――――敗残兵とあわせて兵力1万5000程度らしい――――は近日中に行軍を再開するだろうよ」


 団員達は黙り、顔を見合わせる。僕たちが稼いだ時間は一体何日なのだろうか。その日数がどれほどの意味があるのか。


「ここで2つ朗報がある。1つ、我らが皇帝陛下の軍がこちらに向かっている。その数1万5000!」

「「「Foooooooo!」」」


「2つめ、先の会戦で辺境伯様の騎兵隊が敵の商人の荷馬車やら何やらを鹵獲ろかくした。そんで敵の食糧事情は悪化してるんだろうな、徴発隊が南方の村々を襲っている」


 ……それは朗報なのだろうか?徴発――――食料を差し出させたり奪う行為だろう――――近隣の村がそんな目に遭うのが良い事だとはとても思えない。


「そこに付け込む余地がある。分散した徴発隊を各個撃破し、敵の戦力を削りつつさらに食糧事情も悪化させる――――これが次の作戦だ。うまくいけば敵は軍を養うために退くか、やってきた皇帝陛下の軍を破って進撃を続けるしかェ。俺たちは陛下の軍と合流するまでこの作戦で時間を稼ぐ」


 なるほど。敵が退けばよし、退かない場合敵は削られた戦力で戦いを挑まざるを得ないというどちらに転んでも美味しい作戦というわけか。団長の昨日の話ではこちらの兵力は3000と言っていた。"皇帝陛下" の軍と合わせれば1万8000になるはずなのでかなり有利だ。


「で、だ。俺たちはその作戦に従事する事になった!気合入れろお前らァ!」

「「「Fooooooooooooooo!」」」


 団員達が歓声をあげ、僕もそれに釣られて拳を振り上げるが。


 また、戦争!?


 僕鍋装備なんだけど!


 防具はマシになったけど鍋装備なんだけど!戦い死にたくない!


 ……というのが本音であった。


「詳細は後で伝える!先に……お前らお待ちかね、給料と略奪したカネの分配だ!」

「「「Foooooooooooooooo!」」」


 戦争への忌避きひ感はすっかりカネの話で吹っ飛んでしまった。だってクルトの持ち物にカネが一銭もなかったせいで今日の食料にも困ってるところだったんだもん(イリスに貰ったパンは今朝食べきった)。


 団長が彼の前のテーブルにジャラジャラと音が鳴る革袋をドンと置き、各パーティーのリーダーを集めた。イリスが向かい、ホクホク顔で戻ってきた。


「お待たせ!山分けで良いわよね?」

「もちろん!」

「じゃあ取り分けるわよ。……はい、これがアンタの分ね」


 彼女はテーブルの上に硬貨をぶちまけ、銀貨と銅貨を等分し片方を僕に渡してくれた。


「内訳は見習いの週給が銀貨1枚、略奪したのが銀貨2枚と銅貨8枚ね」

「嬉しいなぁ、(バイトした事もないから初給料だよ、という言葉は飲み込んだ)……ところでこれってどれくらいの価値があるの?」

「ええと、そうね……銅貨4枚が大体1日の食費。で、銅貨28枚で銀貨1枚ぶんの価値ね」

「なるほど。うん……? つまり、23日分の食費ってこと?」

「そうよ」

「見習いの週給って1週間ぶんの食費だけなんだ」

「そうよ」

「で、16日分の食費が戦闘の対価と」

「……そうよ」

「……しょっぱくない?」

「……そうね」


 いやしょっぱすぎでしょ。日本なら、1日の食費を1500円(安いコンビニ弁当3つがそれくらいだろう)として2万4000円。矢の雨を鍋蓋で受けて、槍でどつかれた対価が2万4000円???? やっぱり戦争行きたくない。


「まあ相手が市民兵だったし仕方ないんじゃない?これでも農兵よりはマシなはずよ。……っていうかあんた、略奪品どうしたのよ。私は金目のもの貰ったから売ればそれなりのお金になるけど」

「略奪品は全部防具」

「……………………仕事熱心で何よりだわ」


 オブラートに包んで呆れられた。


「ま、まあ当分食いっぱぐれる事は無いからいいでしょ!」

「そうかな……そうかも……」


 僕は考える事をやめた。



 団長が、団員達がカネを取り分け合ってわいわい騒いでいるのを見守って暇そうにしてたので、ディーターさんが亡くなっていた事を伝えに行った。


「腕の良い人だったんだが残念だなァ……。ところでお前、それじゃディーターの親戚のディータース・フェアヴァンテって通り名使えないな」

「そういえばそうですね」

「じゃあお前今日から鍋のプファネクルトな」


 そういう事になった。

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