第6話「休日と葬列」

「じゃ、お疲れ様ー」


 パーティー【鍋と火】を結成した僕とイリス。リーダーたる彼女の指示に従おうと思っていた矢先、彼女は帰ろうとする。


「えっ。ちょっと待って、仕事とかないの?」

「今日、日曜日だし。安息日は仕事をせず安らかに過ごすものよ」


 そういう文化か。しかし僕にはまだ知らなければならないこと、調べなければならない事がたくさんある。イリスを引き止める。


「君が良ければなんだけど、街を案内してくれない?」

「あー……。そういえばそういう記憶もないのね。わかった、散歩がてら案内してあげる。今日は休日だからどのお店もやってないから歩くだけになると思うけど」

「ありがとう、

「ふふん。教育係も仰せつかった事だし、特別に休日出勤してあげるわ」


 リーダーを強調するとイリスは上機嫌になり、誇らしげに胸を張った。そのバストは平坦だった。



「冒険者ギルドを出てすぐの所が南門。正面が南の衛兵詰所ね」

「へえ、結構端にあるんだね」

「……信用されてないのよ、私達。ハルバート野郎も【半傭半賊】って言ってたでしょ?どの地域でも冒険者ギルドのイメージはそれよ。モンスター狩り専門の半傭兵。クエストに向かう途中の村で狼藉ろうぜきを働く半賊。間違っても街の中心には住ませて貰えないわね」


 ウチは団長のおかげで規律はしっかりしてるから信頼されてる方だけどね、と続けながらイリスは歩く。


「まっすぐ北に歩くと川に突き当たるわ。街を南北に別けてるこれが中心の川ツェンターフルス

「中川?」

「何その略し方、面白いわね。……で、源流は東側のあの山ね。青い山ブラウベルク


 イリスが城壁を超えて指差すその先には、文字通りがあった。緑を示す青ではなく、本当に蒼いのだ。遠目に青いものがちらほらと風で飛んでいるのを見るに、ああいう色の葉をつける木が群生しているのだろう。


「綺麗だ……」

「でしょ?この街の観光資源にして水源。あの山から流れる水は地上では、地下では井戸水になっているってわけ。……あっ、あの山の治安維持はギルドの仕事だからね。その内行く事になると思うわ」

「山賊でも住んでるの?」

「山賊だったら兵の仕事ね。……ゴブリンが住み着く事があるのよ。そいつらに水源汚染されたら困るでしょ?」


 なるほど本当に居るんだな、ゴブリン――というかモンスター。その内モンスターに関する知識も叩き込まねば。

 イリスは川沿いに東、すなわち上流に向かって歩いてゆく。すると川沿いに水車がいくつも建っているのが見えてきた。


「この辺が工房通りね。粉挽き屋とか鍛冶屋とか、水車の動力が必要な職人はこのあたりに住んでいるわ」

「鍛冶屋――あっ。もしかして甲冑師も居る?」

「居るわ。そうね、ディーターさんに話聞いてみたら?何か思い出すかもしれないし」


 こうして2人でディーターさんの工房に行く事になった。



工房の前では、黒服に身を包んだ人たちが集まっていた。皆一様に涙を浮かべている。僕は嫌な予感を感じながらイリスに尋ねる。


「あの、これって」

「……葬列ね」


 やっぱり。2人で近づいてみると、1人の中年女性が参列者に向かって涙ながらに話しているのが見えた。


「皆さん、今日は夫ディーターのために来てくれてありがとう。夫は勇敢に戦い、自ら鍛えた甲冑と自身の身体を盾に戦友を守り、死んだと聞きました。どうか彼の勇気を讃えて送り出してあげて下さい」


 なんという事だ。手がかりになるかもしれない人物が戦死していた。どうしたものかと思っていると、女性は葬儀式は他の戦死者とともに教会で執り行うことを告げた。ここからは棺が運ばれるまでの間、故人の思い出話や挨拶をする時間のようだ。


「挨拶、してきたら」

「……そうだね」


 気まずいが、聞かねばならぬ事がある。それに団長が言っていたように、クルトがこの街に住み着く手引をしてくれたという恩がある。本人に礼を言えなかったのは残念だが、せめて遺族には伝えるべきだろう。


「奥さん、こんにちは。……旦那さんの……」


 この世界の宗教ではご冥福をお祈りして良いのだろうか。それともお悔やみ申し上げるべきか。迷っていると、イリスが僕の後ろに隠れ小声で教えてくれた。ありがとう。


「……霊魂が無事に主のもとに召され、その力となる事をお祈り申し上げます」

「ありがとう、あなたにも神の祝福があらん事を。……ごめんなさいね、あなたが誰か思い出せないわ。お名前を伺っても良いかしら?」

「クルトです。ディーターの親戚のディータス・フェアヴァンテクルトと言います。今は冒険者ギルドで見習いをしています」

「ああ!そういえば夫が『親戚が来たぞ。クソ野郎だけど』とか言ってたわね」


 やっぱりクソ野郎と思われていたのか。


「実は僕、昨日の戦闘で記憶喪失になってしまったんです。それで、旦那さんにお話を聞けば何か思い出すかなと」

「まあ……。神よ、どうして夫を連れて行ってしまったの?ごめんなさいね、あなたの事はそれきり何も聞いていないの」


 ……クソ野郎としか説明しなかったなんてあり得るのか?それともクルトは説明すらもはばかられる本当のクソ野郎だったのか。


「そう、ですか……。残念です。でも、ありがとうございます。今こうして僕が生きているのは、間違いなく旦那さんのおかげですから。それだけはお伝えしたかったんです」

「そう言って貰えれば夫も喜ぶと思うわ。何か力になれれば良かったのだけれど……そうだ。ヴィム!」


 彼女が呼ぶと、一人の少年がやってきた。炎のような赤毛が目立つ。


「息子のヴィムよ。甲冑師見習いね。あなた冒険者ギルドの見習いって言ってたわよね?きっと力になれると思うわ」


 奥さんの両目から涙が消え、「商」「魂」の2文字が写った気がした。たくましいな。


「ども」


 ヴィムと呼ばれた少年は無愛想に頭を下げる。そういう性格なのか、父の死の悲しみを押し殺してそうしているのかはわからなかった。歳は近そうなので仲良くしたい所だが。


「僕はクルト。お父さんにお世話になったらしいんだけど、記憶喪失になっちゃって……。今は冒険者ギルドで見習いやってるから、いつか防具を買いに来ると思う。よろしくね」

「……よろしく」


 僕とヴィムは握手した。会話はそれきりかと思ったが、ヴィムは視線を僕の腰に落とした。そこには、紐で吊った鍋。


「その鍋」

「えっ」

「……いや、今はいい。今度、見せに来て」

「わ、わかった」


 イリスによればこの鍋は外法の産物と疑われかねない代物らしい。公衆の面前で指摘されたら大事になるかもしれないとどぎまぎしたが、助かった。今後はこういうが無いよう鞘のようなものを作るべきかもしれないなと思った。……今度こそ会話はそれきりだった。

 僕とイリスは頭を下げ、帰ることにした。どうにも散歩という気分ではなくなってしまった。


「……ディーターさんの息子、目が良いわね」

「僕も気づかれるとは思わなかったよ」


 鍋は一人か二人ぶん用の小鍋で、木製のハンドルが伸びている。鍋肌は黒く、刻まれた付呪は非常に小さな文字なので近くでじっくりと見ないとその異常性には気づかないはずだ。


「見せるつもりなら用心しなさいよね」

「わかってる」

「それにしても昨日の戦闘。思ったより被害が大きかったのね」


 あれが教会、とイリスが指差す先に続々と棺が運び込まれていた。


「……運が良かったんだろうね、僕達」

「そうね。でも運に頼らず、実力を磨きましょ。死にたくなかったら強くなるしかない。ただでさえ冒険者はんだから」

「そうだね。……生き残らなきゃ」


 クルトのこと、鍋のこと、気になる事も多い。生きてそれらを調べなければ。何より、この第二の人生を謳歌したい。


 やがてギルドに帰ってきた。


「じゃ、私は魔法の勉強でもしてるわ。また明日」

「また明日――ってちょっと待って、今日僕まだ何も食べてないんだけど。ご飯どうするの?」

「休日だからどの店もやってないわよ?事前に買っておく――ごめん知らないんだったわね。仕方ない、昨日の宴会の残り物のパンでも貰ってきてあげる」

「ありがとう……!」


 数分もせずイリスは胸いっぱいにパンを抱えて戻ってきた。そのバストは平坦だ。


「じゃ、今度こそまた明日」

「また明日」


 イリスは自室に戻っていった。――――僕の隣の部屋じゃん。僕も自室の扉を開けると、散らかりきった部屋が目に飛び込んでくる。


「これは、掃除だけで今日一日潰せそうだなあ」


 僕はパンをもそもそとかじりながら掃除を開始した。

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