幕間1

 気がつけば、僕は虚空に突っ立っていた。どこからともなく光が差込み僕を照らしている。


「えっ」

「ここは死後の世界……ではないですよ。あなたの夢の世界です」


 虚空から女神が現れる。


「良かった、急性アルコール中毒で死んだのかと」

「それもだいぶ面白いですが」


 女神はくつくつと笑う。最初に会った時のような超然とした態度は消え、どこか人間味を感じる――いや、彼女の目を見てその考えは消し飛んだ。底知れない深淵を見てしまったような恐怖に囚われ、やはり彼女は超常の存在なのだという事を痛感する。


「うん?目ですか。人間は面白いですね、そこからとは」


 女神は一瞬目を瞑り、再び開ける。するともはやその目からは何の恐怖も感じなくなっていた。僕の恐怖を感知し、対応してくれたようだ。やはり良いヒト――ではない。


「現代知識で如何様にでも運命を変えられるとか言ってましたけど、嘘じゃないですか!鍋ひとつで戦争に出て現代知識でどうこう出来る訳ないでしょ!」


 思い出した女神への不満をぶつける。


「嘘は言ってませんよ?実際生き残ったじゃないですか」

「それはそうですけど」

なら死んでいました。それは事実です」


 どういう事だろう。クルトは戦闘技術も魔法の知識もあったと聞いた。だが、本来ならそれでも死んだ。そして戦闘技術も魔法もない僕だと生き残る?それは一体――――


「あ、聞かれても答えませんよ。あなたの今後の選択に影響を与えるような情報は一切与えられませんので。仮に与えてしまったらこの会談の記憶を消します」

「ええ……?じゃあ一体、何でまた会いに来たんですか」


 女神はうーん、と指を顎に当て思案する。


「暇つぶしですかね」


 やっぱり良いヒトなんかじゃない。


「じゃあこの会談は、僕に有益な情報を与えるでもなく、ただあなたが楽しむためのものだと?」

「そういう事になりますね」


 こいつ。


「まあ実際、あなたも会話に飢えてるのでは?戦闘中はもちろん話せませんでしたし、宴でも生き残るための事務的な会話しかしてないはずです」

「いや宴で団員さんたちと話しましたが」

「内容覚えてます?」

「…………覚えてないです」


 酒のせいだ。


「でしょう?だから少しくらい付き合って下さいよ」

「……わかりましたよ」


 不承不承ふしょうぶしょうといった感じで答えると、女神は質問をぶつけてくる。


「どうでした、始めての戦争は」

「怖かったです。でも短剣野郎が飛び出した時は自然と身体が動きましたね」

「魔法も見ましたよね」

「そういえば今の所それが一番異世界って感じですね。戦闘で驚いている暇も無かったですけど」

「イリスちゃん可愛いでしょう」

「……正直タイプです」


 女神はにまにまと笑っている。腹が立ったのでこちらからも質問をぶつけてみる。


「そういえばあなたの名前を聞いていなかったですね。ご存知の通り頭の中では女神って呼んでますけど不便で」

「神の名はみだりに唱えるべからず。……ですが良いでしょう、

「おおっ」


 女神はもったいぶったように胸を張り、まっすぐ僕の目を見て告げる。


「私の名前は繝翫う繧「繝シ繝ゥ繝医ユ繝??です」

「は?」

「――では今回の会談暇つぶしはここまでです。おやすみなさい、来人くると


 女神はそう言うと手を振り、それと同時に世界が暗転を始める。


「あっ畜生ッ!僕に有益な情報は一切与えないってそういう事かッ!」


 聴き取れない発音なら聞いていないのと同じ、全くの無益フラット。それに気づいた所で、僕の意識も虚空に沈んだ。

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