第3話「勝利の美酒と戦利品」

 戦闘は終わった。


 あの後、団長ら戦士達が逃げる敵兵の背中を斬りまくり、弓使いや魔法使いが釣瓶撃ちにし、それは確かに団長が言った通り追撃ではなく「掃討戦」だった。僕はと言えば、逃げ遅れた敵兵を捕虜にして捕縛する係を仰せつかった(イリスがロープをくれた。曰く"初心者セット"の内容物らしく、持っていない事を告げるとゴミを見る目で見られた)。


 日が傾く頃には総指揮官――――"辺境伯様" と紋章官を名乗る人物が戦闘の終結と、勝利を高らかに宣言した。血に汚れた戦場が夕日に照らされ、兵士たちが得物を振り上げ鬨の声を上げる光景は壮観だった。


 その後は戦利品分配タイムだ。


「我が隊は冒険者の掟に従い分配を行う!」


 との団長の一声で拾ったり剥ぎ取った戦利品が山のように積まれ、そこから順番に欲しい物を取っていく形式がとられた。3順し余ったものはギルド所有になるらしい(財貨は別に集められ、後で分配されるとのことだ)。


 皆思い思いの品を取っていく中、僕は自分が何を取るべきか必死に悩んでいた。兜、鎧、剣、盾。当然戦闘で得られたものなので武具が中心だ。しかし一口に武具と言っても様々で、兜ひとつ取っても色々な形があり、素人の僕にはどれが最適なのかさっぱりわからない。3順、つまりは3個貰えるわけだが、これがまた悩みを加速させる。鎧だと全身武装するには到底足りないので、「どこかの防御を捨てる」事になるからだ。一体どこを取りどこを捨てるべきか。


「悩んでるのか見習い」


 そんな僕を見かねてか、団長が声をかけてくれた。


「はい、正直どれを取ればいいのかわからなくて」

「ならまずは防具揃えるのが先決かねェ。お前、武器は鍋だが一応近接職だろ?」


 僕は弓道経験もなければこの世界の魔法もサッパリだ。ならばとりあえず近接職を選んでおくのが無難だろうか。


「ええ、そのつもりです。武器は鍋ですけど」

「んじゃまずは兜だな。今回戦争はイレギュラーで、冒険者は普通ゴブリン退治から始めるもんだ。ゴブリンはよォ、近接攻撃は雑魚の一言だが矢は使ってくるし落石罠は使ってくるだろ?結構頭潰されて死ぬヤツが多いんだよ」

「うわぁ」

「そういうわけで……オススメはアレだな。視界も良い」


 団長が指差す先には、鉄製のつば広帽。確かに上からの攻撃も360度伸びたつばが頭だけでなく首や肩も守ってくれるだろう。


「次は盾だな。とりあえず構えておけば殆どの攻撃は何とかなる。……お前、鍋蓋は?」

「穴だらけになったので捨てました」


 実際矢で穴だらけになったし突き立った矢で重くなったので、掃討戦の最中に捨ててしまった。


「次はもっと大きいのを勧めるぜ。まだ魔法防御は考えなくて良いから……あれだな。木製の大盾タワーシールド


 団長が指したのは僕の身長の半分はあろうかという大きな盾。長方形の各辺が金属と革で補強されている。


「で、あとは盾からはみ出る所を守れば完璧だな。あれば脛当て、無ければ小手にしとけ」

「胴とか腕は良いんですか?」

「胴鎧も腕も鎧下ギャンベゾンが無きゃ着るのが難しいからな。それにほれ、ちょっと見てみろ」


 団長は盾を正面に構え、片手剣を頭の横に構える。切っ先は盾の上辺の左端に向かって伸ばす形だ。


「どうだ。胴、狙えるか」


 盾は団長の鼻から膝上までを完全に覆い隠し、盾からはみ出ているのは腕と脛だけだ。


「無理ですね。頭か腕か脛を狙うしかないです」

「だがそこは鎧で防御されてると。ま、胴体を開ける盾をどかすのは剣術の領域だがゴブリンはそこまでしてこねェ」

「わかりました。ありがとうございます!」


 礼を告げると、丁度僕の番が回ってきた。


 結局僕はつば広帽子型兜ケトルハット大盾タワーシールド、それに革製の脛当てを取った。



「本日の行動は終了!各隊は各々の宿営地に戻るべし!別命あるまでそこで待機せよ!」


 伝令が命令を触れて回る。


「追撃は無しか。まあ、こっちの損害も大きかっただろうしなァ」


 団長がぽつりと漏らす。冒険者ギルドは死者0、軽傷者少々(全員戦士だ)という損害だったが、隣で戦っていた市民兵達は負傷者――――それと死体――――が次々と街の中に運び込まれるのが見えた。団長の獅子奮迅ししふんじんに追従していて気づかなかったが他の部隊は苦戦していたのだろうか。


「……よし!お前らァ、帰るぞォ!」


 団長の号令に僕はホッとする。今日は色々な事がありすぎて疲れた。早くベッドに飛び込みたい気持ちで一杯だった。


「帰ったら酒盛りだァ!」

「「「Fooooooooooooooooo!!」」」


 そうもいかないようだった。



 冒険者ギルドの建物はレンガ製で、入ってすぐの所が広間になっていた。テーブルがいくつも置かれ、その上には既に料理が所狭しと並んでいる。


 各パーティーがそれぞれ各テーブルについてゆく。……すれ違った人たちが皆、僕を侮蔑のこもった目で見てきた。なんで……。

 そこで僕は思い出した。事を。つまり僕に向けられている侮蔑や嫌悪は、僕ではなく僕の身体クルトに向けられたものなのだ。一体何をやらかしてたんだ、クルト。


 しょんぼりしながら自分がつくべきテーブルを探す。見渡してみると、イリスがぽつんと座っているテーブルが見つかった。もう空いているテーブルはそこしかない。……気まずいなあ。そう思いながらも、そこに座るしかなかった。


「……」

「……」


 やっぱり気まずかった。僕もイリスも無言だ。乾杯の音頭がかからないので飲み物を飲んで時間稼ぎする口を塞ぐ手も使えず、意味もなく視線を彷徨わせるしかない。

 ……いや、どうせ嫌われているなら少しくらい不躾ぶしつけな事をしても許されるのではないか。戦場では顔もちゃんと見てなかったし。そんな考えが頭をよぎる。疲れていた事もあって、理性は頭の隅で控えめに静止するだけだ。僕は欲と手を繋いで理性の横をすり抜け、イリスを横目で観察してみる事にした。


 色素の薄い金髪に、同じ色の長い睫毛。空色の瞳にすらりと伸びた鼻筋。余計な厚みのない唇はきゅっと結ばれ、白磁のような肌に彩りを与えている。歳は僕と同じくらいだろうか?整った顔立ちに幼さが残り、それが晩冬の桜のような華やかさと儚げな印象を与える。率直に言って可愛い。横目で見るだけのつもりがつい見惚れてしまった。


「……何」


 視線に気づかれてしまった。そのバストは平坦だ。不躾ぶしつけは承知だったが、いざ咎められた時の事を考えていなくて言い淀んでしまう。


「まあ、いいわ」


 良くわからないが許された。……これほどの美人だ、そういう視線には慣れているという事だろうか。僕は不躾な視線を向ける有象無象バカなオスに落ちた事がなんだか恥ずかしくなり、なんとか言葉を紡ごうとする。


「いや、その。……とりあえず、お疲れ様」


 なんとかひねり出したのはありきたりな労い。イリスは一瞬きょとんとした後、フッと笑った。


「お疲れ様。……あんた、少し変わった?前はそんな事言うヤツじゃなかったと思うけど」


 魂が入れ替わったので変わったのは事実だ。しかし「お疲れ様」も言わないだなんてクルトという男は一体どんなクソ野郎だったのか気になってきた。次の言葉を探しているとイリスが先に口を開く。


「あのハルバート野郎の時。……ありがとう。私じゃ間に合わなかった」

「いや、あれは本当にまぐれだよ。僕、戦闘とか初めてだったし」

「はぁ?」


 イリスが怪訝けげんな視線を向けてくる。


「私、あんたは一通り戦闘出来て魔法も使えるって聞いてたんだけど」

「えっ」


 これは困った。どうやらクルトは戦闘経験もあれば魔法も使えると周知されているらしい。だが僕はそんな事は知らない。クルトの記憶は何一つ継承していないのだ。どう切り抜けたものかと頭をフル回転させていると、救いの手執行猶予が差し伸べられた。


「皆お疲れィ!」


 ギルドの奥から出てきた団長が声を張り上げる。全員が彼に注目する。


「えーまずはァ、今回の戦闘クエストを死者0で切り抜けたテメエらの実力と神の恩寵にィ、乾杯!」

「「「乾杯!!」」」


 全員がジョッキをかち合わせ、呷る。僕もそれに倣う――ビールだこれ!身体が急激に温まりふわふわと浮くような感覚に戸惑う。


「紋章官殿の報告によると、今回の戦闘は敵方5000に対しこちらは3000、されど敵方に与えたる損害3000、うち捕虜500を獲り……我が方の大勝利である!乾杯!」

「「「Fooooooooo!乾杯!!」」」


 再びジョッキを呷る。


「この勝利は全員が己が役目を果たしもぎ取ったものだ。よって全員に惜しみない賛辞を送りたい。乾杯!」

「「「乾杯!」」」


 呷る!だいぶ頭がふらふらしてきた。


「そして今宵こよいは1人の勇者を紹介したい。最大限の称賛を願う――クルトォ!」

「はい!?」


 急な指名に思わず椅子を引き倒しながら立ち上がってしまう。周囲からは怪訝けげんな目が向けられている。


「あいつが勇者?」「あのクソ野郎が?」


 そんな声が聞こえる。本当にクルトという野郎は何をやらかしたんだ?


「こいつは他ならぬ俺の命の恩人だ。俺がケーニッツ民兵隊の副隊長と一騎打ちしてる最中、敵は卑劣にも伏兵を忍ばせ俺の横っ腹に短剣を突き立てようとした!」

「「「Boooooooooooooo!」」」


「しかしその時、クルトが鍋を振るい敵の短剣をはたき落とした!コイツはそのまま伏兵を殴り倒し、俺は後顧こうこうれいなく副隊長をぶっ殺した。……その後は皆覚えているだろう、敵は崩れたち俺たちは勝った。わかるか?クルトは俺の命のみならず、お前たちの命をも救ったんだ」


「マジかよ」「あのクズが」「確かにあのまま戦いが長引いてたら俺も…」


 団員達が顔を見合わせる。


「よって今宵こよいはこの勇者に最大限の賛辞さんじを送りたい。鍋の勇者クルトにィ、乾杯!」

「「「乾杯!!!」」」


 半信半疑といった様子だった団員達だが、団長の演説に酔ったのか酒に酔ったのか僕にジョッキを掲げる。その視線から侮蔑ぶべつの色が薄らいでいるように見えた。団長はこれを狙っていたのだろうか?鍋の勇者という呼称はそこはかとなくダサいので勘弁願いたいが。


「……という訳で鍋の勇者。何か一言あるか」

「えっ」


 急に話を振られた僕は戸惑ってしまう。団長が、団員が、イリスが僕を見ている。もはやその視線に侮蔑ぶべつの色は薄いが――そこで僕は気づいた。僕に向けられる記憶にない理不尽な悪感情を消す方法を。後で思えば疲労と酒で理性が飛んでいたとしか思えないが――――


「皆さんにひとつ、お伝えしたい事があります!」


 全員が怪訝けげんな目を向けてくる。


「……実は僕、記憶喪失なんです」


 全員がぽかんと口を開けた。

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