第2話「剣と鍋と火」

「団長、敵が前進して来ます!」


 最前列の戦士風の男が叫ぶ。


「見ればわかる!」


 僕の前に立つブリガンダインの男が叫び返す。この人、団長――――冒険者ギルドの――――だったのか!


「いいか、やる事はゴブリン退治と同じだ。押し寄せるゴブリン共を前衛が受け止める!後衛が隙間から撃つ!戦列を崩さない!それだけだ!喜べ、今回のクエストは優秀な別働隊別パーティーが居るぞ。辺境伯様の騎兵隊がゴブリンのケツを突くまで耐えるだけの簡単なお仕事クエストだ。いいな!?」

「「「ウィース!」」」


 返事を聞くと、団長は再び前を向く。見れば、味方のクロスボウ兵が小集団ごとに後退と射撃を繰り返し敵に損害を与えている。しかしある程度歩兵戦列同士の距離が詰まった所で、射撃をやめさっさと歩兵の後ろに後退を完了してしまった。


 つまりここからは歩兵同士の戦いという事だろう。


 敵は射撃で空いた戦列の穴を塞ぎながら前進してくる。最前列はプレートアーマーやブリガンダインに身を包んだ者達がちらほらと見える。距離は20mだろうか――――という所で、雄叫びをあげて突撃してきた。


「喜べ、ありゃ市民兵だ!」


 団長が喜色を滲ませた声で叫ぶ。


「俺たちの圧力に負けて突撃に訴えてきたぞ!各個撃破しろ!」


 見れば、その突撃は線で押すのではなく、いかにも気が逸った兵が飛び出したかのようにまばらだった。確かにこちらの戦列の奥からは弓兵や魔法使いが顔を覗かせている。いつ撃たれるかわからない恐怖の中、足並みを揃えてゆっくり前進するよりは突撃で一気に距離を詰めた方がという事だろうか。


 団長が低い声で言う。


「イリス、お前は魔法を温存しろ。俺がヤバい時だけ撃て」

「ハイ!」


 右隣りの少女が返事する。イリスって言うのか君。


「見習い、お前はイリスを守れ。詠唱の邪魔をさせるな」

「は、ハイ!」


 返事をしながら、再び右隣りの少女――――イリスを見る。僕が守る対象……は、不信感に満ちた目で僕を睨んでいた。やっぱり嫌われている。なんで……。


「以上。俺はとにかく斬る」


 その声は、狂戦士を思わせる歓喜と戦闘衝動が滲み出ていた。


 かくして、戦闘が始まった。



 鍋をお玉で叩いたような小気味よい音が響いた。実際に鍋を叩いたのは槍の穂先だったが。


「ひえっ」


 突撃の1列目は団長ら戦士達が見事に受け止めた。しかし2列目の槍が僕のところまで突き込まれてきたのだ。咄嗟とっさに鍋を顔面の前に持ってきていなければ、槍の穂先はチーズを突き刺すように僕の顔面を貫いていただろう。内臓が冷えるような感覚。


「おらァァァアアアッ!ひとつ!」


 団長の目の前の兵が顔面から血を噴き出しながら倒れる。片手剣を突きこまれたのだ。


「ふたつ!」


 さらに飛び出してきた兵と1合、2合、剣と剣がぶつかり合い、勝負が決まった。団長の3発目の斬撃が敵兵の盾の上辺をまな板にして手を斬り落とし、そのまま滑るように突きこまれた剣が顔面を貫いたのだ。最早人が死ぬ恐怖は感じなかった。それどころではない、と言うべきか。僕は執拗しつように突きこまれる槍の対応に精一杯だった。


「こいつッ……!」


 僕に向けられる殺意。執拗な刺突。鍋ひとつで戦争に放り出された理不尽。それらが怒りとなって、今すぐ突進したい衝動に駆られる。しかし実際に僕が足を踏み出すより速く団長が飛び出した。


「みっつ、よっつ!」


 剣兵を1合で斬り伏せると、僕を突いていた槍兵をついでとばかりになで斬りにして地面に引き倒す。出鼻を挫かれた思いで唖然あぜんとしていると、怒号が飛んだ。


「何してるの、着いていくわよ!」


 イリスが杖を握りしめながら飛び出していた。


「ちょっ、待……」


 こっちは団体パーティー行動初心者なんだよ、と叫ぶのを堪えながら僕は駆け出した。



 団長は獅子奮迅ししふんじんの戦いぶりだ。だが狂戦士といったていではなく、素人の僕にもそれは洗練された剣術だとわかった。

 左の兵を盾で抑えながら前の兵と打ち合う。決して早い斬撃ではない。ただ重く、のだ。守らせ、隙を作り、斬る。敵は死ぬ。その繰り返しだ。だが多勢に無勢、右側の兵が団長に斬りかかるが――――


「燃えろ!」


 イリスの放った火球がその兵を火だるまにする。


「これが団体行動パーティー


 僕はそう呟くのがやっとだった。鍋を握りしめながら。

 実際、僕の仕事は全くない。敵兵の意識は団長に向いており、僕どころが護衛対象であるイリスに攻撃を仕掛けてくる者もいない。僕は本当に戦場で鍋を持って突っ立っているだけだ。死の危険がないのは喜ばしいことだが、味方が活躍しているのに自分は何も出来ない無職というのはもどかしく、惨めだ。


 団長はついに敵の3列目に突入し、さらに殺戮さつりく劇を激化させていた。どうやら装備が良いのは前列だけで、粗末な装備の者は後列というのは敵も同じらしい。鍋蓋とナイフだけを持った兵などは斬り合いにすらならず一刀のもとに地面に沈んでゆく。


「おいおい、装備も士気もゴブリン以下かァ!?」


 団長があおると、敵兵はじりと下がる。その目には恐怖が浮かんでいる。――――あと少しで心が折れる。そう思った矢先、怒号が飛んだ。


「踏みとどまれ!この狂犬は私が始末する!」


 ハルバートの柄で兵をどやしながら、プレートアーマー装備の男が歩み出てきた。その身のこなしは、素人の僕でもわかる程に洗練されていた。その男は油断なくハルバートを構えながら名乗った。


「我が名は帝国自由都市ケーニッツ民兵隊が副隊長、エーリッヒ・フォン・トールガウである。名乗れ、狂犬!」


僭称せんしょう皇帝の自由都市の浮浪者風情が吠えるなァ!……ノルデン辺境伯の恩寵おんちょうたまわりしブラウブルク市が冒険者ギルド団長、ゲッツ・フォン・ブラウブルクである!」


「冒険者ギルド?半傭半賊はんようはんぞくのクズどもが……」


 急に新情報が出てきた。団長の名乗りから、僕の所属する冒険者ギルドはブラウブルクという街にあるらしい。そして領主はノルデン辺境伯? で、敵はケーニッツという街の兵隊らしい。僭称せんしょう皇帝と言っていたから、この戦争は帝位継承問題がもとで起きているのだろうか。


 考察している間に罵倒ばとう合戦が終わったのか、2人は激しい打ち合いを展開する。周囲の兵は固唾かたずを呑んでその様を見守っている。イリスもそうだ。2人の打ち合いは激しすぎて介入する余地が全くなく、僕もそうするしかなかった。鍋を握りしめながら見守っていると、一瞬違和感に気づく。


「ん?」


 一瞬だが、ハルバート男の後ろに人影が紛れ込んだ気がしたのだ。だが位置を変えた団長の身体によって隠れてしまい、その真偽を確かめる機会は失われてしまった。

そうこうしている内に、戦いは団長が優位に立ち始めた。ハルバートのリーチの優位や変幻自在の攻撃をい潜り、1発2発と剣撃を叩き込み始めたのだ。しかしその斬撃はプレートアーマーに弾かれてしまう。お互いに動き回る中で、鎧の隙間を通すのは容易ではないのか。


「見えてきたぞ。次打ち合ったらあと1合で殺す」


 団長が獰猛どうもうに嗤う。


「そうか。ならば


 ハルバート男は姿勢を低くし、その得物を横ぎに振る。団長は左手の盾を掲げ防御する。


 その瞬間、2


 ――――違う!ハルバート男の背後から、小柄な人影が飛び出したのだ。団長が掲げた盾に隠れるようにして、その人影は突進する。手には短剣。


「団長!」


 イリスが魔法の詠唱を始めるが、間に合わない。


世界がスローモーションになる。


団長は大ぶりの攻撃で生まれた隙を突かんと反撃を構えている。


ハルバート男は兜の奥でわらっている。


飛び出した人影は、団長の盾を遮蔽しゃへいに突進する。団長は気づいていない。


イリスは詠唱の途中。


動けるのは、


「なんで、鍋装備だけなんだよッ!」


 叫ぶと同時、僕は飛び出していた。


 それは攻撃とは呼べない、ただ鍋を割り込ませるだけの一振り。しかしコーン、と小気味よい音が響き、短剣が宙を舞う。驚愕に目を開く4人。短剣をはたき落とされた男と、ハルバート男と、団長。そしてまぐれ当たりに驚く僕。

 一瞬団長と目が合う。彼は目を細めると「そいつは任せた」とだけ言い残し、ハルバート男を仕留めにかかる。


「バカな!」

引き戻したハルバートを団長が盾で抑え、

「なんで!」

短剣男が左手で新たな短剣を抜こうとし、

「それは!」

僕は鍋を振り上げ、

「やめろ!」

団長はハルバート男の足をひっかけ転倒せしめ、

「――僕のセリフだッ!」「死ね!」


鍋と剣が同時に振り抜かれた。



 僕の前には顔面の穴という穴から血を流す死体がひとつ、団長の前にはサレット流線兜のスリットから血を流す死体がひとつ転がっていた。

 人を、殺した。その事実を飲み込む前に、突如鍋が光りだした。


「光った!?」


 そして光が消えた。


「なんで!?」


 光っただけだった。鍋に罵倒を浴びせていると、団長が声を張り上げた。


「ケーニッツ民兵隊が副隊長、討ち取ったり!」


 その言葉がトドメとなり敵が崩れだした。見れば、敵の攻撃を耐え続けていた冒険者ギルドの戦士達は雄叫びをあげ、反撃に移っていた。


「踏み留まれーッ!」


 敵陣の中で隊長格と思われる装備の男が戦列を立て直そうと叫んでいた。


「ファイアボール」

「ああーッ!」


 イリスが無慈悲に火球を飛ばして火だるまにした。団長の援護のために唱えていたが間に合わなかった一発だろう。イリスはすっきりしたと言わんばかりにため息を吐く。


「オッ、どうやら辺境伯様も勝ったらしいな」


 団長が手近な敵兵を斬り伏せながら言う。見れば、味方の騎兵隊が右翼側から敵後方に回り込んでいた。それを見るやケーニッツ民兵隊だけでなく敵全体が崩れだした。


「掃討戦に移るぞ!」


 団長が叫び駆け出そうとし、止まった。


「……よくやった、見習い」


 僕に向けられた言葉。たったその一言で、再び鎌首をもたげかけていた「人殺し」の3文字が拭い去られ、「味方を守った」という自己肯定感にすり替わる。欺瞞ぎまんだろうか。だが車にはねられた直後に鍋ひとつで戦争に放り込まれた僕には欺瞞ぎまんでも良いから心の支えが必要だった。



こうして僕の初陣は、鍋を振るって終わった。

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