第37話八岐大蛇
人生は試練の連続である。
「ようやく目が覚めたか――友哉」
「……説明はしてくれるんですよね?」
起きたら私は椅子に縄で縛られて、薄暗い部屋の中に居た。
小さな灯りのおかげで、目の前に座っている悪五郎の顔だけは見ることができた。
外の音は聞こえない。壁で仕切られていて無音。私の右前に小さな机があり、そこに蝋燭が置かれていた。それ以外の情報はない。
「強くなったな。普通の人間ならば、悲鳴を上げるところだ。しかし、お前は落ち着いて状況を理解しようとしている」
「ええ。あなたのおかげで、随分鍛えられましたからね」
「あるいはわしの血のせいか……」
悪五郎は私を哀れんでいた――表情で分かる。
どうして哀れみを受けねばならないのか、まるで判然としない。
「わしは、お前を愛おしく思う。何百年と見てきた子孫の中でも、五指に入るほどにな」
「光栄ですね。一応、ありがとうございますと言って置きましょう」
「だからこそ、わしはお前に幸せになってもらいたいのだ」
「……言っていることとやっていること、間違っていませんか?」
私は「縄を解いてください」と率直に要求を述べた。
悪五郎は「その前に聞かせてくれ」と問う。
「お前は、わしの血の因縁を無くしてしまいたいとは思わないか?」
ちょうどその話をしぐれとしていた。
思わない、というのは嘘になる……
「私の子供や孫が地獄巡りをするのは、勘弁願いたいですね」
「気を使うな。わしのせいで随分と嫌な思いをしたはずだ」
しぐれと出会えたことが頭に過ぎったので、そうとも言えないと答えようとしたが、その前に悪五郎が「お前にチャンスをやろう」と立ち上がって私の後ろに回り、縄を解き始めた。
「伝説の妖怪と引き合わせてやる。そいつと交渉すれば、わしの血を消せるかもしれん」
「本当ですか? ……伝説の妖怪?」
「ああ。そこの扉の先に、その者が居る」
縄を解いた悪五郎は、後ろを指差す。
四角くて何の装飾もない木製の扉がある。
奇妙なことだが、灯りが乏しい部屋なのに、はっきりと見える。
「様々な妖怪と出会い、地獄巡りをこなし、度胸が身に付いた今なら――上手く行けるかもしれん」
「……分かりました。会ってみます」
私は椅子から立って、少しからだをほぐしてから、扉に向かう。
最後に悪五郎は言った。
「お前の成長を見られて、とても楽しかった。久方ぶりだよ、こんな感情は」
私は扉の取っ手に手をかけて、悪五郎に言う。
「また――会いましょう」
扉を開けた。
返事は聞かなかった。
扉の先は草木の生えていない洞窟だった。
じめっとした岩。周辺には松明が焚かれており、それは整然と目の前にある祭壇へと並べてあった。
祭壇は石が積み重ねてあり、城の石垣のようだった。正面から見ると立体的な台形だった。高さはあまりない――上に誰か居る?
「よく来たな――柳友哉」
グレーのスーツに青いシャツ。ネクタイはしていないようだ。
今まで見た妖怪の中でも、威圧感が凄かった。遠くに居るこの私でさえ、存在を無視できないほどだった。
「さあ来い。遠慮するな」
畏れているのか、鳥肌が湧き出る。
蛇に睨まれた蛙のように動けない――なんとか一歩、踏み出ることができた。
ゆっくりと祭壇に近づき、そのまま上っていく。
そしてその妖怪の前に立つ。
「俺のことは神野悪五郎から聞いているな?」
「伝説の妖怪としか、聞いていません」
「そうか。なら名乗っておくか」
その妖怪は眉が太く、目も鋭い。美丈夫という古風な言い方が似合う。まるで全身に英雄のような覇気を纏っていると思わせる迫力。体格も良く格闘家と言われてもおかしくない。
「俺は
「……本当に伝説の妖怪ですね」
八岐大蛇。日本神話の神、スサノオに退治された妖怪だ。
酒を飲ませて酔わせて、前後不覚になったところで、八つの首を斬って殺された。
しかし裏を返せば、そうやって弱らせないと、たとえ神でも倒せなかったということだ。
それほど、強大な妖怪――神代から伝わる、伝説の妖怪。
「お前は、神野の血の因縁を消したいらしいな」
「……ええ、できることなら消したいです」
「そうか。確かに俺ならできなくもない」
八岐大蛇は腕組みをして――私に問う。
「そのための覚悟を、お前に問う」
「……はい」
「お前は確か、和菓子職人だったな」
唐突にまったく関係のないと思われることを言った八岐大蛇。
分からないまま、私は「ええ、そうです」と答えた。
「妖怪たちに和菓子を振る舞い、見返りとして妖気を貰って来い」
私の目の前に瓢箪が浮かんだ。
それを受け取った私に「全て満たせば、因縁を解いてやる」と八岐大蛇は約束した。
「貰う妖怪は俺が指示する。まず、この洞窟を出た先に居る妖怪に和菓子を振舞え」
「今、道具も材料も持っていませんが……」
「その妖怪が用意する。さあ行け」
大雑把な説明だったので、もう少し質問したかったが、八岐大蛇は消えて居なくなってしまった。
私は後ろを振り返る。
出口に向かって松明が並んでいた――
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