第21話トイレの花子さん
変化と不変、それぞれの良さは誰にも判断できない。
せっかくだから妖怪の里の夜を楽しむことにした。
持っていた現金を街で使える金に換えてもらった。相手は天狗だ。初めは悪五郎に頼もうと思ったが、奴は拗ねてどこかへ行ってしまった。帰りは送ってくれるのだろうか。
夜の街は妖怪がごった返していた。獣から無機物に至るまで、様々な妖怪がいる。私のことを人間だと気づいた者もいるが、口を揃えて「なんだ神野の子孫か」と向こうに行ってしまった。
妖怪の和菓子に興味があったので、デパートの地下に下りる。
普通のデパ地下と変わらないなと思いながら、和菓子屋の前に行くと、ちょうど試食の小さな大福が置かれていた。塩大福だ。しかしどこか太った人間のような顔をしている。
頭に捻り鉢巻をした、一本角の鬼が私に薦めてきた。
「お、人間か。珍しいな。一つどうだ? 人面大福」
「名前もおどろおどろしいな。人間が材料なのか?」
私の問いに店主の妖怪は「そんなわけねえだろ。普通の餡子と皮だよ」と笑って返した。
「人間に似せたほうが売れるんだよ」
「ふうん。人間を食うものが居るということだな」
「まあな。それが主食だって奴もいるし。それに食わない奴も面白いってんで買うんだ」
「どれ。一個貰おうか」
試食の大福を一口で頬張ると、予想外に美味しかった。
自分も和菓子屋を営んでいるから分かるが、下ごしらえが上手なのだな。ふっくらと小豆を炊き上げる技術は見事だった。
「うん。美味しい。それでは六つ貰おうか」
「まいど! あんた人間のくせに味が分かるな」
「私も和菓子職人だからな」
「へえ。同業か。余計に嬉しいね。味を認められた気分だ」
支払いを済ませると、店主が「サービスだ」と言ってお茶を用意してくれた。私は礼を言って一口含む――美味しい。思わず茶碗をしげしげと見つめる。
「こりゃ美味しい。どこの銘茶だ?」
「この里の近くの茶畑で作っているのさ。まあでも、人間には卸さないだろうな」
「ううむ。それは残念だ」
和菓子と合うお茶を出せれば、きっとお客さんは満足してくれるのに。
しばらく店主と話をして、それからデパ地下でお土産を買って、天狗が予約してくれたホテルに向かった。多くの妖怪が行き交う夜道を歩いていると、前方で騒ぎがあった。
「ちょっと! 放してよ!」
「へへへ。いいじゃねえか」
赤いワンピースの女の子に酔っ払った妖怪二体が絡んでいる。
二体の妖怪は天狗だったが、私を攫おうとしたあの天狗と比べて若そうだった。
見て見ぬふりもできたが、それでは後味悪いなと思い直して、彼らに近づいた。
「やめなさい。その子嫌がっているじゃないか」
「ああん? なんだてめえ……人間じゃねえか!?」
天狗が驚いた隙に、女の子が掴まれていた手から逃れて、私の背に隠れる。
「助けて! この天狗たち、しつこいの!」
女の子はおかっぱ頭で、どう見ても小学生にしか見えなかった。可愛いというより可愛らしいお年頃。
一方、天狗は黒スーツにサングラスという、反社な格好をしていた。
「人間がどうしてここにいるのか、さっぱり分からねえが……邪魔すんなら容赦しねえぞ?」
「アニキを怒らせるとどうなるか、分かってんのかコラァアア!」
止めに入ったことを若干後悔したが、それでも逃げるわけにはいかなかった。
私は両手を広げて女の子を守るように立ちふさいだ。
それが気に入らなかったのか、地面に唾吐く天狗。
「格好つけやがって……ぶっ飛ばしてやる!」
私に拳を振り上げる天狗。そのまま殴られると思ったが、彼らの後ろから「やめろ」と声がした。天狗の動きが止まる。
そこには和服を着た新たな天狗が居た。顔には大きな刀傷があり、どう見ても若者の天狗より格上だった。
「あ、アニキ! どうしてここに……」
「そいつは親父の客だ。手出しすんな」
若者の天狗たちは弾かれたように私から離れた。
傷の天狗は私に頭を下げて「弟分が失礼しました」と詫びた。
「後で言い聞かせておきます。それでご容赦願います」
「ええ。助かりました。ありがとうございます」
私は女の子に「もう大丈夫だよ」と優しく言う。
女の子は目をぱちくりさせて「あなた何者なの?」と問う。
「私は柳友哉という」
「柳友哉? ……神野悪五郎の子孫の?」
なんだ。知っているのか。
私が頷くと、若い天狗たちの顔が赤から真っ青になった。
傷の天狗は「ホテルまで案内します」と手で示した。
「ありがとうございます。それじゃあ、えっと……」
「あ、私? 私はトイレの花子さんよ」
あの有名な学校の妖怪か!
私は「君のような子どもが一人で夜歩くのは良くないよ」と諭した。
「はあ? 私妖怪よ? 夜出歩くの普通でしょう?」
「それはそうだが……」
「学校が冬休みだから、門限とかないのよ」
学校の妖怪にも冬休みがあったのか。
意外な発見を感じつつ、せっかくだからとトイレの花子さんを夕食に誘った。
傷の天狗も誘ったが「遠慮させていただきます」と丁重に断られた。
「客人と女性の食事を邪魔する野暮なことはありません」
「別に邪魔ではないが」
「こいつらの仕置きもありますんで」
若い天狗の顔色は青を通り越して白になってしまった。
ご愁傷様である。
私はトイレの花子さんに何が食べたいと聞くと、寿司が食べたいと言った。
ということで河童が経営している回転寿司に行き、楽しく彼女と食事をした。
「最近、学校の芳香剤の匂いがきついのよ」
「排泄物の臭いよりマシだろう」
食事のときにする会話ではなかったが、最近の学校の話も聞けた。なんでも最近の小学生はマッチを擦れないらしい。アルコールランプも使わないと人体模型から聞いたという。
「人間の社会と一緒よ。いや、学校は小さな社会と言っても過言ではないわ」
「そのとおりだな」
「いじめられた子がトイレで泣くのは、変わらないけどね」
幸い、私はいじめられた経験がなく、逆にいじめたこともない。
でもそのような話を聞くといたたまれない気持ちになる。
「そういう経験は水に流せないのよね。トイレの花子さんが言うことじゃないけど」
そう言って、彼女は中トロを食べて、私はネギトロを食べた。
変わるものもあれば、変わらないものもあるのだな。
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