file 07. 旅立ち

「今なんて言ったの?」




 リアがじっとこちらを見る。




「俺、異世界人なんだ」




「ほんとにいたんだ……」




 ――え?




「本当にいたんだ!」




「リ、リアさん? それはどういうことですか?」




 思わぬ反応をされ、敬語になってしまった。




「あ、ごめん。私の好きな本の中に異世界からやってきた人の話があったんだ。それでこの世界にももしかしたらいるんじゃないかって思ってたの」




「怖くないの? 俺のこと?」




「なんで? 全然。その人はとっても優しい人だったの! それに、リュウはリュウでしょ。今更だよ」




 あまりに反応に暫く思考が停止した。




 それから俺は元の世界のことをリアに話した。


 リアは、子供みたいに楽しそうだった。


 変に覚悟したのが馬鹿みたいだ。




「いやー、楽しかった! 私もいってみたいなあ。異世界」




 どこの世界の人でも憧れるんだな。


 転移の魔術使えるようになったら稼げるかも。




「それで、リュウは帰るの? 元の世界」




 俺は、このアールデウという世界に来て、リアやデイビス、アグロス村の人たちいろんな人と出会えた。


 元の世界に未練がないわけではない。


 でも、ここにいるリアやデイビスのおかげで少し自分が変われた気がしている。


 したいようにをする。


 だから返事はすぐにでた。




「いや、帰らないよ。リアのことも守るって約束したからな」




 俺は、この世界で生きていく。




「じゃあ、俺はそろそろ帰るね」




「分かった。今日はありがとう」




 ガチャ。バン。




 ****




「ただいま」




「おかえり。良かったな」




「何も言ってないだろ」




「顔がにやけてるぞ」




「う、うるさい! 疲れたから寝る。おやすみ」




 すぐに部屋に戻った。




「はあ」




 うわあああああああああああああ。


 俺は何であんな恥ずかしいことを!


 何が守るだ! 告白かよ!


 勢いで言ってしまったけどなんてことをしたんだ!


 馬鹿なのか!? 夢だと言ってくれ!


 これからどんな顔をしたらいいのか!




「帰りたくなってきた……」




 ――チュン。チュチュン。




「リュウ。今日はずいぶん早かったね。おはよ」




「お、おおおおはよう。今日もいい天気だね」




「何言ってるの? 曇ってるけど」




「確かに、その通りだ! あはは」




「変なの。もしかして昨日のこと?」




「そ、それは。そのー、昨日はあんなこと言ったけど。こ、告白とかじゃないし、その、何というか変なことばっか言ってごめん! 忘れていただけるとありがたいのですが?」




「えー? じゃあ嘘だったの?」




「嘘ではないんだ! 何というか、そのー」




 リアがにやにやしてる。


 くそ。慣れてないことはするもんじゃない。




「意地悪してごめん。はやくいこ!」




「ちょ、ちょっと! 忘れてくれるんだよね!?」




 リアは、俺の腕をつかんで走った。




 ****




 今日も魔物討伐だ。




「火球≪ファイア・ボール≫!」


 ボン! ドガァァァァァン!!! メラメラ。


「風斬≪ウィンド・スラッシュ≫!」


 ヒュゥゥゥゥゥゥ! シャキ! シャキ! シャキ!


「雷撃≪サンダー・ショット≫!」


 ゴロゴロ。ゴロゴロ。 バリバイィィィィ! バァン!




 魔術もだいぶ使い熟せるようになってきた。


 剣術はまだまだだが。




「リュウ、危ない! 氷球≪アイス・ボール≫!」




 カチカチカチカチ。パリン!




「なによそ見してんの! 集中しなさい」




「助かったよ。リア」




 こんな何気ない日が1ヶ月続いた。


 でも、幸せだった。




 魔物討伐の他に、デイビスに武器屋について教えてもらい働いた。




「いらっしゃいませ! なにかお探しですか?」




「おう。兄ちゃん。防具の修理を頼みたいんだが……」




 接客はもちろんのこと、




「リュウ! こっち来い! なんだこの剣は! こんなの使えないぞ!」




 武器や防具の手入れ、修理などを教わった。


 製造に関してはデイビスもまだ教えられないらしい。




「いいか。武器屋は鍛冶屋とは違う。鍛冶職人が心を込めて作った物を客に売り、客から預かった大事な武器や防具をを手入れするのが仕事だ。鍛冶屋と客の命を扱っているようなものだ。こっちも命かけて商売するってのが筋だ。覚えておけ」




 武器屋なんてホームセンターみたいなものかと思ってた。


 こんなに仕事に誇りを持ってやってたのか。


 使い古された武器でもデイビスが修理するとすごく輝いて見えた。


 店の中や売り物の掃除や手入れも欠かすことはなかった。




「武器や防具にも心はあると俺は思っている」




 デイビスの口癖だ。


 この店から出て行く人はいつも嬉しそうにしている。


 無愛想だけど、武器にもお客様にもデイビスの気持ちは伝わっているのだろう。




「どうだ、リュウ。これからここで働かないか?」




「うーん、そうだなあ。気持ちは嬉しいけど、もうちょっと考えたいかな。でも、ここに来る人はみんな笑顔になっていく。俺もデイビスみたいな仕事がしたいな」




「はっはっは! 嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。いつでも待ってるぞ」




 カラン、コロン。




「いらっしゃいませ。 ってリアか」




「なによ! 悪い?」




「久しぶりだな。王女様。リュウとはうまくやってるか?」




「デイビス。その呼び方はやめて。そのリュウをちょっと借りるわよ」




「そう怒るな。リュウ、後は俺がやるから行ってきていいぞ」




「ああ。ありがとう。急になんだ? なんかあったのか?」




「ちょっとこっち来て。話があるの」




 店を出て、店の裏に連れて行かれた。


 もしかして、ぼこぼこにされる流れか!?




「明日、ミリューに向かいましょう」




「は? どうして急に」




「お父様から脅されたのよ。ミリューに来ないとどんな手を使ってでも連れて帰るって」




「リアも大変だな。俺はいいよ。いつか行ってみたかったしな。で? リアは大丈夫なのか?」




「それは……分からない。でもリュウは、こっちの世界を選んでくれた。だから私も自分で選びたいの」




「分かった。でも無理はするなよ」




「ありがとう。でも大丈夫」




「じゃあ、明日。宿の前に10時でいいか?」




「うん。お仕事中にごめんね。また、明日」




 後ろ姿は、少しさみしそうに見えた。




 カラン、コロン。




「おう、帰ったか。そこの片付け頼む」




「分かった。俺、明日ミリューに行くことになった」




「そうか。もっと一緒に働きたかったんだがな。頑張れよ」




「そりゃどうも。俺がいても邪魔してばっかだっただろ。」




「そんなことはねえよ」




 どこかいつものような勢いがない。


 なんだ、デイビスもさみしいのか。




「じゃあ今日は宴会でもするか!」




 2人で酒と食べ物を買いに行った。


 アグロス村の人たちにもとてもお世話になった。


 いつもおまけしてくれる肉屋のおばちゃん。でかい声でしつこく話してくる八百屋のじいさん。笑った顔は見たことないけど優しい酒屋のおやじさん。意地悪だが高値で魔物の素材を買い取ってくれる商人のでぶ、歩いてるだけで野菜をくれる農家のみんな。


 元の世界ではこんなこと考えられなかった。




「それじゃ、男2人だけど、乾杯!」


「乾杯!」




 それからデイビスと飲み明かした。




「最初はあんなにきょどってたのに今じゃ生意気になりやがって!」




「うるさいなあ。いきなりでかいやつに話しかけられたらびびるだろ。かわいい女の子が良かったよ」




 そうだ。あの時。ドラゴンから逃げ、何も分からない俺をデイビスは助けてくれた。


 最初は、怖いやつだと思ってた。


 でも赤の他人の俺を見捨てないでくれた。


 リアと出会えたのもデイビスのおかげだ。ここから離れるのか。


 もっと一緒にいたい――。




「あ、あれ。おかしいな。前が見えない。飲み過ぎたか」




「何泣いてんだ。会えなくなるわけじゃないだろ」




「な、泣いてなんかない! こ、ここれは。そう。ただの汗だよ。勘違いするな」




「目から出てんだろ。それは涙だよ。お前はもう1人でもやっていける。俺がお前を助けたように、今度はお前が誰かの力になれ」




「デイビス。俺、本当はもっとここにいたい。アグロス村の人たちとデイビスと一緒にいたい」




「それは駄目だ。決めたんだろ。リアを守るって。リュウならできる。でもいつでも帰ってこい! 待ってってやる」




 それから、俺は一晩泣いた。


 2人で飲みながらずっと泣いた。


 ここにいたのはほんの数ヶ月。それでも、このアグロス村が、この家が好きだった。




 ****




「それじゃ、デイビス行ってくるよ」




「おう! 気をつけて行ってこい」




 深く一礼した。お世話になった、このパトリ武具店に。




「デイビス。短い間でしたが本当にお世話になりました! ありがとうございました!」




 今度はデイビスに礼をした。


 昨晩あんなに流した汗がまた流れた。




「リュウ。頑張れよ」




 俺は、前を向いて歩いた。


 リアのいる宿まで振り返らなかった。振り返ったら進めなくなる気がしていた。




「リア、お待たせ。行こうか」

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