file 06. 守るもの

「リアはそんな本を読まなくていい」


「お父さんの言うことだけを聞いてればいい」


「そんな物騒な物持つな」


「そんな汚い格好をするな。ドレスを着ている姿が一番似合う」




 待って、奪わないで。


 私も自由に――。




「…………ッハ!」


「夢、か」




 ****




「おはよ、リア」




「……あ、おはよ」




「なんか元気ないみたいだけど、大丈夫? なんかあった?」




「ううん。何でもない。大丈夫だから」




 明らかにリアの様子がおかしい。


 でも、あまり触れてはいけない様な気がする。




「それで、今日の話って?」




「あ、うん。リュウの昨日の戦い見て、もう冒険者登録しても大丈夫だと思うから。それを伝えたかったの」




「本当か!? 良かったー。ダメって言われるかと思ったよ」




 これで、一歩前進だ。




「明日にでも行ってみたら? 少し遠いし、早いほうがいいんじゃない?」




「え? リアは行かないのか?」




「私は、まだここに残るよ。ミリューにはまだ行けない、かな」




 ミリューで何かあったのか?


 リアらしくない。




「なら俺もまだここに残るよ。アグロス村の人にもお世話になったから、挨拶はしていきたいし。それに、これからはリアと一緒って約束したしな」




「で、でも。わ、私は、いつミリューに行けるか分かんないし。だから――」




「それ以上はダメだ。何があったのか知らないけど、いつまででも待つよ。だから一緒に行こう」




「う、うう。ありが、とう」




「なんで泣くんだ! ご、ごめんな。嫌だったら、そのー、先に行くから!」




「違うの。嬉しくて。実はね、私――」




「待て待て。そういう話は落ち着いてからしよう。今日はゆっくり休んで」




 俺は。逃げた。


 今日のリアがいつもと違うから。何かあるのは分かっていた。


 元の世界では、人並みに友達もいて、家族とだって仲が良かった。


 人付き合いが悪い人間でもなかった。


 でも、一度も、例外なく、誰かの <ジンセイ> を知ろうとはしなかった。


 その人の <ジンセイ> を知って、自分が誰かを守れないのが怖いからだ。




 そんな自分に。今の自分に。彼女の <ジンセイ> を受け止められるだろうか。


 今の自分に、それを受け止められる覚悟がなかった。


 いつかいなくなるのだから。




「今の……。自分、か……」




 それから3日。風邪を引いたと言ってリアとは会わなかった。


 いや、避けた。




 何度か見舞いに来てくれたようだが、デイビスに頼んで帰してもらった。




 ****




 トン、トン、トン。




「リュウ、入るぞ」




 ガチャ。キー。




「いつまでそうしているつもりだ。嘘までついて何があった」




「デイビスか。何もないよ。これは嘘じゃない」




「はあ。いいから話せ。お兄さんの俺が話を聞いてやる。言わないと追い出すぞ」




「それは脅迫だ。あと、お兄さんじゃなくておじさんな。……俺が、逃げたんだ。多分、リアは気づいてない」




「リアのことなら俺もよく知っている。あいつもお前と一緒だ。ずっと逃げてる」




「リアも?」




「そうだ。少なくとも、俺には理解できないくらいの大きなものからな」




 デイビスは何を言ってるんだ?


 リアは十分強い。そんなの分かっているだろ。




「リアは、きっと誰かにそばにいてほしいんじゃないのか? 誰かに守ってほしいんだよ」




 その時、脳内にリアと過ごした時間と3日前の光景が思い出される。


 そうか、あの涙は……。




「ごめん、デイビス! 俺行くよ!」




「行ってこい。リュウ。お前ならきっと――」




 外はもう日が落ちている。


 辺りは、真っ暗だ。


 何も見えない。それでも走り続けた。




 ガチャ!バン!




「ハァ、ハァ、ハァ。す、すみません。リアってどこにいますか?」




「そちらの方は2階の208号室ですよ」




「あ、ありがとうございます!」




 ドタ、ドタ、ドタ、ドタ。




「ハァ、ハァ。スゥゥゥ。ハー」




 208号室。扉の前。深く深呼吸する。




 トン、トン、トン――。




「リ、リア? 起きてるか?」




「リュウ!? 待って。今開ける」




 ガチャ。キー。




「ご、ごめん。急にこんな時間に」




「大丈夫だけど。それよりどうしたの? 体調大丈夫なの?」




 部屋の中に入り、椅子に案内された。




「リアに謝りたくて。お、俺あの日、話聞いてあげられなくて。本当にごめん」




「なんだ。そんなことか。全然気にしてないよ。私こそ急に泣いてごめんね」




「違うんだ。リアは悪くないんだ。俺が逃げたんだ。リアのことを知るのが怖くて」




 誰かの <ジンセイ> を知ってしまうと、その人のことを守ることもできるけど、よれより簡単に壊すこともできる。だからずっと逃げてきたんだ。




「リュウ……」




「でも、今は違う。いや、今も怖いよ。だけどそれ以上に、リアの事を知りたいんだ! 俺がリアを守りたい! わがままなのは分かってる。でも、教えてくれないかな?」




「――ふふっ。何かっこつけてるの? でも嬉しい」




 恥ずかしくなって、自分の顔が真っ赤になるのが分かった。




「その代わり、条件がある」




「条件?」




「そう。リュウの事も私に教えて。それで、私もリュウを守る!」




 俺の、こと。


 本当のことを言って信じてもらえるだろうか。


 でもきっと、リアなら。




「分かった」




 それからリアは、自分のことを全て話した。


 リアの本当の名前は、リア=ファルゲス。人間族の王、ヴォルガ=ファルゲスの娘で長女だ。


 つまり、第一王女様だ。


 リアは、昔からやんちゃな子で、暴れ回っていたという。


 ある日、たまたま読んだ本の冒険者の自由な生き方に憧れた。


 でも、王族である以上そんな事は許されなかった。


 小さい頃から決められたことをやり、自分の意思とは違う言葉を発していた。


 そんな現実が嫌になり、ここに1人で逃げてきたという。


 デイビスとは昔から知り合いで手伝ってもらったらしい。




「リ、リアって王女様なの……」




「なに!? そんなに驚かれるとなんかむかつく」




「何でもできるのはそれが理由だったんだな」




「そう。複雑よね。私、おじいちゃんが好きだったの。おじいちゃんは、おじい様なんてそんな呼び方、普通の子はしないからおじいちゃんって呼びなさいって言ってくれて。おじいちゃんだけ私のしたいことをさせてくれたの。でもおじいちゃんが死んでから私はずっと1人になった」




「そうか。優しいおじいちゃんだったんだな。でももう1人じゃない、俺がいる。俺がリアを守るよ」




「ありがと。頼りにしてるよ。じゃあ次はリュウの番だね!」




 いよいよだ。


 覚悟を決めた。




「実は、俺異世界から来たんだ」




「――――え?」

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