第9話 さよなら
大統領は大層ご機嫌で、在日米軍横須賀基地に戻っていった。雪乃はそのボディーガードのため一緒についていく。
バアルとその重鎮も魔界での実務があるらしく魔界へ帰った。
ちなみに、俺の【無限廻廊】のβテストの地下一階には、魔界の帝都の中心部への転移魔法陣が出現している。そして、帝都でのこの魔法陣の近くにバアルは家を建ててそこで魔界での執務をこなし、雨宮がこの家に泊まりに来ている週に3回は必ず顔を見せに来る。
これは、雨宮とリリスが同化してしまい、二つの家族との調整が必要となったからだ。
雨宮家に事情を説明したうえで、話し合いの機会が設けられる。そこで決まったのがこの週に3回、俺の家で雨宮が生活するルールだ。今のところ、変な軋轢も生まず上手くやっていけている。
これで、ようやく俺も肩の荷を下ろせるってもんだ。
現在、雨宮とミトラは二人で風呂に入っている最中。そして――。
「本当によろしいのですか?」
背後でセバスが躊躇いがちに尋ねてくる。
「今まで散々話し合ったはずだぜ」
もっとも、話し合いというよりは、俺がバアルと雨宮の両親を説得したってわけなんだけど。
「しかし、リリス様から貴方の記憶を全て消すなどやりすぎでは? せめて友人関係として――」
「それはだめだ。想いってのは、完全に消せるわけじゃない。頭の片隅に残り、そしてきっと思い出す」
俺の記憶操作は完璧のはず。なのに、ホッピーの容姿につき、素顔は凶悪という噂がまことしやかにネット上では広がっている。きっと、いくら上書きしても、強い記憶や想いとして定着したものは、完全に消去されるわけではないんだろう。
「私はやはり、貴方は間違っている。そう思います」
バアルは当然、激怒したし、賛同してくれると思っていた雨宮の両親からも同じことを言われた。多分、俺が間違っているんだ。
だがな、俺は《カオス・ヴェルト》の運営側から目を付けられている。これは予感ではなく確信だ。俺と一緒にいれば、また今回みたいな危険な目にあう。
それに、俺は此度、自分が芦屋道満だと認めてしまった。雨宮が俺、芦屋道満の娘の
だから――。
「それでもケジメはつけなきゃならない」
「ケジメも大事でしょう。ですが、重要な判断に、リリス様の意思が含まれていないのは、聊か利己的では?」
「そうさ。俺は利己的だ。だけど、これは俺が俺である上で必要なことなんだよ」
取り繕うのは止めよう。困ったことに、芦屋道満でない藤村秋人は、雨宮梓に一人の異性として惚れている。この想いは、どう取り繕っても真実だ。
これ以上、雨宮とこの甘くも居心地のよい生活を続けたければ、俺にある芦屋道満を捨て去らねばならない。クロノへの想いを否定し、藤村秋人として生きていかなければならない。
当然、悩んださ。そして俺が出した結論がこれなんだ。
「貴方は馬鹿だ。大馬鹿だ!」
俯き気味に両拳を握りしめ震えるセバスに、
「セバス、ありがとう。そして雨宮を頼む」
俺は頭を深く下げたんだ。
「先輩!」
お風呂からあがると、雨宮は俺に抱き着くと顔を俺の胸に埋めてくる。最近の雨宮このように聊か刺激の強いスキンシップをしてくることが多くなった。多分リリスの性格がそうさせているんだと思う。
「雨宮?」
「うん?」
なんの疑念も覚えず快活な笑顔で俺を見上げてくる雨宮に、
「俺、藤村秋人はお前、雨宮梓が好きだ」
俺は藤村秋人が今抱いている雨宮への気持ちを誤魔化すことなく伝える。
「……」
忽ち林檎のように顔が真っ赤になる雨宮。やっぱり、親子なんだろう。この動揺の仕方も、クロノとそっくりだ。
「ボクも先輩が大好きだよ」
そして雨宮は幸せそうに微笑むと俺の胸に再度、顔を埋めて背中に手を回してくる。
「雨宮、お前はもう大丈夫だ。自信をもって前に進め」
「うん? それってどういう――」
「さよなら」
さよなら、雨宮梓。さよなら、みんな。そしてさよなら、
俺はその眠たそうな目でキョトンとした顔で見上げてくる雨宮を抱きしめながらも、彼女との最後の別れを済ませた。
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