第8話 米国大統領の訪問

 

 ――藤村宅


「リリス様、今日は私が作ったんですよ」


 メイド服を着た青髪の幼女――ミトラが、得意げに胸を張る。


「うん、ありがと、ミトラ」

「えへへ」


 金髪の少女――雨宮梓が頭を撫でると嬉しそうに、瞼を閉じて両手を組む。

 

「よく噛んで食べるのである」


 バアルの指摘に、


「うん!」


 幸せそうに頷く。それを見て、セバスがハンカチで目尻の涙を拭いた。

 半年前から、こいつらはずっとこの調子だ。というか、一週間の半分はこの胸焼けがするような親馬鹿ぶりを見せられているわけだが。

 今の雨宮梓は、リリスであり雨宮梓でもある。俺と同じ、両者の記憶が矛盾なく繋がっている。だから、今の雨宮にとってバアルは敬愛する父だし、経産省の大臣や雨宮家の人々も大好きな家族。

 それだけならまだいい。まだまだ強烈なおまけがある。


「うん、うん、アズサも大きくなって、私も嬉しいよ」


 マジ泣きしている細見の金髪の紳士。

 そう、この人物は泣く子も黙る米国大統領――ジェームズ・ナイトハルトだ。

 雨宮の母がアングロサクソン系の米国人だとは聞いていた。だが、まさか米国大領の姪だとは流石に思わんかったわ。

 というか、総理の椅子さえ狙える日本の有力政治家の娘で、現魔界の最高権力者の娘、おまけに現米国大統領の姪。雨宮、お前、何個ドラ乗ってんだよ。


(これって、きっとすごい面子なんだよね?)

 

 隣の雪乃が俺に耳元でささやいてくる。雪乃は普段は必ず実家に戻り家族で朝食と夕食をとっている。

 本日は、この日本にお忍びできている大統領のボディーガードをお願いしているのだ。

 正直、今の雪乃に勝てる奴など、俺の眷属以外でこの地球上にいやしないからな。


「シンを眷属にしてもらって助かったよ。シンが小躍りして喜んでいたさ」

「はは、まあ、あの手のバケモンは敵に回したくはないもんで」


 まあ、六道王の眷属になるのがよほど嬉しかったんだろう。あのとき本人、本気で号泣してたしな。シンに対する俺の感想は、底なし沼のような得体の知れない奴。

 あれは、十中八九、鬼沼同様、裏で色々画策して混乱をばら撒くタイプ。あの手の手合いは敵にだけは回してはならない。ある意味絶望王よりずっと厄介な相手だ。だから、早急にこちら側に引き入れられたのは僥倖だったかもな。あの喜びようだと、万が一にも裏切ることはないだろうし。


「君に化物扱いされるとは、ある意味彼も光栄かもしれないね。何せ、そのおかげで一族の長年の悲願がかなったわけだし」


 それにしてもこの大統領、本当に日本語上手いな。ペラペラだ。


「はあ、それで魔界への技術提供等の支援はしていただけるので?」


 今までの魔界は、弱肉強食の世界。法も科学水準も著しく遅れている。

 本日、米国大統領がわざわざこの日本にお忍びできているのもその話し合いをするためだ。


「もちろんだとも。魔界からは豊富な資源を、我が国は技術と知識を。我らはまさに利害関係が合致した最高のパートナーさ」


 シン・ラストを眷属化する前ならおそらく渋っていたんだろうが、あの化物が力を得て、米国は他国に先立ち頭一つ抜き出た。そのため余裕が生まれたのだろう。

 ともあれ、これで魔界の本格的な改革が進められる。米国以外のG8も魔界の民主化には賛成の立場だ。米国の協力があれば、本格的な改革に踏み出せる。そう遠くない未来に、魔界と人間界の交通も自由となるかもしれないな。


「ジェームズ殿、心より感謝するのである」


 バアルが頭を下げると、背後に控えている眷属たちも一斉にそれにならう。


「いえいえ、とんでもありませんよ。バアル殿、我が国はこれからも末永く、魔界とお付き合いをしていきたいと思っております」


 魔界は人間界の300倍以上の広さと資源がある。しかも、遺跡等の極めて貴重な宝物もゴロゴロあるそうだ。まさに、地球人からすれば涎がでるような場所。

 まあ、鬼沼に魔界を支援するように命じておいた。故に、奴に任せていれば対等の関係を築けると思う。


「ふむ、それにしても美味いな、このステーキ」


 満足そうにジェームズが舌鼓を打つ。


「それは魔界でとれる牛に似た獣の肉さ。大量にあるから、お土産にどうぞ」

「それはありがとう」

 

 やはり眼の色が変わったな。そうだ。魔界にはこの手の資源が数多くある。このビジネスはお互い相当の利益を生む。これの認識も、本日の会合を開いた意義でもある。


「堅苦しい挨拶はこれで終わり。いくらでもお替りはあるから、存分に召し上がってくれ」

 

 俺は立ち上がり、バアルとジェームズの部下へも呼び掛ける。

 こうして、パーティーは静かに開かれる。


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