第3話 お茶会と世間話

教えてもらった店は、堺蔵さかえぐら駅前デパート内にあった。

 この周辺には若者向けのアパレルショップが立ち並んでおり、しかも女性客ばかりだから、オッサンの俺には非常に足を踏み入れにくい空間となっている。

 そしてそれは園寿も同じらしく、俺の袖を掴み、おっかなびっくり周囲をキョロキョロ確認していた。


「あら、兄さんじゃないですか。その子が園寿ちゃん?」


 店に入ると艶やかでサラサラの栗色の長い髪の少女が、微笑みを浮かべながらも近づいてくる。


「アキト先輩! おっはー!」


 部屋の奥から黒髪ツインテールの美女がひょっこりと姿を現した。

そういえば、朱里の奴、今日の休日を利用して、一ノ瀬とショッピングに行くとか言っていたな。


「おう、おはよう」


 あの事件後、朱里から泣きながらの説教を受ける。既に隠せるレベルを超えてしまっていたし、朱里にはこの数か月で俺が経験したことを包み隠さず話した。

 結果、半強制的に朱里に、ダンジョンの使用を求められる。確かに、今回の刑部黄羅に拉致された件は、本当に肝が冷えた。だからこの朱里の提案は俺にとっても望むところであり、二つ返事で了承する。

 そして一ノ瀬を教育係として朱里はダンジョン探索に精をだしているわけだ。


「こいつの衣服、見繕ってくれ! そんでもって買い終わったら茶でもしよう」


 園寿をイノセンス女性陣のまとめ役の筆頭である一ノ瀬と引き合わせようとは、ずっと思っていたことだしな。


「はいはーい。じゃあ、園寿ちゃん。こっち来てよ」

「い、い、痛くしないでね?」


 園寿、だからその台詞、脈絡なさすぎんだよ。

 女性陣は呆気に取られたように、暫し目を見開いていて縮こまった園寿を凝視していたが頬を紅潮させていき、


「か、可愛い!!」

「うんうん、いいよ、お姉ちゃんが選んであげるねっ!!」


 忽ちもみくちゃにされてしまった。

 このテンションに強烈な既視感がある。もちろん、あの馬鹿猫だ。

 あいつは女性専用の変態さんなのかと思っていたが、記憶が戻っても、人の趣向性なんてそう簡単に変わるもんじゃない。俺とあんな関係になった以上、一応ノーマルだったんだと思う。というか、単に可愛いものに対する感情を情欲と勘違いするよう運営側に上手く思考操作されただけだったのかもな。ほら、あいつが著しく興奮したのって雨宮や和葉などガチガチの童顔の奴ばかりだったし。

 まあ、運営がなぜそんな意味不明なことをしたのかは、とんと不明なわけだけど。



 洋服選びが終わり、今は駅前の【ミスドーナツ】へと入る。周囲は女子とカップルばかりであり、マジで俺には針の筵のような場所。

 そして居心地の悪いのは俺ばかりではないようで……。


「み、皆、みてるんだぞ?」


 すっかり園寿の外観は普通に渋屋にいそうな服装へと変わっていた。もっとも、中身が絶世の美少女だから、さっきから注目をやたらとされている。慣れていない園寿としては聊かレベルが高すぎる状況なんだろう。


「それはそうだよ。だって、園寿ちゃん、可愛いもの!」


 一ノ瀬が隣で園寿の頭を撫でながらもそう断言する。


「そうですね。こんなに可愛いのはあの子以来です!」


 朱里も一ノ瀬に大きく頷き同意する。妹殿、テンション高すぎんぞ。


「さっき選んでたのって、お前らの服じゃないよな? 誰かへのプレゼントか?」


 朱里たちが選んでいたのは、よくて中学生になりたての少女が着るような背丈の衣服だったのだから。


「はい。あの種族の選定の日のあたりから眠っていた私の親友が三日ほど前にようやく目を覚ましたんです。開口一番、着るものがないとぼやいていたので本日買いに来たんですよ」

「私も今日休日で暇だったから買い物に付き合ったんだ」


 朱里の親友か。そういや、最近朱里の交友関係についてはあまり知らないが、年頃の娘の事情なんてそんなもんだろうさ。

 

「一ノ瀬、会社の方はどうだ?」

「うん、まあ普通かな。あっ、斎藤さんが先週、正式に第一営業部の部長になったよ」


 半年前、阿良々木電子の不正が暴露され世間は上を下への大騒ぎとなってしまう。

 消極的なものまで合わせれば不正の関わっていたのは第一営業部の課長の上野だけではない。代表取締役社長を始め、専務や常務も逮捕起訴されてしまう。さらに一連の不正のあおりを受けて株価が大暴落。一時は倒産の危機となった。

 そんなとき、鬼沼が五右衛門たちの【無限廻廊】の第三層【おもちゃの国】攻略で得た高純度の魔石の売却で得た潤沢の資金により、親会社の香坂グループの経営陣と取引し、株式を購入。イノセンスが筆頭株主となる。

 それから、株主総会で現取締役をすべて解任。鬼沼が阿良々木電子内の情報を徹底的に収集し、今まで日の目を見なかった有能な人物を取締役として登用。たちまち、業績をもとの状態まで戻してしまう。

 ちなみに、俺達の第一営業部の部長は厳格ではあったが、鬼沼から有能とみなされ現在取締役として活躍している。


「斎藤さんなら適任だろうさ」


 あの人、本当に仕事できるからな。しかも融通もきく人だから下はやりやすいだろう。


「でも変な感じ。ほら、うちの会社って業界では中堅以上ではあるじゃん? その会社の親会社が私達のイノセンス。なんか変な感じだよね?」


 イノセンスの株は非公開会社として俺40%、忍30%、鬼沼30%で取得している。そして、その取締役には一ノ瀬も列席している。


「そうだな」


 最近、俺もイノセンスの専務取締役として他社の社長との商談などを行ったりしている。まあ、それも――。


「それで、今日はあとどこにいくの?」


 一ノ瀬がまだ園寿の頭をナデナデしながらも尋ねてくる。園寿といえば、気持ちよさそうに、瞼を閉じてうっとりしていた。お前、猫かよ。


「とりあえず、次は銀二のところ。そのあとは同じくこの町にある堺蔵さかえぐら警察署。そこを回ったら、対策局とフォーチュンかな。今日、和葉たちもいるらしいし」


 それで一通りは回ることになるだろうさ。

ちなみに、フォーチュンとは新たに忍が立ち上げた俳優、ミュージシャンを主体に活動する芸能プロダクションだ。

そして所属の俳優やミュージシャンの多くは、タルトの元タレントたち。忍は倒産して行く当てのないタレントたちの全員を受け入れたんだ。

無論、タルトの馬鹿社長は、日本を悪魔に売り渡そうとしていたわけで、元タルトのタレントのイメージは最悪。毎日飽きもせず、マスコミは、大バッシング。毎日のように、フォーチュンの事務所には批難と怒号の電話が鳴り響いていた。

しかし、忍の献身的な努力により、最近マスコミの報道の仕方も若干変わってきている様子だ。まっ、諸悪の根源はあくまであの馬鹿社長であり、タレントには非がないのは明らかだし、近いうちに収束するんじゃないかと俺は考えている。


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