エピローグ

第1話 冒険者機構


 あれから半年が経つ。

 人類に属する俺がシックスロード・ウォーに勝利した結果、人界と魔界は完全に結合することになる。具体的には米国のロサンゼルス、日本の東京、イギリスのロンドン、フランスのパリ、ドイツのベルリン、中国の北京、ロシアのモスクワに魔界と人界のゲートが開通される。

 当初はまた悪魔どもが攻めてくるかもしれないとの噂が流れ当初、人類側は戦々恐々としたが、魔界でクーデターがあり、独裁政権が倒され現在人類に融和的な勢力となった旨が伝えられると流れが変わる。

数度、G8やら国際連合など開かれ話し合われた結果、人類は一致団結。遂に、魔界代表のバアルと人類代表の米国大統領ジェームズ・ナイトハルトが、永久不戦協定を結び和睦わぼくを果たす。

もちろん、和睦といっても、国家間レベルでの話。個人的な恨み辛みはなくなりやしないし、それが一番問題なんだ。

 侵略された日本国民個人にとって悪魔は侵略者。皆、この東京で不幸をまき散らしたことを微塵も許せちゃいない。

 仮にその侵略が圧制を強いてた絶望王が原因だとしても、人類と悪魔との間に長くも大きな軋轢が残るのは間違いない。

 故に、今回その人類と悪魔との軋轢解消の第一歩として、ゲートの繋がる近隣の魔界の土地の一部を開発し、人類と悪魔の両者が住むことが可能な居住特区を設立することが検討されている。

これは軋轢の原因の最たるものが、他者への無知があるから。

 この点、魔界の住人の6割近くが悪魔と人とのハーフであり、人と大差ない生活を営んでいる。相手にも同様に守らなければならぬ家族がおり、相手が自分と同様の感情を持つことを認識できれば、互いに対する見方も大分変ることだろう。

 もっとも、人を食料と位置付けている中位以上の悪魔は、常識という名の教育が済むまでは、この特区への侵入は原則として禁止するらしいがね。まあ、当然の処置だろう。

 ともあれ、現在、魔界の民主化と法整備を条件に、米国が技術提供の意思を表明している。この交渉が上手くいけば、魔界は劇的に変わることだろう。

 こんな風に世界は穏やかに流れているわけだが、魔物やらクエストが消滅したわけではない。今はそういう危険極まりない世界となっているのだ。

 そこで人類がとった手段は、冒険者機構の設立だった。

 G8と国連の満場一致で認められた新組織には、腕に覚えのある者たちが次々に加入していく。

 そして冒険者機構の初代総長は、今俺が会いに来ている人物ってわけだ。

 そこは俺とバアルが戦場にし、廃墟と化した新塾駅前。ここの一か所を国が買い取り、急ピッチで建てられた建物。それが、この冒険者機構日本東京支部だ。

 建物の正面玄関から入り受付に行く。


「いつもお世話になっております。藤村秋人と申します。久坂部右近くさかべうこん総長と本日午前9時のお約束で参りました」

 

 ここは冒険者機構。右近に会うのに、こんな堅苦しい挨拶もどうかと思うが、ついサラリーマンの癖がでてしまうな。


「藤村様ですね。少々お待ちください」


 受付嬢はアポを確認すると20階の最上階まで案内してくれた。

 部屋に入ると、二人が立ち上がり、出迎えてくれる。


「やあ、藤村君、よく来てくれたね」

 

 右近が窓際の一際大きなデスクの席から立ち上がり右手を上げる。


「阿修羅王様、御無沙汰しております!」


 黒髪の女性のように美しい青年は、ソファーの傍で顔を強張らせながら直立不動で俺に頭を下げてくる。

 右近から俺が阿修羅王の称号を得たと伝え聞いてから、名前すら呼んでもらえなくなってしまった。


「だから、俺は藤村秋人、阿修羅王はただの獲得した称号だっていってんだろ」

「しかし、私にとって六道王様は――」

「わかった。わかった。もうそれでいいよ。これから約束があるんだ。直ぐに用件に入りたいが、いいかい?」


 俺も前世は陰陽師。六道王が、こいつらにとってどれくらい特別なものかくらい理解しているつもりだ。


「うーん、真城局長から聞いてるよ。今日、彼女とデートするんだろ?」


 右近がソファーに座り、俺もその対面の席に座る。


「まあ、そういう約束だしな」

「でも、意外だったよ。そのデートとやらは先週したばかりだろ。もしかして君、彼女のこと――」

「お前、真城から聞いてんだろ。なら、その手の冗談はマジで笑えねぇから止めろ」


 ファルファル、こと真城園寿ましろえんじゅとはあれからデートの名目でちょくちょく会って連れまわしている。

 もちろん、桃色目的ではなく対人恐怖症である園寿のリハビリ目的だ。何せあいつ俺としか外に出ないらしいからな。奇妙な奴になつかれてしまったものだ。


「ごめんごめん、そうだよね。少し不謹慎だった。すまない」


 右近はクロノの事情を知っている。まだ俺が吹っ切れていないとでも思っているんだろう。まあ、実際、まったく忘れられそうもないわけだが。


「いいさ。それに個人的に園寿には恩がある。リハビリくらい、いくらでも付き合うつもりだ」


 もちろん絶望王の件もそうだが、それだけではない。

俺は全世界的に有名になり過ぎた。それこそ、生活に支障をきたすほどに。俺について記憶を消す必要があったのだ。

 それを鬼沼に相談すると、園寿の協力の元、俺の【万物支配(精神)】による記憶の改竄を電子シグナルに変換し、電子機器を介して全世界にばらまくことを提案される。

 改竄する記憶の内容は、ホッピーと藤村秋人が別人であること。すなわち、東京の悪魔たちと戦ったのは正体不明のヒーロー、ホッピー。それを辻褄が合うように改竄すること。

 無論、これは俺達だけでは不可能な行為だ。右近を始めとする日本政府と事件直後、俺に接触してきた米国との両者に相談する。

 結果、G20が開かれ、各国首脳陣と俺と強い結びつきのあるもののみが記憶を維持され、各国、メディアとの協力の元、それ以外の人々の記憶は上手い具合に改竄されることとなった。


「あの事件についての君の活躍が僕らしか覚えていないのも、ほんと変な感じだよね」

「お陰で大分、楽になったよ。少なくとも四六時中、マスコミに追い掛け回されることはなくなったしな」

「ヒーローとみなされたくはないって、本当に君も変わってるよね」

「いや、実際、あんなのただの客寄せパンダ。迷惑なだけだぞ」

「さ、流石は阿修羅王様!!」


 なぜか興奮で顔を赤らめながらも、俺の言葉をメモし始める左門。これだよ。ホント、勘弁願いたいものだ。


「で? 冒険者の登録すませてくれたんだよな?」

「もちろんだとも。これで君はランクHの新米冒険者、藤村秋人。はい、これが会員証と冒険者についての説明書きさ。ちゃんと読んでおいてね」

「サンキュー」


 一冊の分厚い本とカード受け取るとアイテムボックス内にしまう。

藤村秋人は大した力のない個人。その証拠がこれで一つ手に入った。


「でも本当にいいのかい?」


 ああ、眷属化のことか。今回の件で俺のために動いてくれた陰陽師たちへの謝礼として鬼沼に眷属化を提案されていたんだ。

 後々精査した結果、この眷属化、俺の【系統進化の導き手】と妙な科学変化を起こし、取り外し可能なものとなっていたからな。

 それを右近たちに伝えると、大喜びされてしまった。陰陽師にとって六道王の眷属になることが最終目標のようなものだし当然の反応かもな。

そんなこんなで今度、正式に右近、左門、詩織、九蔵の四人は眷属化する運びとなる。


「もちろんだ。俺から言い出したことだしな。だが、本当にその式典での付与でいいのか? 正直、この場でも付与できるぞ?」


 ゴクッと喉を鳴らす左門とは対照的に、右近は大きく首を左右に振る。


「これは私達、陰陽師がこの変質した世界で本質から変わる大切な儀式なんだ。だからこそ、是非ともその時でなければならないんだよ」

 

 それなら、むしろホッピー姿の方が都合がいいな。悪魔たちの前でも基本、俺はホッピーの姿をとっているし。


「お前がそういうなら別に俺はいつでも構わんぜ」


 諸般の事情から俺的にはこの場で眷属化した方が有難いんだが、あくまで希望だ。別に遅れたからといって致命的な不都合があるわけじゃない。右近たちに任せるさ。


「じゃあ、俺はそろそろ行くぜ」

 

 要件は済んだしな。席を立ち上がろうとすると、右近が右手を上げてそれを制止してくる。


「あと、君も関係者だし、阿良々木電子事件について話しておきたいんだけど、いいかな?」

「ああ、是非教えてくれ」


 まあ、ニュースでほとんど知っているけどな。

 右近は軽く頷くと説明を始める。


 氏原陰常うじはらかげつね久我信勝くがのぶかつ上野夏守うえのなつもり樽都実人たるとさねとも刑部黄羅おさべきらなど今回の事件にかかわりのある主要人物は、殺人罪及び、その他の数多くの余罪とともに起訴されたらしい。

 特に氏原と刑部黄羅を筆頭に、明星教、警察や防衛省の職員の一部の人間については、悪魔にのっ取られたという事情もないことから、悪魔を外国とみなして外患誘致罪の適用もあり得るとのことだった。国も今回の件は、本気で肝が冷えたようだし、世間に示しを付けるという意味合いもあるんだろう。

 陰陽師については、刑部雷古おさべらいこを中心に刑部一族の一斉摘発が開始され、全員起訴される。さらに、六壬神課りくじんしんかの元老院も同じく捜査のメスが入るそうだ。

 芸能プロダクション――タルトは、代表の樽都実人たるとさねともが捕まり、スポンサーから多額の賠償金を請求され事実上倒産してしまう。まあ、自業自得だろうさ。

 香坂秀樹は、今回、完全な被害者だ。特に絶望王の目的は雨宮梓であり、香坂秀樹は雨宮を上手く誘導するよう利用されてしまっただけ。だから、お咎めはなく、香坂家が身元引受人となったようだ。

 この点、秀樹は八神やがみ間郡まぐんにより悪魔化してしまっていたが、都合よく絶望王の奴が置いていったパンドラがあったのでこれを使用し無事元の人間種に回帰できた。

 最近胡蝶とあって事情は聴いた。現在、香坂秀樹は姉の胡蝶の下で雑務に励んでいるらしい。今までとは人の変わったように謙虚に仕事に従事しており、胡蝶も一安心している様子だった。

 最後が、俺の逃亡罪と子供殺害の片棒を担いでしまったこと。

 検察庁に呼び出されて、担当検事に両方とも不起訴になったと告げられる。

 確かに、逃亡罪の不起訴はありがたいが、あの子供殺害だけは俺にも責任がある。そう簡単に許されるわけにいかなかった。

 だが、あの時点で故意は認められず、過失の認定もどうやっても難しい。罪を犯していないものは、起訴にはできないと、懇切丁寧に説明されてしまう。

 要するにあの子供たちの殺害に加担した罪は、俺が今後一生かかって償っていかねばならない性質のものなんだと思う。


「じゃあ、次の眷属化の祭典でな」

「うん。正式な日取りが決まったら連絡するよ」

「たのむ」


 席を立ちあがると、


「阿修羅王様、是非、次の場所までお送りさせてください」


 左門がいつもの暑苦しい申し出をしてくる。


「いやマジで、ここでいいさ」


 苦笑しながらも、丁重に断り外への扉へと向かう。



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