第8話 蹂躙 相楽十朱


 セバスの案内のもと、指定の場所に向かう。

 そこは日本でも有数な商業施設ビル――三本木タワー。

セバスはリリスと眷属契約を結んでおり、主人であるリリスの位置は朧気にも把握できるらしい。それによれば、彼女はこのタワーの最上階にいるようだ。

 そして、セバス曰く、この周囲には人間の捕虜はいない。理由は簡単、全てホワイトに殺されてしまったから。

 

(妙な感じだ)


 【ジャッジメントドラゴン】から、Aランクの【八岐大蛇やまたのおろち】へと変化した。十朱のステータスは、筋力、耐久力、耐魔力は8万を超え。平均ステータスは5万となる。

 【ジャッジメントドラゴン】の称号――【最後の審判】は特定の10の条件を満たしたとき『裁定』を発動する能力。ただし、その一つの『裁定』発動中は、他の9つの裁定は使用不可となる。

 

(またいるな)

 

 種族が【八岐大蛇】へと変化して、はっきり認識できるようになった存在。


 ――悪を許すな! 


 繰り返し、静かに怒りに身を焦がしながら、十朱を闘争へと誘ってくる。

 十朱は消防官であった父の後姿を見ながら育った。

 父は曲がったことが嫌いな昔気質な消防官。火事に出向き要救助者を助ける父は、幼い頃からの十朱のヒーローであり、将来は同じ消防官になると決意していたものだった。

 そんな父もあの未曽有の人災――大規模爆破テロ事件の消火活動に駆り出されて命を落とす。

 その時からだと思う。何かが十朱の耳元で¨悪を断罪せよ!¨と囁くようになったのは。そして、初めは薄らとしたモノだったそれは、次第に大きく十朱の本質を形成していく。

 大学の恩師の勧めで警察官になってからは、さらにその気持ちはエスカレートしていく。

 そしてそれは、種族決定の日を経ても大筋では変わらない。そのはずだった――。


 ――今度こそ・・・・、あいつを救え!

 

 十朱の傍で今やはっきりとした姿で八つ頭を持つ竜が叫び続けている。その内容は、以前の悪憎しとは性質そのものが違う。そして以前とは比較にならないほど激烈なものだった。


(そう急かすなよ、わかってるぜ)


 ビルの周囲には、案の定、数百の竜やら騎兵どもが配置されおり、悠然と歩きだす銀二に鎌首をもたげる。


(任せたぞ。あまり無茶はするなよ!)

(おう!)


 周囲の悪魔たちは、銀二が請け負い、その隙にセバスの隠密系の能力で潜入し、アキトを解放する。セバスの説明から、アキトは特殊な封印系のアイテムにより囚われていることが予想される。このアイテムからの解放の仕方はまだ不明だが、アイテムを壊すだけならとうの昔にアキト自身で行使しているはずだ。

 リリスがこの地球に現界する際に、人間と同化したとのセバスの言が真実ならば、やはり、リリスが降魔した先はアキトの知り合い。そう考えるのが妥当だろう。


(アキトを頼む!)


 小さくそう叫んだ銀二の全身がゆらゆらと揺れ始め、白色の火柱が上空へ向けて走り抜ける。瞬きをする間、上空に打ち上げられた火柱は銀二の姿を成し、そして無数の炎に分かれて地上へと高速で落下していく。

 それは白色の炎の豪雨。天から降り注ぐ白色の炎は、地上の竜と騎士悪魔どもに触れると一瞬で骨まで燃やし尽くし、塵と化す。


(あ、あれは白鬼火? 白鬼火は、鬼種でも鬼神クラスにしか扱えぬ炎のはず。しかも、あれは焔化……)


 頬を引き攣らせているセバス。

 あれは銀二の種族――【鬼神おにがみ】の種族特性、【白鬼火化】。その名の通り、白色の炎と一体化する性質らしい。


(今のうちにいくぞ)


 今も惚けているセバスを促し、三本木タワーの中へ潜入する。


 エレベーターを使用すれば、まず間違いなくバレる。そこで今、階段を使って最上階へ向かっているところだ。


(ずっと気になっていたのだが、貴様らのような最高位の他種族が、なぜ人類側につく? 貴様らの長たる狐面の男とは、一体、何者だ?)


 セバスが神妙な顔で尋ねてきた。


(俺達も数か月前までは人間だったし、人類側に付くのは当然だろ? まあ、アキトだけは人間と断じるには少々、自信はないが……)


 流石の十朱にも、あの化物を人間と呼ぶにはいささか抵抗がある。


(も、元人間? )

(なんだ、お前らのボスから聞いていないのか? 種族進化が可能なように、世の理が裏返ったんだぜ。この地球は今やそういう場所だ)

(……)


 セバスは発すべき言葉を失い暫し、口をパクパクさせていたが、それ以後は難しい顔で口を閉ざしてしまった。


 そして遂に最上階へ着く。


(あの部屋にリリス様がいらっしゃられる)


 セバスが展望台への扉を指さした丁度そのとき、エレベーターが開く。そして、血相を変えて伝令の悪魔が飛び出してくると、その扉の前で、


「緊急事態です! ホワイト様にお目通りを!」


 声を張り上げる。

 見張りの二人の兵士は軽く頷き、すぐに扉を開く。今の十朱たちはセバスの異能により、他者から認識されないようになっている。この隙に部屋の中に入り込む。

 ガラス張りの展望台の中心には、真っ白で統一された特撮ヒーローのコスチュームを着た男。そしてその脇にある巨大な紺色の球体。多分、アキトが囚われているのはあの紺の球体だ。

 伝令の悪魔は真っ白のコスチュームを着た男の前で片膝をつくと、


「て、敵襲です! 既に外の護衛隊は壊滅寸前。直ぐに――」

 

 震え声で報告しようとするが、


「君ぃ、ネズミを招いたね」


 言い終わらぬうちに兵士の首がスライドしていき、鮮血とともに床に叩きつけられた。

 こいつ、仲間を殺しやがった。それは十朱にとって最も重大な禁則事項。

 同時に、【最後の審判】の【同胞はらから殺傷の罪――ホワイト・マグン・サマエルに対する限り、全ステータス3倍】のテロップが眼前に浮かび上がり、視界がグニャリと歪む。


 ――悪を滅ぼせ!! 


 ガンガン割れるような大蛇の叫び声。

 そう喚くな。言われんでも、そうするさ。


「セバス、君は我ら悪魔を裏切ったんだね? それが何を意味するか――」

「それ以上言わんでよろしい。その覚悟を持って私はこの場にいる」


 小さな舌打ちをするホワイトに、


「こいつは俺がやる。お前らはアキト達を頼む」


 十朱は二人にそう指示を出すと、奴に向けてゆっくりと歩き出す。


 ――砕け! 潰せ! 捻じれ! 壊せ!  今度こそあいつの役に立つために!


 大蛇オロチの声はさらに大きくなり、今やハンマーで横殴りにされたかのような痛みまで伴っている。同時に身体の中心からマグマのごとき熱が漏れ出し、ゆっくりと全身へ広がっていく。


「たかが人間が、この私と一人で戦う? それは不快だぞぉ! 貴様は――」


 奴の言葉など既に十朱の耳には入っちゃいない。あったのは、ただ、目の前の愚物を粉々に粉砕する。その一点のみ。

 右肘を引き絞り、床を蹴る。蜘蛛の巣状に床が陥没し、破片が粉々となって舞い上がる中、拳の射程範囲内へと到達していた。


「へ?」


 間の抜けた奴の言葉。幾十もの魔法陣が連なる右拳を渾身の力で奴の中心へ叩きつける。


 展望台の壁も天井もガラスも全て爆風とともに粉々に吹き飛ばされ、上空には真っ青な空が姿を見せていた。


「ちょっと、十朱、アキトまで殺す気ぃ!?」


 部屋の隅には六本目の尾――守護尾に紺色の球体を包みながら非難の声を上げる雪乃と、幽鬼のごとく血色の悪いセバス。


「ちゃんとお前の守護尾を想定していたぜ」


 親指をたてて片目を瞑る十朱に、


「十朱、あなた、どんどんアキト化してるよ」


 雪乃は大きなため息を吐いて、そんな不吉極まりない感想を口にした。


「よそ見をするなっ! まだ終わっちゃいないぞ!」


 焦燥たっぷりのセバスの言葉に部屋の中心に視線を向けると、肉の塊がボコボコと泡立ち純白の何かが再生されていく。


「あれをやる。雪乃、アキトを抱えて空に退避していろ」

「ーーっ!!? ちょ、ちょっと待ってよぉ!!」


 アキト達の入った球体とセバスをつかみ、大慌てで上空に退避していく雪乃。

 十朱は種族特性である【大蛇オロチ化】を発動する。

 視界が紅に染まり、筋肉が、骨格が、本来あるべき姿を取り戻していく。


『ぐおおおぉぉ!!』


 奇声を上げ、頭部から二つの角、背には真っ白の翼、そして顔には白色の包帯が巻かれた青年が、同じく白色の龍をその周囲に巻き付かせつつも仁王立ちしていた。

 そして双眼を真っ赤に充血させながら、


『下等生物君たちぃ!! 仮初の肉体とはいえ、この魔王サマエルを傷つけた愚行、骨の髄まで思い知らせてやるよぉ!!』


 白色の翼の悪魔のサマエルは、十朱を見上げ・・・て怨嗟の声をあげる。


『許さない! 許さないよっ!! 君ら下等生物は、ただでは殺さないっ!! 悪魔を裏切ったクズ諸共、この世の地獄を味合わせてやるよぉ! 泣き叫んで命乞いをしても無駄だぁっ!! 一匹一匹、肉を…切り…刻んでぇ……?』


 意気揚々と述べていたサマエルの口上は、途中から尻すぼみとなり、


『……』


 顎を外れんばかりの大口を開けて硬直化し、それと呼応するかのようにただでさえ白色の顔が朝顔のように青く染まっていく。


『グオオオオオオオオォォォォォォッ!!』


 あらん限りの咆哮を最後に、十朱はなけなしの理性を手放した。


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