第9話 ゲート・ゲヘナ解放フォーマット

 セバスは狐娘――ユキノの能力で浮遊しながらも、地上で繰り広げられているいかれきった光景に生唾を飲み込んだ。

 サマエルはバアル五少将の中の筆頭であり、竜を司る悪魔の王。

バアル五少将は、絶望王が過去にバアル様の功績の報酬として与えた少数制圧部隊。その選定を行ったのは、絶望王。

 個々の品性などは度外視し、一切の私意を排除し強者のみが集められている。そのふれこみだが、バアル五少将は、バアル様と行動を常にともにするよう厳命を受けている。十中八九、奴らは絶望王が差し向けたバアル様への監視役。

 元々、バアル様はあのような御方だ。バアル五少将の存在を逆に大層面白がり、バアル戦隊ゴレンジャーとして己の側近として重宝した。

 ただ一つ、バアル様に誤算があるとすれば、五少将の一人が欠けてその人員を補充する際に、絶望王がリリス様を指定してきたことだ。これには、あのバアル様が意見具申したと聞いている。だが、絶望王は「リリスは強い」という理由で反対を押し切り、ゴリ押しした。もしかしたら、此度のリリス様の件も、この人界への侵攻も全てあの絶望王の書いた筋書き通りなのかもしれない。

 ともかく、サマエルは魔王。その強さは、本来人間が抗えるものではない……はずなのだが。


「ぐかかっ……」


 タワーの在った場所を中心に巨大なクレーター。そして、その中心にはサマエルが仰向けに横たわり、ピクピクと痙攣していた。

 四肢を失い、内臓も潰れ、顔の半部すらも抉れてしまっている。メドゥーサのような特殊な能力でも有しない限り、悪魔は決して不死ではない。あれはもうじきこときれる。

 その超巨大な竜はその八本の頭部をサマエルに向けると、その大口を開く。


(ま、まだやるつもりか)


 結局、あの化物竜の圧勝。勝負すらも成立しちゃいないかった。サマエルは必死な形相であの巨大な化物竜から逃げ惑っていただけだ。

 

「マ、マズい!」


 十朱の口腔内に生じた八つのエネルギー体。それを目にした雪乃が焦燥たっぷりな声色でさらに上空への退避を試みる。

 次の瞬間、八色の閃光が走り巨大な竜巻が巻き上がり、セバス達は吹き飛ばされた。



「む、無茶し過ぎよ」

「まったく、同感だ。これが元人間の所業とはまさに世も末だな……」


 地上には深い大穴が開き、今も電流がバリバリと帯電している。その非常識な光景を視界に入れ、額の汗を拭い、どうにかセバスは相槌を打った。



 雪乃は地上に降りてセバスとリリス様の入った紺色の球体を下すと、人間の状態に戻ったサマエルの依り代だった人間を回収して、十朱、銀二と合流し、付近の建物へと入る。

 そして、さっそく紺色の球体の解放に取り掛かったわけだ。


「どう? できそう?」

「できるか、できないではない。やるしかあるまい」


 もう何度目かになる憂慮に堪えない顔で尋ねてくる雪乃に端的に答えると、調律を試行する。

 この手の魔道具の操作の仕方は、魔力の操作に慣れていればそう難しいものではない。適切な手順を踏んでいれば必ずできる。


 カチリと音がして、ゆっくり球体が二つに割れていき、内部から抱き合う二人の男女が現れる。

 己の主人の寝返りをうつ姿を認識し、闇夜にともし火を得た思いから、地面にへたり込む。

 結局それなりの時間がかかってしまったが、これで最悪の状況になる前に無事リリス様を保護できた。これで一安心。いや、ちょっと待て、リリス様のあのお姿は!?


「あー、ちょっとあなたいつまで抱き着いているのぉ――」


 セバスが起き上がってリリス様の元へ駆け寄ろうとしたとき、雪乃も二人に向けて歩き出す。そのとき――。


『パンドラの強制終了を確認。

 ――ブラック・アズサ・リリス(100%)――リリスの悪魔化が解除、魂が安部璃夜あべのりよに回帰します。同時に雨宮梓と安部璃夜あべのりよにかけられていた【分霊魂】の効果が消失。現在の雨宮梓の肉体をベースに元ある状態へと回帰します。

 ――クロノ(60%)――□□□□の記憶が回帰されました。その他、クロノの神器の特性に抵触し、強制停止されます。クロノの封呪第二段階が完全解放されます。

 ――藤村秋人の解術率(70%)――■■■■のなしたゲヘナへの封印が解かれました。(稼働率45%)■■■■の記憶が回帰されました』


 無機質な女の声が響き渡ったとき。


「くははははっ!! 絶望王陛下、私はやり遂げましたよぉ! この忠誠、絶望王陛下のためにぃぃっ!!」


 サマエルだったものの依り代だった人間から、狂ったような声が響き渡る。刹那、依り代だった人間の肉体は膨張し、


「ボヘッ!!」


 弾け飛び、その内部から複数の球体が飛び出すと、高速でリリス様の四肢と胸部へと埋め込まれてゆく。


『ゲート・ゲヘナ解放キーを確認。ゲート解放フォーマットを開始いたします……不可――フォーマットに適するバベル祭儀場まで強制転移します』


「リリス様っ!!」


 無機質な女の声に、悲鳴じみた声を上げて必死で手を伸ばすが目と鼻の先でその御姿は消失する。


「く、くそおおぉぉぉぉっ!!」


 そのとびっきりの喪失感と無力感に、セバスは喉が裂けんばかりの絶叫を上げたのだった。


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