第7話 囚われのアキト 相楽十朱
12月26日(土曜日)午前11――湊区
タイムリミットまで、2日と8時間。
「なんで、アキトがいないのぉっ!!?」
狼狽の色を隠そうともせず、雪乃が銀二の胸元を掴んでブンブンと揺らす。
「すまん。気付いたらいなくなっていた」
銀二が奥歯を噛み締め、うめき声のような言葉を絞り出す。
アキトの【社畜の鏡】という称号を受けついだことにより、十朱達は一日数時間程度の睡眠で足りるようになった。それでも、眠らないでよいことはないし、何より、疲労は蓄積する。だから、交代で休みをとるようにしていた。
「銀二のせいじゃないぜ。俺達もあの部屋にいたが、侵入者の気配一つ気付けなかった」
今回は最高戦力であるアキトの種族変更による強制休眠だ。だから、十朱と雪乃もアキトと同じ部屋で睡眠をとっていた。
十朱は現役の捜査官だ。仮眠の取り方は熟知している。おまけに他人の気配には特に敏感なんだ。部屋に入ればまず気付く。つまり、敵方の隠密系の種族特性かスキルにまんまとやられたということ。
それにしても、例え種族進化の最中で無防備だとはいえ、あのアキトをあっさり捕縛するなど、裏くらいありそうだな。
「……」
俯き気味に両拳を握りしめる雪乃の姿からも、銀二のせいじゃないことくらい頭ではわかっているんだろう。それでもそう言わざるを得ないほど、雪乃もこの状況に追い詰められているのかもしれない。
「とりあえず、アキトの奪還が先決だぜ」
「十朱、お前はアキトが無事だと思うか?」
銀二が焦燥たっぷりの声で尋ねてきた。
「無事もなにも、あいつに危害を加えられるようなものがそう簡単に存在しやしないだろう。大方、この戦争が終わるまで時間を稼ぐつもりなんだろうぜ」
そう力強く宣言する。十朱達に一切の危害を加えなかったのは、物の数にもならないという余裕からか、それとも他に理由があったのか。
「そうだね、攻撃しただけで跳ね返ってたし」
アキトの【反射】という能力らしい。攻撃をすると数倍になって跳ね返るんだそうだ。聞かされたときは悪い冗談かと思っていたが、アキトがその手の冗談をいうことはない。真実なんだろう。
「だとすると、アキトの連れ去られた居場所だな」
湊区は広い。やみくもに探していたのではとても間に合いそうもない。あたりはつけるべきだ。そして、アキトの居場所に心当たりがありそうな者なら知っている。
十朱はポケットから新たに国から支給されたスマホを取り出し、電話を掛ける。
『そうですか。人類の攻勢に敵さんも必死なのか、それとも何か、彼を攫う理由でもあるのか?』
電話口で考え込む右近さんに、
「右近さん、今は一刻を争うんだぜ」
話を先に進めるべく促す。
『ええ、わかっていますとも。直ぐに彼女に繋ぎます。彼女ならこの湊区全域から藤村君を見つけ出してくれるでしょう』
『彼女』とは、全局をジャックしたとかいう謎の怪物ハッカーだ。彼女との接触が成功し、形勢はあっさりひっくり返ったと右近さんから既に説明を受けている。
胃がキリキリ痛む無言の雰囲気の中、電話を切って待つこと1時間、スマホに一通のメールが届く。
地図と動画が添付されたそのメールには、『藤村秋人と敵――白仮面の男との居場所』とのみ記載されていた。
まずは、地図。そして、それは湊区の最北。まだ敵がゴロゴロいる場所だ。白仮面の男とは、あの悪質な戦隊を気取った敵のボス悪魔のことだろう。正真正銘、命懸けの救出劇となるな。
次が動画――。
角の生えた黒髪の美しい少女が外の壁から透り抜けて、ベッドで寝ているアキトを愛おしそうに頬擦りをすると、軽々と抱き上げてきた時と同様、壁に姿を溶け込ませてしまう。
「この女がアキトを!」
雪乃は凄まじい怒りからか据わった目をしていたが、十朱としてほっと一息ついていた。あの様子だと、アキトに危害を加える様子はなさそうだ。
「居場所が特定したのは嬉しいが、もっと正確な位置が知りたいところだな」
十朱達の勝利は敵を倒すことではなく、アキトを無事取り戻すこと。そしてもうとっくに種族進化の影響からは離脱しているはず。なのに一向に音沙汰がないところからすると、現在、アキトに動けぬ理由があるのは間違いない。
「そうだな。敵さんも相当の布陣をとってくるだろうし」
今のアキトが囚われているとは考えにくい。というか、あの怪物をおいそれと捕らえられるなら世話はない。
大方、さっきの黒髪の少女が原因だろう。もしかしたら、あの黒髪の少女はアキトが取り戻そうとしていた女だったのかもしれない。そう考えれば、全てのピースはピタリとはまる。
「早く行こうっ!」
叫ぶ雪乃に肩を竦めてくる銀二。明らかに、雪乃のこの焦りは十朱と銀二の抱くものとは別物だ。まあ、本人が気付いているかははなはだ疑問なわけだが。
何れにせよ、雪乃の言う通り、このままここにいても始まらない。指定の場所へ向かうしかないんだ。
「人間ども、私が案内役になってやる」
突然の声に振り替えると、そこには全身血まみれの執事服を着た悪魔。
血走った両眼で雪乃が睨み、唸り声を上げ始めた。まったくこいつは……アキトの件で理性が吹っ飛びかけている。
既に瀕死に近いし、見たところこの悪魔に何かできるとは思えない。
「あんたは?」
「私は元バアル様筆頭執事セバス、現在はリリス様の副官をしておる。お前たちと取引をしたい」
こいつの目、散々見てきた父と同じ。何かを命懸けで守るために決意した瞳だ。
それにリリスとは、確かミトラの主人だったはずだ。
「信じられるわけ――」
案の定、雪乃が声を張り上げようとするが、
「雪乃、こいつ嘘言っていないぜ」
断言してやる。そして、セバスに向き直ると、
「包み隠さず話せ。お前と組むかはそれからだ」
頷くとセバスは口を開き始めた。
あの少女が元人間で、バアルにより悪魔化された。そして、絶望王なる悪魔の親玉によって、アキト殺害の生贄にさせられそうになっているか。
これで、リリスがミトラの
「あんた、本当に悪魔を裏切るつもりか?」
「ふん! この話を持ち掛けてしまった以上、既に絶望王には知られておるわ。
その鬼気迫る様子に、
「なぜ、悪魔のお前が人間の彼女にそこまで執着する?」
銀二が躊躇いがちに尋ねると、セバスは眉を寄せて、
「異なことを聞く。娘を思わぬ親がおるのか?」
さも当然に返答した。
娘か。確かにそれは十朱達にとってこの世で最も信じられる言葉だ。
「雪乃」
「わかっている。癒すわ!」
十朱の指示に何ら躊躇いもせずに、雪乃は九つの尾の二つ目を掲げて癒し始める。
現在雪乃は、一度進化し、【九尾の狐】へと変わっている。この癒しの力は九尾の狐の九つの力の一つ――弐の尾――癒尾の力だ。
「貴様ら、なぜ?」
まさかこうも簡単なやり取りで癒されるとまでは思っていなかったのか、セバスは唖然した顔で問いかけてくる。
「お前さんが言った通りさ。お前が人の親ならその点だけは信頼は置けるし、協力し合える。少なくともあの嬢ちゃんを助けるまではな」
「そうだな」
「そうよ」
即答する銀二と雪乃にセバスは呆気にとられたように眺めていたが、
「そうか。そうだったな」
口角を上げると、少し寂しそうな笑みを浮かべたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます