第6話 変な少女

 

 徐々に意識が覚醒していく独特の浮遊感。これは最近頻繁に味わっている感覚だ。

 それにしても今日はやけに窮屈だな。

 瞼を開けると、


「うぉっ!?」


 若い女の顔のアップ。流石にこれは心臓に悪すぎだろ。

 それにしてもここはどこだ? あえて言葉にすれば、透明の赤色の水が満たされた狭い球体の内部。普通に息はできるが、身動きが一切とれない。

 しかも、中学生ほどの年齢の黒髪の少女が俺にしがみついて爆睡中だ。肩と腹が露出した黒色のミニスカドレスを着用し、長いウェーブのかかった黒髪には、大きな黒色のリボンをしている。こいつ、誰だろ? 少なくとも俺の記憶では心当たりなどない。

 それにしても俺は会社のあの狭い仮眠室のベッドの上にいたはず。なぜ、こんな不気味な場所で寝ているんだ。 


「起きた?」


 女は俺に抱き着いたまま眠たそうな目でみつめてきた。この仕草、見たことがあるんだよな。はて、どこだったか……。


「お前は?」

「ボクはリリス。君の生涯の伴侶さ」

「はぁ? 伴侶? お前――」


 口を開こうとする俺を女は再度強く抱きしめ、その小さな唇で塞いでくる。

 粘膜同士の軽い接触、それらは次第に啄むような激しいものに変わっていく。そして、女と俺の舌が絡み合ったとき脳髄に甘い電撃が走り抜け、同時に脳裏に浮かぶあいつの笑顔。


「やめろ!」


 俺は女を突き飛ばしていた。

 マズいな。今の俺って全身凶器のような存在だった。下手をすれば全身スプラッターだ。悪魔とはいえ、こんな餓鬼を殺しちまうだなんて冗談じゃねぇぞ。

 それにしても、こいつの頭から生えている二本の角。こいつ悪魔か。ますます意味不明だな。


「ボクが嫌いになったのかい?」


 相手は悪魔だ。てっきり激怒でもするかと思ったが、逆にショボーンとなって俺の胸に指文字を書き始める。大方、いじけてでもいるんだろう。


「い、いや、別に嫌いとかじゃねぇよ。ただ、少し混乱しているだけだ」


この女の落ち込んだ姿は見ていたくはない。なぜか、俺はこのとき素直にそう俺は思ってしまっていた


「ホント!?」


 パッと顔を輝かせて、俺を抱きしめて胸に顔を埋めてくる。やっぱりだ。俺はこいつを知っている。喉からその名が出かかっているのに、出ない。この女を目にしていると、そんな独特な違和感と懐かしさに襲われる。一つだけ言えるのは、俺はこの女を敵として見れぬということ。

 それに、身体がろくに動かせねぇ。どうやら、肉体の行動を制限されているようだな。まず、この場所が原因だろう。

 この球体、全力で抗えば破壊はできそうだが……。解析してみよう。


―――――――――――――――

〇パンドラ:搬入されたもののあらゆる能力、術、奇跡を消失させ、本来あるべき状態へと回帰させる箱。この箱の中に捕らわれたものは、種族特性、スキル、アビリティが使用不能となり、ステータスも著しく低下する。そして、箱が破壊されると、その囚われの魂も消滅する。

〇アイテムランク:神(6/7)

 ―――――――――――――――


 本来あるべき姿に回帰されるね。今まさに悪質な箱の中で、変質中ってわけか。正直、嫌な予感しかしねぇよ。

 今の俺の保有称号は全て異常だし、選択したラストバンパイアの種族特性もきっと目ん玉が飛び出るほどの非常識さだと思う。だから、全力で抗えばこの悪質な箱の破壊も可能なんじゃないかとは思う。

 しかし、それをすれば助かるのは俺だけ。きっとこの女の魂は死ぬ。これは俺の勘だが間違ってはいないと思う。

 本来あるべき状態の意味が不明だが、俺の全てを初期化する類のものなら俺はこの戦いに敗北する。既にバアルの軍を半壊させているのだ。力を失ったからといってバアルが見逃す道理はない。まず、殺される。

 もし、パンドラが俺に効果がなかったとしても、このまま時間が経過すればタイムアップで、ゲームオーバー。人類の敗北だ。それにまだ、バアルRレンジャーは、あと二柱いる。今の十朱達でも勝てるかは未知数。

 要するに、この女を見捨てて悪魔どもをぶっ殺すか、このまま朽ちてゲームオーバーになるかの二択。

 本来なら選択の余地などない。しかし、この女を傷つけてはならない。そう俺の中の何かが痛いくらい主張していたのだ。

 一見、八方塞がりだが、パンドラとは捕縛するための箱。つまりは、檻のようなもの。牢獄ならば、外からならば開ける事が可能なはずだ。

とりあえず、十朱達に託すしかないか……。


(おい、クロノ、お前、この状況どう思う?)


 俺達から少し離れた場所で、黒色の女を凝視しているクロノに一応、このカオスのような状況について意見を求める。


『……』


 俺の問いが、聞こえているのかいないのか。クロノは今も俺に抱き着く黒髪の少女を無言で凝視していた。猫の姿なので、表情までは不明だが、こんなクロノの姿は初めてだ。


(クロノ!)

『んぁ、妾にも分からん。そのはず、そのはずなのじゃ』


 まるで己自身に言い聞かせるかのように、数回、そう呟くとクロノは口を堅く閉ざしてしまう。

 この様子では今のクロノに何を尋ねても無駄だ。どの道、俺には十朱達の救助を待つしか方法はない。他力本願もいいところだが、今は仲間を信じて待つのが最良。

 まったく、最近の俺ってこんなのばっかだよな。一人で生きているつもりで、いつの間にか他人に運命すら委ねるほどとなってしまっている。昔の俺なら自身の無力さに不快感すら覚えていたんだろうが、今は逆に心地よい。あいつらならば、この最悪ともいえる状況を打破してくれる。そう思えるから。

 だから――。


「たのんだぞ!」


 俺はそう力を込めて呟いた。


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