第5話 夢心地

――のじゃ! 起きるのじゃ! 道満! 


 重い瞼を開けると女の顔が飛び込んできた。

 艶やかな長い黒髪に、童顔だが着物の上からでもわかる豊満な二つの果実にくびれた腰。まごうことなき美女だ。もっとも、容姿とは対照的に中身はお子ちゃまなのが玉に瑕なわけだが。


「なんだよ?」

「今日は外に連れて行ってくれる。その約束じゃぞ!」


 眠たい目を擦って布団から上半身を起き上がらせて、俺は女の小さな頭を軽く右の掌でポムポムと叩くと、


「わかった。わかったから、少し部屋から出ていてくれ」


 座敷を出ていくように指示を出す。


「嫌じゃ! また嘘をついて逃げるつもりじゃろ! 妾は騙されんぞ!」


 背後から俺の首にしがみつき、ギャーギャー喚く小動物。


「嘘なんてつかねぇよ。少しの間だけでいいから部屋から出てけって」

「いい加減、早く起きるのじゃ!」


 羽織を奪い取られ、未だに未使用の俺の息子が直立したままおはようと朝のお辞儀をする。


「なんじゃ、これは?」


 俺の背中にしがみつきながらも、好奇心に満ち満ちた眼で俺の息子を覗き込んでくる童女に、


「俺のマラだ」

「マラ?」

「そうだ。マラだ」

「マラってなんじゃ?」


 俺の背後の壁に寄りかかっている長身のイケメン鬼に尋ねる。


「男根のことだ」


 刀を握りしめつつも欠伸をしながら面倒くさそうに返答する馬鹿鬼の言葉に、


「だ、だんこ……ん」


 金髪童女は急速に顔中を熱した鉄のごとく真っ赤に染め上げると大きな悲鳴を上げたのだった。



咲夜さくや、お前、いつまでへそ曲げてんだよ」

「知らんのじゃ!」


 そっぽを向いてはいるものの俺の狩衣の右腕の袖は決して離さない。相変わらず面倒くさいやつ。


「のぉ、道満」

「ん?」


 袖が引っ張られたので顎を引くと、咲夜さくやは民家を凝視していた。


「あれは珍しいのか?」


 咲夜さくやの視線の先には、人盛り。その人の輪の中心には既に冷たくなってこと切れている我が子を抱きしめつつも、号泣する母親の姿があった。

 あの子供、今、都を騒がしている悪鬼にでも襲われたのだろう。嘘を言っても仕方あるまい。だから――。


「いや、今の都ではありふれた光景だな」

 

 今俺が天下の安倍家へと厄介になっている理由もまさにそれだしな。


「そうか……」


 苦渋の表情で顔を伏せる咲夜の右手をつかむと強引に歩き出す。こいつにこんな顔は似合わない。このとき俺は自然にそう思ったんだ。


「道満?」


 不安そうに見上げてくる咲夜の頭を乱暴に撫でると、


「笑え、咲夜。それが俺達、生者の役目だ」


 笑みを浮かべて告げる。

 咲夜は左手の掌で頬をパチンと叩くと、


「うん。そうじゃな」


 俺を見上げてぎこちない笑みを浮かべたのだった。


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