第22話 雪乃の覚醒 明石雪乃

12月25日(金曜日) 午前10時58分――渋屋区 エルミ渋屋店


 結局、一番可能性が高い高級ホテル、エースホテルはアキトが、十朱が一般ホテル、ラークホテル、銀二がパーソンビジネスホテルを、そして雪乃がエルミ渋屋ショッピングモール付近を調査することになった。

 救助された男性の説明では、ブルー・ヒデキと呼ばれる最低の卑劣漢は女性を洗脳して侍らしてるらしい。洗脳された女性がどんな目にあっているかなど、その手の話に疎い雪乃でも予想くらいつく。


(許せない!)


 好きでもない男に心までいいように操られ、いいように嬲られる。それは女として最大の屈辱であり、死に等しい地獄だ。なぜだろう。雪乃には彼女たちの気持ちがより親身に理解できてしまっていた。


(絶対、全員解放するから待ってて)


 決意を込めて両拳を強く握ったとき、


『そろそろ、突入時間だが、くれぐれも無茶はするなよ。特に雪乃、お前弱いんだから、危険を感じたらすぐに退避して応援を呼べ』


 パーティーの連絡機能で、もう何度目かになるアキトの声が聞こえてくる。


(わかってるよ。いつも、一言余計なの!)


 指先でコマンドを開き、連絡機能をオンにして小声で叫ぶ。

 そして、自分の不機嫌な声に眉を顰めていた。なぜだろう? ここのところずっとアキトの言動に終始イライラしてしまっている。

 事あるごとに雪乃を子ども扱いすることも、足手纏い扱いすることも、何より、亡き父のように一々腫物のように気遣われることがどうしょうもなく嫌だった。


『アキト、お前はもう少し女心を分かった方がいいぜ?』


 軽いため息を吐きながらも、十朱がアキトに忠告をすると、


『同感だな。朴念仁も程度ってものがあらぁ』


 銀二が即座に肯定する。


『馬鹿な冗談を言ってないで集中しろ。あと30秒だぞ』

『俺は大まじめだぜ』

『俺も結構マジでいってる』

『その通りじゃ。これだから童貞男は……』


 雪乃の肩の上で黒色の子猫が、器用にも肩を竦めると、首を左右にゆっくりと振る。

 この黒猫はクロノ。アキトとパーティーを組むようになって認識できるようになった子猫だ。此度、アキトが雪乃一人では心配というのでクロノをガイドにつけたのだ。


「そ、その……ア、アキトって、童貞なの?」


 顔が発火するのを自覚しながらも、一度も使用したこともない用語を口にする。


『うむ、あと数年後には魔法使いから賢者にクラスチェンジすることじゃろう』

「ねぇ、クロノ、アキトの助けたい人って――」

『突入!』


 雪乃の疑問を遮るかのようにアキトの号令が飛び、弾かれたかのように足は動き出す。



 ショッピングモール内に踏み入れてすぐ要救助者は発見できた。

数百人の男性や子供、年配の女性たちが数列に規則正しく並べられたテーブルに置かれた青色の水晶に両手を当てている。

 その青白い血色の悪い顔の男性や子供たちの周囲を、鞭を持って歩き回る口に青色のバンダナに青色のスケスケの水着を着用した裸同然の若い女性たち。

 小さな男の子が遂に意識を失い床へと倒れる。


「お、おい! 大丈夫かっ!?」

「しっかり!」


 両隣の若いサラリーマンの男性と年配の女性が助け起こそうとするが、


「さっさと作業を続けろ!」


 女性が鞭を床に叩きつけると、地面が弾ける。


「この子の代わりは俺達がやる。だからもう休ませてやってくれ!」


 サラリーマンの男性が懇願の言葉を口にするが、鞭が蛇のようにしなって男性の横っ面を弾く。

 

「無駄口を叩かず、作業に戻れ!」


 氷のような冷たい声に、年配の女性や他の中年男性たちも声を上げようとするが、


「大丈夫。僕できるから」


 少年は椅子に座り直して両手を付着する。


(ねえ、クロノ、あいつらはなぜこんなひどいことできるの?)

『悪魔……だからじゃろうな。あ奴らにとってあれが本質じゃ。そもそも我らとは拠り所とするものが違いすぎる。そもそも奴らを理解しようとせんことじゃ』

(うん、そうだったね)


 人と同じ形をし、人の言語を理解し話すからすぐに忘れそうになる。だが、あいつらは悪魔。もとよりそういう生き物。だから、悪魔は全て駆逐するべきなんだ。

 それが良い人、いじわるな人、怒りっぽい人、泣き虫な人、一杯殺されて雪乃が学んだこと。


(助けよう。このままじゃ、あの子死んじゃう)


 あそこにいる裸同然の女性たちは所詮悪魔に操られている人形。雪乃なら目をつぶっていても勝てる。


『まずは、見回るのが先決ではないかの? アキトからここでどんな光景を目にしても、あのヒデキとかいうゴミクズがいるかをまず調査するようにと散々念を押されたばかりじゃろ』


 ヒデキとかいうゴミクズか。もしかしてクロノは敵のブルーについて会ったことがあるんだろうか? どの道、嫌悪感しか読み取れないから碌なものではないんだろうけど。


(うん。でも放っては置けないよ)


 多分、いくら口ではそう言っても、子供の命が危ないならきっとあの人ならそうすると思うから。


『おぬし、アキトと同じくらい大馬鹿ものじゃな』


 深いため息を吐き出しつつもクロノはそう呟くとピタリと口を閉じてしまう。

 『幻龍化』を発動すると、上顎の犬歯が鋭くなり、角が長くなる。外見は大した変化はないが、身体能力は格段に上昇している。これならあいつらなど直ぐに制圧できるはずだ。

 地面に降りると、


「貴様、その恰好、ブルー・ヒデキ様の命、忘れたのか!?」


 面積がやたら少ない青色の水着を着用した若い女性が、鞭を軽く手で叩きながら近づいてくる。


「ブルー・ヒデキ様の命?」

「ヒデキ様のお傍に仕える者が着るよう定められたユニフォームの件よ!」

「ああ、その裸みたいな水着? 私、そんな恥ずかしいの着ないよ」

「貴様ぁ――」


 会話するのも面倒になった雪乃は彼女に高速で近づくとその鳩尾を軽く打ち付ける。

平伏する女性に他の水着を着た女性たちは暫し口をパクパクさせていたが、


「不審者よ! 直ぐにとらえなさいっ!」


 現場監督らしき女性が叫び、一斉に弾かれたかのように雪乃に飛び掛かってくる。


「今のあなた達にだけには不審者扱いされたくはなかったんだけどなぁ」

『まったくじゃ』


 そんなクロノの相槌を聞きながらも、雪乃は制圧を開始する。



フロア全ての水着女性たちを気絶させた後、


「私は救助隊のものです」


 いつものように宣言するが救助民の顔には光が戻らない。

逆にさっき殴られたサラリーマンの青年が床に倒れこんだ少年の身体を抱き上げ、雪乃の前までくると、


「早くこの子を連れて逃げろ」


 少年を差し出してくる。


「そうよ。早くお逃げ、ここにはあの――」


 年配の女性の裏返った声は途中でピタリと止まり、雪乃の背後に視線を固定しガタガタと震えだす。

 

「いけない。いけないなぁ。喧嘩はいけないよぉ。僕の子猫ちゃん」


 肩越しに振り返ろうとすると、背後から両肩を捕まれる。


「やっ!」


 背中に多数のナメクジが張り付いたような独特な嫌悪感に、咄嗟に右手で振り払い、距離をとる。

 そこには青色のヒーローもののコスチュームを着て、ヘルメットをかぶった男が佇んでいた。


「君のような可愛らしい子猫ちゃんが自ら僕のハーレムに加わりたいなんて、僕ぅ、感動だなぁ」

「だれがっ――」


 視界が歪み、煩いくらい震えだす両膝に遂に立っていられなくなり、床にペタンと腰を下ろす。


「あれぇー、僕の魅了テンプテーションが効かない? 耐性でもあるのか。君、ホント珍しいねぇ」


 ブルー・ヒデキは雪乃の前まで来ると身をかがめて凝視してくる。

そして――。


「気に入った。君はこれから天使――シャルロットだ。これから婚礼の儀を執り行う。儀式なら身も心も僕のものとなる。彼女を連れてきてよ」


 そんな悍ましいことを指示すると、その姿を消失させた。


 それから指一本動かせぬ状態で、奴の部下と思しき青色水着の女たちの手によりエルミ渋屋店のすぐ傍にある教会へと運ばれる。

 そして教会の着替え室で女性たちにウエディングドレスを着せられ、待合室へと連行され椅子に座らされる。

 まさかこんな場所とシチュエーションで結婚式をあげさせられるとは思ってもいなかった。

 もちろん、パーティーの伝達機能も行使しようとしたが、指先一つ動かせないのでコマンドを開けず、使用はできない。

 数回、クロノに話しかけようとするが口すらロクに動かせない。それに気配すらも消失している様子だった。呆れて去ってしまったのかな。


(マズったなぁ)


 これからされるであろうことを認識し、泣きたいくらいの絶望的な気分が胃の底から頭まで広がってくる。

 それでも今も命が尽きかけているあの子を放っては置けなかったのだ。それに、きっとあの人も雪乃の立場だったらそうしていたはず。だから、雪乃は助けに動いた事自体微塵も間違っていたとは思っていない。もし後悔しているとしたら――あの人に連絡だけでもしとくべきだったということ。それに尽きる。

 なぜ、あの時あの人に連絡しなかったのだろうか。止められるから? もちろんそれもある。でも、きっとそれだけじゃない。

 多分、雪乃はあの人に認めてほしかったんだと思う。だって、あの人はいつも雪乃を世話のかかる子どものように扱うから。そして困ったことに雪乃はあの人からそうされるのが心地よいと感じてしまっていた。そんな自分が嫌で嫌でたまらなくて、どうしても許せなくて、あのとき連絡するのを躊躇し、行動に移してしまった。

 心地よいのに許せない。こんな矛盾極まりない感情など初めてだし、これからもきっとそうだろう。

そんなある意味異常な感情を抱くようになったのは、いつからだろう? 

ギャクに襲われそうになったところを助けられてから? そうじゃない。あのときむしろ雪乃はあの人が恐ろしかったくらいだし。

 あの人とこの冒険を開始してから? 父のように大きな背中にどこか安堵していたのも確かだが、それだけでそんな自分を否定的にみてはいなかった。


(そうか、あのときか……)


 心当たりがあるとすれば、あの人のこの戦いの目的を知ってしまったから。あれ以来、雪乃の心は少しずつズレてしまっている。


(でも、なんで?)


 同僚といっていたし、同じ社会人なのは間違いない。分かっているのはあの人の10歳近く年下の女性だということと、あの人にとってその人は自身の今後の立場を捨て去ってでも助けなければならないほど大事な人だということ。


(まただ……)


 胸が締め付けられるように苦しくなる中、まるで夢遊病のように立ち上がる身体。そして、燕尾服をきた頭部が山羊の化け物に腕をつかまれ、歩き始める。


 教会の中に入ると、ドレス姿の女性や山羊顔の怪物たちが一斉に立ち上がり、拍手をする。

 拍手の中、燕尾服を着た山羊の怪物とバージンロードを歩いていく。

 そして教会の祭壇前には、真っ青なスーツを着たヘルメットの男と、角の生えた牧師。


(なんで、身体の自由が利かないの!?)


 表情まで幸せそうに微笑みながらもバージンロードを歩き、そしてブルー・ヒデキの前まで到達する。


「新郎ブルー・ヒデキ、あなたはここにいる天使シャルロットを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」

「誓います」


 神父の返答にブルー・ヒデキは即答する。


「新婦天使――シャルロット、あなたはここにいるブルー・ヒデキを病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」


(だめ! 絶対に、だめ!)


 必死に口を閉じているよう命じるが、


「誓います」


 無常にも己の口はその指示に従わず、望まぬ言葉を紡いでいた。


(こんなの……あんまりよぉ)


 これは本当に最悪だ。雪乃は、小学校高学年の小さいころの夢にお嫁さんと書くような夢見がちな少女だったのだ。この行為は、そんな雪乃の心をぐしゃぐしゃにすり潰すようなもの。


(もうやめてよぉ!!)


 必死で己自身に懇願の言葉を投げかける。


「それでは指輪の交換を」


 神父の言葉に燕尾服を着た怪物が台の上に置かれた指輪を持って跪く。そしてブルー・ヒデキは雪乃の左手をとってその薬指に指輪をはめた。指輪はまばゆい青色に染まる。そして雪乃の全身を包んでいく。さらに雪乃の身体が勝手に動き、指輪をブルー・ヒデキにはめる。

 同時にブルー・ヒデキの全身も青白く染め上げられた。

刹那――。


『特定条件の履行を確認。婚姻契約術の発動を確認。

一、新郎新婦は以後夫婦として、寝食を共にしなければならない。

二、新郎新婦は以後夫婦として、婚姻関係にあるものとのみ貞操を保持し、異性への接触をしてはならない。

三、新郎新婦は互いを尊重し、傷つけ合ってはならない。

四、契約の解消には互いの同意が必要である。

上記の契約に相違ない場合、誓いの接吻を。互いの接吻により契約は確定します』


 頭の中に響く無機質な女性の声。これは世界の声? 婚姻契約術とも言っていたし、まさかさっきの内容で何か呪いのような縛りが発動するんだろうか。

 それを認識したとき、全身の血が小波のように引いていくのを自覚する。


(いや‼ それだけは絶対にいやぁっ!!)


 こんなの酷い! あまりにひどすぎる‼ 心まであんな外道に奪われるなんて、まだ無理矢理犯された方がなんぼか救いがある。

 

「では誓いのキスを」


 そんな雪乃の神父の無常の声。


(とまれ! とまれ! とまってぇぇ!!)


 必死に声を張り上げて、抵抗を試みるが雪乃の身体は一歩前に出ると、ブルー・ヒデキの身体を抱きしめる。そして顔を上げた。

 

(やだ! やだ! やだ! やだぁぁぁーーーー!!)


 駄々っ子のように叫ぶも指先一つ動かせない。ただまるで雪乃の心を体現するかのように涙だけが目尻からゆっくりと零れ落ちる。


(私ってこんなのばっかだ……)


 大好きだった父を失うトリガーを引いてしまうし、今回も自分でも説明不能な気持ちから勝手な行動をとってこんな目にあっている。こんなやつと婚姻すれば、きっとまたあの人たちに迷惑をかける。

思い返せば、いつもそうだった。雪乃の自分勝手な行為で周囲は振り回され、そして大好きだった人たちが傷つき倒れていく。

 まるで蟻地獄の巣に落ちた蟻のようにもがけばもがくほど状況は悪化していく。ほかならぬ雪乃のせいで。


(もういいよね。お父さん。私、頑張ったんだよ)


そんな諦めにも似た感情が胸を支配したとき、突如、周囲の風景から色が消える。そして――。

 

 ――本当にそれでいいの? 


 眼球だけ音源に動かすと、脇には一匹の雪のように真っ白な小虎がチョコンとお座りして雪乃を見上げていた。


(いいよ。もう、私疲れたし)


 ――諦めるの? その術は世界の定めた取り決め。そいつを倒しても永遠に残り続ける。 

 君は二度とあの人と触れ合う機会を失う。幾年もの果てにようやく叶った悲願、それを君は自ら捨てるつもりなの?


(彼?)


 ――やれやれ、そこからかい。いい加減、自分を偽るのは辞めなよ。わっちは君、君はわっち。わっちに今更嘘を言ってどうするの? 滑稽もいいところでしょ?


(何が、言いたいの!?)


 ――君はとっくに思い出しているはず


(わ、私、知らない! 知らないっ!!)


 ――まったく、強情なわっちね。いいよ。少しだけ見せてあげる。


 

 景色が変わる。肉の焼ける臭いに、断続的に上がる爆発音。

 雪乃はすでにこと切れかけている狩衣姿の男性を抱きしめながらその名を叫んでいた。


「あー、負けちまったな、こりゃぁ」


 雪乃の腕の中の男性が、今も空を覆いつくす悪魔たちを眺めながらもボンヤリと呟いた


主様あるじさまぁぁっーー!!」


 喉から吐き出される声。そして――。


「小虎、無事だったか……酒吞とオロチは?」


 泣きながら首を左右に振る。


「そうか……」


 あの人は一瞬顔を苦渋に染めると立ち上がり、右手の掌をかざす。雪乃の全身から光がもれて、額の印が消滅した。


「小虎、お前との契約を解除した。直ぐにこの地を去れ」

「やだぁっ!!」


 泣き出す小虎の頭を笑顔で優しくなでると、空の悪魔どもを見上げると、


「さあーて、お立合い、この芦屋道満あしやどうまん、人生最後の大秘術、どうぞじっくりとご覧あれ」


 一礼し印を結んでいく。あの人から濁流の様に溢れる紅の魔力。それらが夜空を満遍なく広がり、空を覆いつくす。


「咲夜、お前の仇、討とうと気張ったんだが、どうやら俺では力不足のようだ。だから、せめてお前との約束は守るぜ」


 紅の魔力は無数の円となり、寄り集まり、そして一つの巨大な円となり、聳え立つ巨大な門の上空を回転していく。


「悪鬼の親玉よぉ。あいつの命を奪って作ったそのありがたーい門の効力、奪わせてもらったぜ。だが、そう残念がるなよ。いつかその門が開き、お前らが駆逐される時が必ずくる」


 あの人の指先が罅割ひびわれてサラサラと風化してく。そしてそれは次第に全身へと広がっていく。


「清明、璃夜りよを頼むぞ」


 そしてあの人は小虎に視線を向けて、


「小虎、最後まで俺の我儘、付き合ってくれてありがとよ」


 最後にそう笑顔で告げるあの人にいつものように駆け寄り、

 

「あ、主様っ」


 抱きしめようとするも、雪乃の両腕から砂となり流れ落ちてしまう。

 

「嘘だ……嘘だぁぁぁ」


 夜空に向けて獣のごとき絶叫を上げる。


「くそおおぉぉぉぉっ!!」


 そして涙でにじむ視界の中、今も空と大地を蹂躙する悪魔どもに向けて疾駆したのだった。


  

 風景が教会へと戻る。


 ――どう? 思い出した?


(うん、少しだけだけど)


 ――そう。ならば、もういいよね?


(ん、私のやるべきこと、知っている)


 景色に色が戻り、ブルー・ヒデキの迫る顔。だが、もう雪乃は大丈夫だ。だって、ほら――。


『明石雪乃の種族――青龍が種族覚醒条件を満たしました。明石雪乃の系統樹がノーマルからレアへと移行いたします。強制進化を開始し致します』


 天の声に呼応するかのように、雪乃の角が消え代わりに白縞の耳へと変わり、しっぽが生える。


「なっ!?」


 雪乃は、一瞬硬直化するブルー・ヒデキの横っ面に左回し蹴りをブチかました。


「うおおおぉぉぉぉっ!!」


 奇天烈な声を上げて回転しながらも壁に激突する。ざわめく悪魔どもに、右手を数回振るうとバラバラの肉片となり崩れ落ちる。

 ここにいるものは老若男女問わず人の臭いが一切しない。みんなあの雪乃が大っ嫌いな悪魔どもの臭いのみ。ならば遠慮など微塵もいらないのだ。


「自己中のナルシスト男、刻んであげるからでてきなさい!」


 ブルー・ヒデキは瓦礫の中から出てくると指をパチンと鳴らす。

 忽ち、ボロボロのスーツから青色のヒーローのコスチュームへ姿を変える。


「なぜだい?」

「うん? 何が?」


 眉を顰めて尋ねる雪乃に、


「君は僕の初めての妻となる予定だったんだ。この僕が梓以外で初めて妻にめとってやろうとしていたんだぞ? それをなぜ、拒むっ!!?」


 にこやかに笑みを作り、


「キモイから」


 真実を告げてやる。


「ぼ、ぼ、僕がキモイだとぉぉっ!!」

「うん、トラウマになりそうなほどね。第一、シャルロットってなに? 冗談はその恰好だけにしてよ」

「き、き、き、君のような――ひ、ひどいこと言う女の子は、は、は、初めてだよ!」


血走った両眼を尖らせて睨みつけてドモリながらも叫ぶブルー・ヒデキに、


「それはきっといい経験したね」

 

 満面の笑みを向けながらも、両手の長く伸長した爪を高速で振る。

 教会の建物がバラバラの破片にまで切り刻まれ、重力に従い崩れ落ちていく。


「んな!?」


まるで土砂降りのごとく降り注ぐ教会の残骸を、あんぐりと大口を開けるブルー・ヒデキ。


「もう、あんたのようなナル男と話すのも億劫なの。どうせ変身後は回復するっていってたし、少し手荒に扱っても問題ないよね」

「何、意味不明なことを――ぶひっ!」


 地面を蹴り、奴の間合いに張り込んだ雪乃の両拳が激高するブルー・ヒデキに次々にヒットしていく。


「ぐごがぎぎぎっ――!!」


 頓狂な声を上げつつも忽ちぼろ雑巾のようにボロボロとなったブルー・ヒデキの顔面に右回し蹴りがクリーンヒット。


「ぶるぁぁ!!」


ブルー・ヒデキは高速で回転しつつも瓦礫に衝突し、大量の粉塵が巻き上がる。

 そんな細かな砂礫が舞い落ちるの中、雪乃が待ち望んでいた人はすぐ傍で深いため息を吐いて、


「雪乃、お前、色々やり過ぎだ」


 いつもの愚痴を口にする。


「うん」

「でも、無事でよかった」


 あの人は雪乃の頭をぐりぐりと乱暴に撫でる。それがとても懐かしくて気持ちよくて、雪乃はその遠い追憶の想いに任せてあの人に抱き着いたのだった。


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