第23話 渋屋区攻略――魔王マーラ戦

 転移してきたクロノが雪乃の危機を泣きそうな顔で報告するものだから、俺も大慌てでその区画の全ての悪魔を獏縛バクバクで問答無用で拘束し、すぐに雪乃救出へ向かう。

 今にも奴にキスされそうになっていたので直ちに介入しようとするが、世界の声が響き渡り、雪乃は白虎娘と化す。そして青色コスプレ野郎は、雪乃に一方的にぶちのめされてしまう。

今の雪乃、無茶苦茶強くなってるぞ。つーか、ランクが低いにもかかわらず、銀二並みの強さになっている。このゲームでいう覚醒したって奴なんだろうさ。

 雪乃は俺にしがみついたまま気絶してしまった。ここからが本番だし、雪乃を抱えながら戦闘をするのも骨が折れる。一旦、戻るべきかね。


「アキト、雪乃は俺が預かるぜ」


 背後を振り返ると、十朱が息を切らして立っていた。クロノから得た雪乃の情報は十朱と銀二にも伝えている。この慌てようからいって、雪乃が心配で手早く敵を無力化してきたのだろう。


「頼むよ」


 十朱に雪乃を渡したとき、


『あのクソ小娘がぁぁぁぁッ!! 』


 若い男の怒号が大気を震わせる。

 そこには胸の空いた紺の上下のスーツに金のネックレスをした、ホストのような恰好をしたイケメン野郎がわなわなと身体を震わせ雪乃に憎悪のたっぷり籠った眼差しを向けていた。


「わめくな。鬱陶しい」

『俺は、バアル五少将の第三柱、マーラ様だぞっ!! メドゥーサやメフィストとは違う。悪の王、魔王の称号を持つ大悪魔だ!!』


 おいおい、自分で大悪魔とか言っちゃったよ。それって、色々なフラグたちまくりだぞ。


「魔王ね。その割に強烈な雑魚臭しかせんのだが」

『ざ、雑魚ぉ!? き、貴様、今そう言ったのか!?』


 正直、メフィストの方がまだ強い気がする。奴の種族特性の反射の能力は相当強力だった。奴がもっと狡猾で馬鹿じゃなかったら、俺の敗北すらもあり得たわけだし。

 だが、このマーラからは全くの脅威を感じない。まあ、今の俺の種族特性がやばすぎるってこともあるんだろうが。


「より具体的にいえば、便所虫ってところかもな。鬱陶しく足元をカサカサと動き回り、大層不快だが、踏みつぶすのは容易。そんな俺にとって価値のない虫けらだ」


 実際には五右衛門たち虫系の種族に失礼かもしれないがね。


『下等種がぁぁ、調子に乗るなぁぁっ!! あのクソビッチ同様、生まれ出でたこと自体を後悔させてやるぞ! あの売女ばいたを醜い雄共にボロボロになるまで犯しぬかせてから、全身切り刻み、貴様にはその肉を存分に食わせてやるっ!!』


 マーラが額にすごい青筋をむくむく這わせ、血走った両眼で俺を睥睨しながらも激高する。


「たくっ、お前ら悪魔ってやつは、何かする度に一々喚かねぇといけねぇ病気にでもかかってんのか? 無駄だと思うが、一応忠告だけはしておく。決死の覚悟でこい。でなければ、即終わるぞ?」


 俺は右肘を引き絞り、奴の身体の中心を特定する。


『人間の分際でこの俺を――』

「馬鹿が」


 獏縛バクバクを発動し、いつまでもくっちゃべっている奴の全身をその煩い口を含めて雁字搦めに拘束する。


『もがっ!』


マーラは糸から逃れんと必死にもがくが、ビクともしない。


「悪いが、お前の力じゃ、それからは逃れられんよ」


 確かに俺と奴のステータスは大差ないから、獏縛バクバクのステータス1の効果はない。

 しかし、俺の魔力に比例し糸は無制限に強靭にすることができる。そして、俺の魔力はもはや完璧に人外だ。奴にはこの糸を解けない。

そして――。


『がもッ! ぐがむぎッ!』


 俺への罵声だろう。盛んに何かを口にする奴の全身に絡まる糸に少しずつ俺は震動を加えていく。


『ぐもぉぉッ!!?』


 絶叫を上げるマーラ。無理もない。糸が奴の皮膚を僅かに食い込むと同時に、不自然に肉が削り取られてしまったのだから。


「なるほど、あの糸も攻撃とみなされるわけか……」


 攻撃とみなされれば、俺の種族特性の効果を受ける。それはすなわち――。


「ぐもおおぉぉぉぉぉッーーーー!!!!」


ゆっくりと全身が抉られ、涙と鼻水を垂れ流しながらも絶叫を上げるマーラに、

 

「じゃあな」


 俺は別れの言葉を継げる。刹那、一瞬でマーラの肉体は粉々の肉片となって四方八方に飛び散ってしまう。

 そしてその血だまりの中心には香坂秀樹こうざかひできが仰向けに倒れている。

これで終わったな。


『運営側からの通告。人類が渋屋区を奪還しました。奪還特典により人類側の領土として渋屋区は永久に保持されます――』


「あんな一方的に……なあクロノ、あいつって相当強い……はずなんだよな?」


 十朱がほほをヒクヒクと痙攣させつつも、俺の肩で頭を抱えている馬鹿猫に躊躇いがちに尋ねる。


『当たり前じゃ!! あの悪名高き魔王マーラじゃぞ!? 悪魔の王の称号を有するものじゃ! メドゥーサやメフィストとは強さの次元が違う!!』


 そうなのか? 俺にはメフィストとの違いが全く分からなかったぞ。もっといえば、マーラと一般雑魚悪魔との違いもよく分からなくなってきている。どうも現時点での悪魔やクロノたちと俺の強さの物差しは大分違っているように思えてならない。

 いずれにせよバアルだけは別格だ。まだまだ奴に勝つには足りていない。これはあくまで俺の直感に過ぎないが、当たっていると思う。


「自衛隊との引継ぎを済ませ次第、すぐに次の湊区みなとくへと向かうぞ」


 十朱を促し香坂秀樹こうざかひできを担いで、俺は走り出した。



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