第18話 仲野区攻略

 12月24日(木曜日)午後6時――仲野区内にある高層ビル内。


 タイムリミットまで、3日と22時間。


 十朱達と合流すると、周囲の地形は激変していた。というか完全に更地化している。

 十朱の奴め、相当無茶したようだな。まあ、一応奇跡的にもあのクズ共は全員生きているようだし、構いやしないだろう。

 ここからが本題だ。

 甘いと言われようと、俺は餓鬼に危害を加えられない。だから、ミトラとかいうちびっこ悪魔に、今後人を傷つけないことができるかと尋ねると、意外にも条件付きで了承される。

 その条件は、リリスとかいう元人間の上司に危害を加えないこと。元人間ならば話くらいは通じるかもしれんし、そもそも人を殺してしまってはわざわざあの刑部黄羅の殺害を堪えた意味がなくなる。もちろん抵抗した場合、傷くらい負わせるかもしれんが、回復系のアビリティで全快してやれば問題はない。

 ミトラはリリスという元人間の悪魔に強烈に執着している。俺達が約束を守る限り、ミトラは人に危害を加えまい。ほら、中々、お互いwin-winの条件だろ?

 ミトラは同行すると主張したが、ただでさえ時間もないのにこれ以上足手纏いを増やすのは御免だ。だから、リリスを保護次第、直ぐにミトラに引き合わせることでようやく納得し、当分彼女は超常事件対策局の預かりになることになったのである。

 そんなこんなで、俺達は仲野区最後の区画の侵攻を開始する。


 ここはレッドとかいうクズのテリトリー。

 つまり、奴の能力と思しき悪魔化という厄介な能力で敵は全て元人間かもしれんということだ。だから、気絶させ能力を制限したあと、獏縛バクバクにより、超強力な檻を作りその中に放り込んでおく。こんな芸当、前のアビリティの状態では不可能だった。マジでこのスキル、すげぇ、汎用性高いのな。

 ともあれ、これなら、自衛隊だろうが警察だろうが入れないし、あんな胸糞のような状況にはならんだろう。


「ここが終着点のようだな」

「じゃあ、行こうぜ」


 入ろうとする十朱たちに、


「いや、ここから先は俺一人で行く。お前らはこの周辺の救助民の保護を優先してくれ」


 指示を出す。


「ダメだぜ――」

「心配すんな。俺は奴を殺さねぇよ。これも単に勝算を上げるための方法だ」


 偽りを述べたつもりはない。この先にいるレッドとかいうゴミクズは、正真正銘、生粋のうんこ野郎だ。この先がどんな有様になっているかなど、想像するまでもない。

 その際に一々感情が揺さぶられて、勝手な行動をとられては困る。この先にいる奴はその手の動揺を誘う戦い方を好む奴のようだしな。要は真っ直ぐなこいつらにとって著しく相性が悪いんだ。


「それは、俺達が足手纏いだと?」

「そうだ、ことここの建物にいるクズ相手にはな」


 俺があっさり肯定したことにより、銀二と雪乃は悔しそうに奥歯を食いしばるなか、


「相性、そういいたいんだな?」


 十朱が冷静に尋ねてくる。流石は二十代後半だけあって、冷静だな。存外いいチームになるんじゃないのか。


「ああ、まさしくそれだ。奴のようなタイプは、お前らよりも俺の方がその思考を読みやすい。一人の方が断然組みしやすいのさ」

「わかった。人は殺さない。その約束は守れよ」


 俺にそう念を押す十朱に軽く右手を上げると俺は建物の中へと入ろうとするが、


「ちゃんと戻ってきてね」


 雪乃が俺の裾を引っ張りながら濃厚な不安を隠そうとせずに懇願の言葉を吐く。


「待ってろ」


 ただそれだけ告げると今度こそ建物の中に入る。


 くはっ! 殺すな? 十朱、当然だよ。俺は奴を殺さない。そんな楽な結末など俺は望んじゃないないから。

 それと俺はお前らに嘘を言ったな。お前らをここの建物から遠ざけたのは、お前たちが俺のこれからする行為を止められないようにするためだし。まあ、十朱の様子からいって薄々は気付いているようだがね。普段の十朱なら確実に止めにくるだろうが、すんなり俺の行動を認めたことからも、この先の外道には思うところがあるのかもしれん。



 最上階の社長室らしき豪奢な扉を開けると、真っ赤なヘルメットに赤のスーツを着た変態コスプレ野郎がにやけ顔で姿勢を正す。

 そして、奴の背後の床から湧き出てくる十数人の筋肉ムキムキのマッチョの男たち。奴らは赤色のタイツに類似したコスチュームに、目と鼻、口だけ空いたマスクを着用していた。

 そしてマッチョ共は横一列に並び、中腰になって、膝を叩いてテンポをとりながらも足踏みを始める。


「好いた相手を陥れ、へいへいへい!

 憎し相手をどん底へ、へいへいへい!

 これぞまさしく悪の道!

 これぞまさしく悪逆の徒!

 狡猾に、姑息に、悪辣に――貴方の心、壊してあげましょう!

 卑怯に、醜悪に、非道に――貴方の希望、奪ってあげましょう!

 その宝石のように美しい絶望の物語、しっかり記録しておきましょう。

 ようこそ、我らが悪の映画館へ!」


 またか。この芝居がかった姿、セリフ、行動、この汚物のようなゲームらしさ全開だ。奴ら人外の間ではこんな下らん悪ふざけが流行ってんのか? これっぽっちも笑えねぇし、ただただ不愉快なだけだ。

 

「どうです? 中々楽しい趣向だったでしょう? 楽しんでいただけましたか?」

「どう思う?」

「あーら、お気に召さない? 私の趣向を凝らしたとっておきだったんですがねぇ。残念です。本当に残念ですねぇ」


 本当に一々癇に障る奴だ。だが、落ち着け。まだだ。まだ俺のこの激情をぶつけるのは早すぎる。だから――。


「早く変身しろよ。じゃねぇと死ぬぞ?」


 適切なアドバイスをしてやった。


「心遣い感謝いたします。ですが、楽しませられないのは、エンターテイナーとしては不覚の至り。なんとしても貴方のその顔を歪ませたくなりました」


 パチンと指を鳴らすと照明が消え、壁のスクリーンに映しだされる映像。


『お父さん! お父さん‼ 怖いよぉ!!』

『その子だけは許してくれっ!! 後生だぁぁぁっ!!』


 幼い子供の引き裂くような声と父と思しき男の絶叫が鼓膜を震わせる。



 その放映が終わり、


「どうです? 素晴らしいでしょう? これぞ家族愛‼ 彼らはその貴重な命をもって私たちに感動を伝えてくれたのです! 感謝を! 魂から感謝を!!」


 両膝を付き両手を組んで涙声で懺悔する赤仮面の男――レッド。

 俺、どうかしちまったのだろうか? 何も感じられん。対峙するまであれほどグツグツと煮え立っていた耐えがたい怒りさえもだ。


『お、お、落ち着くのじゃ!! 気をしっかり持つのじゃっ!!』


 泣きそうなクロノの声がやけに遠くに感じる。そうか。これって別に怒りがなくなったわけじゃない。きっと完全に振り切れてバカになっちまっただけだ。


「お前、大したもんだよ」

「え? なんです?」


 快楽に顔を歪めて尋ねてくる。


「いや、純粋に褒めているんだ。ここまでできる外道などそうはいねぇ」


 俺は今まで自然にしていた構えを解き、身体を脱力させる。


「あー、何かするつもりですねぇ。でもぉー、やめておいた方が賢明ですよぉ。この部屋内は私の支配下。私に向けられた攻撃、どうなると思います?」

「……」

「あらあら、無視とはつれないですねぇ。でもぉ、これで王手です」


 両手をパチンと合わせると扉自体が嘘のように消失する。


「これで逃げ道もなし。貴方の負けです」


 勝ち誇ったような勝利宣言をする奴に俺は、最近確認すらしていない攻撃系アビリティを天井に向けて放つ。これで結界とやらは破れる。そんな気がする。

 俺の人差し指から発せられた赤と黒の絵具をぐしゃぐしゃに混じり合わせたような豆粒ほどの大きさの球体は螺旋のオーラを放ちながらも空へゆっくりと登っていく。


「くはっ! なんです? そのショボイ力は? そんなもので私の結界はビクともしやしませんよぉ?」

 

 小さな球体は天井へとコツンと衝突。刹那、黒と赤の閃光が走り抜け、それらが世界を黒と赤の二色の光で塗り替えていく。



「……」


 天井どころか周囲の壁、いや、俺が立つ階層から上がそっくり消滅してしまっていた。

 

「ば、バカな! バカな! バカなぁぁ!! 私の結界が内側から壊されたぁ!? あれは私のとびっきり! 王級の能力だぞっ!?」


 馬鹿が。今のお前ごときがうんちくを披露している余裕があるとおもってんのか? というか結界の破壊を敵に公言してどうすんだよ。

 俺は右肘を引き、今もうろたえるレッドとその部下たちに狙いを覚めて右拳を奴らに向けて渾身の力で放つ。

 

 ――パシュン!


 風船がはじけ飛ぶ音ともに、レッドの下半身と他の部下の全身が粉々の破片まで弾け飛び真っ赤なシャワーのようにばら撒かれる。


「ぃひっーー!!? ぴぎゃあぁぁぁっ!!」


  絶叫を上げて悶えるレッドにクロノの銃口を向けて近づいていく。


「ほとんど修復していないじゃないか。予想通り、メドゥーサ程の回復能力があるわけじゃないようだな。それとも、変身すれば別なのか? ほら、待ってやるから早く変身しろよ」


 こんな簡単に終わりにするなど御免被るしな。


「貴様、舐めおっ――ぐぎっ!?」


 奴の口を軽く蹴り飛ばして、無駄口を塞ぐ。


「いいか、お前と違い、俺の時間は有限なんだ。その俺がカスのお前と遊んでやる。そう言っている。もう一度だけ警告するぜ。早く変身しろ」

『なめやがってぇぇぇッーーー!!!』


 レッドの声がしゃがれ声を張り上げると、吹き飛ばされた下半身が急速に再生し、ヘルメットがぐにゃぐにゃと歪んでいき、白髪の老人の顔を形成していく。そしてたちまち赤色のローブにとんがり帽子をかぶった老人が出来上がった。


『我はバアル五少将の第四ちゅうぅ!!  メフィストなりぃぃぃっ!! 

 チンケな虫けら風情がこの我を、この我を愚弄したなぁぁぁっ!!」


 奴が憤怒の形相で両腕を広げ仰け反りながらも、声を張り上げると周囲の床が盛り上がり、赤色のローブを着こなすマッチョどもが姿を現し、各々ポージングを始める。

 さてどうやって、こいつらを殺そうか。殺害方法はいくらでもあるが、まずは小手調べ。

 奴の左手の甲に狙いを定めてクロノを一発撃つ。突如俺の左手が根本から吹き飛んだ。


『理解したかぁ!? 貴様のようなゴミ虫ごときには我に傷一つつける事はできぬぞぉ!!』


 反射系の能力を得意とする敵か。先ほどの攻撃系のアビリティならば当たれば殺せるんだろうが、いかんせん、速度が遅すぎる。いくら奴の脳みそがツルツルでも防ぐ算段くらい行使してくるだろう。それに大技ぶちかましてさっきの反射の効果があれば俺は消滅する。そんな一か八かの賭けをするほど俺はギャンブラーではない。

 それに肝心要のアビリティを使用した際の血液の消費量は……マジかよ。全体の5%近く減っている。今ここで使用するのはいささかもったいないな。スキルにするにも血液がいるし、このままでは登録だけはしているが、使用できんというお茶目な結果になりかねん。

 そろそろ、頃合いなのかもな。


『やれ!』


 マッチョローブ共が一斉に俺に襲い掛かってくる。

 奴らの拳を修復が完了した左手で楽々受け流す。こいつら自体は俺よりも明らかに格下。通常なら殴れば死ぬが……。試しにマッチョ共の左腕を狙ってデコピンをかますが、やはり俺の左腕が根本から吹き飛ぶ。メフィストだけではなく、マッチョローブどもにも効果があるのか。マジでやっかいだな。

 それでもマッチョ共の攻撃では俺もダメージは食わない。こいつらだけならいくらでも時間は稼げるが、メフィストは待っちゃくれまいよ。


『愚か者めぇ!!』


 奴が右手に持つ杖を掲げると空中に漆黒の球体が出現する。その球体は次第に短剣を形作ると、一斉に俺へ剣先を向ける。

 この肌がヒリツク感覚。あれはマズイな。

 クロノの銃口によりその宙に浮遊する短剣の一本を撃ちぬこうとするが、俺の横っ腹に風穴が開く。

 くそが! 奴に対する攻撃と認識されるだけで発動するのか。もしかしたら、俺の【ジェノサイドバンパイア】と同様な種族特性なのかもな。

 全短剣が俺に向けて急降下してくる。身をひねってそれらを躱していくが当然、数本が俺の左腕と腹部に刺さる。


『それは停止の呪いじゃ。もう貴様は動けん。終いじゃ』


 いや、まったく停止した感じがない。おそらく多分、俺の防御系のアビリティにより、無害化されてでもいるんだろう。

 俺の種族特性の一つである修復能力があれば、ただの短剣など急所さえ避ければ、何本刺さろうと死にやしないし、直ぐに完全回復できる。


『どうした? 恐怖で声もでないか?』


 既に勝った気かよ。まあこんな反則的な力を持つんだし増長するのも当然かもしれんがね。だが、だからこそお前らは俺には勝てねぇのさ。

 メフィストが何かほざいていたがスキル【チキンショット】と攻撃系アビリティの融合を念じる。


(ぐっ!)


 身体の中心に高熱が生じ、それらは強烈でかつ耐え難い痛みと痒みを伴いゆっくりと全身へと広がっていく。


「ぐぎぃ!」


 視界がぐにゃぐにゃと歪み、身体中が悲鳴を上げ始める。


『どうだぁ、痛いだろう? だが、まだまだ続くぞぉ。ゴミ虫の分際でこのメフィストを愚弄した愚行をたっぷり後悔させてやる』

『おい、アキト、マズいぞ! このままでは――』


 馬鹿猫の焦燥たっぷりの声を意識の脇に置き去って、今も俺を蹂躙する痛みと痒みに歯を食いしばり、己に解析をかける。


 ―――――――――――――――

皆殺死みなごろし【Lv1/7】:スキル保持者の攻撃は防御無視の万能属性による一撃となる。また、的を指定さえすれば距離を問わず必中する。

 ――――――――――――――――


 本当にこのシステムはできすぎなくらい俺の今の気持ちを体現してくれている。このクソゲーは心底、死ぬほど腹が立つがこの時だけは感謝してやってもいい。


『次は両腕両足を落として達磨にしてやる。貴様にも十分楽しめる趣向を用意してやるぞ。そうじゃな、生えてきた己の両腕両足を食うなんてのはどうだっ!?』


 空中に浮かぶ6つの黒色の大剣。俺はゆっくりとクロノ銃を向けて放つ。銃弾はジェノサイドバンパイアの種族特性により6つに分裂し大剣を撃ちぬき、まるで大きな口で齧られたかのように抉り取ってしまった。


『は?』


 あんぐり口を開けているメフィストに俺はゆっくり近づいていく。 

 本能だろうか。ごつい顔を強張らせて後ずさるマッチョローブどもを指定し、


「にがさんよ」


 俺はクロノの弾丸を撃ちぬく。弾丸は人数分に分裂すると奴らの頭部へと衝突し、その上半身がゴソッと削り取られ、重力に従いバタリと倒れた。


『貴様ぁッ!!』


 メフィストがバックステップし両手で印を作ろうとしたので、左拳を振るう。

 ぐしゃりと骨が砕け、肉が潰れる音とともにメフィストの両腕はミンチとなって弾け飛んだ。


「印を結ばねば大術を発動できぬのは、致命的だぞ?」

『な、なぜ? こ、こんな……』


 潰された両腕を見下ろして口をパクパクさせているメフィストの左右の大腿部を左の手刀を振るうことより、叩き折る。そして奴の傍まで行くと奴を見下ろした。


「メデゥーサと比較しお前の回復力は大したことがない。お前は、接近戦には致命的に向いてねぇんだよ。バアルとかいうお前の親玉にもそう言われていなかったか?」

『……』


 メフィストの蒼ざめていた顔色はすでに土気色に変色し、血の気の引いた唇は全身と連動し、プルプルと震えていた。

 

「そうだな。お前の敗因は。その反射という強力無比な種族特性に頼り過ぎたことだ。残念だったな。お前が遊ばずに本気で挑んできたら、もしかしたら俺に勝てたかもしれんぞ」

『ふひあぁ……』


 メフィストの口から漏れ出す絶望の声。


「あー、そうそう、お前、俺をただじゃ殺さないだったよな? それ、そっくりそのままお前に返すぜ。俺はお前をただじゃぁ殺さない。理由はわかるな?」

『ひぃぃぃぃぃぃぃ……』


 メフィストの眼球がぐるぐると忙しなく動き回り、大口を開けて喉から奇声を上げていく。


「それは――俺が、完璧にプッツンいっちまってるからさぁッ!!」

『いあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッーーー!!』


 奴の耳を聾するがごとき絶叫が周囲に響き渡った。


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