第16話 阿良々木電子殺人事件の終幕


 12月24日(木曜日) 午後2時――千世田区 警視庁


 タイムリミットまで、4日と2時間。


 今まであくたとかいうクソ警視に地下にある個室に連れ込まれ丸一日尋問されていた。

 取り調べではなく尋問と俺が評価しているのは、自白剤らしきものを打たされそうになったし、警棒で横っ面を殴られたし、古風にも盥で水責めを強行しようとしてきたから。

 もっとも、自白剤は俺の皮膚を通らず注射針が折れ曲がり、殴った警棒は俺のアビリティにより武器破壊とみなされ弾け飛ぶ。水攻めに関しては俺の顔をたらいに並々と注がれた水面まで強制的に運ぶことができない。

 こんな感じで俺に罵声を浴びせたり、水をかけられたりの嫌がらせが精々だった。

 タイムリミットまであと丸四日。あと数時間が、雨宮と朱里の両者を助けられるタイムリミットだ。それを過ぎれば、少しでも可能性が高い方法を選択せざるを得なくなる。

 つまり、このまま仲間が朱里を救助するのを待ったうえで、朱里とともに一度東京を離れて悪魔をゲリラ的に倒し、雨宮を救う。この方法しかなくなる。


「ウトウトするなっ!!」


 バケツの中の水を俺にぶっかけて怒鳴りつける。


「起きてるよ。単に少し考え事していただけさ。そのくらい大目に見ろよ」


 面倒くさそうにびしょ濡れになった髪を拭いながらも不平を口にすると、


「取り調べ中に考え事だと!? ふざけるなっ!! 貴様は――」


蟀谷に太い青筋を張らせて激高する。


「やれやれ、君は自分の立場というものをわかっているのかね?」


 そんな中、背後の椅子に座る芥が呆れたように尋ねてくる。


「十分に承知しているぜ。というか、あんたらもいい加減、身の振り方考えた方がいいと思うがね?」

「負け犬の遠吠えかね?」

「いんや、ただの老婆心さ」

 

 なにせ、先ほどこのフロアに乗り込んできた大勢の警官隊を鑑みれば、既に外で何が起こっているかなど考えるまでもないしな。どうやら、俺の仲間たちは期待に応えてくれたらしい。


「何を企んでいる?」


 目を細めて俺を観察する芥に人差し指を正面のこの部屋唯一の扉へと向ける。


「直ぐにわかるさ」


 聞こえてくる大勢の足音に、椅子を倒して勢いよく立ち上がる芥。他の捜査員も不安を隠しきれず顔を見合わせる。

 そして乱暴に扉が開かれ、大勢の武装した警察官が部屋に雪崩混んできた。


「な、なんだね、君たちは!? ここは私達の――」

「動くな! 警視庁公安部第三警備課課長――芥平字あくたひらじ、お前たちには全員逮捕状が出ている。全員、手を後ろに回し、床にうつ伏せになれっ!」


 強面の完全武装した特殊部隊の男が、右手で逮捕状を示し芥の言葉を遮って銃口を向けつつ叫ぶ。


「私に逮捕状? それは何かの間違いじゃないのかね? 部長に確認したまえ、我らは――」


 芥の反論など聞く耳すら持っていないのか、隊長らしき男が右手を僅かに上げると取り調べを行っていた芥たち全員は拘束されてしまう。


「貴様ら、なんの権限があって――」


 隊長らしき男は、耳障りな叫び声を上げようとする芥の顎を鷲掴みにし、


「悪いが、テロリストと会話する権限を自分は与えられていない。言い訳なら、法廷で思う存分主張したまえ」


 冷たい声色でそう吐き捨てると、背後の顎でしゃくる。

 彼の部下たちは今も口汚く喚く芥たちを特殊な拘束具により厳重に拘束し、部屋を連れ出してしまう。


「とりあえず、俺は?」

「ご案内します」


 隊長らしき男は俺の手首の手錠を外し敬礼すると歩き出す。

 少々、話についていけてないが流れから言って、このクズのような足の引っ張り合いからは解放されたとみていいんだろう。

 もっとも、俺は脱獄囚だし、その取り調べでもするつもりなんだろうが、それに付き合う余裕は俺にはない。なんとか逃げ出さなくてはな。

 エレベーターに乗り込み一階の正面玄関前にでると玄関口まで続く多数の警察官が整列しており、


「うぉ!?」


 一斉に俺に敬礼してくる。

 そして玄関口の前には三人の男女。その中の一人を目にし、気持ちの肩を預けているような安心感から大きく息を吐きだす。


「兄さんっ!」


 朱里は駆けだし、いつものように抱きついて俺の胸に顔を埋める。


「大丈夫だったか?」

「うん」


 見たところ普段通りの朱里だ。拷問や乱暴されたようにも見えない。どうやら俺のプレッシャーは十分にあの女に効果があった。そうみてよいだろう。あの女が動かないことはわかっていた。それでも心配は心配だったんだ。これで俺にとっての足枷はなくなった。あとは力ずくでも悪魔駆除を再開する。

 朱里の隣にいる赤髪の女捜査官が赤峰、黒髪坊主の男の捜査員が不動寺だったか。


「逃亡罪以外の君の容疑は全て晴れたわ」


 赤峰が親指を突き立ててくるので、


「助かった。ありがと」


 素直に頭を下げ心からの謝意を述べる。まあ、知らぬとはいえ餓鬼の殺人の片棒を担がされたんだ。この件が終わったらその罪くらい負うさ。


「う、うん。別にいいけど」


 ポリポリと頬を掻く赤峰の耳元で、不動寺がにやけた顔で何か数語呟くと、


「違います! 絶対に違いますって!!」


たちまち真っ赤になりつつも、必死に否定の言葉を紡ぐ。

 ともかく、今は呑気に話している場合でもないな。


「俺は仲野区に向かう」


 俺はあの糞のような計画をたてたクズ野郎を許せそうもない。レッドとかいったな。じっくりたっぷり灸をすえてやる。


「任せろ! 警察庁と自衛隊からの正式な要請もあるし、現場まではわしらが送るぜ」


 赤峰達の傍にいたサングラスにスキンヘッドの男が、自身の胸をドンと叩く。


「BMO! BMO!」


 スーツを着た牛の頭部を持った化物が、嬉しそうに飛び跳ねていた。

 あのスキンヘッドは京都でグリムと戦闘していた男。そしてあの牛頭は、異形種解放戦線から俺が解放したミノタウロスか。


「ほら、詩織、お前もずっと会いたかったんやろ?」


 サングラスにスキンヘッドの後ろに隠れるように、女子高生が絡ませた両手を忙しなく動かしながらも、姿を見せる。

 ボブカットにした紫がかった髪を赤いリボンで結んだ女子高。パンツを見えていることを指摘したら、鉄拳制裁を食らわせてきた女だ。


「あ、あのな、うち――」


 紫髪の少女が上目遣いに口を開きかけるが、朱里がまるでそれを遮るように立ちふさがる。そして彼女に近づきその右腕を掴むと、にっこりと微笑みながら、


「刑事さん。次の事情聴取、詩織も同席してもよろしいですか?」


 赤峰に了解をとる。


「うん? 別に構わないけど」


 赤峰が即答すると、


「さあ、直ぐにいきましょう、詩織」


 朱里は詩織を引っ張って歩きだす。


「あ、朱里、ちょ、ちょい待ってや! 今お兄ちゃんと――」

「いいから、いいから」


 朱里は相変わらずすごい笑顔を浮かべながらも、強引に詩織を引きずってエレベーターへ向かっていってしまう。


「なんだったんだ、あれ?」


 隣のスキンヘッドたちに尋ねるが、


「さあ?」

「BMO?」


 二人とも首を貸しげる。

 あの二人知り合いだったのか? 朱里も元気そうだし、いいことなんだろうな。

 それよりも、警察と自衛隊の二者からの協力も得た。ようやくこの下らん足の引っ張り合いから完全解放されたってわけか。

 指でコマンドを開き、パーティー伝達機能を十朱に指定し行使し、


(十朱、俺の妹は無事解放された。そのクズ共の処理を任せる)


 クズ共の殲滅を命じる。

 捜査員の十朱なら、人相手の族の荒事はお手のものだろうし、その制圧の権限もある。銀二や雪乃に任せるより妥当だろうさ。


「じゃあ、俺達もいこうぜ」

「そうだな」

「MOO」


 俺はスキンヘッドの男とミノタウロスとともに玄関口を出ると現場へ向かう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る