第15話 絶望の黒い怪物と観察者 刑部黄羅
――
強風に煽られて、扉が大きく揺れ、
「ひっ!?」
小さな悲鳴を上げて、
(くそ! なぜ、この私がこんなにビクつかなきゃなんないのよ! これじゃ、どっちが追い詰めているかわからないじゃない!)
内心で毒づいていると、藤村朱里を襲わせるために雇っていたゴロツキ共が集まってくる。
「キラさん、いつになったらあの女、襲うんだ?」
「そうだぜ。あんなしゃぶりつきたくなるような身体の美女、目の前で何もしねぇなんて蛇の生殺しだ!」
口々に不平不満を言う。
(こいつらうざいな)
下手にあの女に触れて危害と認識されれば、あの怪物が転移でもしてくるかもしれない。あの何でもありの化物ならその程度簡単にやってのけるだろう。
あれには絶対に勝てない。仮に勝てるとすれば、バアル様とあの親衛隊五柱の他の四体だけ。何よりあれは完璧に頭の螺子が飛んでしまっていた。あの最後に奴が見せた邪悪極まりない顔、今度こそ捕まれば、それこそ何をされるか検討もつかない。
(もう付き合い切れない)
レッドの指示に従えばもう一度悪魔にしてもらえると言われ、今まで藤村朱里の傍にいたが、これ以上は危険だ。危険すぎる。今すぐ情勢不安のある中東にでも高跳びし、しばらくは大人しくしているべきだろう。
(こいつらどうしようか?)
今も不満を爆発させているゴロツキ共を興味なく見渡すと、
(逃げよう)
別に命懸けであんな怪物に復讐しようとは思わない。だが、このままではあまりにしゃくだ。キラが直接命じれば、呪いのようなものが生じる危険性がある。ならば――。
「今回、私抜けるわ」
「はあ? キラさん、今更それはねぇよ」
「あなた達も、その女を襲うのだけはお勧めはしない。私は以後一切、責任を持たない」
「それ、どういう意味だよ?」
「さあ、そのすっからかんの頭で考えなさいな」
(よし! これならまだ大丈夫!)
今までこのごろつきどもが藤村朱里に触れられなかったのは、キラが止めていたから。そのキラがこの場からいなくなればまず藤村朱里は犯される。それで十分な復讐は果たされることだろう。
口端を上げつつも、今も当惑するゴロツキ共の脇を抜けて廃工場の出入りの扉へと向かおうとする。
『だめでやんすよ。逃がしやせん』
傍から聞こえる低いダミ声にキョロキョロと周囲を確認するが、そんな人物などいやしない。
『ここでやんすよ』
声はキラのポケットの中にあるスマホから聞こえてくる。
「は? あ? な、なぜ」
壮絶に混乱する頭でスマホを取り出し画面を確認すると薄ら笑いを浮かべる蛇のように冷たい印象の男が映し出されていた。
そのまさに冷血動物の言葉が相応しい容姿に、背筋に氷柱を突き付けられたかのような強烈な悪寒が走り抜ける。
「ひっ!?」
小さな悲鳴を上げてスマホを地面に放り投げる。
『おやおや、随分な扱いでやんすねぇ』
地面に落ちたスマホの画面に映った男の顔は、まるでキラの恐怖を楽しむかのように歪んでいた。
思わず後退るが、不意に背後から強烈な悪寒が生じ、肩越しに咄嗟に振り返る。
背後の工場の大扉の前には黒色のジャケットのポケットに両手を突っ込んだフードを頭からかぶった少年が佇んでいた。
「おい、小僧、テメエっ!!」
金髪のゴロツキが少年を恫喝するも、
「おい、おい、おい、おい、哀れで愚かな人間どもぉ、知っちゅーかな? きさんらが襲う算段をしちょったあの方が何方の身内なのか?」
その金髪ゴロツキの背後に和服を着こなす二メートルを優に超える長身に丁髷の男が、その首を背後からロックし持ち上げる。
そして次々に姿を現す袴姿の武装した男女たち。たちまち、キラ達はグルリと包囲されてしまった。
「な、なに? あんたら?」
マズい! マズい! 絶対にマズい! これは少なからず修羅場をくぐってきたキラの勘だ。あれはあのバアル様を始めとする悪魔たちと同種類の異形。元人間のような紛い物ではない、足のつま先から頭のてっぺんまで生粋の怪物。
『あの御方の潔白を世間も十二分に認識したと思いやすし、これ以上引っ張る意義はない。そろそろ、チェックとさせていただきやす』
地面に放り投げられたスマホの画面に映る蛇のような男が指を鳴らす。すると、遠方から聞こえてくる無数のサイレンの音。
冗談じゃない! こんなところで警察に捕まってたまるか! 僅かに背後に後ずさったとき黒色のフードを被った少年が眼前で見上げていた。
「ッ!?」
認識すらできず忽然と生じたその姿に、どうにか悲鳴を飲み込みとっさにバックステップで逃げようとするが、
「逃げるつもりでござるか?」
地面に顔面から衝突する。そして――。
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!!」
背骨に杭が打ち込まれたような激痛に己の下半身に視線を向けると、両足が根本から両断されてしまっていた。
『何か勘違いなされているようだ。我らは君を殺しやせん。でも、今警察に渡すのも違う。君は彼らとは行先が別でやんす』
その温かみのかけらもない氷付くような声は、これから己に降りかかるであろうとびっきりの不幸を否応でも想起させてしまっていた。
「わ、私は警察に出頭する! 私、人を殺したの! 沢山、殺したの‼ だから――」
『残念ですがダメでやんす』
痛みと恐怖で頭がおかしそうになるなか、
『君は我が至高の
蛇のような男はさもおかしそうにそんなキラにとって最も残酷な言葉を紡ぐ。その声色には、一握りの慈悲も見いだせなかった。
「いや、いや、いやだぁぁぁぁ!!」
キラは絶叫した途端、黒フードの少年が指笛を吹く。
――カサカサカサカサ!
小さなものが這いまわる音。その天井にびっしり張り付いた小さな生き物を目にし、
「ひいいいいぃぃぃぃっ!!」
キラは喉が裂けんばかりの絶叫を上げる。刹那、黒色の悪魔は一斉にキラを飲み込んでしまう。
◇◆◇◆◇◆
廃工場の屋上のビルの屋上から見下ろしている二人の男女。
「ありゃあ、マズいな」
「うん、あれはマリアにも無理」
二人の視線の先の廃工場には、人の形をした数十にも及ぶ異形共。そして、あの猛獣の大群にたった今囚われた哀れでか弱きネズミたち。
「というか、あいつらって今も東京を占領している悪魔並みじゃね?」
「マリアもそう思う」
「冗談じゃねぇ! 悪魔どもは東京の特定の地区から当分は出れねぇんじゃなかったのか?」
「シンが言うにはそのはず。そしてシンは嘘をつかない」
「だよな。とすると、このタイミングでの登場からして、あれは悪魔ではなくアキト・フジムラの関係者か?」
「ん。作戦保護対象アカリ・フジムラに対し敵意を感じない。そうだと思う」
ゴスロリ姿の金髪の少女の相槌に、スーツの男はハットを深く被り直すと、
「撤収するぞ」
強く叫ぶ。
「いいの? 命令じゃあ、アカリ・フジムラに危害を加えられそうなったら助けろ、が命令だけど?」
「対象の保護という目的は結果的だが達したし、何より、俺達ではあいつらを止められねぇ。あえて危険を冒す必要性を感じん。違うか?」
「うん。了承」
ゴスロリ娘もコクンと顎を引き、二人の姿はまるで煙のように消失してしまった。
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