第13話 みじめすぎる最後 氏原陰常

「C4、そっちいったぞ! 必ず捕縛しろ!!」


 背後からの部隊長らしき男の妙に冷静な指示が飛ぶ。


(なぜ、こうなったっ!?)


 氏原陰常うじはらかげつねは今も迫る特殊部隊から逃れるべく必死に足を動かしながらも、自問自答をしていた。


(誰があんなものを流したっ!)


 あの映像が地上波の全局をジャックしてから、直ちに放送を辞めさせるようタルトの社長――樽都実人たるとさねともに連絡するが、そもそも繋がらない。

 各大臣に電話をするが、ほとんどが繋がらず、唯一繋がった氏原と同じ派閥の大臣から、


 ――氏原さん、あんたは我が国の国民を侵略者に売り渡した。私はあんたが許せない。もうあんたは終わりなんだよ!


 氏原の弁明になど耳も貸さず一方的に電話は切られてしまう。

 それからほどなく無粋にも特殊部隊が氏原のいる官邸まで乗り込んできたので、奴らから逃れるべく、悪魔の姿になって窓ガラスを割って外へと逃れる。

 肉体が悪魔化し強靭になっているとはいえ、あくまで人間に毛が生えた程度にすぎない。戦闘に特化した特殊部隊には到底かなわない。すでにかなり距離を詰められている。追いつかれるのも時間の問題だろう。


(もう少し、もう少しで儂の長年の夢が叶うのだっ!!)


 全てを手に入れられるはずが、あんな無能な下級国民どもにより、あっさりひっくり返されてしまった。

 前方には青白い顔をした女のような顔の美しい青年が傍らに日本刀を携え佇んでいた。


「どけぇ!!」


 悪魔化により丸太のように太くなった右腕で殴りつけようとするが、


「無駄だ」


 あっさり避けられる。そして――。


「へ?」


 見事に根本から明後日の方向に捻じ曲がる両腕。同時に焼け火箸に貫かれるような痛みが脳髄を刺激し、


「ぎひゃああぁぁぁッ!!」


 絶叫を上げる。

 黒髪の男は氏原の喉元に日本刀の剣先を突き付けると、


「貴様ごときが、よくもこの俺をたばかってくれたな!」


 怨嗟の声を張り上げた。


「落ち着け‼ お前は騙されておるんだ! 儂につけば――」

「黙れ!」


 今度は両足が叩きおられる。


「ぐごおおぉぉぉぉぉ!!」


 視界が霞むほどの激痛により、絶叫を上げていた。


「貴様のせいで、我ら来栖家はあのお方に弓を引いてしまったのだ! 千年、わかるか! 千年もの長きにわたって、我が先祖はあのお方がこの世界に降臨されるのを待ち続けていた! それを貴様ごときちっぽけで醜い欲望で、台無しにしやがってッ!!」


 黒髪の青年が、上段に日本刀を構える。


「おい、ふざけるなっ? ちょっと待て! そんなことが許されるわけが――」

「許されるんだよ! お前はそれほどのことをしたんだっ!!」


 黒髪の青年は氏原の言葉を遮り、


「死ね!」


 死の宣告をしてくる。その血走った目を一目見ればわかる。あれは、洒落や冗談ではなく本気だ。


「いやだ……いやだ……いやだ! いやだぁぁぁぁ!!」


 カメのように蹲りがたがたと震え拒絶の言葉を繰り返す。


「左門、そこまでです」


 顔を上げると目が線のように細い袴姿の男が立ちふさがっていた。


「どけ、右近‼ 貴様なら俺のこの憤り、理解できるはずだ!」

「ええ、十二分にね。ですが、彼にはこの事件を引き起こした主犯の一人として罪を償う責務がある」

「知ったことか!」

「そうはいきません。それにね、藤村君はきっととっくの昔に貴方を許していると思いますよ」


 そして目が線のように細い男は、氏原を見下ろすと肩を竦めると、


「やれやれ、氏原さん、貴方には相当肝を冷やされましたよ。ですが、もうお遊びもこれで終わりです」


 その言葉を最後に氏原の意識はプツンと失われる。


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