第9話 引き籠り少女の覚醒


 ――堺蔵さかえぐら町郊外 高級住宅街


「あ、あいつらと同じ、り、利用するだけ利用したら、す、捨てるに決まってるっ!」


 真城園寿ましろえんじゅは、まるで駄々っ子のように地団駄を踏み鳴らした。

 園寿にとって他者を利用するということは、最も憎むべき行為。汚い大人にどんな綺麗ごとを並べられようと、それだけは許容できるはずがない。


「もういい、勝手にすればいいんだぞ!」


 椅子に便所座りをしてポテチを口にするが、袋はすっからかんであることに気付く。

 

「ムキィィッ!!」


 ヒステリックな声を上げて、机の上の既にカラになったペットボトルやらスナックの袋などのゴミを右手で振り払った。

 心を鎮めようとパソコンの検索エンジンをクリックしようとするが、臨時ニュースとしてあの不愉快で強欲な政治家やら、すっかり踊らされているマスゴミの連中が嫌でも目についてしまう。


「もし、このまま……」


 みたところ、あの悪魔に勝利できるのは藤村秋人のみ。あの醜い政治屋やタルトとかいうマスゴミ社長は、よりにもよって日本を、いや人類をあの悪魔どもに売り渡そうとしているんだ。

 このままタイムアップになれば、この日本という国でこんな呑気にネットなどできなくなるだろう。それは嫌だ。絶対に許せない。

 でも――。


「オイラは二度と利用されたりしない!」


 園寿にも過去に心を許した女教師がいた。彼女は、園寿のネットでの過去のいたずらを知って交際相手の監視を依頼してきた。姉のように思っていた担任からの頼みだ。二つ返事で了承し、その動画を女教師に渡す。そこで話が済んでいたなら、どれほど幸せだったかわからない。

 それに味を占めた女教師は、園寿に数度依頼してきた。そして、同級生の一人が発作で倒れたことを契機に、緊急時のため必要だと教室内をリアルタイムで記録するアプリの開発を依頼してきた。

 ちっぽけな正義感から、そのアプリを女教師に渡してしまった、丁度、一か月後、園寿の教室の盗撮画像が問題となる。よりにもよってあの女教師は教室での女子の着替えを録画し、有料サイトにアップしていたのだ。

 逮捕された女教師は、以前園寿を叱ったからその腹いせに自分を陥れるため、自分のスマホにアプリを入れたと主張した。

 その結果、笑ってしまうくらいあっさり園寿は全てを失ったのだ。

 その教師は外面だけはやたらと良かったから、いくら園寿が真実を語ろうと、今まで親友と思っていたクラスメイトも学校も信じちゃくれなかった。クラスでは裏切り者として強烈な虐めにあってしまう。

実の父さえも園寿の言葉に真剣には耳を傾けてはくれなかった。今さら誰を信じればいいとうんだ?


「オイラはもう知らない! これで終わりだ!」


 幾つもの感情が嵐のように吹き荒れる中、大好きなアニメのキャラの真似をするが、自分でもびっくりするほど滑っていた。

 そして、脳裏に浮かぶ大切な両親や兄が傷つき倒れる姿。激烈な焦燥に涙が溢れる。同時に頭がガンガンと割れるように痛くなる。突如、世界から色が消失した。


 ――本当によいのでおじゃるか?


 不意にかけれた声に、顔を向けると、そこには透明の羽を生やした文官束帯姿の女性が佇んでいた。


「だ、誰だ!?」


 ――オイラ? オイラはヌシで、ヌシは、オイラよ。それより、いいのでおじゃる? ヌシが動かなければ、この戦争、悪魔側の勝利で終わる。ヌシは全てを失うぇ?


「そ、そんなのわ、わかってるんだぞ!」


 ――いんや、まったくわかっちゃおらんぇ。ようやく、あの男に会えたこの奇跡、ヌシは棒に振る気かぇ?


「あの男? 意味不明なんだぞ?」


 ――追々嫌でも思い出すでおじゃるよ。だが、誓ってもいい。このまま以前のように逃げ出せば、ヌシは死ぬほど後悔するでおじゃる。


「でも、でも、オイラはカメラの過去の映像を取得するしかできないんだぞ! カメラのない場所では、奴らの企みを証明とする術がないぞ! 奴らがカメラのない場所で会話したら――」


 超常事件対策局に送った動画や画像も、カメラに映ったものであり、あくまで奴らの企みを補完する程度のものにすぎない。個人ではやはり、その程度が限界なんだ。


 ――それは本質ではない。そもそもの問題はヌシがやるかやらぬかよ。


「そ、そんなの……」


 カメラのない場所での犯行の証明など、したいと思って可能ならば世話はない。もし、そんなことが可能ならば、もはや電子の神の領域だ。


 ――やれやれ、このオイラは随分臆病で、しかも己に自信がないと見える。


「う、煩いんだぞ!!」


 ――もう一度だけ繰り返すぇ。オイラ達にとってその程度のことは本来障害にすらならぬ。ヌシがやるかやらぬか。それだけじゃ。


「煩い! 煩い! 煩ぁぁーーい!!」


 必死に喉を張り上げる。


 ――駄々っ子のように喚きおってからに。これ以上、ヌシを諭そうと無駄なようでおじゃるな。


 周囲の景色が歪み――。


 担任の女教師を取り囲む多数のクラスメイトたち。全員の顔は激烈な怒りで歪んでいた。

 親友だった学級委員長の少女が、


『やっぱり、園寿ちゃんがやったというのは嘘だったんですね?』


 一度も目にしたことがない荒ぶった声色で激高した。


『う、嘘じゃないわ。彼女が私のスマホにあの盗撮用のアプリを入れたのは本当よ』

『先生よぉ、あんたの彼氏を問い詰めて既に裏はとれてる。あのアプリの件で旨い話があるともちかけたら、全部ゲロッてくれたぜ。あんたあの糞野郎に指示されて、真城を騙してアプリを作らせ、有料サイトにアップしたんだろ? そしてそれがバレたんで、発覚を恐れたあんたは真城に全ての罪をなすりつけたんだ!』


 金髪の不良の男子生徒が、ボイスレコーダーのスイッチを入れると、男の声が教室中に響き渡る。


『彼女は僕の発作を心配して協力したそうじゃないか。それを馬鹿にまでして!!』


 発作持ちの男子生徒が立ち上がり、涙目で声を張り上げた。


『このレコーダーを警察に届け出ます』

 

 無表情で委員長が宣言するが、担任の女教師は小馬鹿にしたかのように鼻で笑うと、


『そんなことしたら、君たちもただじゃすまない。君たちが真城さんに何をしたか忘れたの? 彼女、自殺も図っているのよ? 今更真犯人は別の人でしたぁ、ごめんね、なんて世間が認めると思う? 世間に知られれば、大バッシングの嵐よ! モンスター教室とかいう題名で連日連夜報道されるわ』


 歌うように言い放つ。


『あ、あんたが先導したんだろうがっ!!』

 

 不良の男子生徒が右拳を震わせるが、委員長に右手で制される。皆耐え難い怒りと悔しさを滲ませていた。


『承知の上です』

『へ?』

『私達はこの件を全て世間に公表します。いいよね、みんな?』


 躊躇いがちにも全員が委員長に頷く。


『ちょ、ちょっと待ってよ。彼女はもう退学してるし、わかってるの? 進学の推薦が決まっていた子は取り消しだろうし、君らの将来、メタメタになるのよ!』

『それでも、このままうやむやにすれば、私達は二度と本気で笑えないと思う。園寿ちゃんに謝らなきゃ!』


 そこで風景は教室から、警察署一回ロビーに切り替わる。


『ごめんね。でもできないわ』


 年配の婦警が、クラスメイトたちにすまなそうにそう謝ってくる。


『なぜです!? 私達謝りたいんです!』

『もう娘をそっとしておいて欲しい。それが先方の親御さんからのたっての願いなの』

『でも真実を話せば――』

『もちろん、話したわ。そもそも、先方も娘さんが盗撮動画を売却していたとは端から思っていなかったみたいで、そんなことは端からわかっていると、受け入れてはもらえなかった。

ほら、あの事件でマスコミ関係者のかなり悪質な付きまといにあったらしいし、それが大きいんじゃないかしら』

『わかりました。じゃあ、この手紙だけでも渡してください!』

『わかったわ。一応、先方に話してみるね』


 婦警は委員長から手紙を受け取ると風景は元に戻る。

そういえば、数年前、母が手紙を置いて行ったことがあった。もちろん、今まで、触りすらしなかったが――。

 弾かれたかのように部屋を飛び出すと、居間へ向かう。

 居間でテレビを見ていた母と兄が、惚けたような顔で園寿を見つめていた。


「ケ、ケ、ケーちゃんからの手紙は!?」


 ケーちゃんとは当時親友だった学級委員長。


「手紙?」


 母は暫し、そう反芻していたが、すぐに弾かれたようにタンスの引き出しを開けて手紙の束を持ってくる。

 母からひったくるように受け取ると、勢いよくそれらの封を切り、目を通す。


 ……

 …………

 ………………


「ふふ、バカみたいだぞ……」


 震える手で握る手紙にポタリと涙が落ちた。

 ほんと、滑稽なほどバカみたいだ。園寿はあの担任にあのアプリを渡してしまい、あの事件の引き金を引いた。あの画像のせいでみんなの下着姿がネットにアップされたんだ。むしろ、怒って当たり前だろう。なのに全員、それについての恨み言など一言もない。ただ、信じてやれなかったことへの強い謝罪と温かな労りの言葉だけが溢れている。

 独り相撲で勝手に他人に失望して、怨み、憎んで自分の殻に閉じこもってしまった。

 再度世界から色が消える。


 ――どうでおじゃる? この期に及んでもまだ殻に閉じこもるつもりかぇ? そなたが動かなければ、大好きな母上殿や兄上殿のみならず、その娘たちも死ぬことになる。それでもよいのかの?


「そんなの答えるまでもないっ!!」


 再度、自室へと駆け上がる。全身は焼け付くように熱く、心臓は痛いくらいに自己主張している。その反面、頭は恐ろしいほど冷えていく。

 

『真城園寿の種族――【光の妖精】が種族覚醒条件を満たしました。真城園寿の系統樹がノーマルからレアへと移行いたします。強制進化を開始し致します』

 

 そんな無機質な女の声を子守唄に、園寿はPCに向かい合い、到底不可能な作業に没頭していく。

     

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る