第7話 駐屯基地での一幕

 藤村秋人再逮捕のニュースは、全国を瞬く間に駆け巡った。

 マスメディアはどの局もこの警察の決断を英断としてもてはやしていたし、世間一般も概ね似たようなものだ。

 しかし、それが日本全国同様かというとまたそれは話の別。


 ――自衛隊練間区駐屯地。


「我ら自衛隊まであんな恥知らずな議員の法螺話を信じるつもりですか!? いわば、自分たち全員が彼の正当性の証人なんですよ!」


 赤峰奈美あかみねなみ三等陸尉はテーブルに両手の掌を叩きつけた。

 奈美だけではない。陸上自衛隊一等陸尉――宗像正雄むなかたまさおを始め、クラシックホールビルで囚われていた自衛官が上官たる練馬区駐屯地基地隊司令に対し、意見具申をすべく集まっていたのだ。


「わかってる、わかってる。本官も彼の戦闘はこの目で直に見た。現場の指揮官で、彼の強さに疑いを持っているものなどいやしないだろうさ」

「だったらなぜ、黙っているんです!?」

「黙っちゃいない。何度も本部に上申している。だが、肝心要の防衛省の背広組みが全く聞く耳を持たんのだ。そんな人間、いるわけがない。画像を提出しても門前払いで確認すらしてもらえない。頑なで取り付く島もない」

「流石にそれっておかしくないですか? 我ら現場の情報を一切無視するなど前代未聞の事態でしょう?」


 自衛隊では仕事柄一般の行政機関と違い、現場の情報が最も重要視される。作戦における決定で現場と文官が衝突することはあっても、現場の情報が無視されることはまずあり得ない。あるとすれば、その情報が政府にとって相当マズいものであるときだけだ。


「おかしいさ。おかしくないはずがない。絶望的な状況の中、彼の手によりたった3日で分京区と豊嶋区が完全解放され、仲野区の攻略もあと一息。残り5日もあったんだぞ! このペースならば、期限内での残り三区の解放も十分可能。我らはそう考えていたんだ! それを机上の上でしか語れない頭でっかちの坊ちゃん嬢ちゃん共が無茶苦茶にしやがってッ!!」


 奥歯をかみ砕かんごとく強く嚙みしめて両拳をテーブルに押しつける。

 普段、昼行燈な司令の増悪に塗れた顔を視界に入れて、全員が頬を引き攣らせた。


「司令、お、落ち着いて!」


 宗像がなんとか宥めようとするが!!、


「これを落ち着けだと!!? あれほどの戦力だぞ! この戦争後、世界各国から熱烈なアプローチがあるのは明らかなんだ。獲得すれば、この変貌した世界で我が国は頭一つ抜けることになる。上手い具合に彼と我らとの間には都民を救助するという共同の使命と絆があった。その信頼関係をどこぞの卑怯者が溝に捨てやがったんだっ!!」

 

 怒鳴りつけられる。

 だが、同時に宗像は司令のこの発言にほっと胸をなでおろしていた。なぜなら――。


「司令もあのホッピーが子供の悪魔を撃ち殺している画像、おかしいとお考えなのですね?」

「知らいでか! あの銃はわが隊の特殊拳銃だっ! 何よりあのホッピーが今更銃など使う意義などない。つまり、よりにもよって我ら自衛隊の中に悪魔どもに加担したユダがいるってことだ」


 司令たち上層部もその結論に到達していたか。


「ならば?」

「ああ、超常事件対策局の真城元幕僚長とも協力し裏切り者どもの割り出しを始めている! ここまで我ら自衛隊に唾を吐いてくれたんだ。いくら積まれたか知らんが、この日本が沈没するかもしれぬ状況でのこの最悪ともいえる愚行、高くつくぞぉ!!」


 まさに悪鬼のごとき暗い笑みを浮かべる司令が怨嗟の声をあげる。初めて見る狂気に満ち満ちた司令に全員ドン引きしながらも、一礼するとそそくさと退出する。

 

 休憩所で紙コップにセルフサービスの珈琲を注いで、部屋の片隅に置かれた円形のテーブルの各席に座る。皆の顔には自分たちの組織のトップまでもが腐っていないことへの安堵があった。


「結局、完全に我らの杞憂だったな」


 宗像が口火を切ると、


「最後は今回の件で、ホッピーのスカウトに支障をきたしたことからの愚痴でしたけどね」


 さもおかしそうに隊員の一人が肩を竦める。


「でも、司令の言う通り、この戦争後、ホッピーが自衛隊に加われば圧倒的優位にたつんじゃ?」

「だよな。あれってきっと核兵器よりたちが悪い。不沈空母のごとく、止めようがねぇからな」


 ホッピーの戦闘を思い出してでもいるんだろう。坊主の隊員がウンザリ顔で相槌を打つ。


「でも、なぜ彼、素直に逮捕されたんだと思います? この緊迫した状況下で素直に従うような可愛げがある性格には見えませんでしたが?」

「可愛げがないって……お前、結構ホッピーに対し辛辣なのな?」


 隊員の一人に突っ込まれ、


「だって私、めんどくさい頑固女って言われましたし。初対面の相手にですよ! あり得なくないですか?」


 赤嶺は不機嫌そうに言い放つ。


「めんどくさいってのも、頑固女ってのも、俺は全面的に賛同するがね」


 隊員の一人が茶化すように口にするも赤嶺に無言で睨まれ、慌てて目線を反らす。


「彼が素直に逮捕された理由か。この戦争における人類の完全勝利条件が期限付きだということは外ならぬ彼が一番よく知っているはず。確かに、違和感しかないな」


 脱線しかかった話題を宗像は強引に元のレールに戻す。


「私達で少し調べてみましょうか? こんな時のために私、有給結構残してるんです!」

「有給取得って、お前絶対、少しのつもりねぇだろ?」

「はい。もしやるなら、徹底的に調べるつもりですけど?」


 どうせ、止めても赤嶺ならやりかねないな。ならば――。


「わかった。だが、自衛隊の調査部と連携が取れないのは困る。司令に話を通しておく。それまで待て」

「流石、宗像一尉! どこのだれかさんと違って頼りになります」

「てめえ、それ、誰のことだッ!?」


 口論を始める赤嶺達を尻目に、宗像は席を立ちあがる。


「いいか。これは日本、いや、人類の滅亡さえも決する戦争だ。是が非でも勝たねばならなん。だから勝手な行動は慎めよ」


 強く告げると、宗像は司令室へ向かうのだった。


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