第14話 見知らぬ追憶と覚醒 銀二
ひた走る銀二の眼から涙が流れていた。
世界の変貌を決定づけたあの種族の選定まで、銀二はずっと退屈していた。毎日似たような繰り返し、それに吐き気がするほど嫌気がさしていたのだ。
だが、人間って奴はどうしょうもなく救えない。家族同然の仲間たちとの日常の中にいた幸せの青い鳥は、あっさり銀二の両手からすり抜けて飛び去ってしまう。そして、失って初めて気付くのだ。あいつらと笑ってバカやっていた頃の退屈な日常が銀二にとってどれほど愛おしく掛け替えのないものだったのかを。
銀二は退屈を紛らわせるなんていうくだらない娯楽のために、家族に等しいあいつらをこんな地獄の様な場所に追いやってしまった。自ら幸せを手放してしまったのだ。
(くそ! くそ! くそ! くそ! くそぉぉ!!)
後悔と自責の念に、普段なら楽々制御できる感情がまったくコントロールできず、止め処なくみっともなく流れる涙を右の袖で拭い、走り続ける。そして、銀二は到達してしまう。その悪夢と絶望の園へ。
銀二たちが身を隠していた瓦礫に八割が塞がれた道を通り、デパートの地下に足を運ぶ。
その強烈な鉄分が嗅覚を刺激し、中央に椅子に括り付けられている二人の男を視界に入れて、何もかもが遅すぎたことを銀二はこの時、はっきり理解していた。
「ダン!」
兄弟同然に育ったダンに向けて駆け寄ろうとするが、直ぐに頭の天辺からつま先まで黄色一色のコスチュームに覆われた男に押さえつけられる。
椅子に縛りけられている幼馴染のダンとあの
そしてその周囲の十数人のほとんど裸同然の黄色のスケスケのコスチュームに黄色のマスクを身に着けた女たちが、孔雀の羽のごとく羽根つきセンスを黄色ヘルメットに向けて揺らしていた。
「バアル戦隊Rレンジャー、拷問担当ぉ――バアルイエロー・キラ!」
突如、やけにホップなミュージックが鳴り響くと、曲に合わせて踊り出す。そして周囲の女たちは羽根つきセンスを胸に当ててコーラスを謳い出した。
「ごーもん、ごーもん♪ 他人の苦痛は蜜の味ぃ♬ 他人の絶叫にエクスタシー!!
ごーもん、ごーもん♪ 他人の人生を強奪しぃ♬ 他人の平穏を凌辱しぃ♩ 他人の愛を踏みにじる。
ちっぽけな命の灯消えるとき、
ごーもん、ごーもん♪ それは至上の芸術!
ごーもん、ごーもん♪ それは美の結晶!
この世で最も愛と美に溢れた究極の宝もの――それこそ――ごーもん!!」
右足を上げてセクシーポーズをとり、羽根つきセンスを開く。
(くされ外道どもがっ!!)
拷問が芸術? 美の結晶? んなわけあってたまるか! 拷問なんてものは汚く、愚劣で、最低な卑怯者のやることだ! そんなくだらない狂った趣向のせいで栄吉はあんな目にあったってのか? 幼馴染のダンは今も椅子に縛られ串刺しになっているってのか? 許せねぇし、絶対に許したくねぇ!
その理不尽極まりない事実に、猛毒のような殺気立った心をどうにか押さえつけ、
「おい、ダン! しっかりしろ!」
喉が潰れん限りの声で叫ぶ。
「銀……ちゃん?」
ダンの口から僅かに聞こえる声。生きている。その事実に、心の奥にぽかっと僅かな火がともる。
「すごーいでしょうぉ。これでも生きてるのよぉ」
「ダンを離せっ!」
「うーん、いけないなぁ。人にものを頼むときはどうするんだったかなぁ?」
前屈みになるとキラはヘルメットから唯一除く口端を大きく上げて、甘い声で問いかけてくる。
「離してくれ……ださい! 頼みます!」
必死だった。これ以上家族を失いたくない。その一心から銀二は額を床に擦り付け、めったに使ったこともない敬語を口にする。
「うーーん! いいわぁ。普段、狂暴そうで獰猛そうな犬がみっともなく
恍惚の顔で身体を抱きしめる仕草で、腰をくねらせる。
「じゃあ、じゃあ、次私の指示に従ったら、本当に貴方達二人は助けてあげるわよぉ」
「わか……りました」
拷問を受けたって、どんな恥辱を受けたっていい。絶対にダンだけは助けてやる。
「そう。それは楽しみねぇ」
周囲の露出度の高いコスチュームを着た女の一人に目配せをする。指示を受けた女は背後の袋から取り出すと、真っ赤な布に包まれた複数のボール状のものを銀二の前におく。
「それらを食べなさい。そうすれば、二人とも私達の仲間として認めてあげるぅ」
紅の染まった布をとる。
そこにあったのは――。
「うぁ……」
【羅生門】の仲間たちの頭部だった。
「あーらぁー、どうしてって顔ねぇ? 逃げ遅れた子たちを拷問して君たちの名前を聞き出したのよぉ。その三人は私のお気に入りぃ。三人ともしゃぶりつきたくなるほど綺麗な顔をしてるでしょうぉ? 私的にアートを――」
途中から声が耳に入ってこない。ただ、体の中心から燃えるようなどす黒いものがウゾウゾと蠢いているのを明確に自覚していた。
「グギッ! ガァァァァッ!」
口から出る獣のような咆哮。視界が血のよう赤く染まり、次第にドクンドクンと心臓が強く波打ち始める。
(熱い……)
身体の中心から生じた熱。それらは銀二の全身を隅々までめぐっていく。
それはきっと無意識だ。背後から銀二を抑えている黄色のコスチュームの頭部を右手で掴むと捩じり上げる。ゴキンッと骨が拉げる音。絶命し脱力した黄色コスチュームの男を脇に放り投げて、立ち上がり、右手で胸を押さえる。
今や熱はその喉をかきむしりたくなるほど強烈なものとなっている。
(熱い! 熱い! 熱い! 熱い!)
熱にうなされるかのように突如、景色から色が消える。
――よお、やっと起きたか。
振り向くと、眼前には和製の鎧姿の一匹の長身の鬼が佇んでいた。
(お前は?)
――うーん、俺はお前。お前は俺さ。それにしてもいつも、お前はギリギリだよな。
でもまあ、ようやくあいつに会えたようだし、よかったぜ。
(あいつ?)
――いずれわかる。
その声を最後に、景色は元に戻り、
『
無機質な女の声が頭の中を反芻する。
「あらぁー、逆らうのかしらぁ」
キラがパチンと指を鳴らすと、一斉に囲まれる。
「グアアアーーァッ!」
自分の声とは思えぬ獣のごとき唸り声。そしてそのどす黒い衝動に全てを委ね、銀二は動き出す。
銀二の紅爪を数回振っただけで黄色コスチュームの悪魔どもが輪切りとなる。露出度の高い女悪魔共に拳や上段、中段蹴りを食らわせると頭部が爆砕し、全身がグシャリと拉げる。
数秒の僅かな間で、キラ以外の化物はモノを言わぬ肉塊となっていた。
「グアァァッ」
「いやだ、いやだ、怒りに任せての陳腐な覚醒なんて、どんな三流小説よ」
右足を地面に叩きつけ、小馬鹿にしたように左右に首を振るキラの頸部に渾身の右拳を叩きつける。
ゴキッとキラの首が明後日の方へ向く。
「やったっ!!」
部屋の奥で震えていた避難都民たちから歓声が上がるも、
「ざーんねんでしたぁ。それじゃ、私は殺せましぇーーーん」
曲がったクビのままケタケタ笑い声を上げて、銀二の頸部を掴む。
同時に奴の肉体がボコボコと波打ち始めた。
「教えてあげーる。真の覚醒とはこういうのをいうのよぉーー」
黄色のコスチュームは肌と同化し、ヘルメットは縮小変形していきいくつもの蛇を頭部から生やした怪物が急速で出来上がっていく。
「そしてぇー、これで元通り」
空手の左で指を鳴らすと、ついさっき銀二が倒したはずの怪物たちの傷が高速で修復し、頭部が蛇となった状態で全快してしまう。
「そ……んな……」
絶望の声を上げ、泣き出す避難都民たちに、キラはさも嬉しそうに、右手を振り上げると、
「我はメドゥーサ! この地の支配を委ねられたバアル五少将の第5
勝ち誇ったように声高らかに宣言する。そして椅子に縛られたダンと来栖を見下ろし、次いで震える避難都民へと視線を移す。
「心配いらないわぁ。今からこの二匹のようにたっぷり拷問して生死の狭間にある貴方達のキラッキラッの欠片を取り出してあげるぅ。そうよぉ、貴方達には私達を感動させる義務と責任があるのだからぁ。今からたっぷりこの私が拷問の粋を――」
顔を恍惚に染めて、メドゥーサは得々と口上をたれる。丁度そのとき、その背後で右拳を振り上げている狐面の男が視界に入った。
「拷問、拷問、うっせぇわ!!」
狐面の男は、そう激高しつつも右拳を振り下ろす。
――グシャッ!!
まさに、巨大なプレス機でスチール缶を押しつぶす。その表現が正しかろう。
メドゥーサを含めた部屋全ての悪魔共はグッシャグシャに押しつぶされ、物を言わぬ肉塊となり、銀二は床へと投げ出される。
「芸風がワンパターン過ぎて捻りがねぇんだよ。吉元の芸人の爪の垢でも飲みやがれ!」
さも不快そうに呟く狐面の男の姿を最後に、銀二の意識は消失した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます