第15話 俺は俺の全てを込めてお前を殴る


 雪乃とともに移動隠密系のアビリティを発動した上で、デパートの地下に入ると銀二が床に押さえつけられているところだった。

 バアルイエロー・キラを含め、室内の全員、俺達に気が付く気配すらないので拷問を受けていたと思しき二人に近づき、千里眼で解析する。

 二人ともかろうじて生きており、【チュウチュウドレイン】により二人の体内から異物をすべて取り払ったうえで、回復系のアビリティを発動し全快させた。

 二人の治癒を確認した後、雪乃が友人二人の元へ駆けていく。阿良々木電子の社内で俺を現行犯逮捕した女の様な顔をした黒髪の男は、直ぐに意識を取り戻したようだったから、雪乃の存在には気付いていたと思う。何せ俺の今の移動隠密系の能力は俺以外に発動する場合は、俺から一定範囲内にいなければならないという制限があるようだしな。

 そんなこんなで、しばらく銀二とイエロー・キラ―のやり取りを観察していた。

 あのクソ女は高校生程度の餓鬼の生首を銀二の前に置く。煮えたぎったような熱い感情が沸き上がり、あれを殺そうとしたとき、銀二の様子が激変する。

 天の声により『系統樹がノーマルからレアになった』との通告後、銀二の肌と瞳が赤く染まり、あの部屋内のイエロー・キラの部下を瞬殺し、キラの首を叩き折る。しかし、逆に今度はイエロー・キラが蛇女となって本性を見せて、銀二を圧倒。

 得々と勝利宣言している奴の脳天に今まで貯まるに貯まったうっぷんを載せて拳骨をその頭頂部に叩き落としたのだ。

  たった一撃で奴の蛇頭の部下はもちろん、イエロー・キラは俺の殴打で円盤状の肉塊となってしまう。

 勘助のおっさんの仇ってことで俺自身が想像していた以上に、力が入ってしまったのかもしれないが、まさか一撃圧殺とはな。

 頭から蛇を生やしたキラはステータス的には今の俺とほぼ同等だったんだが、もはや肉塊だ。俺が想像しているよりも、このジェノサイドバンパイアの種族特性はヤバ過ぎるのかもしれん。

 それにしても、仮にもあのバアルが俺に披露していた悪魔だ。俺のこの激情を何度も受け止められる程度の力はあると期待していたんだが、使い物にもならん雑魚とはがっかりだ。


『あれはバアル五少将第五ちゅう――メドゥーサじゃぞ? 悪魔種の中でも相当の手練れじゃ。その奴を一撃殴殺じゃと? 一体、お前はなんなんじゃ!!?』


 俺の右肩で血相を変えて俺の方が知りたい疑問につき唾を飛ばしながらも叫ぶ馬鹿猫。


「んなこと聞かれてもな。多分、俺の種族特性が原因だろ」


 クロノは器用に腕組みをして考え込んでいたが、


『前々から聞こうとは思っておったんじゃが、お主の種族はなんじゃ?』


 今更極まりない事項を尋ねてきた。

 というか、お前、俺のアイテムボックスは自由に扱えるのに鑑定はできないのかよ。なんか、クロノの奴、運営側から中途半端に制限されてるよな。


「最初は人だったが、種族の選択で途中からバンパイアになったな」

『その非常識な回復能力に、太陽の光で燃えるんじゃ。バンパイアなのはみればわかる! 妾が尋ねているのは、今の現象を引き起こした理由じゃ!』


 まあ、こいつに隠す意義もないか。


「俺の今の種族、ジェノサイドバンパイアの種族特性だな」

『はあ? そんな種族聞いたこともないぞ?』

「だろうな。俺もビックリだ」


 俺が誤魔化していると判断したのか、クロノの奴が肉球で俺の顔を叩きながら拗ね始めた。面倒なやつ。

 

「う、後ろっ!!」


 友人の元へ駆け寄っていた雪乃が俺の背後に指をさし、声を張り上げる。


「ん? あれまぁ」


 存外、俺の望んだ通りの展開になっていた。

 肉が急速に盛り上がり既に奴の頸部付近まで修復が完了している。忽ち、メドゥーサの傷は全快してしまった。


「許さん……」

「ん?」

「許さんぞぉ!! 下等生物の人間ごときがこの私を――」

「五月蠅い」


 俺は再度、右拳を振り下ろす。

 

 ――ボグンッ!!


 再度出来上がるプレスされた肉円柱。

 学習しねぇやつだな。唸っている暇あるなら、スキルの一つでも使って見せろっての。


『とても、信じられん……』


 クロノがボソリを呟くのを尻目に暫し待っているとようやく復活する。


「貴様、何をし――」

「だから五月蠅いっての」


 再び俺の右拳が振り下ろされ、形成された肉塊に、


「口を開く暇があるなら、攻撃の一つでも繰り出して見せろ」

 

 俺は諭すようにアドバイスをした。とまあ、聞こえてるかは知らんけど。



 何度も復活するとなるとどうにもこの時間がもったいなく感じるよな。ようやくの復活だ。


「死ねぇ!!」


 両眼が赤く怪しく光る。今何かしてきたんだろうが、現在、俺には全属性全状態異常耐性のアビリティがある。あくまで耐性で効きにくいに過ぎないから、一定以上の魔力を有するものには効果などないが、俺の耐魔力は奴の魔力を圧倒している。効果などあるはずもない。


「なっ!? なぜ私の石化の能力がっ! 魂さえも石に変える――」

「だから口じゃなく手を動かせって」


 うんちくを垂れ流している奴に俺の鉄拳制裁が飛び、頭から潰れ形成される円盤肉塊。

 ザワザワと騒がしくなる室内。その困惑しきった表情からも、この状況につきどうリアクションをとっていいのか悩んでもいるのかもな。


「くそっ!」


 今度は動けるようになり次第、背後にバックステップしようとするが、


「逃げんなよ」


 やはり、俺の右拳が叩き落とされ肉塊プレスが出来上がる。



 もう既に数十回同じ行為を繰り返している。最初の数回は俺に攻撃を仕掛けてきたが、全てまったく効果がないとわかると、逃亡を図る。しかし、それも失敗。そのうち、命乞いのようなものを始めたが、むろんそんなものを聞く俺ではない。構わず続行する。

 

「今からの質問に答えろ」

「ひぃ!!」


 既に戦意など微塵もないのか、涙と鼻水で濡らして悲鳴を上げつつも頭を抱えて蹲る。


「イライラするな。お前、そんな命乞いをしてきた無力な奴らに何をしてきたかわかってんのか?」


 わかっている。これでは俺も奴らと同じ穴のムジナだということくらい。でも、どうしてもこいつにだけは怒りが抑えられない。


「ゆ、許し――」


 俺が人差し指を下ろす。それだけで奴の顎が弾け飛ぶ。


「問われたことのみ答えろ? 正直にな。俺は嘘を見抜く力を持っている。偽りを言えばわかるぞ。いいな?」


 むろん、そんな気の利いたスキルやアビリティなど持っちゃいないが、今のこいつには真実に等しかろう。

 泣きながら何度も頷く奴に、


「なぜお前たちは他者の痛みをわからない?」

「いた……み?」

「今、お前が怯えているようにお前に殺された者達はもっと痛く、つらく、苦しかったはずだ。己の痛みにはそれほど敏感なのに、なぜ、他者を踏みにじることができる?」

「それは人間が――」

「お前の身体の持ち主もほぼお前と同様の感性をしている。だから、他種族だから踏みにじるということでは説明がつかない。答えろ」


 頬を引き攣らせながらも、何度も俺の顔色を伺っていたが、抵抗が無駄と知ったのか、


「楽しいから」


 観念したかのように素直に返答し始めた。


「楽しい? 他者の苦痛がか?」

「ええ、私の手によりそいつの人生、精神、肉体の全てが無茶苦茶になる。それが楽しくて気持ちがよいからよ」

「お前、それ本気で言ってんのか?」

「当たり前よ! どうしていけないの!? お前も強者ならわかるでしょ!? 私達とこいつらは違う! こいつらは強者に寄生することでしか生存できないゴミムシ共。こいつらの存在価値なんて、私達強者を楽しませるくらいしかない。むしろ、私達が上手く口減らしをしてあげなきゃ、際限なく増えて世界を汚濁する。私達にはこいつらを上手く管理する必要があるのよ!」


 今はっきり理解した。救えない。どうしょうもないくらい救えない。こんなくだらない奴のくだらない欲望のために、坪井や勘助のおやっさんは殺されたのか。


「毎日のように失敗して、怒鳴られてへこんでよ、いつも会社を辞めようと思ってたんだ。そんなとき決まって糞不味いコーヒーを出してくれて話を黙って聞いてくれた。疲れてんのに、つまんねぇ話を何時間もだぞ? ありえねぇだろ?」

「はあ? それってどういう意味?」


キラは眉を顰めて俺の言葉の意図を問いかける。


「話し終えたら全部すっきりしちまって、もう少し頑張るかって気になるのさ。いつも、それの繰り返しだった。それでこの年になるまで何とかやってこれたんだ。オヤジってのは本来、こんなウザイくらいお節介な奴なんだろうなって……そうずっと思ってた」


 俺は両拳を固く握り締める。強く、強く、強く。爪が両手に食い込み、僅かな痛みが脳髄を刺激する。


「そんなことより、貴方は私と同じよ。絶対的強者らしく、そんなゴミムシ共を捨てて私達悪魔につきなさい!」

「そうさ。お前の言う通りだ。俺もお前と同じ。俺のこの強烈な欲求を満たすために、この拳を振るうんだ」


 ずっとくすぶっていた感情の導火線に火が付き、全身に伝っていく。


「なら、すぐにでもこいつらゴミムシを殺し、共にバアル様のもとへに行きましょう。一度断ったとはいえ、貴方の力を示せば、あの御方もきっと快く受けれてくだされるわぁ!」


 頓珍漢な台詞を口にする奴に、俺は構えをとって右肘を大きく引き絞る。そして――。


「きっとお前を殴ればすっきりする。だから、俺は俺の全てを込めてお前を殴るっ!」

「ひへ?」


 間の抜けた奴の声を契機に、俺は奴に向けて暴虐の感情を解き放った。



  


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