第12話 ヒーローとして足らなかったもの 明石雪乃


 スマホを中心とする電子機器等の通信手段は、悪魔どもが周囲に放った術により狂わされ、外部と連絡が一切取れなくなる。それから、丸2日、ずっと身を寄せて隠れているんだ。全員、もうすでに限界。皆憔悴しきっている。


「私達は、行くよ。行って助けを呼んでくる!」


 明石雪乃あかしゆきのは、日本刀を抱きしめたまま柱にもたれ掛かっている黒髪の女性のように美しい青年に宣言する。

 

「許可できないな。この俺がこのざまだしね。今の君らじゃあ犬死だ」


 服の上からでもわかるほど血が滲んでいるのだ。この人もとっくの昔に限界を超えてしまっている。そしてそれは他の人達も同じ。


「このままではどうせ死ぬよぉ! だったら賭けてみたいの!」

「ダメだ! それだけはダメだッ! ここの外を徘徊しているのは絶望王配下の悪魔ども。現段階で遭遇すれば君らでも間違いなく死亡する」

「で、でも――」

「君ら二人は、相楽十朱さがらとあけ同様、僅かに残された人類の最後の希望なんだ。そんな一か八かのような作戦で失わせるわけにはいかない! 俺には君ら二人を五体満足で右近のもとまで届ける義務がある。そうでなければ、死んでいった俺の同胞たちも君らの仲間もあまりに哀れすぎるだろ?」


 奥歯を食いしばり、黒髪の男性――来栖左門くるすさもんさんが悔恨の言葉を絞り出す。


「俺はいくぜ」


 廃墟と化した柱にもたれ掛かって雪乃たち二人の会話を黙って聞いていたニット帽を被った男性――銀二君が初めて口を開いた。


「待ってくれ! それは――」

「こいつはあと一日もたねぇよ。俺は家族を見捨てねぇ。もう二度とだッ!!」


 銀二君が、親指を今も床に仰向けに横たわっている熊のようなガタイの男性に向けるとそう静かに口にする。

 その顔に一瞬かすめた狂った獣の形相。それは助けられず置き去りしてしまった最後の光景故だろうか。

 

「……どうしてもか?」

「ああ、もう決めたことだ。嫌なら力づくで止めて見せろ」

「くくっ! それができないことは君が一番わかっているだろうに」


 そう自嘲気味に呟くと、自身の日本刀を銀二君に投げると、


「繰り返しになるが、君らは我ら人類の希望なんだ。絶対に死ぬな」


 噛みしめるように口にした。


「……」


 無言で頷く銀二君に雪乃も続こうとすると、


「雪乃! 救助がくるまで、ここにいようよ!」

「もう誰もいなくなっちゃ嫌だッ!」


 ぽろぽろと涙を流し、親友の二人が雪乃を引き留める。

 あの事件で父を失い意気消沈している雪乃を励ますべく、彼女たちを含んだ7人で豊嶋区にあるアイドルのコンサートへと来ていたとき、今回の悪魔による襲撃が起こる。雪乃たちは必死に逃げたが、結局、雪乃たちの中で生き残ったのは三人のみ。他はあの悪魔どもに殺されてしまった。

 だからこそ、彼女たちの気持ちは痛いほどわかる。多分、もう誰も失いたくないんだ。

でも、このままではジリ貧、死を待つだけ。動ける今が最後のチャンスだと思う。

それに、雪乃にはそれができる力があるのだから。


「大丈夫、その十朱という人ならきっと私達を助け出してくれる。必ず連れて戻るから!」

 

 遂に泣き出す二人の背中を軽く叩き、雪乃は銀二君の後を追い走り出す。



 狭い瓦礫の隙間を出て周囲を確認する。

 見る影もなく破壊尽くされ廃墟と化した街並み、逃げ遅れた焼死体に、壁に磔になった警察官たち。そこにはあらん限りの地獄があった。


「くっ!」


 酸っぱいものがこみ上げてき口を押えて堪えていると、


「走るぞ。変身しておけ」


 銀二君は既に角と牙を有する鬼に似た外見に変貌していた。


「うん!」


 雪乃も頷くと種族特性である白虎へと形態変化フォームチェンジをし、走りだす。

 

 奇妙なことにあれだけいた悪魔たちの姿は全くと言っていいほど見当たらない。それは本来ならとても喜ぶべきことなのに、このとき雪乃は底なしの沼に少しずつ沈んでいくかのごとき強烈な不安を覚えていたのだ。


「へ、変じゃない、銀二君!?」

「無駄口を塞げ、今は救助を呼ぶのが最優先――」


 話が終わる前に突然銀二君は立ち止まり、瓦礫の陰に隠れる。雪乃もそれに習い、顔だけ出して確認を開始する。

 そこにあったのは複数の木製の台。まるで美術品でも展示されているかのごとき、一見豪奢なその台の上に静置されているものを脳がはっきりと認識し、


「やだ……やだぁ……」


 口から漏れる悲鳴。胸が締め付けられるようなどうしょうもない圧迫感に、呼吸が上手くできず蹲る。そして口を開こうとうするが、言葉の変わりに出たのは嗚咽おえつだった。


「まだ、息がある奴がいる。助けるぞ!」

「う、うん!」


 つーんとする鼻、そして未だに酸っぱい胃酸の味。不快感は相当なものだったが、それをなんとか押さえつけ、立ち上がる。


(止まって! 止まって! 止まってよぉ!!)


 膝を叩き、今も断続的に生じている嘔吐感を無理矢理押さえつけ、銀二君に遅れないについていく。


 耳、鼻、両腕両脚をバラバラにして縫い付けられた死体がその台座には花や装飾品で飾り付けられ静置していた。そして、老若男女、そこには幼い子供ものまである。


(まともじゃない! こんなの絶対にまともじゃない!)


 尊厳を踏みにじり、生命の価値に唾を吐きかける。まるで芸術品とでも言いたげな冒涜の光景に、とびっきりの嫌悪感が生じ、吐しゃ物を地面にぶちまけていた。


「おい! 栄吉! しっかりしろ!」


 銀二君がかろうじて息のある青年の両肩を掴み、大きく揺らす。彼は雪乃も知っている。雪乃と同じ学校の同級生であり、この銀二君のチーム――『羅生門』へ所属していた少年――栄吉君だ。

 彼は唯一縫い付けられていない口を動かし、


「銀……さん?」


 今にも消えそうな掠れた声で問いかける。


「そうだ。銀二だ。大丈夫だ。しっかり気を持て!」

「ご……め……ん……俺……避難場所……話ちゃった……ごめん……ごめん……ごめん」


 泣きながら壊れたラジオのように繰り返し泣きながら叫ぶ栄吉君を抱き締めると、


「いい。いいんだ。お前は全く悪くない。だからもう話すな。傷に障る」


 優しく幼子を宥めるように語り掛ける。


「うん……」


 その背中を軽く叩くと栄吉君は急に静かになるも、


「逃げろぉ!! 逃げろう!! 早くぅ!!」


 狂ったように叫び出し、銀二君を突き飛ばす。

 次の瞬間、栄吉君は粉々に弾け飛ぶ。


「あれれ、失敗ぃ」


 瓦礫の上から見下ろすフード付きの黄色のローブを身に着け、口に『烈』のマスクをしている青年が不服そうに口を尖らせる。


「ざまあ、ざまあ、賭けは僕の勝ちぃ!」


 その青年と離れた瓦礫でやはり、鏡のごとくそっくりな顔の黄色ローブに口に『虐』のマスクを着用した青年が弾むような声を上げる。


「ちぇッ! 拷問中もずっと泣き叫んでた情けない奴なのに、なんで最後の最後で庇うんだよ。あれほど庇えば、永劫の苦しみを受け続けるって脅したのにさ」


 拗ねたように足をバタバタさせる口に『烈』のマスクを着用した青年に、


「レツ、いつも言っているだろぉ。人ってのはね、最後の最後で本性が垣間見えるもんなのさ。勇ましいモノ、臆病なモノ、清廉潔白なモノ、卑怯なモノ、最後の灯が尽きかけるとき、人はそのずっと隠していた本性を曝け出す。それを見届けるのが僕ら拷問、尋問を習わいにしている刑部一族の生きがいのようなものじゃないか!」


諭すように、そして得意げに言い放つ。


「お前らが栄吉をやったのか?」


 銀二君が血のように赤く充血したたっぷりと憎悪の籠った両眼で奴らを射抜きながらも、静かに問いかける。

 

「うん、執行したのは僕――レツと、そこの兄、ギャクだよ。参ったよ。来栖の居場所を聞き出すまで、結構ねばってさぁ、もう少しでお頭の雷が落ちるところだったさぁ」


 瓦礫から地面に落下すると両腕を広げてクルクルと舞を踊る。


「そうか」


 銀二君の姿が消失し、レツの頭上に出現。そして、その鋭い爪がその脳天に振り下ろされる。

 あの姿での銀二君の爪は鉄さえも豆腐のように両断する――はずなのにあっさりその右手首を掴まれてしまう。


「無駄だって、知ってるかな? 今や僕らはあの六道王の一柱、絶望王様の眷属になったんだ。いわば神の使徒さ。君のようなチンケな――」

「ごちゃごちゃうっせぇんだよ! クズが!」


 銀二君がレツの顔面に、


「鬼斬」


 左の鋭い爪を突き立てる。


「ぐがぁっ!!?」

 

 銀二君の左手の爪がレツの右の眼球を切断し、鮮血が冬の路上に花吹雪のように舞い上がる。


「ぎゃぐぎぎっ!」


 痛みからか銀二君の右手首を離し己の右目を抑えるレツの脳天に、紐で腰に括り付けていた日本刀を抜刀し脳天から力任せに振り下ろした。

 

「くえっ!」


 宝刀は胸部付近まで切り裂き、その頭頂部から縦切りに真っ二つに分けている。あれでは絶対に助からない。

 

「へー、すごいねぇ、鬼種とはいっても、君は僕らのように六道王様配下の眷属じゃない。僕らの敵じゃないはずなんだけどさ。その理由はその刀だね?」


 弟のレツが絶命したというのに、眉一つ動かさず冷静に分析しているギャクを目にし、戦慄が体を突き抜け、


「銀二君、何か変よぉ! 気を付けて!」

「わかって――」


 銀二君の身体が横っ飛びに吹っ飛び瓦礫に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなってしまう。


「くそがっ! 僕を傷つけやがって、ギャク! そいつの拷問は僕がやる! いいね!?」


 暗い淵に引きずり込まれたような虚脱感に眼球を声のする方へ向けると、


「う、嘘……」


 そこには頭から切り裂かれたはずのレツが掠り傷一つない状態で立っていた。


「いいよ。その代わり――」


 マズい。あんな超回復能力があるなら、そもそも勝てるわけない。早く逃げなきゃ!

 銀二君のいる方へ向けて地面を蹴り上げる。

 周囲の景色が高速で背後に過ぎ去り、銀二君の元へと到達する寸前、


「この少女は僕がもらう」


 視界が暗転する。

 背中から後頭部を鷲掴にされ顔を粉々に砕けたアスファルトに押し付けられてしまっていた。


「今の動き、君、人間種じゃないね?」

「離してぇ!」


 ギャクはもがく雪乃をひっくり返し仰向けにするとその顔から、首筋、胸、腹部、腰部へ視線を移していく。それがどうしょうもなく不快で許せなくて怒りを込めて睨みつける。


「やっぱりだ。餓鬼の癖にしっかり熟している。うん。決めた! 君には僕の子供を産んでもらうよ!」

 

 そんな雪乃の反応を楽しむかのように、舌なめずりをするとギャクはそんな悍ましいことを口にする。


「悪趣味だねぇ、そいつ同族じゃないよ?」


 呆れたようなレツの台詞に、首を左右に振ると雪乃の上着の胸倉を掴み、


「関係ないね。同種族だろうが、他種族だろうが、強い子孫を残したいと思うのは雄として当然の衝動だろう? ねぇ、君もそう思うだろう?」


 目を細めて雪乃に顔を近づけてくる。

雪乃はギャクを渾身の力で振り払おうとするが、ピクリとも動かない。


(なんで! なんでよ!)


 本当は、わかっている。きっと雪乃は自惚うぬぼれていたんだ。

あの運命の日、雪乃の選択した種族は、他の人達よりずっと強力無比。それを雪乃が自覚したのは、ファンタジアランドでのホッピーの戦闘の映像。あのときの戦いは確かにすごいは思った。だが同時にあれなら雪乃にもできるかも。そうも考えてしまっていた。

 思いついたら実行。それが雪乃の長所でもあり短所でもある。魔物を探し数回戦闘し、その強さが桁外れに強いことに気付く。

 最初は、別に認められようと思っていたわけじゃない。ただ、魔物から助けられた人達のほっとするような安堵の表情が、父が家に帰宅したときのそれに似ていたから。多分、そんな些細な理由だったんだと思う。

 そして、ヒーローごっこを続けるうちに、六壬神課りくじんしんかという組織が雪乃の前に現れ、組織に入って欲しいと懇願される。

 この時の雪乃は本当にどうかしていた。まるで昔テレビで見たアニメ【フォーゼ】の白虎――ライガーのような特別な存在になった。そう勘違いしてしまっていたんだと思う。

 六壬神課りくじんしんかからの誘いを二つ返事で了承し、それを父に話したとき、烈火のごとく怒られ拒絶される。

 六壬神課りくじんしんかの幹部の人も雪乃の家まできて説得してくれたが、仮に力があっても娘にはその覚悟がない。だから絶対に許可するわけにはいかない。そう主張し、父は断固として首を縦に振らなかった。

 六壬神課りくじんしんかに入れば国から給料として多額の金銭が入る。魔物の討伐など雪乃にとって目を瞑っていても倒せる作業に過ぎない。危険など微塵もありはしないんだ。

 だから父が了承しない理由がどうしても理解できず、大げんかをしてしまう。そしてその次の日、父はあの殺人鬼――藤村秋人によりあっさり殺され、この世を去ってしまった。

 父が反対した理由は今ならはっきりわかる。致命的なほどに雪乃には覚悟が足りなかった。

 自分が死ぬ覚悟も、為すすべもなく蹂躙される覚悟も、相手を完膚なきまでに叩き潰す覚悟も、そして例え自分の全てを投げ捨ててでも己の信念を成し遂げるべき覚悟も――凡そヒーローに必要なものを何一つ持っていなかった。

 結局、雪乃はずっと守られる立場だったんだと思う。昔も、種族の選定を終えた今も。泣きながらヒーローの助けを待つ弱くて無力な存在に過ぎない。

 どうしてだろう。そんな境遇に諦めてしまっている自分は、いつもの雪乃のはずなのに。このとき、雪乃は狂わんばかりに悔しく許せなく感じていたのだ。

 だから――。


「くそおぉぉぉぉっ!!」


 悔し涙を零し、生まれて初めて獣のような咆哮を上げる。


「おいおい、そんな気色悪い声を出さないでよ。興ざめじゃんか」


 鼻先スレスレで最低男の顔が止る。そして、奴が不快そうにその顔を歪ませたとき、


「お前、まったく分かってねぇよ。その雄々しい声とそのロリの入ったお馬鹿な容姿とのギャップに男はぐっとくんじゃねぇか」


 初めて耳にする男の人のどこかとぼけた声がする。ギャクの背後には狐仮面をした長身の男が忽然と佇んでいた。


「誰っ――!!?」


 ギャクは立ち上がり咄嗟に振り返るが、狐仮面の長身の男を見上げて石化したかのように硬直化する。

狐仮面の男の鷹のように鋭い双眼はギャクを貫き、その全身からは濃厚で紅の霧が絶えず滲みでており、陽炎のようにユラユラと揺れていた。

 ギャクは恐怖に引き攣った顔で狐面の男を見上げたまま、微動だにしない。いや、違う。狐面の男の瞳の奥に揺らめく強烈な感情の炎がそれを許さないんだと思う。


「その恰好にあの所業、お前ら刑部おさべとかいう変態一族だな?」


 狐面の男は木造の台の上にある亡骸に視線を向けつつもギャクに問いかける。


「……」


 返答すらできないギャクに、


「ギャク、なんかそいつヤバいよ!」


 レツが身構えながら、右手を上げるとフード付きの黄色ローブを着た十数人の男たちが狐面の男を取り囲む。

 ギャクもようやく背後に跳躍し、大きく息を吸い込んで僅かに咳き込みつつも腰から円状の武器を取り出し構える。


「正面切って俺と敵対する道を選んだか。それは、最悪の愚道だぞ」


 右肘を引き、人差し指と中指を伸ばす。そして無造作に突き出した。


「ぐがっ!」「ぎひっ!」「がはっ!」「ぎゃあぁぁっ!!」


 ギャクとレツ、そして取り囲む他の黄色装束の男たち全員の眼球はもちろん、その周囲の組織や眼窩までドロドロに溶解し、大きく抉れてしまっている。


「たーく、限界まで抑えてこれかよ。この暴れ馬、どうにかならんもんかね。危なっかしくておいそれと敵意を向けられねぇよ」


 肩を落として独り言ちると狐面の男は、ギャクにゆっくりと近づいていく。


「こ、殺せぇぇ!!」


 驚異的な回復能力により回復したギャクにより、殺害の指示が飛び、狐面の男に向けて一斉に放たれるチャクラムのような円状の武器。

 円状の武器は炎を纏って高速回転し、狐面の男の蟀谷こめかみ、頸部、心臓、鳩尾みぞおちなど全身の急所に向けて殺到するが、


(危ない!)


 円状の武器は狐面の男に衝突すると、ガラスのような音とともに粉々に弾け飛んだ。

 

「あらら、とうとう、武器破壊のアビリティも追加されたみたいだな。もう何でもありだ、これ」

「へ……なっ、そん……」


 もごもごと口を動かしているギャクの顔は死人のように血の気が引いており、その足はカタカタと小刻みに震えている。

 今の数手のやり取りで、雪乃にも両者の間に存在する越えようがない大きくも深い溝を理解した。そして、それはきっと、雪乃以上にギャク達自身が感じていること。


「諦めろぉ、餓鬼にまであれをしたお前らを元人間だとはもはや思わねぇ。きっちりお前らを悪魔として扱ってやる。だが、その前にお前ら元人間の刑部一族には尋ねたいことがあるのさ」

「ゆ、許し――」


 狐面の男は右手を付き出して中指でデコピンの仕草をする。


「ぐぉっ!?」


 突如、ギャクとレツを含む全員が砲弾のように一直線で回転しながらも吹っ飛び、瓦礫へと衝突し大爆発する。


「うんうん、この程度なら問題ないようだな」

 

 刹那、狐面の男の姿がぶれる。そして遥か遠方でギャクの毛髪を左手で掴むと高く持ち上げる。


「ぅ……」

「単刀直入に聞くぞ。坪井涼香つぼいきょうかと明石勘助を殺したのは誰だ?」


予想すらしなかった狐面の男の口から出た父の名前に、雪乃の心臓が跳ね上がる。

 

「ほう、顔色が変わったなぁ。どうやらビンゴか。さーてどうやって聞き出すかねぇ。

 少し無茶しても御代わりは、沢山いるしな」


 外見的な変化はない。ただ、狐面の男の周囲の空気が数度下がった。そんなあり得ぬ錯覚を雪乃はこの時感じていたのだ。


「や、やめろよ……」

「やだよ。お前らはようやく見つけた手掛かりだし」

「やめてくれッ!」


 劈くような声で首を左右に振るギャクに狐面の男は、右拳を固く握る。


「お前らには先に謝っておくぞ。俺は今からお前らに人道にもとる行為をする。お前らの人格を否定し、尊厳を踏みにじる。そう、お前たちがあいつらにしたように」

「ゆ、許して――」


 ギャクの懇願の声を契機に、狐面の男は右肘を深く引き絞って――。


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