第2話 怪物 ウコバク

 分京区――ラグジュアリーホテル最上階VIPルーム。


 分京区の南方の一地区の支配を委ねられた歩兵千魔将ウコバクは、皿に盛られたステーキをナイフで切り、フォークで口に含む。そして人の頭蓋骨で作ったグラスを口につけ、中に入っている血液を飲み干す。

 

「活きの良い人間は本当に美味じゃ。特に女や子供の肉は柔らかくて頬が落ちそうじゃぁ」

「お気に召されて幸いです」


 一礼するコック姿の悪魔に満足そうに頷きながら背後の側近に視線を向けて、


「で? 人間牧場の方の計画の推移は?」

「は! 既に1000人規模で収容が完了しております」

「将校様方への献上も含まれる。生きの良い、美味そうな人間を選定しておけ!」

「必ずや!」


 姿勢を正し敬礼する側近に笑みを浮かべると、


「料理長、次の料理を運んでまいれっ!」

「は! 只今!」


 料理長が小走りにVIPルームを出て行こうとしたまさにそのとき――。


「くえっ!」


 料理長の全身は一瞬で干乾びて骨と皮だけのミイラと化す。

 そして俯せに倒れ込む料理長のすぐ傍を入れ替わるように一柱ひとりの狐の仮面を着用した存在が姿を現す。その狐仮面の男の傍の空中には多量の血液がプカプカと浮遊し、それらは直後、煙のように消失する。


(な、なんだ、あれは?)


 その異様な姿を一目見ただけで、まるで戦闘中の最上位悪魔に相対したような激烈な戦慄がウコバクの全身を突き抜ける。


「貴様、誰だぁっ!!?」


 その恐怖を誤魔化すかのように、ウコバクは狐仮面の男に対し疑問を叩きつける。


「ふーむ、これで粗方この辺の悪魔は駆除したし、あとはこの先のクラシックホールビルだけだな」


 狐仮面は、ウコバクの声が聞こえているのかいないのか腰に手を当てて、VIPルームの中をグルリと見渡す。


「ひっ!?」


 仮面越しにその獲物を狙う大蛇のような瞳に射貫かれて、ウコバクの側近の悪魔が後退る。


「ダメダメ、逃げられねぇよ」


 その言葉を最後に、側近は断末魔の声をすらも上げる事すら許されず骨と皮となってしまった。


「うひぃ!!?」


 部屋に控えていた兵士たちは悲鳴を上げて出口に走りだすが、糸の切れた人形のように倒れ込む。


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」


 やはりミイラ化した倒れる部下たちを目にし、ウコバクは腰の剣を抜きいて後退る。


(勝てぬ! あんなものに勝てるわけがないわっ!)


 不合理で、不可解、あんな存在がなぜこんな最弱の世界である人間界にいる!? 

 あれは間違いない! 奈落王の眷属の中でも最強の不死種とも称される種族――吸血鬼。しかも、おそらく貴族位ホルダー! ウコバクたちは大方、ここの地を縄張りとしている吸血鬼のテリトリーを侵害してしまったのだろう。


「ま、待ってくれ‼ さぞかし高名な吸血鬼とお見受けする! 儂はバアル様からここの支配を任せられた千魔将――ウコバクじゃ。捕獲したばかりの新鮮な人間の血肉もある。どうじゃろう? 上級士官の方々にも紹介したい。残り8日間弱、馳走を食しながらお待ちいただけぬだろうか?」


 必死だった。本能が逃げろと警笛を鳴らす中、なけなしの勇気を振り絞り、生き残りのために最適の言葉を紡ぐ。


「人間の血肉ね。その髑髏、大きさからいって子供のものか……」


怪物がボソリと呟いた途端、濃密な紅の霧が怪物から湧き上がり、頭上で渦を為す。


「あぁ……」


 仮面越しのはずなのに、このときウコバクはこの狐仮面の怪物が今浮かべている表情をはっきりと思い描けていた。


「ウコバクとかいったな、お前、運が悪い。どうしょうもなく運が悪い」


 狐仮面の男はそう繰り返しながら、呟きながらも、ウコバクに近づいてくる。


「うひぃっ!」


金切り声を上げて出口向けて疾走を開始するが、頭からつんのめる。足に視線を向けると――。


「うあぁっ!!!」


 ウコバクの両足は根元からミイラ化していた。

発狂しそうなほどの恐怖が沸き上がり、


「ぎぃぁああああああああっーー!!」


ゆっくり近づく狐仮面にウコバクは滑稽にも涙と鼻水で顔を汚しながら、喉が潰れんばかりの絶叫を上げたのだった。


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