第17話 絶望王からの宣戦布告 真城歳三

 超常事件対策局


「新塾区を始めとする六区に出現した黒渦から生じたUNKNOWNアンノウンどもは、大軍を為して都民を襲っています! このたった数時間で、既に死者は千人に達します。このままじゃあ、東京は壊滅ですよっ!」


 泣きべそで半狂乱になりながらも、他部署から報告を受けていた職員の一人が叫ぶ。


「落ち着け! 自衛隊への追加要請は!?」

「もうとっくに限界まで出ていると怒鳴り返されましたっ!」


 それもそうか。こんな緊迫した状況を黙って眺めているほど自衛隊は無能でも間抜けでもない。総理からの命令も既に出ているし、統合司令部も総力を挙げて望んでいるはずだ。

 要するに、自衛隊の近代兵器では食い止めるのが精いっぱい。いやそれすらも怪しい。既にどうにもならない状況なっている。そう考えるべきなのかもしれない。


「くそっ! 対策室の右近とは連絡が取れたのかっ!」

「いえ、右近対策室長は今別件で独自に動いている最中でして……」

「あやつめ、どこで油売っているっ!!」


 右拳でテーブルを叩きつけたとき、坊主の大男――真城ましろ歳三さいぞうの携帯がけたたましくなった。


『やあ、どうも』


 スマホ越しに聞こえてくるのは待ち望んでいた相棒の声。その一度も耳にしたこともない憔悴しょうすいしきった声色は、想像以上に最悪な状況を突き進んでいることを否が応でも理解させた。


「現状はわかるな?」

『ええ、漠然とですが。ところでそちらに藤村君が行っていませんか?』

「藤村? あーあの逃亡犯か。いや、いない。いるはずがなかろう」


 正直、頭のおかしい猟奇殺人事件の容疑者のことなど今はどうでもいい。こうしている間に、数百、数千という無辜の都民が傷つき命を落としているのだから。


『そう……ですね』

「そんなことより、この状況を説明しろ!?」

『私も詳しく知るわけではありません。ただ、陰陽師としての見解を述べさせていただければ、この現象はいつもの魔物の襲撃とは違います』

「そんなことは言われんでもわかっている! それより、お前たち陰陽師たちはどうなっている!? こんなときこそのお前たちだろうがっ!」

『それを言われると弱いんですがね。一応、既に六壬神課りくじんしんかには、私の方から緊急事態宣言を出しておきました。もっとも、此度は相手が相手です。彼らが動くかは半々といったところでしょうか』


 この緊迫した現状で自嘲気味に語る右近にふつふつと怒りが沸き上がり、


「ふざけるなっ!! 無辜の国民が傷つき倒れているんだ! 相手を選んで戦っている場合かっ!」

『ええ、本当にその通りです。ですが、今回ばかりは我ら人類にあまりに分が悪い』

「分が悪い? 貴様は今我が国を襲っている相手が何者かわかっているのかっ!?」

『ええ、鑑定能力のある者に解析させたところ、あれらは全て悪魔種。つまり目下襲撃中の謎の軍隊の正体は悪魔。六道王の一柱――絶望王の眷属の率いる軍勢だと思われます』

「六道王? それはなんだ?」

『我らが陰陽師にとって神に等しい存在ですよ。大方、この世界をこんなに無茶苦茶にしたのも同じ六道王の御業でしょう』


 この世界を変えたか。そんな超常の存在ならこんなふざけた現象を起こすのもお茶の子さいさいだろうよ。


「奴らの目的はなんだ? 奴ら、一体何がしたいんだっ!?」

『さあ、何分神様のやることですから。もしかしたら目的などそもそもないのかもしれんね』


 目的がない? ここまで無常で理不尽な仕打ちをしておいてか!? それはダメだ。例え神でも、そんな不条理、許容できるはずあるものかっ!!


「きょ、きょ、局長、大変ですぅ!!」


 裏返った声が部下の一人から上がる。


「なんだ!? 今大事な話なんだ。報告なら後で――」

「新塾にあるテレビ局が奴らにジャックされて犯行声明が流されていますっ!!」

「な、何ぃっ!!?」


 部屋に備え付けのテレビの画面に顏を向けるとそこにはブラックでカラーを統一したアメリカンヒーローのような出で立ちのマスクの大男が両拳を腰に当てて威風堂々佇んでいた。


『吾輩は――アスタロト元帥閣下より悪魔軍第五師団を預かる悪英雄バアルであーーーーーーーーる!!!!』

 

 鼓膜が破れんがごとき大咆哮により、画面内の隅で震えるアナウンサーが白目を剥いて倒れ込む。


『哀れで矮小で軟弱な汝ら人間に、我らが絶望王陛下からのお言葉を告げるのであーる』


 絶望王陛下? 六道王とかいう化物のことか? マスクの大男――バアルは顔から一切の感情を消し、


『この地は特別に我の支配地とすることにした。人間どもよ、われに平伏せよ。繰り返す、人間どもよ、われに平伏せよ。されば、種としての生存と下等生物としての最低限の権利は保障しよう。期限は8日後の日没までだ。賢明な判断を望む。以上であーる!』


 淡々と向上を述べた。そして顔を凶悪に歪ませ、


『8日後の日没、それまで我らは今の占領地以外への大規模侵攻はしない。期限まで最後となるであろうひと時の平穏を楽しむのであーる』


 次の瞬間、その映像はノイズに変わる。


「おい、右近、今の放送、見たか!?」


 声を荒げて叫ぶが、電話越しの右近からは何の言葉もない。ただスマホ越しに聞こえるその荒い息遣いだけが鼓膜を震わせていた。


『……』

「おい、右近っ! 聞いているのかっ!!」

『バ、バアル? いや、そんなバカな……いくら何でもそんな神話クラスの大物が現界できるはずが……しかも人間を支配? そんなの防げるわけ……』


 それ以来、再び右近は沈黙してしまう。

 数十回の呼びかけにようやく反応し、


『速やかに藤村君にコンタクトを取ってください。この事態、もし仮に収められるとしたらきっと彼だけだ!』


 上擦った声でその言葉を残し、一方的に右近は切ってしまう。



 それから、数時間が経過した。バアルの降伏勧告以降、新たな被害報告はピタリと止む。

もっともこれはあくまで新たな地区への被害であって既に占領されている地区では今も目を覆うような残虐な光景が繰り広げられていることだろう。

 既に内閣から国家非常事態宣言が為され当該区域への軍や警察を含む一切の侵入が禁止された。これは、ある意味、奴らに勝てぬことを前提とした上での行為。


「我々は……無力だ……」


 あの右近の様子から察するに、あのバアルとかいう怪物は、今の人類では抗うこともできぬどうしょうもない理不尽極まりないものなのだろう。

 さらに絶望的なのは、多くの警察の特殊部隊や自衛隊が出動したというのに、まだ奴らの一匹さえも討伐した報告を受けていないという事実。

 奴らの戦力は既に日本という国、いや人類にはどうすることもできないレベルに達している。


「終わったのか……」


 両手で顔を抑え、今も全身から流れ出そうとする希望を繋ぎとめようとしたとき、


「真城、局長、メールが届いています!」

「誰からだ?」

「匿名です。人工衛星経路でアクセスしてきているので特定はまず不可能です。開きますか?」


 このタイミング。コンピューターウイルスの感染程度で済めばいいが、今は異能がまかり通る世界。開いた途端特殊な能力が発動し、全員の命が失われるなんてことも十二分に考えられるのだ。

 そうはいっても――。


「……開け」


 既に歳三たちは詰んでいる。もはや我が身可愛さで躊躇している暇などないのだ。

 

「は!」

 

 ウイルスチェックでもしているのだろう。キーボードを操作する捜査員の背後に移動し、その画面を背後から覗き見る。


「開きます」

「ああ、やってくれ」


 熱唱しているネットアイドルの動画。その最も下には、あるリンクが張り付けられている。おそらくこれを見ろということだろう。


「今更だ。アクセスしろ」

「は!」


 震える手でマウスをクリックしたとき、暗がりの中、街灯が照らす光の先には青年の映像が映し出される。


「きょ、局長! この男!?」


 戸惑い気味にそして、どこか縋るような声色で叫ぶ局員に大きく頷くと、


「ああ、右近の言っていた藤村秋人だ」


 右近が人類の最後の希望ともなりえる人物として指定した男は、ゆっくりと右手に持つ狐の仮面を装着し、今や地獄の一丁目とされる分京区へと入って行く。


 

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